事の始まりは何だったのか。ちょっとしたことからいつものように言い争いになり、それが激しい口喧嘩へと発展した。そしてそのまま喧嘩別れ、というある意味定番の流れを体験したのは数週間前のこと。
 それからも特に変わらず過ごしている毎日。チャイムが鳴り響くと始まりの号令が掛かる。その時間を広い空を仰ぎながら過ごしている生徒が一人。








 音が鳴り止むと一度静けさがやってくる。しかし、暫くすればすぐに校庭から体育をしている声が聞こえてくる。清々しいくらいの良い天気だというのに、それと心の中の天気は比例していない。


「また怒られるぞ」


 そんな中、近くから聞こえる声。聞き慣れたソレはクラスメイトのものであり、良く知る友人。もう何年の付き合いになるのだろうか。小学生の頃からの付き合いなのだから、もう十年以上の中になるのだろうか。そんな自分達は、現在高校二年生だ。


「今更だろ。そう言ってるお前もサボりじゃねーか」

「どこかの誰かが、未だに引き摺っているらしいからな」

「…………それって何しに来たんだよ」


 授業が始まっているというのにこの場に居る時点で、どちらもサボっているのだ。怒られるとすれば二人共だろう。
 引き摺っているらしい、と言いながらもそれが分かって来ているだろうことは一目瞭然だ。校庭に視線を投げたまま、ゴールドは此処に来た理由を問う。


「意地を張るのは止めたらどうだ」


 何に対して、とは言わなくても通じる。先程の言葉の次にこう来たのだから、それは当然例の喧嘩のことを指している。別にシルバーはその現場を見ていた訳ではない。けれど険悪な二人の様子を見ていれば事の成り行きは想像出来るし、その後で本人から直接話を聞いている。だから事情は分かっているのだ。


「別に意地なんて張ってねぇよ」

「その割にはいつも見てると思うが」


 コイツは良く人のことを分かっているな。そんな風にゴールドは思っているが、その実は誰が見ても分かるだろうというくらいに見ているのだ。それは今になって始まったことではないけれど、本人曰く今は好きだから目で追っているとかではないらしい。その理由というのは。


「そんなことないって。ただ、アイツこれからちゃんと良い奴見つけて付き合うのかなとか思っただけ。オレなんてサボってばかりだしまともなトコは全然ないから」


 今度は自分みたいな奴ではなく、もっとしっかりした人と。幸せになって欲しいなと思い、それが気になってつい見てしまうだけ。
 その気持ちは、シルバーも分からない訳ではない。けれど、この二人の近くに居たからこそ分かっていることがある。言い争いから喧嘩なんて良くあること。それから別れ話になるのも初めてではない。今までより派手にやったらしいというのも分かるけれど、傍で第三者の視点で見ていると本人達とは違うものが見えるものなのだ。


「恋人以前に友人だしな。大切な人には幸せであって欲しいだろ」

「それは分かるが、お前は本当にそれで良いのか?」

「良いも何も、そういうもんじゃねぇの」


 冷めている訳ではなく、ただ思ったままのことを口にしているだけ。他人の気持ちを理解するのは難しいが、同性である分共感することも少なくない。似たような立場なら尚更。
 今言っていることが嘘というわけではない。これも紛れもない本心。しかし、その奥に抱いているだろう感情に気付かない程付き合いは浅くない。


「口喧嘩はいつものことだろう。アイツだって、お前と同じ気持ちだと思うが」


 根拠はない。本人に聞いた訳でもない。それでも、幼馴染である二人が何を考えているかということくらい少なからず分かっている。普段は騒がしくて自分の好き勝手に行動しているように見えるけれど、本当は周りのことを気に掛けていることくらい知っている。自分から身を引くこともあれば、自身を顧みずに危険に飛び込むことも少なくない。性格の通りのようで、極端なことも多々あるのだ。


「そう言うけど、それはお前の意見だろ。これで良かったんだよ」


 こうなると面倒だな、とは口にしないけれど。妙に頑固なところがあるのだ。それは向こうも同じか、と思いながらシルバーは次の言葉を考える。だが、深く考えずとも答えは出ているのだ。わざわざ言わなくても心のどこかでは本人もきっと分かっていること。無意識にそれに気付かない振りをしているのだから、道標を示す。


「お前等がいつも以上に喧嘩をしていると、周りも心配しているらしい」

「んなこと言われてもよ。っつーか、喧嘩じゃなくて別れたし」

「互いに相手が気になっていると、まだ気付かないのか。意外と似たような思考をするからな、お前達は」


 真面目な学級委員と不真面目な不良。真反対の性格をした二人だけれど、それでいて似ている部分が沢山あるのだ。本人達はそれを否定するけれど、シルバーからすればどっちもどっちだろう思うことが度々ある。どうして気付かないのだと思う程に。喧嘩をして二人に同じような相談をされた経験は今までに何度もあった。


「少しは素直になれ」


 毎回付き合わされるこっちの身にもなれ、という言葉は飲み込んで。
 今やらなければいけないことは素直になることだ。それは難しいことではあるが、こういう時は素直になるのが一番だ。そんなことくらい分かっているのかもしれないけれど、言わなければ行動に移せないだろうことは理解している。


「……お前ってさ、案外お節介だよな」

「誰がそうさせていると思ってる」


 言えば「オレだって言いたいのかよ」と不満そうに返してくるのには「さぁな」と適当に受け流すことにする。それから聞こえてきたチャイムの音色に授業の終わりを知ると、立ち上がり扉に向かう。


「オレ等がサボっているのはバレているからな。アイツが時期に来るだろう。ちゃんと二人で話をしろ」


 それだけを言ってドアノブに手を掛けたシルバーを呼び止める。立ち止まって顔だけをこちらに向けたのを確認すると、ゴールドは小さく笑った。


「ありがとな」


 たった一言だけお礼を述べると、銀色も優しく微笑んだ。そしてそのまま屋上から去って行った。
 授業と授業の間の十分休み。同じクラスなのだから、シルバーの言った通りサボったのはバレている。ゴールド達が屋上でよくサボっていることも知られている。となれば、やはり時期にこの場に現れるだろう。

 その予想通り、シルバーが行ってから数分。勢いよく屋上の扉は開かれた。


「もう! またここでサボってたのね!?」


 毎度毎度、サボっている二人を探すのは大変だろう。それでも何年も諦めずに呼び戻しに来るのだから、クリスの根性も凄いものだ。
 この口振りから察するに、シルバーには会っていないらしい。気を遣ってくれたのだろう。その分一人で怒られることになるのは甘んじて受け入れよう。それよりも、せっかくこうした場を作ってくれたのだから言わなければいけないことがある。何も出来なかったとなれば、それこそシルバーに合わせる顔はない。
 クリスの話を聞き終わりサボったことについて謝罪をすると、一度目を閉じて気持ちを落ち着かせる。そして、再び瞳を開けると声を発した。


「なぁ、クリス」


 さっきまでとは変わって随分と落ち着いた声に、クリスもいつもの声色で何とだけ返した。いざ話すとなると、なかなか言葉が纏まらない。それを一つずつ、ポツリポツリと声に出して並べていく。


「オレはお前の言うように、ろくな奴じゃねぇしもっと良い奴なんて沢山居ると思う。そういう奴とお前が付き合って幸せになるなら良いと思ってるし、お前に幸せになって欲しいっていうのは昔から思ってる」

「ゴールド……?」

「ただ、その場の勢いで物言って喧嘩別れして。お前が幸せなら良いと思ってるのは本当だけど」


 喧嘩になると頭に血が上ってしまって、思ってもないことまで口にしてしまう。それを何度も繰り返しているというのに、言い争いが始まってしまえばそのことを忘れてまた同じことの繰り返し。口喧嘩になるとあることないこと余計なことまで言ってしまうけれど、その心は。


「この間は悪かった、ごめん。お前のこと嫌いって言ったのも嘘で、オレは今もお前のことが好きなんだ」


 謝罪と、告白。
 幸せになって欲しいというのは、昔から思っていること。けれど、いつからか抱いた恋心は未だに心の奥底に残ったまま。喧嘩別れとはいえ、あんな酷いことを言って別れた。自分がどういう性格かは知っているし、分かれた方が幸せだろうとも思う。一番に願うのは彼女の幸せだけれど、自分でも見えていない心の中を幼馴染に指摘された。これが一番なんだと自分に言い聞かせていたが、それではいけないと言われた。
 だから、こうして形にして伝える。伝えることの大切さに気付いたからこそ口にする。


「クリス、お前はどう思ってる?」


 素直になれと言われた通り、頭の中に会った言葉は全て伝えた。あとは、似た者同士だという言葉を元に導き出した言葉。言い過ぎてしまうのはどちらも同じだと、ゴールド自身も知っているから。


「私は…………」


 水晶の瞳が揺れる。視線が定まるのを、ゴールドはじっと見詰めたまま待った。暫くして、漸く二つの色が交錯すると、意を決したようにクリスは口を開いた。


「私も、本当はアナタのことが好き。あの時は酷いことを色々言ってしまって、ごめんなさい」


 出てきたのはこちらもまた謝罪と告白。
 第三者の方が分かるとは良く言ったものだ。似た者同士というのは間違いではなかったらしい。あの時の喧嘩のことは今でも頭の片隅に残っていて、幸せになって欲しいと思いながらも好きという気持ちは奥底に消えずにいた。
 言い争いから発展して別れることになった。互いに酷いことを言ってしまったと後悔をしたけれど、時間は戻せないものだとしていた。しかし、友が言っていたように時には素直になるのも大切だったらしい。


「それじゃぁ、あの時は別れるなんて言っちまったけど、オレとまた付き合ってくれるか?」


 恐る恐る尋ねれば、柔らかな笑顔で「こちらこそ」と返事をされた。その優しげな瞳に、つられるようにゴールドも笑みを浮かべた。
 二人の間にあった距離を一歩、また一歩と詰める。そのままギュッと抱き着けば、触れ合う部分からお互いの体温が混ざり合う。


「やっぱお前と一緒が一番だな」


 誰とでも彼女が幸せならと願いながら、一緒に居られる幸せが自分にとっては一番であることを気付かないフリをしていた。けれど、実際に別れてまた一緒になることが出来て。この流れを経て、やはりそれが一番であると感じた。
 そんなゴールドの姿に小さく笑いながら、クリスはそっと顔を挙げた。そして、そのまま唇を頬に押し付けた。


「私も、アナタと居られるのが一番幸せよ」


 ゴールドだけではない。そう伝えて行動に示せば、先程よりも強く抱きしめられた。こんな風に触れ合うのは、あの喧嘩があったよりも前の日以来だ。


「また喧嘩しちまうかもしれないけど、オレがお前のことを好きなのはずっと変わらねぇから」


 大切だということも、好きだということも。人の気持ちなんて変わるものだというけれど、それだけは変わらないという自信がゴールドにはあった。それ程までに想っている。
 そして、それはやはり一人だけではなく。


「私もゴールドのことが好きなのは変わらないわ」


 同じように気持ちを伝えられる。言葉にするのはなかなか上手くいかないもので、それで何度も喧嘩をしたことがあるというのに、今日はすんなりと素直に気持ちが出てくる。これも数週間という時間を離れていたせいだろうか。普段からこんな風に素直なら良いのに、と言ったならお互い様だという話になりまた喧嘩に発展しかけない。それは心の内だけに留め、今は腕の中いっぱいにある幸せを目一杯噛み締める。
 そうしている間に、校舎内に鳴り響くのはチャイムの音。授業の合図に慌てだすクリスをゴールドはそのまま離そうとしない。


「ちょっと、ゴールド! もう授業が始まっちゃうじゃない!」

「いつも真面目じゃ疲れるだろ。今日は体調不良っつーことで」

「そんなのダメに決まってるわよ」

「良いんだよ。保健室に行ってたってことにすりゃぁよ」


 なんとも強引な言い訳に、思わず溜め息が零れる。授業をサボるのもいけなければ、そんな嘘を吐くことだって悪いことだ。ここでその話に乗ってしまってはサボりを注意しに来たというのに、クリス自身もサボってしまうことになる。
 しかし、説得しようにもそう簡単にはいかないらしく背中に回されている腕により力が籠められる。どうにか教室に戻ろうと名前を呼ぶと、予想に反した答えが返ってきた。


「今だけ、もう少しだけで良いから。このままで居させてくれねぇか」


 珍しい物言いに驚きながらも、クリスもその気持ちが分からないでもない。けれど、授業をサボるなんていけないことだ。学校には勉強をしに来ているのだから。
 だが、素直に甘えてくる様子に嬉しさを覚えるのも事実。少し離れている間に、心に抱いていた想いは前より大きくなってしまったらしい。もう一度だけ溜め息を漏らすと、先程下ろした腕をまた背中に回した。


「この時間だけよ? その代り、今日はもう絶対にサボるのはなしだからね」


 普段なら絶対に譲らないけれど、今回だけは特別に。同じ気持ちだから、今限りはこんな時間も許してしまおう。
 そんなクリスの言葉に、ゴールドは「おう」と頷いた。そして伝えるのは、大切な言葉。


「好きだ、クリス」

「うん、私も」


 離れていた分を補うように伝える。その間の心を満たすように抱き締める。言葉と言う形にして伝わる想い、触れ合う部分から通じる体温。二人だけの時間。大切な人との幸せな時間。

 意地を張ってばかりでは何も変わらない。見えない心に目を向けず、これを良しとしていた。けれど、自分の本心に気付いては伝えあい通じ合い。


 時には素直になることも大切だと知る。偶には素直に過ごすのも良いかもしれない。
 大切なお前と。大切な貴方と。










fin