天気の良い日は屋上で
キンコンカンコーン。
鳴り響く始業のチャイムをどこか遠くに聞きながらぼんやりと空を眺める。今日も空は青く澄んでいる。絶好の昼寝日和とでも言おうか。
「社長出勤した挙句、サボりか」
徐々に近づきながら聞こえてくる声に「お前も人のことは言えねーだろ」とだけ答える。わざわざそちらを振り向かないのは相手が誰だか分かっているから。
長い赤髪を揺らした彼はゴールドの隣までやって来ると何も言わずにそこに腰を下ろした。これはいつもの光景だ。屋上に二人、サボっているゴールドの元に同じくサボり目的でやって来る。そうして二人は授業が終わるまでここで共に過ごすのだ。
「お前よりは良いと思うがな」
「サボってる時点で同罪だろ。それにシルバーもオレと大して変わらねーと思うんだけど」
ゴールドのように遅刻をしたりはしないものの授業をサボることは多々ある。こちらもゴールドよりはマシなものの、教師から問題児として扱われるには十分なほどだ。それでもゴールドほどではないけれど、そのゴールドについてもサボっている割に成績が良いから教師達は手を焼いている。
その酷さといえば教師は勿論、クラスメイトも良く知ったものだ。毎日遅刻する訳ではないものの基本的にマイペースなのだ。面倒だと思えばいつだって遅刻をするし授業をサボる。更にはしょっちゅう喧嘩をするものだから周りも呆れるというかなんというか。今に始まったことではないから周りも慣れてしまったけれど。
「また喧嘩したらしいな」
慣れようと心配しない訳ではない。どこからかその噂を聞いたらしい友人にゴールドは適当に流すように肯定を返した。本人曰く、たまたまそういう奴等に町中で会ってしまったとのことだ。それが嘘か真かは本人にしか分からない。可能性としては五割だろう。この辺りでは名が知られてしまっているので声を掛けられることがあるのは事実だ。だが、ゴールド自身から喧嘩を吹っかけることも少なくない。機嫌が悪い時は尚更。
だが、昨日は機嫌が悪かった訳ではないだろう。ただなんとなく、で行動するこの男のことだ。どちらも有り得るだけに兄弟も気苦労が絶えないことだろう。
「アイツ等またお前に話したのかよ」
「別にお前の兄弟は悪くないだろう。あまり心配を掛けるな」
「だからよ、お前が言っても何の説得力もねーんだけど?」
確かにゴールドは兄弟に心配されることが多いのかもしれない。けれど、シルバーだって人のことは言えないだろうとゴールドは思うのだ。サボりにしてもそうだが、ゴールドよりもマシであるとつくだけでやっていることに大差はない。兄弟が心配するというのはお互い様だ。
「今更だけどさ、お前オレに付き合う必要ないんじゃねーの?」
空を見上げながら疑問を投げ掛ける。今更なんてレベルではないくらいに今更な質問だ。二人は幼馴染でそこらのクラスメイトよりも付き合いが長い。こうして付き合いがあるのも幼馴染だからといったところだろうか。
どうして突然こんな質問をしたのかといえば、ただ何となく気になったからに過ぎない。別にずっとそんなことを考えていた訳でもなければ、シルバーと一緒に居ることが嫌な訳でもない。本当にただ何となく、頭に浮かんだことを尋ねただけ。
「オレが好きでやっていることだろう」
「まぁな」
どうして一緒に居るのかなんてわざわざ考えたこともない。だけど、一緒に居て気を許せる相手であることは間違いない。問題児に付き合っていたら目を付けられるんじゃないかという話だったのだろうが、それこそ今更だ。そんなことを気にして友達なんてやってられない。自分達は幼馴染であり友人であり、教師の目を気にして離れる必要なんてどこにもない。
それはゴールドとて分かっている。だからシルバーの答えにそう返したのだ。尤も、そういうことを気にするのならサボったりしなければ良いだけの話なのだがゴールドにその選択肢はないようだ。
「シルバーって変わり者だな」
「どちらかといえばそれはお前だと思うのだが」
「オレは至って普通だろ」
お前のどこが普通なんだ、とは言わないでおいた。いやでも普通といえば普通、なのだろうか。問題児であることを除けば、喧嘩をしたりはするものの普通なのかもしれない。それを普通といって良いのかは分からないが、なんだかんだで面倒見の良い兄貴ではある。だからこそ弟達に慕われているのだろう。
授業はサボりがちだが成績は優秀、運動神経も抜群。それが喧嘩に発揮されるのは問題であるもののその点を除けば意外とまともである。面倒くさいことはやりたがらないが兄弟や友人の為なら文句を言いつつも行動する。問題点が大きすぎる故にあまりモテたりはしないが、義理堅いタイプなのだ。
「喧嘩もせずにまともに過ごせば優等生だろうな」
そんなことを考えて口にすると、ゴールドは眉間に皺を寄せた。それから別に優等生になりたい訳じゃないとぶっきらぼうな答えが返ってきた。
これでいて、いずれは自分の後を継ぐようにと父親に英才教育を受けてきた身だ。その父からすれば優等生になって欲しいのだろうが、だからこそゴールドは正反対のことをしている。後を継ぐつもりのないゴールドに出来る反抗がこれくらいだっただけのことだ。それを知っているのは兄弟と親しい友人ぐらいだろうか。
「朝から真面目に教室に座って授業受けんのか。シルバーはそんなオレを想像出来んの?」
「変な物でも食べたのかと思うだろうな」
「自分で振っておいて酷ぇ言いようだなオイ」
ゴールドが言ったことこそ本来あるべき姿なのだが、生憎それとは掛け離れた学校生活を送っている。いけないことだろうが面倒なんだよとは本人談。だが、同じくサボっているシルバーはゴールドの気持ちが分からなくもない。まぁ、コイツの場合はそれだけではないのだろうがと心の内で思いながら。
「でもまぁ、お前とこうしてサボるの好きだけどな」
「オレはお前ほどサボっていないが」
「だから、サボってる時点で同罪だっつーの。オレがサボらなくてもサボるだろ?」
「どうだろうな」
肯定しなかったシルバーに、そういえばコイツ一人でサボってたことはあっただろうかと思い返してみる。大概はゴールドがサボっているところにシルバーもやってくることが多く、改めて思い出してみるとシルバーがサボる時は大抵ゴールドがサボっている時だ。というより、ゴールドの記憶の中にはそれくらいしか思い浮かばなかった。
これはもしかしたら、と考えたところで思考を中断した。これ以上考えても無意味だ。いくら記憶している中にはなくともこれまでのこと全てを覚えている訳でもない。きっと覚えていないだけだろうということにしておく。
「シルバーって、案外オレのこと好きだよな」
八割方冗談で言ったそれにシルバーはきょとんとした。その反応は何なんだと言いたくなるのを抑え、代わりにもうすぐチャイム鳴るんじゃねーのと適当に話題を逸らす。言いながらポケットに入っている携帯を取り出して時刻を確認してみると、この授業も残り五分といった時間で大体合っていたようだ。
次の授業なんだっけと口にするとすぐに数学だと答えが返ってきた。それを聞きながら面倒だなと思いつつ、これの宿題が出ていたから昨夜は数学なんてやっていたのかと兄弟達のことを思い出す。授業はサボりながらも提出物くらいは一応出しているゴールドは、そんな兄弟達と一緒に終わらせてある。本当、後は授業さえ出れば普通の生徒なんだけれどとは周りの誰もが思っていることだろう。
「またサボるのか」
「そういうお前は出んの?」
まだ出席日数は足りてるよなと計算しながら尋ねる。そこまでしてサボりたいのかと思うかもしれないが、ゴールドからすればそこまでしてサボりたいのだ。毎回最低限はきっちり出るようにしている辺り、周りも呆れてしまう。そうしないと後が面倒だろうとは本人の意見だが、そう思うのなら初めからサボらなければ良いのではと考えるのは周りだけなのだ。
「宿題はどうするつもりだ」
「んなもん出しといて貰えば平気だろ」
「お前、同じクラスに兄弟が居なかったらどうするつもりだ」
同じクラスだから良いものを、と話すシルバーは正論である。その場合は誰か適当に頼んでおけば良いんじゃねーのと答えた友人に溜め息を一つ。兄弟だからこそ頼んでいるのであって、こうは言ってもこの男は実際に友人にそういうことを頼んだりはしないだろう。シルバーに対してはどうか分からないが、文句を言いつつも自分でちゃんと出すに違いない。
いっそ兄弟と別のクラスになれば良いのではないかと思うが、それは生徒が決められるものではない。兄弟が多いだけあって同じクラスになる確率は割と高いのだ。
「同じクラスなんだから問題ねーよ。お前も居るしな」
「…………はぁ、お前のそれは昔からだったか」
それ、と言われても何を指されているのかさっぱり分からない。本日何度目かの溜め息も今更気に留めたりはしないが、追及することでもないだろうとそのまま流す。幼馴染同士、その辺のことは大体分かっている。
「人間そうそう変わらねーと思うぜ」
「そうだな。ここまでのサボり癖が出来るとは思わなかったが」
「細かいことは気にすんなよ」
果たしてこれは細かいことなのだろうか。成長しながら多少なりと変化はあっただろうが、それでも根本的な部分は何も変わっていない。そう思うのだ。
昔と比べれば当然背も伸びた。声も幾らか低くなっただろう。シルバーの言ったようにゴールドはしょっちゅう授業をサボるが、それでもお互い一緒に居て変わっていないなと思う。今も昔も、なんだかんだ言いながら隣に居るのはお互いなのだ。
「あ、そうだ。お前に話したいことあるんだけど」
思い出したように言われたそれは実際に今思い出したのだろう。遠くではチャイムが鳴っている。どうやら三時間目の授業も終了したようだ。次は四時間目、数学。間に休み時間は十分ほどあり、仮にこの時間で足りなかったとしても次の授業が終われば昼休みになる。
ゴールドは間違いなくこのままサボるのだろうが、それに付き合う必要はない。だが、結局シルバーはその友人に付き合ってやるのだ。どうしてかと言われたなら、友人だからとでも答えようか。
「さっきまで散々話をしていなかったか」
「それとは別。まぁ授業でるなら行って良いけど」
「聞いてやるからさっさと話せ」
変なところで遠慮をするのも変わっていないとこっそりシルバーは思うのだ。面倒なのは一体どちらなのか。けれど、シルバーが選ぶのはいつだって変わらない。それはきっと、ゴールドも同じだからなのだろう。
幼馴染の友人。普段からよく一緒に過ごしている相手がお互い大切なのだ。
そうして始業のチャイムが鳴るのを聞きながら、二人は屋上で話をする。
大切な友との時間。
fin