「トランクスくんもボクのこと嫌いになっちゃうかな……」
嫌いになんてなって欲しくないけど無理かもしれない。嫌いにならないでなんて言うのも都合がいい話。
謝りたいけれど謝りに行くことも出来ない。どうすればいいのかも分からない。何も出来ないままどうしようかと考えていた。
すると、突然上の方から声が降ってきた。
「誰が誰を嫌いになるって?」
約束 3
突然降ってきた声に驚きながら慌てて振り返る。そこには、さっきまで考えていたその人が立っていた。
「トランクスくん……!?」
悟天の視線の先にはトランクスが居た。ここに居るはずのない彼に驚く。どうしてここに居るの、と聞くより前にトランクスの方が口を開いた。
「悟天、ごめん」
一番最初に発せられたのは謝罪の言葉だった。今日、もう何度か聞いていたその言葉。あの時と同じように謝っている。それが本当に真剣だということは分かっている。あの時だってそうだったように。
そしてもう一度話してくれた。まさにあの時と同じ。違うことといえば、悟天の質問に対して答えているのではなく、トランクスから話されているということ。だからか、言い合うような口調とは違い、ゆっくりと柔らかく説明された。
「仕事が入ったのは本当に悪いと思ってる。でも、他の日にすることも出来なかったから仕方なかったんだ。オレだって出来れば違う日にしたかったよ。悟天との約束があったから」
忘れたりしたわけでも、仕事の方が大切だからでもない。どうしても日にちを変えることが出来ないから、仕方なくこの日になってしまっただけのこと。本当は何とか違う日でもいいのであればその日にしたかった。相手がどうしても無理だと言うのだからこの日にするしかなかったのだ。
その仕事が入ってしまって悟天との約束をどうしようかと悩んだ。それが決まった日の夜に話そうかとも思った。けれど、言えば悟天が悲しむのは分かっていた。何より、その日を楽しみにしていると話す悟天に言い出すことが出来なかった。
「決まったものはしょうがないだろ。だからその日にでも言おうとしたんだけど、お前が凄く楽しみにしてるのが分かったから言い出せなかったんだ。結局、今日まで言えなくてこんなことになったのはオレのせいだ。ごめんな」
言おうと思いながらも言えずに当日になってしまった。今日になってしまえば否が応でも言わなければならない。それで話した結果がこれだ。もっと早くに言えば良かったのかもしれないと後悔しても遅かった。悟天と言い争いのようになってしまい、挙句の果てには悟天にまであたって、その悟天は飛び出して行ってしまった。これも全ては自分がちゃんと話さなかったのが悪い。悟天をこんな気持ちにさせてしまったのも全部自分のせいだ。
それが分かったからといって時間は戻せるものではない。それなら何が出来るのか。そう考えて出した結論は悟天ともう一度話して謝るということだった。だからあの後、悟天のことを追ってやっとここまで来たのだ。
「ううん。もういいよ。それより、仕事はどうしたの?」
「仕事は母さんに頼んできた。だから問題ないよ」
家を出る時、すぐにでも行きたかったけれど仕事のことを放っておくわけにもいかなかった。だから母であるブルマに連絡をしたのだ。ちょっと急用が出来たから行けそうにないと話したところ、ブルマはすぐに分かったと了承してくれた。そんなブルマに感謝をしながら家を出てきた。今頃、会社の方ではトランクスの代わりにブルマが上手くやってくれているだろう。
あんなに仕事が入ってしまったから今日は無理になってしまったと話していたトランクス。でも、その仕事よりも悟天の方が大事だからとブルマに頼んでまでここに来てくれた。それが嬉しいと思う半面、悟天自身もトランクスに言わなければならないことがあると思い口を開く。
「トランクスくん、ごめん。ボク、色々と酷いことしちゃって……」
ちゃんと話を聞くこともせず飛び出してしまって。それと、これはトランクスは知らないことだけれど、キミのことを疑ってしまって。
謝ることも出来ないかもしれないと思っていたけれど今はそれが出来る。だからこそここではっきりと告げる。あの時から今に至るまでにトランクスに対してしたことに対しての謝罪を。今が謝る時だから。
「いいよ。お前は悪いことなんてしてない。元はオレが悪いんだから」
「そうじゃないんだ。だって、ボクはトランクスくんの話も聞かないで飛び出しちゃったし、トランクスくんのことを疑っちゃったりもして……。本当にごめんね」
悪いことをしてないなんてことはない。その元がトランクスにあるとも思っていない。
謝らなければいけないと知っている。ここで謝るのだと分かっている。今言わなければまた言えなくなってしまう。ちゃんと謝らなければいけないから謝る理由だって話す。トランクスがいいと言っても自分の気がすまないから。
そんな悟天の話をトランクスは静かに聞いていた。元は自分のことが原因であると分かっていても悟天はそうじゃないと言った。だからその話を最後までしっかり聞いていた。そして、悟天が言い終わったところで「もういい」と話を止めた。
「分かったよ、お前の気持ちは」
「でも」
「オレだって悪いしさ。今回はお互い様ってことでいいだろ?」
謝らなければならないと思っていたのは二人共だった。そしてどちらも互いに対して謝った。これ以上、謝罪の言葉を互いに言い続けても仕方がないだろう。そう思ってトランクスはこれ以上言うのを終わりにしようと提案したのだ。二人が共に相手に謝りたいと思っているならそれはお互い様ということなのだ。
その提案に悟天も頷く。言われてみればその通りだ。まだ謝らなくちゃいけないという気持ちは残っているけれど、トランクスがそう言うのならこれ以上はなしにしよう。言い続けているだけでもキリがないというものだ。
「さてと、これからどうする?」
聞かれてそういえばそうだと思う。トランクスは仕事をブルマに頼んだのだからもうその心配はない。当然、悟天だって何か用事があるわけではない。要するに二人共何か予定があるわけではないのだ。
「どこか遊びにでも行くか? 最初はそのつもりだったんだからさ」
「うん、そうだね。でも、ブルマさんに任せっぱなしで大丈夫なの?」
「それなら平気だよ。今日一日は任せても大丈夫だって言ってたから」
仕事の方は何も問題がないということを知って悟天も安心する。本当はトランクスもブルマに悪いと思って用事が終わったら戻ろうかと尋ねた。けれどブルマは「今日一日くらいは大丈夫だから安心しなさい」と言ったのだ。加えて「悟天くんとしっかりやるのよ」と言ってくるものだから驚いてしまった。母には何でもお見通しということだろう。
それなのに今から戻ったりしたら逆に何を言われるか。今日の夜にでもブルマにどうだったのかと聞かれるだろうがそれくらいは答えることにする。多少仕事のことも言われるだろうけれど、代わってもらった身なのだから仕方ない。
「行きたい所とかあるのか?」
「うーんと……トランクスくんと一緒だったらどこでもいいや」
そんな悟天の言葉に「なんだよそれ」と言えば「へへっ」と悟天は笑っている。なんだか嬉しそうにしている悟天を見てトランクスも「オレも悟天と一緒ならいいか」と話す。喧嘩という喧嘩でもないかもしれないけど、喧嘩をした後だからこそ余計に一緒に居られればいいと思ってしまうのかもしれない。今はただ、一緒に居られればそれでいいという思いが強い。
「とりあえず、オレの家に戻るか」
「うん」
一緒に過ごすと決めたのだからまずは家に戻ろう。このままここにいるのもいいかもしれないけれど、どこだか分からないような場所よりもよく知った場所の方がいいだろう。悟天もその方がいいと思い、それに同意した。
二人は元来た方に向かって飛ぶ。今度は二人一緒に。どちらかが相手に合わせるわけでもなく、自然と一緒になるスピード。もう互いに相手のペースくらい分かっているのだ。
「あ、そうだ」
飛びながら呟いたトランクスに悟天は「?」を浮かべる。次の言葉を待っていると、すぐに言葉は続けられた。
「オレはお前のことを嫌いになったりはしないからな」
突然言われた言葉に驚きながらもそういえばと悟天は自分が言ったことを思い出した。一人で居る時、トランクスが自分のことを嫌いになるかもしれないと言っていた。それは丁度その時やってきたトランクスに聞かれていたことを今まで忘れていた。それにまさか答えが返ってくるとも思っていなかった。
「覚えてたの!?」
「まぁな」
何の問題もなくなった今ではそんなことは思ったりはしない。けれど、そう言ってもらえるというのは嬉しい。
トランクスとは小さい頃からの幼馴染。そんな彼に嫌いになどなられたらもう何をすることもできないだろう。たかが友達の一人、なんて簡単に考えられるような相手ではないのだ。それだけ悟天にとってはトランクスは大切な存在なのだ。
そしてまた、トランクスにとっての悟天も誰よりも大切な存在なのだ。お互いに嫌われたら何も出来ないだろうというのは同じようだ。二人共がそう思っているのだからどちらも相手を嫌ったりなど出来ないのだろう。
「もしお前がオレを嫌いになってもオレはお前を嫌いにはならないよ」
「ボクだってトランクスくんのこと、嫌いになんてならないよ!」
嫌いにはならない。
たったそれだけの言葉だけれど、二人にとっては大きくて十分なほど。それはつまり、これからも一緒に居られるという言葉でもあるのだから。
「ありがとな、悟天」
「うん。トランクスくんも」
小さな頃からずっと一緒だった幼馴染。そんな彼とこれからも一緒に居られることが嬉しい。
これからも、この先もずっと。二人で一緒に居られるように願っている。
だけど、きっと。二人が一緒に居たいと。そう思う限り二人は一緒に居られるだろう。
ずっと。いつまでも。
fin
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