「もう勝手にしろ!!」
それだけを吐き捨ててそのまま走って部屋を出て行った。遠ざかって行く足音。ガチャンと玄関が開かれた音を聞いて、漸く開かれたままになっていた部屋のドアに視線を向けた。
擦れ違い
冷蔵庫の中が少なくなっていることに気付いて買い物に出たのが大体一時間前。その時はまさかこんなことになるとは思っていなかった。家が近所である時点で休みの日だろうと会うことは少なくないが、それがこのような形で会うことになろうとは。
「それで、何があったんだ」
シルバーは俯いたままの幼馴染に尋ねる。買い物に行った帰り、家を飛び出してきた彼に出会ったのは偶然だった。その理由が何かは知らないが、考えられる可能性は幾つかある。しかし、そのどれもがあまりに考え難い。
一つは親子喧嘩。だが、今まで親子喧嘩をしたという話なんて聞いたこともないし、元から放任主義のような親だからか愚痴のような話も聞かない。そして選択肢のもう一つは、兄弟喧嘩。けれども、それこそ仲が良すぎる程の兄弟が喧嘩をしている姿を見たことがない。くだらない言い争い程度ならあるものの、喧嘩という喧嘩はあまり記憶にない。
「親と揉めたか?」
「母さん達は昨日から旅行に行ってるから家に居ない」
試しに選択肢の一つを挙げてみるが、どうやらこれは外れらしい。親が旅行している時に親子喧嘩などしないだろう。
となれば、残る選択肢は必然的にもう一方に絞られてしまう訳だが。
「アイツと喧嘩したのか?」
この兄弟が喧嘩をするなんて珍し過ぎるけれど、それ以外に考えられない。曖昧に尋ねてみるものの返答がない様子を見る限り、こちらは当たりということになる。
それにしても、この兄弟がここまでの喧嘩をするなんて何事だろうか。言い争いでさえ頻繁に起こらないというのに、それ程のことがあったのか。
「話したくないのならそれでも良い。帰りたくなければ泊まっても構わない」
さっき外で会った時のことを思い出してそう告げると、シルバーは立ち上がって適当に飲み物を淹れる。コップを持って戻ってくると、それぞれの前に並べる。
「なぁ」
聞こえてきた声に耳を傾ける。相変わらず下を向いたままだが、話してくれる気にはなったらしい。
「シルバーは、大切な人が怪我したらどうする」
「アイツが怪我したのか?」
大切な人、というのはつまり双子の兄弟のことだろう。この状況下ではそれ以外に考えられない。どうやら予想通りだったらしく彼は頷き、続けてそこまで大怪我でもないし大丈夫だと言われて一安心する。
この話の流れからして、おそらく喧嘩の原因になったのは怪我だろう。怪我をする理由も思い付くものが一つ。
「怪我をするのを心配するのは分かるが、オレやお前も喧嘩をしない訳じゃないだろ」
「それはそうなんだけど……」
喧嘩というのはこの兄弟がしている喧嘩とは別の、殴り合いの方だ。それはシルバーも含めて本人達の意図でないにしろやることは少なくない。まず喧嘩をするなと言う時点で自分もやっているのだからお互い様という話になる。
それならどうしてそのことで揉めることになったのか。
「本当は、オレが勝手なこと言ってるって分かってるんだ。ゴーがわざわざ喧嘩を売ったんじゃないってことも。でも、納得出来ないことってあるだろ」
ちゃんと分かっている。頭では理解しているのに、心がそれに伴わない。シルバーもそれが分からなくはない。だが、こういうことに関しては言い出したらキリがないということも知っている。
「それを言い出したら、喧嘩をしてくる度にお前達は喧嘩をするんじゃないのか」
「まぁそうなるのかもしれないけど、今までは程々にしろ程度だったんだよ。今のゴーを見たら流石にシルバーだって言いたくなるって」
「…………そんなに酷い状態なのか」
「切り傷や痣くらいならいつものことだけどな」
一体どんな怪我をしてきたというのか。出てきた言葉に息を呑んだ。そして、ここにきてやっと喧嘩をした二人それぞれの言い分が見えてきた。
「オレって勝手だろ。都合のいいことばっかり言って、ゴーに付いててやるべきなのに飛び出して来て。シルバーにも迷惑かけてさ。それで、多分そんな自分にイラついてるんだと思う」
冷静に自分のことを分析する。別にシルバーは迷惑を掛けられたとは思っていないが、ここまで分かっているのならもう本人には分かっているのだろう。これから取るべき行動も。ただ、喧嘩で家を出て此処に来てしまったから行動に移せないだけなのだ。
そしてきっと、今頃向こうも同じようなことを考えているのだろう。何だかんだ、似た者兄弟なのだ。それも似すぎている程の双子。
「お前は喧嘩をしたかったんじゃなくてただ心配だったんだろ。それならもう一度ちゃんと話せば良い」
そう言った時、部屋の中に電子音が鳴り響く。それが携帯の着信音であることはすぐに分かり、掛けてきた相手も想像がつく。ポケットに入っていた携帯を手に取れば、案の定その名前が表示されている。分かりやすく溜め息を吐くと、通話ボタンを押した。
『なぁ、シルバー。あのさ』
「言いたいことは本人に言え。それと、あまり無茶し過ぎるな」
暫くの間の後に返ってきた声を聞くと、シルバーは持っていた携帯を前に投げた。突然で危なかったが、なんとか落とさずキャッチする。相手が誰なのかは分かっているし、シルバーが口にせずとも出ろと言っているのも分かる。さっきの最初の言葉は、目の前と電話の向こうの両方に言った言葉だったのだろう。
一秒、また一秒と流れていく通話時間の表示を見て、意を決して携帯電話を耳元に当てた。
「ゴー、さっきはごめん」
『オレの方こそお前の気持ちも考えずにごめんな』
真っ先に出てきたのは謝罪。謝ってしまえば残りの言葉はすらすらと出てくる。お互いそれぞれの主張はあって、相手の言いたいことも分かっていて、それでも口から出てしまった言葉の数々。わざわざ言わなくても言いたいことも、考えていることもなんとなく分かる双子同士。本質は同じなのだ。ただちょっとした擦れ違いが起きてしまっただけのこと。
数分程度の会話を終えると、携帯を閉じて持ち主に返す。全く困った兄弟も居たものだ、とシルバーは思う。
「ちゃんと話し合せたみたいだな」
「色々悪かったな、シルバー」
「珍しく喧嘩したかと思えば、やっぱりお前達はお前達だな」
「どういう意味だよ、それ」
そんな風に笑いながら話して。それから立ち上がると二人で玄関まで向かう。無事に仲直りが出来た今、シルバーの家に邪魔する理由もなくなった。代わりに、早く家に帰って怪我をした兄弟の世話をしなければいけないという用事が出来た。
「じゃぁ、オレ帰るな。今日はありがと」
「また喧嘩になったら話くらい聞いてやる」
「もうゴーと喧嘩なんてしねーよ。じゃぁな」
ドアを開けて出て行く姿を見送って、やはり仲の良い兄弟だと感じる。それでも時には言い争いをしたり、もしかしたら喧嘩をすることもないとは言い切れないだろうけれど。けど、結局はただの仲の良すぎる双子達なのだろう。
「ただいま」「おかえり」
そんな言葉のキャッチボールをした二人は、今日も仲良くやっているようです。
fin