「なあ、どうすんだよ」
どうするも何もそっちが話をしてきたんじゃないのか。
そう視線を向ければ「だってよ」と金色の瞳がこちらを見る。どうやら話はしてきたようだが何かあったらしい。何か、といっても大方予想は出来るけれども。
「研究所の手伝いはねぇらしいんだけど、だからその日は塾に行くとか言ってたんだぜアイツ」
「クリスらしいな」
彼等と同じジョウトの図鑑所有者。ゴールドが数日前に会って話をしたのは彼女だ。そして今はクリス以外の二人で集まっている。
理由は単純だ。今月末はクリスの誕生日。その日の予定を聞いてきたゴールドの話からするに、彼女は自分の誕生日もポケモン塾のボランティアに行くらしい。きっと誕生日なんて気にしていないのだろう。忘れていると言う可能性も十分にある。どちらなのかを知ることは出来ないけれどそんなことはこの際関係ない。
「手伝いがねぇなら空いてんのかと思ったのによ」
「仕方がないだろ。クリスからすれば、だからこそ塾に行くんだろうからな」
「たまには休めよな」
無理をするなと言わなくても彼女なら大丈夫だろうが、それでもそう言いたくなる気持ちがないわけじゃない。手伝いも良いけれど休息も時には必要だ。適度に休んではいるのだろうけれどそういうことではない。
だが、クリスからしてみれば似たような言葉をそのまま彼等に返すのだろう。ポケモン孵化の能力で時々育て屋の仕事を手伝っているゴールドにも、誰に相談するでもなく一人で色んなことをしているシルバーにも。無理や無茶はしないようにと。それは二人も互いに思っていることであり、結局は似た者同士ということなのだろうか。第三者に言われたなら揃って否定してくれそうなものだが。
「んで、クリスは塾のボランティアらしいけどオレ等はどうする?」
ここで漸く話が振り出しに戻る。元々二人が一緒にいるのはクリスの誕生日のことを相談するためだ。とりあえずその日の予定を聞こうとなったのが前回。そして今回はその予定を踏まえた上でどうするかを相談しようとしていたところなのだが、思わず溜め息が零れてしまったのは仕方がないだろう。
「お前も少しは考えろ」
「考えてるだろ。けど、これで誕生日パーティみたいのは出来ねぇし」
それはお前が騒ぎたかっただけだろうとは言わないでおいた。彼女を祝おうと思ったからこうして相談している。大人数で騒ぐのも悪くはないかもしれないが今回は難しそうだ。少し遅くなっても良いのであれば不可能ではないだろうが、それならもっと別の何かを考えた方が良さそうである。
問題はその別の何かだ。空いていたら先輩や後輩にも声を掛けてみようかと考えていたのだが、流石は真面目な学級委員――とはゴールドの心の内。無難なところで直接会ってプレゼントを渡すといったところだろう。
「ただプレゼントを渡すだけじゃつまらねぇよな」
「面白さなど誰も求めていないが」
「お前もつまんねぇな。せっかくの誕生日なんだから派手にやろうぜ」
「……お前は何をするつもりだ」
派手になんて言い方をしたけれど、要は思い出に残るようなことをしたいという話だ。
それならそう言えとすぐに突っ込まれたがどちらでも似たようなものだろう。そうでもない気がするんだがと言うシルバーに、それはもう良いからさっさと考えようと話を進める。脱線させるようなことを言ったのはゴールドの方なのだがいちいち気にしていたらキリがない。
誕生日。年に一度の特別な日を思い出に残るような日に。
これはどうか、それともこういうのはどうか。時折話が脱線しつつも大切な仲間の特別な日を祝うため、二人は三十日の計画を立てるのだった。
□ □ □
青い空に浮かんでいた太陽が徐々に西の空へと傾き始める。辺りがオレンジ色に染まり始めた頃、ポケモン塾の子供達が「またね」「バイバイ」と元気な声と共に大きく手を振っている。それにこちらも挨拶を返しながらクリスはポケモン塾を後にした。
「やっと終わったみたいだな」
不意に聞こえた声の方を見ればそこには見知った姿が二つ。
驚きながらその名を口にすると「よぉ」と返したのが金色の目の少年、続けて「久し振りだな」と言ったのが銀色の目を持った少年。同じ図鑑所有者の仲間である。
「どうして二人がここに?」
「そんなのお前を待ってたからに決まってんだろ」
他に二人がポケモン塾に来る用事はない。連絡を入れてくれれば良かったのにと言われたけれど、別に急かすようなことでもなければわざわざ時間を作ってもらうようなことでもないからする必要がなかった。
いや、時間はこれから作ってもらうけれど。念の為に今から大丈夫かと確認すると疑問符を浮かべながらもクリスは頷いてくれた。それを見た二人は一度視線を交えると「それじゃあ行くか!」とクリスの手を掴んで走り出す。
「ちょ、ちょっと! どこに行くのよ!?」
「行けば分かるから今は走れ!」
答えになっていない答えにもう一人に視線を向けるが、こちらも答えは変わらず。教える気はないらしい。着いてみてからのお楽しみだ。
場所はここからそう遠くない。キキョウシティを出て道ではない道を走ること数分といったところだろうか。オレンジに染まった世界の中で立ち止まった二人は太陽を背にクリスを振り返る。
「ほら、見ろよクリス!」
二人が立ち止まった先。夕焼けに包まれたそこにはキキョウシティ。
森を抜けて出た先。この場所は町から離れており、更に町よりもいくらか高い位置にある。だからこうしてキキョウシティを一望することが出来るのだ。
「凄い…………」
綺麗、と思わず感嘆の声が漏れる。それを聞いた二人は間に合って良かったなと小声でやり取りをする。
町を見るだけならいつでも出来るが、夕焼けのこの景色は今の時間でしか見られない。塾のボランティアが何時に終わるのかは知らなかったが急げば間に合うだろうと思っての計画だ。見せたかった景色をクリスに見てもらえて良かったと一安心したが、それだけではまだ足りない。
「さてと。クリス、今日が何月何日か知ってるか?」
カレンダーくらい毎日チェックしているだろう。それでいて忘れていることがあるのは不思議だが、それだけ忙しいのかもしれない。人が好すぎるけれどそれも彼女の良いところだ。
日にちを聞かれたクリスはといえば、頭の中に今朝見たカレンダーを思い浮かべてその日付を口にする。すぐに「あ」と小さな声が溢れたから本人も気付いたらしい。となれば説明は不要だろう。
「誕生日おめでとう、クリス」
「おめでとさん。自分の誕生日も忘れて働きすぎだっつーの」
どうして二人が連絡もせずに塾までやって来たのか。ここにきて漸く理解した。全部、今日が自分の誕生日だからなのだと。
出会った当初はこんな不良達が自分と同じ図鑑所有者なのかと驚き戸惑いもした。けれど、一緒に戦ってきた仲間達はいつしかかけがえのないものになり。今では二人とも大切な友人だ。
「おーい、クリス?」
何も反応がないことを不思議に思い透き通った瞳に呼び掛ける。はっとして顔を上げると金と銀の二つの色にぶつかった。彼等だけが持っている特別な色。
「ありがとう、二人とも」
笑顔を見せた彼女にあとこれもと小さな紙袋が差し出された。それが何かは言うまでもないだろう。もう一度「ありがとう」とクリスはお礼を述べた。
「今日から暫くはクリスが年上か」
「でも同い年なんだからあまり変わらないんじゃない?」
「そうか? シルバーとか大分先だぜ」
「そんなことをいちいち気にするのはお前ぐらいだ」
んだと、と言い争いになりそうなところで先にクリスが間に入った。久し振りに会っても何も変わらないやり取りである。それに小さく笑えばつられるように他の二人も笑う。
「あまり無理はしないようにな」
「お前がぶっ倒れたりしたら元も子もねぇしな」
二人の言葉にアナタ達もねと返されるのは予想通り。お互い仲間が大切なのだ。
そんな仲間達と一緒に見たこの景色はしっかりと記憶に刻まれる。
特別な日に見た特別な景色。偶然見つけたのか、それともわざわざ綺麗な場所を探してくれたのか。きっと聞いたって教えてはくれないのだろうけれど、自分の為にそこまでしてくれたことが何より嬉しい。
だけどそんなことは当たり前だと二人は言うのだろう。だって今日は大切な仲間の誕生日なのだから。
夕焼け色のプレゼント
Happy Birthday 2014.04.30