遠くでチャイムの音が鳴り響くのを聞きながらぼんやりと空を眺める。今頃教室では授業が始まっているんだろうなと思いつつ動く気がないのはそもそも授業に出るつもりがないから。所謂サボりである。
今日も屋上でサボっている男のところにやってきた赤い髪の男は挨拶もなしにその隣へ腰を下ろした。黒髪の少年の方も彼が来ることは分かっていたのだろう。自分と同じくサボりの常習犯なのだ。
「そんなサボってばっかで良いのか?」
「お前にだけは言われたくないな」
お互いにサボりの常習犯とはいえ、自分よりも先に来ていた奴にだけは言われたくない。ついでにいえば、ゴールドの方がサボっていることは多い。第三者に言わせれば五十歩百歩ではあるものの、少なくともこの男が言える立場でないことは分かってもらえるだろう。
しかし当の本人はといえば最低限は出てるから問題ないなんて言っている。学生の本分とは何か、と聞いても無駄だろう。これで成績が良いからたちが悪いのだ。
「そういやよ、お前の弟っていつになったら気付くんだろうな」
唐突な話題はいつものことだがせめて主語くらいはつけてもらえないだろうか。これでは何のことを聞かれているのかさっぱり分からない。
そのまま伝えれば、オレの弟のことだと言われてシルバーもああと納得する。これだけで分かってしまうのはそれだけ分かりやすいからだが、ゴールドの言葉のように当の本人は全く気が付いていないのである。つまり鈍感なのだ。
「いつかは気が付くんじゃないのか」
「適当だな」
「オレに言われても困る」
それは尤もな意見である。言いたいのなら本人に言うべきだ。本人に言ったところで分かってもらえるかは疑問だが言わないよりは進展もあるのではいだろうか。またはゴールドの弟の方に言ってみるか。
こちらが駄目なら逆に、というのは良い案に思えるかもしれないが実はこれも駄目だったりする。というよりも、それはゴールドが既に試しているからだ。簡単にいえばこちらも鈍感という話だ。それを見ている方からすればさっさとくっつけと思うのだが本人達にとっては単純な話ではないのだろう。
「面倒な奴等だよな」
「だからといってオレ達がどうすることでもない」
まあなと相槌を打ちながら流れる雲を見つめる。誰を好きになろうがそんなことは個人の自由だ。こちらがどうこういうことでもない。世間は別かもしれないが少なくても自分達に偏見はないし、好きなら好きと言ってしまえば良いのにとは思う。それが難しいからこんなことになっているんだろうけれども。
「いっそさ、付き合ってみるか」
相変わらず主語がないのだが今度は何が言いたいのか。突っ込む気にもならずに視線だけ向けるとそれに気が付いた金の瞳がこちらを見た。そして平然と言ってのけたのだ。
「お前がオレと」
一体何を言い出すんだとシルバーが思ったのは無理もない。むしろ当然の反応だ。さっきまでは弟達の話をしていたというのにどうして急にそうなったのか。唐突すぎるにもほどがある。
だが、ゴールドは冗談で言っているようではなさそうだ。真っ直ぐに見つめる瞳にシルバーも「本気で言っているのか?」と尋ねる。すぐに返ってきた答えは肯定。
「別に返事は期待してないけどな。でも、オレはお前のこと好きだぜ」
友達としての意味だけではなくそういう意味でも。いつから好きだったのかなんて伝えるつもりはないけれど嘘で言っているわけではない。
この男が唐突に何かを言い出したりとんでもないことを言うことにはシルバーも慣れていた。幼馴染なのだから昔からそんなゴールドを見ているのだ。慣れたくなくても自然と慣れる。それだけ長い付き合いということもあってお互いに相手の考えていることもなんとなく分かったりすることはあるのだが、ゴールドがそんな風に思っていたのは初めて知った。
それはそうだろう。ゴールドだって隠してきたのだから。ならばどうして今言ったのかといえば、それはなんとなくそんな気分になったから以外の理由はない。
「まぁ、言える時に言っておくのも大事だろ」
「確かにそうだろうが、お前はまた父親と喧嘩でもしたのか」
「いや? あ、でもこの間ちょっと言い争いになったか」
主にゴールドが授業をサボることについてだが、それは自業自得としかいいようがない。学生なんだから授業くらい真面目に受けろという父親が正解だ。
父親に限らず教師もそういった話をすることはあるもののゴールドは改める様子がなく手を焼いている。成績が悪ければサボっているからだと言って留年をしない為にも授業を受けろと強く言えるのだが、上位に入るくらいの成績を取っている生徒相手にそれは言えない。困りものである。
「あまり派手に喧嘩するなよ」
「大丈夫だって。いつものことだしよ」
それがいつものことになっているのも如何なものか。実際、いつものことだからこそシルバーも口にしたわけだが。同じようにサボっているシルバーも教師達に同じようなことを言われはするものの父親と喧嘩になるというところまではいかない。それはゴールドの性格もあるだろう。加えて父親とあまり仲がよろしくないことが相まって言い争いに発展するのだ。とはいえ、悪いのは誰がどう見てもゴールドの方だが。
「次って地理だよな。お前は出んの?」
「そういうお前はどうするんだ」
「オレは寝るから行くなら勝手に行ってくれ」
言うなりさっさと横になるゴールドを見て溜め息。コイツがこうなのはいつも通りだが、あんなことを言った後でも何も変わらない辺りがこの男らしいというか。
返事は期待していない、と言ったのは言葉の通りなのだろう。返事が欲しいわけでもなければ、それが世間一般では受け入れられないと分かっているものだからこその発言。それをどうして今言ったのかとは聞いても無駄だと分かっているけれど、この男も人間なのだから何も思わないということもないだろう。一見何も思っていないように見えるが、そういうのが得意な奴なのだ。
「ゴールド、寝る前にオレの話を聞け」
呼べばすぐに「何だよ」と返ってくる。仮にこれが数分後、数十分後の出来事だったしても同じように答えは返っただろう。つまりはそういうことだ。付き合が長いと良いことも悪いこともある。これを良いととるか悪いと取るかはそれぞれだろう。
「お前はどうしてオレが良いんだ」
「どうしても何もあるかよ。オレが好きになったのがお前だっただけの話だぜ」
どこが好きなのか、どこを好きになったのかという質問はパスだ。答えたくないのではなく挙げるとキリがない。それほど好きだと言っておけば良いだろうか。
「つーか、さっきも言ったけど返事は期待してねーからわざわざそんなこと――――」
「そうやって逃げるのはよくないことだと思うんだが」
「……最初に言ったのはオレだけど、そうやって聞くお前もどうかと思うぜ」
お互いによく知っている相手だからこそ。適当に流されたと思っていただけにこうして聞かれるとは正直考えていなかった。ついでに逃げたつもりもなく、シルバーが変に気を遣ったりしないようにこちらも適当に終わらせようと思っただけである。
それなら言わなければ良かっただけのことだが、弟達を見ていたら言葉にすることも必要なのかもしれないと思ったから。鈍いとはいえ恋愛をしようとしている弟達と違うのは、そういう関係になることを望んでいるわけではないことだ。なれたら良いとは思ってもそれまで。相手が自分のことを良く知るシルバーだからこそ口にした届かぬ心。
「オレは今のままで良いと思ってんだけど、言いたいことあるんなら聞くぜ」
「言いたいことなら山ほどあるんだが、それなら一つだけ聞きたい」
どうせ何を聞いてもはぐらかされて終わるのだろう。それはゴールドがこれで全部終わらせようとしているからだ。終わらせようとしているというよりは決めつけているといった方が良いだろうか。この男は自分の気持ちを言葉にしたことで終わりにしようとしている。
だから、その前に聞いておかなければならない。
「今ここでオレがお前を好きだと言えばお前の態度は変わるか」
思わず「は?」と聞き返した。コイツは何を言っているんだという視線を向けられたがシルバーは全く気にしていないどころか「どうなんだ」と答えを促す。
予想の斜め上をいく質問に何と答えれば良いのか。好きでもないのに好きと言われても困るがそういう意味ではないだろう。しかし、それならシルバーの言葉が本心なのかといわれると疑問が残る。当たり前だ。相手の考えもなんとなく分かるような関係だとしても全部を見透かしているのではないのだから。
「どうって……お前が本気かどうかによるだろ」
「前から思っていたが、お前のその性格は時々厄介だな」
その性格で良かったことも多いけれど面倒な性格をしていると思ったことも結構ある。それはゴールドから見たシルバーにしてもそうだが、一先ずその話は置いておこう。ここで話が脱線したらまた流されて終わるのだろうからそれだけは避けたい。
「突然すぎて驚きはしたがオレはお前を嫌いだとは言っていない」
「好きとも言ってないけどな」
「……いちいち揚げ足を取るな」
それがゴールドの厄介な性格だ。もう話をするのも面倒になり勝手なことばかり言う口を塞いだ。一瞬驚いた顔をしたゴールドだったが、離れて第一声は「シルバーも大胆なことするよな」なのだからつくづくやりづらい。もう少し違う反応はないのか。全く可愛げがない。それを口にしたなら可愛げなんていらないと言うのだろうけれど。
「おい、ゴールド。いい加減に人の話を――――」
「聞いてるって。だから怒るなよ」
誰のせいだと思っているんだと溜め息が零れる。だが、それからすぐに胸元を掴まれたかと思うと今度はゴールドからキスをされた。触れるだけのキスをして離れた彼は小さく笑って。
「好きだよ、シルバー」
ほんのりと頬が赤く染まっている。こんな顔もするんだな、とシルバーが思うくらい珍しい。珍しいどころか初めて見るかもしれない。彼の兄弟なら見たことはあるのかもしれないが、あったとしてもやはり滅多にないのではないだろうか。
ぽかんとした表情でこちらを見るシルバーに「なんて顔してるんだよ」とゴールドは笑う。意外だったから、とは言えずに別にとだけ答える。そして気が付いたのは、長い付き合いをしていてもこの幼馴染に関してはまだ分からないことも多いのかもしれないということ。一人で抱える悪い癖があるせいでもあるのだろうが、やはり面倒な奴だと改めて思う。
「さてと、んじゃ今度こそ寝るか。結局お前はどうすんだよ」
「三時間目は出るんだろ。オレもその時戻る」
だから気にせずに寝ろとだけ言えばそういうことならとゆっくり瞼を下ろす。それから暫くして規則正しい音が聞こえてきた。寝ている時は無防備なんだよなと思いながら、黒い髪にそっと手を伸ばす。
(それだけ気を許されているのか)
その理由は単純に幼馴染だからだろう。だが、これからはもう一歩踏み込んでも大丈夫だろうか。そんなことを考えながらシルバーはぼんやりと空を見上げた。
きっと、気にせずともゴールドの方からシルバーを頼ってくる。シルバーも時にはゴールドを頼っている。それだけの信頼関係が二人にはある。今だってそうなのだから心配することはない。
縮まった一歩分の距離
それは二人の関係をより一層深めてくれる一歩になるのかもしれない。