出会いは偶然。それからアイツを追いかけて、一緒に戦って。ライバル、仲間……友達と呼べるような関係にもなって。旅をしている時はなかなか会えず、連絡があまり取れないという意味ではそれからも大して変わらないかもしれない。それでも連絡を取り合ったりアイツが家に来るようになったり、少しずつ変わっていった。
 更に時間が流れて、アイツは自分のルーツを探しに出掛けて。それがまさかあんな出来事になるとは思いもしなかったけれど、オレ達はアイツや先輩達を助ける為に必死になって。後輩達の活躍もあって全員無事に戻ることが出来た。

 あれからどれくらい経ったんだろう。ひと月、いやもっとか。
 暑い季節はいつの間にか終わりを迎え、徐々に過ごしやすい気温へと変化してきた。といっても、まだまだ暑い日が多い。それでも夏の猛暑は既に通り過ぎた。そんな頃だ。


「――――ッ!」


 夜中に飛び起きる。全く、これで何度目だ。心臓が凄い速さで鳴っている。呼吸が整わない。もうあの事件は終わったのに、みんな助かったのに。分かっているのにオレは未だにあの出来事を夢に見る。


「……らしくねぇよな、ホント」


 自分でもそう思う。だけどこればかりはオレにもどうしようもない。誰だって夢の内容なんてものは決められないんだから。仮に夢の内容が決められるとしたら誰だって自分の好きなよう、したいようにするに決まっている。こうだったら良いと思うこと、現実では出来ないこと。夢だから出来ることをやってみたいと思う人は少なくないんじゃないか。
 そんなことを考えたところで現実では有り得ないのだから意味がない。見たくもない夢を見てしまうことについても同じく。


(アイツも、先輩達も。みんな助かったんだ)


 そうやって自分に言い聞かせる。そう、みんな助かった。もうあんな出来事は二度と起きない、と言い切れるのかまでは分からないが二度と起こらないで欲しいとは思う。もしまたあんなことが起こったら、オレはどうすれば良いのか。
 いや、答えは決まっている。あのような出来事があったとすれば絶対に仲間を助ける方法を探す。それ以外にやることなんてない。けれど、そういう問題じゃない。あの時でさえオレは……。


「つーか、今何時だよ」


 近くに置いてあったポケギアが示す時刻は深夜二時。こんな時間に起きて何をするというのか。これはさっさと寝なおそうか。
 ……といいたいところだが、あんな夢を見てすぐに寝られるわけもなく。かといって起きるような時間でもない。深夜ということもあって辺りは静寂に包まれ、家のポケモン達もみんな今頃は夢の中。


「アイツも寝てるんだろうな」


 ポツリと零れた声。どこにいるのかなんて知らない。けれどこの時間に起きている可能性なんてどれくらいあるだろうか。起きていたと言われても驚きはしないが寝ていると考えるのが普通だろう。どっちだろうとオレには関係ないことだけど。
 さて、寝るのは諦めるにしても朝までどうやって過ごしたものか。このまま何もしなければ余計なことを考えるばかりだ。現に余計なことを考えている。おかしいな、そういう柄じゃねぇのに。


(外に出るわけにもいかねぇし、ポケモン達を起こすのも悪ィし。どうしたもんかな)


 何か考えていないとすぐに夢の内容を思い出してしまいそうで、けれど起きたばかりの頭はそう上手くは動いてくれない。どうしても思考がそちらに傾きかけてしまう。
 あのままみんなが元に戻らなかったら。あれが夢ではなく、現実だと思っているこれが夢だったり――なんてことは流石にないだろうが。アイツが二度と手の届かないところにいってしまったら。


「今はどこで何してんだよ、シルバー……」


 連絡を取ろうにも繋がらないことも少なくない大切な仲間。友達、そして恋人。
 自分でも何でこんなにって思うけど、要するにそれだけオレにとってはアイツの存在が大きくて。あの出来事はそれだけのものだったということだ。究極技を覚えるのに二ヶ月もかかったなんて間違っても言えねぇよなと思う。オレ自身、あそこまで時間が掛かるものだとは思いもしなかった。
 それでもしっかり間に合ったから良しとしておこう。あの時のことはあまり思い出したくない。芋づる式に色んなことを思い出してしまうからもう終わりにしよう。眠くはないけれどやっぱり寝るくらいしかこの時間はやることがない。寝ようと思えばいつかは寝られるだろう。



□ □ □



「ほんっとにお前は急に来るよな」


 別にいつ来たって良いけど普通は人の家に入るなら玄関からじゃないのか――なんてことも今更言うつもりはない。特別困ることがあるわけでもないし今となってはこれが普通になってしまっている。連絡もなしに突然やってくるのも一度や二度のことではないから今更だけど。


「何か用事でもあったか」

「……ねぇけど」

「なら良いだろ」


 これでもしオレが家にいなかったらコイツはどうするんだ。おそらく帰るんだろうな。そういうことが今まであったのかは知らないけれど、そう頻繁に家にやってくるわけじゃないから多分大丈夫だろう。
 それにしても、今日は何の用事で来たんだ。これといった用がなくても好きに来て良いとは言ってあるけど、コイツが何もなしにオレを訪ねてくることもあまりない。あまりではなく殆どか。とりあえず用件があるなら聞くとしよう。


「んで、今日はどうしたんだよ」


 何もなしで来たわけじゃないんだろうと言外に尋ねる。するとシルバーは銀の瞳を真っ直ぐにこちらに向けた。そして続いた言葉は質問の答えではなく。


「それはこっちの台詞だ」

「は? どうも何もここはオレの家だろ」


 答えどころか同じ問いを返された。けれどここはオレの家であってオレがここに居るのは当たり前だ。どうかしたのかという意味で聞かれているとしてもどうもしていない。むしろそれはオレの方が聞きたいから質問したんだろう。
 そのまま言えば次は「本当に何もないのか」って、だから何でそればっかりなんだ。質問されているからにはシルバーはそれが気になっているんだろうけれど何もないものはない。ぶっきらぼうに言い放つと。


「それならなぜそんな顔をしている」


 ……とか言い出すから困ったものだ。そんな顔ってどんな顔だよと言いたくなったものの結局それは声にならなかった。そんなに酷い顔をしていたのか、オレは。
 原因なら思い当たることが一つある。というよりは間違いなくそれだろう。表に出しているつもりがないとか以前に、自分がどれだけたった一度のあの出来事を引き摺っているかを痛感する。あんなこと二度なんてあって堪るかという話だが。
 黙ったオレにシルバーも何かを悟ったらしい。いつの間にか縮められていた距離は手を伸ばせばすぐに触れられるほどになっていた。触れたのは、こちらではなくシルバーだった。


「夢を見た」


 聞き慣れた低音が紡ぐ。夢を見たのだと。それが先程の質問の答えだと理解するまで数秒ほど要した。一体何の夢を見たのかと次いで出てきた疑問はこちらが尋ねるよりも先に本人が答えた。


「お前がいなくなる夢だ」


 言われた内容がいまいちピンとこなかったのは、オレがシルバーの前からいなくなるなんてことがまず有り得ないと思ったからだろう。どんなことがあったらコイツの前から姿を消すかと考えてもみたがこれといって思いつかない。思ったままに答えるなら「オレがお前の前からいなくなるわけねぇだろ」と一刀両断する以外にない。
 しかし、オレが言うより先にシルバーは言ったんだ。もしお前があのまま時の狭間から帰ってこなかったら、と。
 現にオレはあそこから帰って来てここにいるわけだが何を今更とは言えなかった。言えるわけがない。オレはオレでコイツがもしあのまま元に戻らず石のままだったらと引き摺っているんだから。もしなんてありもしないことを考えて不安になって、ありもしないとは言い切れないからオレ達は。


「…………オレは今ここにいる。それだけじゃ、ダメか?」


 もっと他に掛ける言葉はなかったのか。頭の中の引き出しを出せるだけ出してみたけれど、今のオレに言えるのはこれだけだった。
 少なくともオレは、今お前がここにいてくれることに安心している。触れた手から伝わる温もり、しっかりと動いている心臓、お前は確かにオレの目の前にいる。その事実さえあれば十分だ。一目で良いからお前に会いたいとあの夢を見た瞬間からずっと思っていた。


「オレも夢を見たんだ。もしオレ達が間に合わなくてお前や先輩達を助けられなかったら今頃は……。けど、お前の顔を見たらあれは終わったことなんだって改めて思った」


 まだ完全に忘れることは出来ない。この先も夢に見ることがあるかもしれない。
 それでも、お前がいてくれればそんな不安はくだらないものだったと一蹴出来る。単純だと思うかもしれないけれどオレにとってはそう。いや、オレだけじゃない。


「だから来たんだろ?」


 あれはただの夢だとはっきりさせるために。
 言えば銀色がふっと優しく細められ「そうだな」と返された。夢なんて所詮夢でしかないんだと、それを明確にしたくてポケギアを鳴らしてみようかとも思った。深夜だからという理由で止めたけれどコイツも同じだったんだろうか。そう考えてしまうくらい今日は早い時間に家にやってきた。
 仮にシルバーが来なかったとしてもオレはコイツを探しに外に出ただろう。どこにいるのかなんて分からないからとりあえず連絡して。迷惑でない時間を見計らって同じことをしたに違いない。


「ゴールド」

「何だよ」

「あんなことは二度と繰り返さない。オレは必ずお前の元へ戻る」


 ジョウトにある隠れ家にいることが多いとはいえ、コイツにはコイツのやることがある。忙しくて会えないとか連絡がつかないことも珍しくない。  だから今ここでこんなことを言い出したんだろう。わざわざ言葉にしなくてもシルバーがオレといてくれることは分かっている、けど、言葉にされて嬉しいと思っちまうのもまた事実で。


「その言葉、絶対忘れんなよ」


 もしもお前がなかなか戻ってこなかったらこっちから探しに行ってやるからな、と付け足して。

 研究所で出会ってからコイツを追い掛けることでオレの旅は広がっていった。お前に会わなければクリスや先輩達、後輩に会うこともなかっただろう。考えてみればオレの旅の始まりはコイツを追い掛けるところからだ。
 もし、またそんなことが起こったなら。いつまでも、どこまでだって追いかけてやる。
 ……そう思っているのも本当だけど、今はこの温もりに触れていよう。お前はちゃんとここにいるんだって、それを確かめていたい。







コイツが今ここにいる。それだけで負のループから抜け出せるんだ。