「誕生日とクリスマスが一緒って損じゃねぇ?」


 正確にはクリスマスではなくクリスマスイブ。十二月二十四日が誕生日の友人に向かって投げ掛けてみれば、言われた方はきょとんとしながら「何がだ」なんて返してくる。
 何がも何も、ここから読み取れることは一つしかないだろう。そう思いながらも、ゴールドは何がの部分を説明すべく口を開く。


「だから、両方同じ日だとプレゼントとかケーキも一緒にされて損じゃねぇかって話だよ」

「同じ日だから仕方がないだろう」


 それだけで片付けてしまって良いのか。かといって、誕生日もクリスマスイブも日程を変えられるものではないのだからどうしようもない訳だが。それにしたってもう少し何かないのだろうか。
 ないからこそこの反応なのだろう。もし自分がその立場だったら絶対に損だと主張するとゴールドは思うのだ。せっかくの誕生日とクリスマスだというのに一回しか味わえないなんて勿体ない。そこはちゃんと二回分楽しみたいところだ。


「お前って欲がねーよな」

「なら、お前は欲がありすぎるんじゃないか」


 そんなシルバーの言葉を「お前がなさすぎるんだ」とゴールドはすぐに否定した。一般的なレベルだと本人は思っているし、実際にそこまであれこれ言ったりもしていない。シルバーに欲がないというのは彼等の身近な人に聞いても同意を得られるのではないだろうか。少なくとも、ゴールドに比べれば確実にそうだろうという答えが返ってくるに違いない。
 それはさておき、話したいのはそういうことではない。誕生日とクリスマスが同じ日だと損だろうという話でもない。むしろその根本の話だ。


「それで、シルバーは誕生日とかクリスマスの予定ってあんの?」


 予定を聞く理由なんて一つしかないが隠すようなことでもない。どのみち、さっきの今でその日を空けておくように言えばバレバレだろう。だからあえて隠したりもせずに尋ねる。


「別にないが、オレは誕生日など…………」

「年に一度の特別な日だろ? それを祝わないでどうすんだよ」


 シルバーの言葉を遮ってゴールドが笑う。それから二十四日は誕生日、二十五日にはクリスマスパーティかななどと呟き始める。それらが一緒だと損だと話したゴールドらしい考えだ。シルバーからしてみれば、やるにしても纏めてやれば良いと思うのだが言ったところで聞き入れられるかは定かではない。
 諦めて溜め息を一つ吐きながら、パーティなんて言うからには誰かを誘うつもりなのかと質問してみれば身近な先輩や後輩の名前を連ねられた。目の前の友人に主催を任せたなら随分と派手なパーティになりそうだ。彼らしいといえばらしいけれど。


「最高の日にしてやるから楽しみにしとけよ!」


 誕生日とクリスマス。それぞれ今年一番の思い出に残るような日にしてやる。今年なんて数えるほどしか残っていないけれど、一年で一番楽しかったと思えるような。そんな日になるように。

 それが十二月に入ったばかりの出来事。


「ゴールド」


 今年最後のテストの返却も終わり、赤点もなく無事に終業式を迎えたのはつい先日のこと。時は流れて彼等の学校は冬休みに入った。それから間もなくやってくるビックイベントといえばクリスマスだ。
 そして、彼等にとってはもう一つ。シルバーの誕生日というイベントも同じ頃に控えていた。その日に向けて準備をし、誕生日であるその人が楽しめるような日にしたいという気持ちはみんな同じ。声を掛けられた面々は二つ返事で了承し、今日、二十四日はいつものメンバーが集まっての誕生日パーティが開かれた。


「よぉ、シルバー。どうしたんだよ、こんなトコまで」


 こんなところ、というのは今彼等が居るベランダを指している。部屋の中では集まったメンバーが騒がしくしていることだろう。いくら騒がしい場所が苦手とはいえ、見知った人達のその輪に入ることはシルバーも嫌いではない。けれど、その輪を抜けてまでベランダに出てきたのは普段は輪の中心に居るような奴がここに居るからである。


「そういうお前こそ、一人でどうした」

「なんとなく外が見たくなっただけだぜ。今日は天気も良いしな」


 これはホワイトクリスマスにはなりそうもないな、と無数の星が広がる空を見ながら零す。月も輝いているこの天気で雪が降ることはまずなさそうだ。この国ではホワイトクリスマスも望めるとはいえ、そうそうクリスマスと雪の日は重ならない。
 あまり外に居ると風邪を引くぞ、と忠告をしながらもシルバーはゴールドの隣に並ぶ。お前だって薄着で外に居たら風邪を引くんじゃないのかと同じように返されたのには、そこまで軟ではないとだけ答えておく。


「誕生日、沢山祝ってもらったみたいだな」


 先輩に後輩、それから同学年のクリスにゴールド。みんながみんなシルバーを祝う為に集まり、それぞれが持ち寄った誕生日プレゼントを彼に渡した。それからケーキを分け、テーブルの上に並んだ豪華な料理を囲んだ。賑やかな誕生日パーティの始まりである。
 こんな言い方をしているがその場には当然ゴールドも居たし、ゴールドからもシルバーは誕生日プレゼントを受け取っている。今更なことではあるが、二人で話をするタイミングというのが意外と掴めなかった。
 シルバーは本日の主役なだけあってあちこちから呼ばれ、ゴールドもゴールドで色々と動いていた。ここがゴールドの家であるというのも理由の一つだ。普段からよく二人で話はしているが、今日こうして落ち着いて話が出来るのはこれが初めてかもしれない。


「お前がそういう場を作ったんだろう」

「大事なダチの誕生日を盛大に祝うのは当然だろ」

「……それは分からなくもないが、盛大にする必要はあるのか」

「細けぇこたぁ良いんだよ。どうせなら盛大の方が良いじゃねーか」


 果たしてそれに同意してくれる人はどれくらい居るのだろうか。だが、せっかくなんだからと言うような人は今日集まった中にも居そうである。
 それに、と続けながら金の瞳は真っ直ぐに銀を見つめる。その視線につられるようにそちらを見れば、口元に小さく弧を描きながら言った。


「ここに集まった奴等は、みんなお前を祝いたいからここに居んだよ」


 クリスも先輩達も後輩達も。シルバーという大切な友の誕生日を祝いたいからここに集まったのだ。それが偶然これだけの数になったというだけのこと。確かに一番初めに声を掛けたのはゴールドだったかもしれないが、ゴールドが言わなくても間違いなくここに居るメンバーはシルバーの誕生日を祝っただろう。
 どんどん派手に、盛大になっていたのもゴールドだけが原因ではない。全員が今日と云う日を特別な、思い出に残るような日にしようと準備をしていった結果だ。そこは誤解すんなよ、とゴールドは笑う。お前は一人じゃないんだからと暗に言われた気がした。


「……お前は、いや、何でもない」

「おい、そこまで言って止めんなよ」


 逆に気になるだろと言われたけれど本当に大したことではないのだ。つい零れかけたけれど、心の中に留めておくだけで十分だろう。それなら最初から言うなよと呆れられそうだが、そういうことも時にはある。ゴールドにしてもそうだ。だからこそそれ以上追及されなかったのだろう。
 そう思ったのだが…………。


「こういう時くらい少しは素直になっても良いんだぜ?」


 何も言わなかったというのに、この男はその先に続いたであろう言葉を察したのだろうか。ただいつも自分の気持ちを表に出さないシルバーに対して言っただけなのかもしれないが、どちらにしてもこの友人はそれなりにシルバーのことを分かっている。
 勿論、ゴールドが分かっているのと同じだけシルバーもまたゴールドのことを知っている。ゆっくりと伸ばされた手、そっと寄せられる唇。離れた時には先程よりほんのりと頬が朱に染まっているように見えた。


「……先輩達もすぐ傍に居るんだけど」

「外のことなんか誰も気にしてないだろう」


 それに素直になれと言ったのはお前の方だ、なんて言うけれどそれとこれとは別だろう。ちらりと視界に捉えた部屋の様子からして、誰もこちらのことなど気に留めてなどいないだろうけれども。そういう問題ではないと言いたい。
 だが、今日は年に一度の特別な日。主役の彼がそうしたかったというのなら、あまりとやかく言うことではないのかもしれない。別に嫌という訳でもないし、一応恋人でもあるのだからどちらかといえば嬉しくもある。ここで顔を逸らしたらコイツの思い通りなんだろうなと思いつつも、特徴的な銀色を見ていられなくなってふいと顔を背けた。


「珍しいな。誕生日に恋人と二人きり、とかのが良かったか?」

「それも悪くはないかもしれないな」


 一体どこまで本気なのか。仲間達とみんなで騒ぐ誕生日も良いけれど、二人きりで過ごすのも有りではないかと思ったのは事実だ。それじゃあ来年は二人きりで過ごすか、などと提案したのは流石に冗談だが「そうだな」と返した方も大概である。
 言い終わって二人して小さく笑いながら、視線は再び広い空へと向けられる。


「色んな事があったけどよ、オレはお前に出会えて良かったぜ」


 出会ったばかりの頃はぶつかってばかりだった。けれど、いつしか二人で居ることが当たり前になった。徐々にお互いのことを知り、時々喧嘩をしながらも付き合っていたら自然とそうなった。
 友であり恋人でありライバルでもあり。それから親友でもある二人の関係。お互いが大切な存在であるというのは、これらの二人の関係を示す言葉があれば十分だろう。
 この学校に入学した数年前。クラスメイトに声を掛けたあの時。そこから二人の関係は始まった。最初の頃は周りも呆れるくらいぶつかっていたけれど、今ではあの時出会えて良かったと思うのだ。そして。


「お前が生まれて来てくれて良かった。ありがとな。それと誕生日おめでと。これからもよろしくな、シルバー」


 おめでとうの言葉はみんなと一緒に伝えている。けれど、改めてきちんと伝えておきたかった。
 今日、この世界にシルバーが生まれて来てくれたことに感謝の気持ちと、誕生日を迎えた彼に祝いの気持ちと。それからこの先のことも。
 来年も再来年も、その先だってゴールドはシルバーの誕生日を祝うつもりだ。友達――親友として当たり前のことであり恋人としても。年に一度の大切な日を来年もまた祝いたいと思う。いやきっと、思うだけではなく今日みたいに準備をすることだろう。


「さてと、そろそろ戻らないと流石に心配されそうだな」


 一通り話したかったことも話し終えたからと手すりから背を離す。これ以上ここで話をしていたらクリス辺りが様子を見に来そうだ。この寒空の中いつまで外に居るんだと。
 僅かながらも二人で話をする時間を取れたのだから十分だ。あとはみんなと祝う誕生日パーティに加わろう。せっかくの誕生日パーティなのに主役が不在じゃ話にならないだろ、とゴールドは一足先に室内へと戻る。そんな彼を呼び止める人物は、この場では一人しかいない。


「ゴールド」


 窓に手を掛けたところで名前を呼ばれ、ゴールドはそのままの体勢で顔だけ振り返った。かちりと二つの色が交わると、ふっと笑みを浮かべて伝える。既に一度は口にしたけれど改めて祝いの言葉をくれたその人に、この言葉を。


「ありがとう」


 たった五文字の短い感謝の言葉。けれど、その五文字に多くの気持ちが込められていることくらいはゴールドだって分かっている。だからこそ、こちらも笑って短く返した。

 そして今度こそ二人で部屋へと戻った。
 やっと戻ってきた、という声が聞こえてきたということは二人が抜け出していたことに気付いていたのだろう。それでいて誰も呼びに来なかったというのはこの人達の気遣いだったんだな、と輪の中心に引っ張られる主役の姿を眺めながら思う。

 すると、隣にやってきたクリスに「アナタも行かなくて良いの?」と尋ねられる。その意味は勿論理解している。彼女ともこの学校に入学してから同じクラスメイトとして長い付き合いをしているのだから。
 そうだなと相槌を打ち、数秒も経たないうちにゴールドはもう一人のクラスメイトの元へと急いだ。すぐに隣までやってくると、右腕をシルバーの肩に回して声を上げる。


「よっしゃあ! 今日一日は誕生日パーティを目一杯楽しもうぜ!」


 当然明日はクリスマスを。せっかくの誕生日とクリスマスをそれぞれ楽しく過ごそう。二つが同じ日でも損にならないように、同じ日であることが損だと思ってしまうほどに記憶に残る日に。




The two event once a year

(誕生日とクリスマス、一緒だと損だろ?)
(だが、お前はその二つを一緒にはしないだろ?)
(……本当、素直じゃねーな)






Happy Birthday & Merry Christmas