「トランクスくんの馬鹿!!」


 そう叫ぶように言い放ち、どこかへと飛んで行ってしまった悟天。
 「待てよ!」と言うが時は既に遅い。止める間もなくあっという間に凄いスピードで行ってしまったのだ。残された空間はただ静かで、トランクスは悟天の行った後を見ながらその場に立ち尽くしていた。








 数分前。悟天はこの部屋を飛び出した。


「悟天…………」


 その名を呼んでも返ってくる返事はない。少し前までは呼べばすぐに返事をしてくれたけれど、今はその彼がここに居ないのだ。いくらその名前を呼んだとしても、この空間には自分の声と静けさしか残ってはくれない。


「悪いのは、オレだよな……」


 さっきまでのやり取りを思い出しながらそう考える。考えたところで結果はトランクス自身が悪い。何度考えてもそれは変わらない。どんな風に考えてみようとも、あれは自分が悪いと分かっている。

 そもそも、どうして悟天が部屋を飛び出してしまったのか。

 それは、先ほどのやり取りが原因だ。そのやり取りの前、一週間ほど前だっただろうか。あの日の夜、メールしていた内容が一番初めの出来事だ。
 トランクスが母の会社であるカプセルコーポレーションの若社長ということで仕事を始めたのは今年から。それからというもの、以前より遊ぶことが出来なくなったのは当然のこと、会うことすら殆ど出来ないという日々が続いていたのだ。唯一のコンタクトといえば、携帯でのメールと電話くらいだった。その一週間ほど前の夜にもいつものようにメールをしていた二人。最初にその話題をしてきたのは悟天だった。


『トランクスくん、最近忙しいよね。だって一ヶ月近くも会ってないもん』


 言われて『そういえばそうだな』と返信をした。仕事の方が大変、他のことを気にしている余裕はあまりなかった。だから悟天が言わなければ一ヶ月も会っていないことを忘れていたかもしれない。カプセルコーポレーションは大きな会社だけに仕事の量も半端がないのだ。忘れるつもりはなくてもあまりにも多い仕事に頭の片隅にぼんやりと覚えている程度になっていた。
 頭の片隅に覚えているくらいだったとしても悟天のことを忘れていたわけではない。これだけ仕事があっても悟天がいつも決まった時間に送ってくるメールはきちんと返している。一度、仕事が大変だからやめた方がいいのかと聞かれたこともあった。けれど、悟天と会う機会も減ってしまったからどんな形でも連絡を取りたいと言って続けていたのだ。


『また時間が出来たら久しぶりに会いたいな』


 届いたメールを読んで悟天の気持ちを知った。そして、それはトランクスも同じだった。だから会社の仕事の予定を確認しながらメールを送ったのだ。


『なら、次の日曜はどうだ? オレはその日は大丈夫だからさ』


 そのメールを送ってからすぐ。どれくらいの速さで打ったのだろうかと思うくらいの時間でメールが返ってきた。その速さからもなんとなく内容が予想できた。メールを開いてみれば、予想通りの文字が書かれている。


『本当!? 次の日曜日だね。約束だよ!』


 読み終えてから『分かったよ』とだけ送信して今日のメールは終わりとなった。悟天の言うとおり、一ヶ月近くも会っていないのだから早くこの日がくればいいのにと思ってしまう。仕事ばかりというのも、仕方ないとはいえたまには休みくらい欲しいとさえ思うことは当然あるのだ。加えて悟天に会えるなら文句はない。
 トランクスがそんなことを思っている一方で、悟天も久しぶりに会える日が楽しみだった。会いたいと言ったのは自分だけれど、まさかこんなに近い日に約束できるとは思っていなかったのだ。早く次の日曜日にならないかな、と同じことを考えていた。

 それが一週間ほど前の出来事。
 あの日に約束した日曜日というのは今日のことだ。それでどんなことが起きて悟天が飛び出して行ってしまったのかというのがついさっきの時間まで遡る。


「えー! 酷いよ、トランクスくん!!」


 この部屋にやって来てまだ数十秒。悟天はトランクスに文句をぶつけていた。


「だから悪かったって言ってるだろ」

「自分で今日は大丈夫だって言ってたじゃん!」

「あの時は大丈夫だったんだよ」


 何をこんなに言い争っているのかといえば、今日のことだ。あの日にトランクスは次の日曜日なら大丈夫だからと言って悟天と約束をした。したのだけれど、急に仕事が入ってきてそれが出来なくなってしまったのだ。それをここにやってきて一番に言われ、悟天はそのことに文句を言っているというのが現状だ。


「大体、ボクと約束してたのになんで仕事を入れちゃうのさ」

「オレだって入れたくて入れたんじゃねぇよ。向こうがこの日にって言ってきて、断り切れなかったんだよ」


 今日の約束のことをトランクスだって忘れてはいなかった。けれど、どうにかしようとしてもどうにもならないことだってある。悟天との約束があったから別の日を提案したのだが、この日でないと無理だと言われてどうしようもなくなってしまったのだ。だからといって、それならもういいですとも言えるわけがない。そんなことをしたらこの会社にどれほどの影響があることか。言いたかったとしても言えることではないのだ。
 でも、悟天の言いたいことも分からなくはない。結果的にこの日に仕事を入れてしまったのも事実。今日という日を心待ちにしていたのだから尚更そう思ったのだろう。トランクスもどうしてこの日でないといけないのかと思ってしまったくらいだ。文句を言いたくなるのも無理はない。


「ボクがどれだけこの日を待ってたと思ってるの!?」

「しょうがないだろ! どうにもならなかったんだから!!」


 言い終わって気付いた時には遅かった。悟天は「トランクスくんの馬鹿!!」と言って飛び出してしまった。そして今に至る。
 いくら悟天が文句を言ったとしても、トランクス自身でさえ相手側に文句を言いたくなっていたとしても。悟天にあたることはなかったのだ。はっと気づいた時にはもう遅い。言ってしまったことをなかったことには出来ない。何を言う間もなく、悟天は言ってしまったのだ。


「悟天にあたるなんて、オレは何してるんだろうな……」


 あそこでもっと別の言い方は出来なかったのだろうか。そう考えたところでもう意味はないことは分かっている。自分がやってしまったことをもう一度振り返ることしか出来ない。
 これからどうしようか。
 それは考える必要さえない。もうやることは決まっているのだ。今はそれ以外にやるべきことなんて考えられない。


「行くか」


 少し前に悟天が出て行った方にトランクスも飛び出す。
 悟天を見つけるために。