たとえだとしても




 年に一度だけ、嘘をついても良い日があるんだって。それが、今日。世間でいう、エイプリルフール。
 この日だけは嘘をついても許される。というか、嘘をついても良いことになってるんだ。そんなイベントがあれば、乗るのも当然の話であって。逆に、乗らない方が勿体無い。


「ねぇ」


 今、ここにいるのはオレとシルバーの二人だけ。そうなると、それは必然的にシルバーに対する言葉であって。当のシルバーは、本を読みながら「何だ」と返してくるだけだけれど。


「好き」


 そう言っても、目を向けているのは本。「そうか」と頷いてはくれるけれど。それだけ。
 シルバーはずっと本を読んでいて、何を話しても適当に返事をするだけ。咄嗟に思いついた嘘をついても、軽く流されて終わり。そんな繰り返しだからと“好き”って言ってみたけど、結果は変わらない。
 ここで諦めるのも癪だから、この際何度でも言ってやる。


「シルバー、好き」

「あぁ」

「大好き」

「そうか」

「愛してる」


 ひたすら言葉を並べるけれど、シルバーは相変わらずだ。
 そんなにオレよりも本が良いのか。
 疑問には思うが、それで良いなんて言われても悲しくなるだけだ。さっきからオレ一人ばっかり話していて、詰まらない。ここにいてもいなくても変わらない気がする。オレがいなくても、本さえいればシルバーは良いって言うような気がするんだ。


「…………」


 愛の言葉、っていうの? 好きとか、愛してるとか。もう他に思いつくようなものがない。
 あ、お前がいなくちゃ生きていけないとか? お前がいなかったらオレ死んじゃうとか?
 ……流石にそんなことまで言う気にはならない。だって、どうせ相手にされないのは目に見えてるし。それで無視されたら、それこそ傷つく。
 ああ、シルバーは一人で本と仲良くしてる。目の前のオレはこんなに退屈してるのに。


「そんなに本が面白いのかよ」


 呟くように文句を言えば「まぁな」と肯定される。別にオレだって、本を読むなとは言わないけど。だけど、少しくらい相手をしてくれても良いんじゃない? この対応は酷いと思うんだけど。
 仮にも“恋人”っていう立場ではあるんだし。
 シルバーもそれは分かってるはず。そうじゃなければ、まずそんな愛の言葉なんて言ってないけれど。
 なんていうのかな。暇。退屈。詰まらない。それとは、ちょっと違うような気がする。でも、言葉にするのになんていえばいいのかは良く分からない。
 ただ、今日は嘘をついても良いって言うのなら。


「……ぃ」


 今日は、嘘をついても良いのならば。
 何を言っても嘘で済ますことが出来るのなら。


「シルバーなんか嫌いだ!!」


 そう言い放つ。いつまでたっても、シルバーはオレよりも本を取るんだ。
 嘘をついても良い日、それならこれくらいの嘘をついたって、許されるはずだから。


「お前なんか……!」


 嫌い。
 言っているのはオレ自身なのに、どうしてこんなに苦しくなるんだろう。全部嘘だって分かってて、言っているのに。嘘だから言っているのに。
 シルバーがオレよりも、本の相手ばかりしているからって。だからついただけの嘘なのに。


「ゴールド」


 呼ばれて「何」って答えようとして、先にシルバーは「泣くな」と続けた。
 その意味が分からずに、「泣いてなんかない」って言おうとして、途中で抱きしめられた。そのせいで、最後まで言い切る前に止まってしまう。急に抱きしめられて、オレはただ戸惑うばかり。


「悪かった。だから、泣くな」


 頬に触れるシルバーの手が温かい。その手に拭われた雫。自分でも気づかないうちに、涙が流れていたらしい。
 あぁ、いつの間にこんなに女らしくなったんだろう。否、女だけれど。自分がこんなに女らしいなんて、今まで感じたこともなかった。
 でも、なによりもシルバーが優しく抱きしめてくれることに安心する。いつの間にか流れた涙も、シルバーのお陰で今はもう止まっている。
 シルバーの手から、心の奥底まで温かさが伝わっていくのが分かる。


「泣いてない、って言ってるだろ?」


 別に謝って欲しい訳じゃないんだ。オレにもなんて言えばいいのかは分からないけれど。
 けれど、シルバーがオレのことを気にしてくれることは嬉しい。シルバーの温かさがオレには心地良いから。
 笑って言えば、シルバーの抱きしめる腕が少し強まるのを感じた。
 それから。


「オレもお前のこと、好きだ」


 オレが言っていたのと同じように、シルバーも言ってくれる。それだけで満足できるオレは、単純だろうか? それでも良いんだ。シルバーがいるのなら。
 やっぱりオレは、シルバーが好きなんだ。
 嘘でも嫌いなんて言うのが辛いくらいに。それほどまでに、シルバーのことを好きなんだ。


「うん、ありがとう」

「愛してるから」

「うん」


 言葉にしてくれるから、ちゃんと通じることが出来る。形にされると、本当にそう思ってくれているんだって感じられる。言葉の形だけじゃない、シルバーの行動からも。その全てから伝わってきて、とても安心する。
 ただ抱きしめるシルバーに、笑いかけて。一つだけお願いをする。


「ねぇ、シルバー。オレだって寂しくなるんだよ?」

「悪かった。次からは気をつける」

「絶対だからな」


 その約束をシルバーはきっと守ってくれる。それは分かっている。
 シルバーは、そういう人なんだ。


「大好き」


 多分、これからも変わらずに。ずっと好きなんだろうな。
 オレは、なんだかんだでコイツが大切で、コイツが好きなんだ。そして、それはシルバーも同じ。
 別にオレの自惚れではない。そう言い切れる自信がある。

 オレにとってシルバーは大事で、シルバーにとってもオレは大事な存在なんだ。


「ああ、大好きだ。ゴールド」


 だから、愛を愛で返してくれる。それが何よりシルバーもオレを想ってくれている証拠。

 エイプリルフール。一年に一度の嘘をついても良い日。だけれど、嘘でも嫌いなんて言えない。それくらいにまでオレはお前が好きなんだ。
 これからも二人で一緒に。相思相愛。そんな風に言えるような関係になりたい。そう思うなんて、オレも女らしくなったけれど。

 嘘もつけないほど、アナタに溺れて。
 オレはお前が大好き。










fin