「なぁ、シルバー。たまにはどっか行かねぇ?」
手元の雑誌をぴらぴらと捲りながら尋ねてみるが返ってくるのは沈黙のみ。まぁこんなことはいつものことだ。オレが唐突にどこかに行かないかと提案するのも、シルバーがそれを無視して読書を続けることも。だからオレは気にせずに話を続ける。
「せっかくの休みなのに何もしないとか勿体ねぇじゃん」
「何もしていない訳ではないだろう」
それはそうだけど、そこは気にしたらいけない。今オレが雑誌を見ているのは、特にやることがなくて要するに暇だからだ。お前とオレを一緒にするなと言われそうだが、今日が休日であるのは事実だ。一日空いているのだからどうせなら有意義に過ごしたいと思うものだろう。
とはいえ、シルバーからすれば読書をすることこそが有意義な時間なのかもしれない。休日の過ごし方なんて人それぞれだ。オレは遊んで過ごしたいわけだが、シルバーにとっての遊びとオレの遊びには当然だが違いがある。シルバーにとっては読書もその一つだろう。オレはせいぜい漫画しか読まないけれど。
「少しくらい付き合ってくれたって罰は当たらねぇだろ」
何もこの土日両方の時間をくれと言っているわけじゃない。その内の一日くらい友人と遊ぶ時間に使ってくれても良いんじゃないか。なんて、シルバーにしてみれば勝手な言い分かもしれないけれどそんなことまで気にしていたら遊びの誘いなんて出来ない。
「そう言ってこの間も出掛けようと言い出しただろう」
「それはそれ、これはこれ。なぁ良いだろ」
どうせ暇だし、と続ければ暇なのはお前だけだと返される。だからって一人で遊びに行ったってつまらないだろ、というのは本音だ。お前の都合なんか知るか、というのがシルバーの意見だろう。それでも頼み込めばなんだかんだで付き合ってくれるのがこの友人である。別にしつこくしているわけではない。
暫く声を掛け続けると、溜め息を吐いたシルバーが漸くこちらを見た。
「どこかと言うが、どこに行きたいんだ」
場所も決まっていないのにただ誘うのは止めろとでも言いたげな視線が向けられる。それはしょうがないだろう。出掛けることも決まっていないのに場所だけ決めて、結局何もなしになったら悲しいし。せっかく考えたのにってなるだろ。向こうからすれば決めてもいないのに誘うなという話なんだろうけれど、出掛けることが決まらないと予定を立てても無駄になってしまう可能性があるんだとオレは主張したい。
とりあえず、シルバーは付き合ってくれる気になったらしい。それなら目的地だ。友達と遊びに行く場所の定番というのは、学生であるオレ達にはある程度決まっている。カラオケやボーリング、映画なんてのも気軽に遊びに行ける場所だろう。ゲーセンや買い物というのも身近にある場所か。その中からどこにするか。
「そうだな……どうせ出掛けるなら、う――――」
「海はなしだぞ」
まだ何も言ってないだろ、と言ってもそう言うつもりだっただろうと的確に突かれる。確かに言おうとしたけれど、どうして分かったんだよ。いや、それは考えなくてもはっきりしているか。
「季節を考えろ」
「夏に行こうって言ってもお前は嫌がるだろ。人は多いし暑いしで」
「暑いことに対して文句は言ってない」
それでも人混みを好かないコイツが乗り気で行くことはまずない。他の奴等とみんなで行こうという話になったら付き合ってはくれるけれど、そうでなければおそらく行ってくれないだろう。
今の季節なら人なんて殆どいないだろうが、季節外れの海に行っても当然泳げないから見ているだけだ。それの何が楽しいんだと言われるけれど、何も海は入るばかりのものでもないだろう。入るのも勿論楽しいけれど海を見るのも良いと思う。似合わないとか言われそうだから声には出さないけど。
「お前が聞いたから答えただけだろ」
「オレはそのお前にどこかに行きたいと言われたんだが」
それを言われると困るけれど、行きたい場所と言われて考えた時に真っ先に浮かんだのがそれだっただけだ。季節外れの海も良いと思うんだけどな。日帰りで行ける距離とはいえ気軽に行ける距離とは言い難い。無理だと言われてもしょうがないか。
そうなると、海を消した残りの選択肢の中から選ぶことになる。カラオケなんて行ってもオレが一人でマイクを握ることになるのは目に見えている。それならボーリングとかの方が良いのか? どこにしても大して変わらないか。シルバーはそもそも人混みが嫌いで、オレが誘ったから付き合ってくれるだけだろうし。
「じゃあさ、今日一日オレと過ごすっていうのは?」
言った瞬間にシルバーに呆れた顔をされた。どこかに出掛けると言う話ではなかったのかと。一緒に過ごすと言っただけで何も出掛けないとは言っていない。その場合、出掛けるという流れにはならなそうではあるけれども。そうなったらそれでも構わない。
「話の根本が変わっていないか……?」
「気のせいだろ。せっかくの休日なんだし」
行き着くところはそこだ。今日は休み。その休みを有意義に過ごすための提案なのだから、出掛けなくてもそれが実現できれば問題ない。あくまでもオレの意見ではあるけれど、断られていないから大丈夫とみて良いだろう。これでも付き合いは長いからその辺のことは言わなくても分かる。多分それはシルバーからしても同じなんだろう。
「たまには、さ」
ゆっくりと伸ばした指先が触れる。そのままじっと銀色を見つめれば、数秒遅れてまた溜め息。次のその瞳がこちらを見た時には、しょうがないとでもいうように触れ合った指先を絡められた。
「遠まわしにしないでいつものように直接言えば良いだろう」
「何でもかんでも直球で生きてるワケじゃねぇよ」
どうだかな、とシルバーは笑う。なんでそこを疑うんだよと言いながらオレも笑った。
特に何かをするでもなく、大切な人とこんな風にゆっくり流れる時間を共に過ごす休日というのも悪くない。たまにはそんな一日があっても良いんじゃないかと思うんだ。
友達であり幼馴染であり、恋人という関係のオレ達だから。
たまにはこんな休日も