「年上の兄弟って憧れるよな」


 誰に向けた訳でもなく、ただそう思ったから呟いた。その声に反応するように振り向いたのは、すぐ隣に居る幼馴染。同じく一番上の兄貴という立場である彼は、いきなり何だと言いたげな視線を投げてきた。
 別にこんなことを思うのはこれが初めてではないが、いきなりといえばいきなりだったか。しかし、兄弟で一番年上ならば一度くらいは考えたことがあるのではないだろうか。少なくともゴールドはそうだった。


「兄や姉に頼るとか甘えるとか一番上だとねーだろ」

「まずお前はそんな柄じゃないだろ。それに兄弟といっても同い年だと思うんだが」


 ゴールドは兄弟の中では一番上の兄である。だが、兄弟といっても四つ子。全員同い年なのだ。それで兄も弟もないだろうとシルバーは言うのだろうが、兄という立場があればやはり兄も弟もあるのだ。同い年とはいえ兄という意味で頼られることもあるし、逆もまたしかり。
 大体それは全く同じ立場であるシルバーにも言えることだ。そう言い終えてからお前は違うのかよと問えば、全くない訳ではないがと認めた。年が離れていようと同じだろうと兄であり弟である。そういうものなのだ。


「なら、お前は年上の兄弟が居たとしてどうしたいんだ」


 とりあえず年上に憧れるというのは分かった。それなら次は年上の兄弟が居たとしたらどうしたいのか。居たとしたらなんていうもしも話なんてしたところで何にもならないが、こういう話になったのだからとシルバーは尋ねる。
 少なくとも、ゴールドは先にも言ったように人に頼ったり甘えたりなんていう柄ではない。元から兄貴肌だからというのもあるだろう。頼るより頼られる、そういう性格をしているのだ。


「あー……何かあった時に頼れる兄でも居れば心強いんじゃねーの?」

「お前、本当に年上の兄弟が欲しいのか?」


 疑問形で言われて思わず疑問形で返す。欲しいというより居ないから憧れているというだけの話なのかもしれない。一人っ子が兄弟に憧れたりするそんなようなものだ。深い意味など端からなかったのかもしれない。この話だって答えを求めていた訳ではないのだろうから。


「年上に憧れた時は兄弟にでも相談したらどうだ」

「それはねーだろ。アイツ等が兄とかまず有り得ねーし」

「どうせ同い年だろうが。頼るなり甘えるなり好きにしろ」

「それとこれとは別問題だろ。弟は弟だっつーの」


 時と場合によっては頼ることもあるがそれでも弟は弟だ。立場が変わることなんて有り得ないし、そういう話でもない。
 段々と面倒な話になってきたなと思い、それなら諦めろとばっさり切り捨てて話を終了させる。たとえ憧れが合ったとしても兄なんて欲しいと言って手に入るものではないのだ。それに、兄弟を除いても頼ったり甘えたり出来るような相手くらい生きていれば見つかるだろう。それを求めるだけなら兄弟でなくても良いのだから。
 だが、ゴールドは「それでも憧れるだろ」と話を終わらせる気はないらしい。これ以上どうしろというのか、とはシルバーの心の声である。


「憧れたところでどうしようもないだろ」

「だったら、シルバーで良いか」


 は? と、聞き返したシルバーは悪くない。何がどう良いのかさっぱり分からないが、ここに居たのがシルバーでなくても分からなかっただろう。年上の兄弟の話が続いているであろうことは推測出来るが、それとこの発言とがどう繋がるのか。意味が分からないと思っていると、ゴールドの方からその意味を説明した。


「だから、シルバーも兄貴だろ。丁度良いじゃん」

「何がどう丁度良いんだか、全く分からないんだが」


 説明をされても結局理解は出来なかった。確かにシルバーも兄ではあるけれど、だから何だという話である。だからシルバーが兄貴ってことで良いだろなんて言い出したのには、コイツは熱で頭でもやられたのかと思った。
 ちなみに、現在の居場所は屋上だ。真上からは太陽がさんさんと降りそそいでいる。保健室にでも連れて行くべきかと考えてはみたが、養護教諭に迷惑を掛けるだけだからやめておく。


「どうしたらそういう考えになる」

「お前が兄だからじゃなかったら何だよ。一人増えたって変わらねーだろ」

「……どうやったらそう思えるんだ」


 一人増えれば変わるに決まっている。そもそも、自分達は幼馴染であって兄弟ではない。そりゃあ、近所の年上のお兄ちゃんが昔からよく遊んでくれて兄みたいなものだとかはあるかもしれない。だが、二人も昔から付き合いはあるものの同い年の友人としてだ。そこにあるのは友達という関係であって兄弟という関係では決してない。
 なぜこんな話になっているのかという疑問は最早考えるだけ無駄だろう。やはり保健室に連れて行くべきかと思いつつ、この男が突拍子もないことを言い出すのは今に始まったことではない。


「その理論でいくと、お前もオレの兄になるか?」

「お前が?」


 シルバーが自分の弟という想像して、ねーだろと返したゴールドにほら見ろと視線を向ける。だが、それはそれでおもしろいかもなと言い出したのには呆れて物が言えない。
 自分の弟達が居るだろうと言ってやると、アイツ等はな……なんて言う。本人達が聞いたら泣かれそうである。冗談でだが。こんな言い方をしているものの、ゴールド達の兄弟仲は悪くない。むしろ良い方だ。


「でもやっぱ弟より兄のが良いな」

「ならないからな」

「減るもんじゃねーんだし、少しくらい良いだろ」


 そもそもそれ以前の問題なのだが、分かっているのかいないのか。本当に兄弟になれる訳ではないと分かった上での話とはいえ、どこまで本気なのか分からなくなりそうだ。
 年上の兄弟に憧れている、というところまでは少なくとも本気だろう。シルバーが兄になってくれれば、というのも冗談交じりの本気で言っていそうな気がするから怖い。かれこれ十年近くの付き合いになるが、幼馴染の突拍子のないこういった発言には未だに付いていけない。ある意味慣れたとはいえるかもしれないが。


「なぁ兄さん、このまま午後はサボらねぇ?」

「サボりの誘いをしてくる弟とは、どういう兄弟関係だ」


 現在時刻は昼休み。まだ予冷が鳴るには時間がある。随分早くからサボりの提案をしてきたものだが、元からサボることの多いこの男にその辺のことは関係ないのだろう。
 そういう兄弟関係だと答えながら笑うと、こてんとシルバーの肩に頭を乗せた。おい、と声を掛けると先程よりも小さな声で。


「疲れた。後で起こせ」


 それだけを告げられた。シルバーの位置からはゴールドの表情を見ることが出来ないが、本人が言ったように疲れているのだろう。兄がどうというくだりも全部この為だったのかもしれない。一番初めに言っていた年上には甘えられるというのも、言葉の通り甘えたかったということか。
 はぁ、と溜め息を零しながら人の肩を借りて眠りだした友人に目をやる。兄だから、というだけではないだろうが何も言わずに色んな物を背負い込む。半分は自分で首を突っ込んでいるような気もするが、がさつなようできちんと一人で全部片付けているのには感心する。こんな姿を見ていると弟達が時々心配しているのも無理はないなと思う。


「兄にはなれないが、少しは頼れ」


 起こさないように小声で囁く。
 さて、ゴールドは授業が始まるまでに起きるのだろうか。チャイムの音で起きるかもしれないが、そうでなかったらそのまま寝かせておいてやっても良いかもしれない。普段あまり頼ったり甘えたりしない男が珍しくそれを表に出しているのだ。そういう時くらいゆっくりさせてやりたいと友として思う。いや、今は兄としてだったか。

 青い空の下。昼休みを屋上でのんびりと過ごす。
 ゆっくり休めと心の中で呟いて、空に浮かぶ白い雲を眺めた。










fin