変わらない日々。
 何の根拠もなくそれが続いていくと信じて疑わなかったあの頃。

 いつからだろう、オレ達の関係が変わったのは。いつからだろう、それを仕方がないと受け入れるようになったのは。いつから、オレ達は友達ではなくなったのか。
 ……なんて、そもそもそんなことを考えること自体が間違っていることは知っている。それでも時々、どうしたって考えてしまうのはソイツが今でもオレのすぐ傍にいるからだろう。


「なあ」


 ぽつりと零せばすぐに「何でしょうか」と丁寧な言葉遣いが返ってくる。やめろと言っても無駄なんだろう。そういうわけにはいかないとお決まりの返事がくるだけだ。オレが言ってるんだけどと半ば強引に頼んでみてもこればかりは駄目だと。
 こればかりじゃなくあれもこれも駄目だって言うんじゃねぇか。思っても口にすることは減っていた。それが無駄であると分かっているから。あまり分かりたくなかったことだけど。


「お前はいつまでそうしてんの」

「いつまで、とは」


 分かりきってはいても問いかけてしまうのは、オレが友達という関係を諦めきれないから。答えが分かりきってるのに何度も聞くなんて馬鹿だなとは自分でも思うけど、そういう形式にそこまで拘るのもどうなんだ。
 ――っていうのはオレがこういう立場だから言えるのかもしれない。逆の立場だったらオレもコイツと同じようになるんだろう。世の中とはそういうものだ。結局どうあっても抗えないものはあるんだ。おかしなものだ。でもそれがこの世なんだから仕方がない。


「やっぱなんでもねぇ。今日は何かあったっけ?」


 予定なんてさっぱり頭に入ってない――わけでもないけれど、誰でもやりたくもないことを覚えていたくはないだろう。この歳にもなれば受け入れなければならないこともあると知ってはいるが、それとこれとは別問題だ。
 尋ねれば目の前の男は淡々と今日の予定を読み上げてくれた。面倒だがそれをコイツに言っても仕様がない。これがコイツのやるべき仕事なら、それはオレのやらなければいけないこと。
 今日の予定を一通り聞き終えたところで短く礼を告げ、さて、これから何をしようか。時間的な余裕はある。余裕がなかったとしても特に変わりはしないけれど今日は本当に何もない。ま、何をするにしてもコイツは変わらない態度なんだろう。


「…………どうかしたのか」


 ぼんやりと外を眺めていたところで砕けた言葉が耳に届く。この部屋にはオレとコイツの二人しかいないのだからそれが誰から発されたのかは言うまでもない。けれど。


「別に。つーか、珍しいな。いつもは言っても絶対に聞かねぇクセに」

「オレはお前と対等ではないのだから当然だ」

「今は良いのかよ」


 ついでに対等ではないと思っているのはお前だけだ、という言葉は飲み込んだ。そう思っているのはオレ以外の全ての人間といっても過言ではない。それが今のオレ達の関係だ。
 いや、オレ以外ではなくオレ達以外という方が正しいかもしれない。オレだって本当は分かっているんだ。ただ認めたくないだけ。世間がなんて言おうが、と言えたら良かったんだろう。言うだけなら幾らでも出来るけれどそれを世間に通用させるのは簡単なことではない。そんなことも分からないほどオレもガキではない。


「よくはないが、こうやって話さないとお前はオレの話を聞かないだろ」

「そんなことはねぇけど」


 話くらいいつもちゃんと聞いている。あることにおいては聞き流そうとすることも多いけれど、それでも聞かないわけじゃない。結局全部オレの我儘だって分かってるから嫌になるのかもしれないな。何がって、自分が。


「まあ良い。それで、今度はどうした」

「だから何でもないって言ってんだろ」


 どうして今日はやたらと食い下がるんだ。普段のお前なら適当に流して終わらせただろうに。面倒なことにわざわざ首を突っ込むようなタイプではないだろう。
 そう思う反面でコイツは元からこういう奴だったかとも思った。シルバーがオレに敬語を使わないで接するのは、こういう関係になる前までと何かがある時。何かなんて曖昧に表現したけれどそれは主にオレのことだ。対等の関係でなくなったとしても心配するのは当たり前だ、とか言われたこともあったか。それはオレが主だからではなく。


「……シルバー、お前自分で面倒事に首突っ込んでるって分かってる?」


 念のために確認してみるが返ってくるのは肯定。おまけに面倒事だという自覚があるのならやめろと言われる始末だ。オレが悪いのかよ。つっても、オレ以外の誰かが悪いなんてことはないんだから必然的にそうなるのか。納得はいかないけど事実だと言われたら否定は出来ない。


「言いたいことがあるのならはっきり言え。オレに可能な範囲でだが」

「おい、そこは何でも言えって言うとこだろ」

「それが無理なことはとっくにお前も分かっているだろ」


 ああ分かってるよ。だから言うのをやめたんだ。いつまでもこんなこと考えて、考えるだけ無駄だって分かってるのにやめられない。
 つまり、オレにとってコイツの存在はそれだけ大きかったというだけの話だ。年の近い奴なんてコイツぐらいだったし、そんなオレ達がガキの頃よく一緒に遊んでいたというのもごく自然なこと。だけどこの世界にはどうやっても変えようのないものがある。どうやっても今の自分の立場から逃げることは出来ないんだ、オレもコイツも。


「あーもうやめようぜ。せっかく遊びに行く時間があるのに部屋に籠ってるなんて勿体ねぇだろ」


 無意味なやり取りをする必要性は感じない。オレ達に出せる答えはいつだって一つしかないんだ。どんな言い回しをしてみたところで辿り着くところは同じ。こんなに無駄なことはない。それならいっそ町に出て可愛いギャルにでも声を掛ける方が百倍有意義だ。それを言ったならすぐに止められそうなものだが、外に出れば気分転換くらいにはなるだろう。


「そのまま抜け出して帰らないつもりじゃないだろうな」

「それも良いかもな」


 そう答えたオレに「おい」とシルバーは突っ込むが、そんなことを言ったのはオレが考えそうだと思ったからだろう。この答えは予想出来ていたはずだ。オレはそれも良いと本気で思ってる。それでもって。


「このままどこか遠くまで一緒に行こうぜ、シルバー」


 抜け出したまま一生ここに戻らなくて良いとも思ってる。そこにお前さえいれば。否、お前が隣にいなかったとしてもオレはこの場所を好んでいないから出て行くのは悪くない。お前には隣にいて欲しいと思うけれどそれはオレの勝手な望みだ。
 いくら付き合いの長い幼馴染でもここまでは想定していなかったらしい。驚いた表情でこちらを見ている。その銀色がいつまでもこちらを見ていてくれれば良いのに、なんて自分でも相当だと思う。でも、この家でオレのことを分かってくれるのはコイツぐらいだった。親ともよくぶつかっている。
 だけど、あまり困らせるものでもないか。コイツにも立場があるんだし。


「冗談だ。あんま本気に――――」

「……お前が、本当にこの家を捨てて出て行くつもりなら。その時は一緒に行ってやる」


 冗談で終わらせようとしたのに、この男は真面目にそう返した。きっと嘘や冗談なんかじゃない。オレがこの家を嫌っていることはコイツが一番知ってるんだ。だから本当にと付けて答えたんだろう。本気ならそれに付き合ってやると。
 本当にそれで良いのかよと思わずこっちが聞きたくなった。オレに付き合って出て行ったとして、そこには困難な道しか待ち受けていない。分かっていて言っているのか、とは聞くだけ野暮だろうがこれにはこちらが驚かされた。この家に仕える執事としては有り得ない、止めるべき発言だったというのに。


「言っておくが、お前が言い出したんだからな」


 友達、などと。
 それはもう何年も昔のことだけれど、こっちから声を掛けて色んな所に引っ張り回したこともあった。友達だと言ったのもオレの方からだったか。尤も、友達なんてなろうと言ってなるものではなく自然となっていくものだろうが。
 どんな関係になってもオレ達が友達であった事実は変わらない。変わることもない。シルバーからそれを言われるなんて思わなかったけれど、それが聞けて嬉しいと思ってるオレも大概だ。


「そう言われると、マジで出て行こうかと思っちまうんだけど」

「別に止めはしない。勝手に出て行くのは許さないが」

「心配しなくてもそれはしねぇよ」


 それでオレ達の関係が昔に戻るのなら、色んなものに縛られずに自由に暮らしていけるのなら。
 決して悪くない選択肢だろう。周りには迷惑を掛けることになるだろうが今更だ。出来の悪い息子がいなくなるんだからあの人だって損ばかりでもあるまい。むしろ良かったと思われそうなものだ。オレと父との関係なんてそんなものだ。


「ゴールド」


 甘い声がオレの名を呼ぶ。そしてそのまま淡い口付けを交わす。
 お互い、知っていたんだ。関係が変わって言葉にすることが減ったとしても、いつだってコイツは一番近いところにいた。気付いていても気付かない振りをして、気付いていても触れ合うことを許してはくれなかった。けど、もう良いだろう。


「後悔すんなよ、シルバー」

「お前こそ」


 幼かったオレ達も大人になった。何も知らないだけの子供じゃない。自分達だけじゃ何も出来ない子供でもない。険しい道でも構わないというのならそれを選ぶことも可能な歳になった。
 それならいっそ、その道に飛び込んでみようじゃないか。








二人で一緒に飛び出してみようか。
いつまでも変わらない関係で隣に。それがオレ達の選ぶ答え。