その人と初めて会ったのは街中だった。
たまたますれ違っただけ。ただなんとなく引かれるようにそちらを見た。本当にただ一瞬の出来事。名前も知らない他人とすれ違うなんて街を歩いていればいつものことだ。だけど、その時は何かがいつもと違った気がした。
二度目に出会ったのも偶然。今度はただすれ違うのではなくこちらが声を掛けた。理由は単純。彼が何か探し物をしているようだったから。余計なお世話だとは思ったが、話をしてみたくてそれを理由に声を掛けたのだ。自分よりも背の高いその男は透き通るような翡翠の瞳をしていた。オレが声を掛けたのに気が付くとこちらを振り向いて初めてきちんと目があった。
なんでも占いで出たラッキーアイテムというものを探していたらしい。オレにはよく分からなかったが、彼が探しているラッキーアイテムを売っているお店をたまたま知っていた。それなら向こうの店で売ってるぜと教えてやれば、案内してくれと頼まれて案内した。それが二度目の出会い。
そして三回目。ラッキーアイテムの件でオレ達は少しだけお近づきになれた。とはいってもお互いの名前を知ったとかそれくらいだ。この日もラッキーアイテムを探していたソイツ、緑間をオレは近くの店まで案内した。
四回目、五回目と繰り返しながらオレ達は徐々に互いのことを知っていく。まぁ移動中にオレがあれこれ聞いてただけなんだけどな。そうやってラッキーアイテム探しをする友達という関係になり、更に年月を重ねていくうちに普通の友達といえるような関係まで進歩した。それでもオレ達が会うのはラッキーアイテムを探す時だけ。今日もまたラッキーアイテム探しに付き合いながらオレ達は街を歩く。
「しっかしさ、その占いもうちょっとどうにかなんねーの?」
「占いなのだから無理だ。誰かが決めていることではないのだよ」
「それはそうかもしれねーけどさ……」
だからってどうしてオレ達は男二人でネックレスなんて探しているのだろうか。しかもただのネックレスではない。誕生日石がついているネックレスときた。だからオレは普通に聞いた。そういえばまだ聞いていなかったななんて思いながらお前の誕生日っていつなんだと。
するとコイツはオレの誕生日はどうでも良いなんて言い出した。それじゃあ探しようがないじゃないかと思ったのだが、どうやらラッキーアイテムの話にはまだ続きがあるらしい。なんでも、親しい友人の誕生日石がついているネックレスならなお良し、と。なんなんだその占いとは思ったが、占いでそう出たのなら仕方がないんだろうか。
「つーかさ、真ちゃんにとってオレって親しい友人なの?」
さっきは普通に十一月だと自分の誕生日を答えてしまったけれどよくよく考えればそういうことになる。それなら嬉しいなと思ったけれど「お前ぐらいしか友達と呼べる相手が居なかっただけだ」と返ってきてああそうかと納得してしまった。
別にそれは真ちゃんが友達を作るのが下手だとかそういう話じゃない。そもそも友達を作る機会がないんだ。オレ達がこうして会っているのだってラッキーアイテムを探す時だけでそれ以外は一切ない。これもその程度の奴だからとかではなく、真ちゃんに許されている時間がそれしかないからである。
真ちゃんは貴族の息子だ。本当ならこうして一人で出歩くのも良くないらしい。だが、ラッキーアイテムは真ちゃんにとって必要なものだからと出歩くのを許可されている。普段はオレには到底分からないような難しい勉強などをしている。前に少しだけ聞いたけれどオレにはさっぱりだった。
そんな真ちゃんに友達と呼べるような相手がオレしか居ないのも当然といえば当然の話だ。それって楽しいのかと聞いたことがあるけれど、それがオレのやらなければいけないことだと答えられた。
きっと真ちゃんに自由なんてないんだろう。そして真ちゃんもそれを受け入れている。楽しいかどうかではなくやらなければいけないからやる。そんな世界に身を置いているのだ。
「真ちゃんはこれからもそうやって勉強とかして、大人になったら親の後を継ぐの?」
「そうだろうな」
これだけやっていて後を継がないというのもないか。それこそ今まで何の為にこんなことをしていたのかという話になる。
でも、その方が真ちゃんにとっていいのかなと思ってしまった。
だって、このままいけば真ちゃんは今以上に決められた枠の中で生活をすることを強いられる。それが当然の流れでそうなることが当たり前だとしても、それはなんか違うんじゃないだろうか。
貴族の子供はみんな後を継がなければいけないなんて決まりはないだろう。子供には子供の自由があるはずだ。だけど、周りの大人達がそれを許してくれなかったんじゃないだろうか。そんな環境で育ってきたから真ちゃんはそれを受け入れているんだろうけれど、やっぱりオレは違う気がする。
「でもさ、そしたらオレとも会えなくなりそうだな」
今でさえこれだ。貴族として彼の親が立っているところまで行ってしまったらまず一人で出歩くなんてことが出来なくなりそうだ。ラッキーアイテムも誰かが探すのかもしれない。それか真ちゃんが誰かを連れてこの街の中を探しに行くんだろうか。
……それはなんか嫌だな。別にオレはラッキーアイテムを探す係になりたいわけじゃない。ぶっちゃけなんでそんなどこにあるかも分からない物を探すんだよと思ったこともある。でも、真ちゃんが一緒だから何だよそれと笑って探しに行った。オレはただ真ちゃんと一緒にいる為の口実が欲しくて、ラッキーアイテムを探すだけの短い時間でも共に過ごせることが嬉しかった。
どうしてそんな風に思うかって、オレが真ちゃんに一目惚れをしたからだ。
初めて街中で会った時から惹かれている。なんていえばいいのかな。その時の気持ちを言葉で表現するのは難しいんだけど、全然目が離せなかった。人混みに消えていくその姿をずっと追ってしまった。それが一目惚れだと理解するのに時間は要したけど、男だとかそんなの関係なくオレは真ちゃんが好きなのだ。
真ちゃんがオレをどう思っているかは知らない。でも、嫌われてはいないだろうしどちらかといえば好きな方に入るんじゃないだろうか。本人から直接聞いたことはないけど、前に――――。
「オレと会えなくなったら、少しは寂しいとか思ってくれる?」
「なぜお前と会えなくなっただけで寂しいと思うのだよ」
「だって友達と会えなくなるんだぜ。寂しいじゃん」
別に寂しくなどないと否定されてしまった。うーん、残念。寂しいと言って欲しかったわけでもないけど、寂しいと言ってもらえたら嬉しかったかな?
まぁ、オレが聞きたいのはそんなことじゃない。オレが聞きたいのは。
「オレは真ちゃんと会えなくなったら寂しいけどな」
だって好きなんだ。好きな人と会えなくなるのは寂しいだろ。友達としても会えなくなるのは寂しい。数日会えないだけとかそういう話じゃないんだ。後を継いだらその先はずっと、といっても過言ではないだろう。
今だっていつ会えなくなるか分かったものではない。もしかしたら明日急にもう会えなくなった、ということになってもおかしくはない。真ちゃんはそういう立場の人間だから。
「なあ、真ちゃんはオレのこと好き?」
寂しいか寂しくないか。それよりもこの答えが知りたい。
今までオレから真ちゃんに好きだと伝えたことはある。冗談っぽく言ったから冗談だと思っているかもしれない。そもそも男が男を好きになるなんてこれっぽっちも考えていないかもしれない。
だけど一度。オレ、お前が好きなんだ、と真剣に口にしたことがある。
真っ直ぐに翡翠を見つめ、こちらをじっと見つめるその顔に手を伸ばした。白い肌に触れ、ちゃんと温かいんだなとか当たり前のことを思ったりしながらオレは身長差を埋めるだけの背伸びをした。
オレがどんなに頑張ってもオレ達には二十センチ近い差がある。オレだけではその間を埋められない。けれど、オレはちゃんと真ちゃんまで届いた。どうしてかって、考えられる答えは一つしかない。真ちゃんがオレに合わせて少しだけ屈んでくれた、ということだ。
「どうしてそんなことを聞くのだよ」
「いーじゃん。減るモンじゃないんだし教えてよ」
目に見えて何か減るものはない。だが、真ちゃんは減ると言って足を速めた。一体何が減るというのか、なんて聞いたりはしない。言いたいことはなんとなく分かる。
オレは前を歩く真ちゃんに小走りで追いつくと再び並んで歩きながら話を続ける。
「オレは真ちゃんのこと好きだぜ」
「いつも聞いている」
「たまには真ちゃんからもお返事くれても良いと思わねぇ?」
「お前が勝手に言っているだけだろう」
「そうだぜ。けど、このままいったら真ちゃんの返事を一度も聞くことなくお別れになりそうじゃん」
それがいつかなんて分からないけれどいつかは確実にやってくる。その答えがどちらでも構わない。ただ答えを聞いてみたかった。
冗談っぽく言ってるけどさ、これでも全部本気だったりするわけで。告白されたら返事をするというのはお決まりだろ。真ちゃんの中にそのお決まりがあるかは分からないけど、最後の言葉に僅かだが反応したのを見逃さなかった。
「別にお前に同じモンを求めてるわけじゃねーよ。ただ返事が欲しいだけ」
だから教えてよ。
なんて、ずるいかな。こんなことを引き合いに出してさ。でも、こんなことを聞くのはこれっきりにするから教えて欲しかった。オレはこれから暫く真ちゃんに会えなくなるから。
「オレさ、明日にはこの街を出るんだ」
「……どういうことだ?」
「親の都合。だから当分は真ちゃんに会えなくなる」
オレがこの話を聞いたのも数日前だったけど、その数日の間に言い出せなかったのは真ちゃんと居たいと思ってしまったから。子供のオレが残ると言っても親は認めてくれない。そもそも親は真ちゃんのことを知らない。知られれば引き離されてしまうかもしれないのはどちらも同じである。真ちゃんの場合は自分が貴族だから、オレの場合は身分が違うのだからと。友達といったところで変に詮索されても困るから何も言わないでいる。
戻ってこれるのは早くてどれくらいだろう。オレが大人になれば一人で何しようとそこまで強くは言われないだろう。その時に真ちゃんがまだオレと会えるような環境に居るかは分からないけれど。
「だからもうラッキーアイテム探しも付き合ってやれない。急にゴメンな」
そんなことを話しているうちにネックレスを取り扱っているお店まで辿り着く。真ちゃんが何かを言おうとしたけれどまずはラッキーアイテムが先だ。これがないと本当に命の危機になるのだ。
このお店には誕生石のネックレスというものがあるのだろうか。実はここで三件目だ。時間的にもそろそろ見つけないとヤバい。店員のお姉さんに誕生石のネックレスってありますかと尋ねたら、幾つかはあったと思うんだけどと商品を持ってきてくれた。
並べられたネックレスは五本。一つずつ確認してやっぱりダメかと思ったが、最後の最後で見つけた。十一月の誕生石であるトパーズが嵌められたネックレス。
「これ、で良いんだよな?」
確かこれだったと思うけれどオレは誕生日石に詳しくもない。後ろに立っている緑間に尋ねれば肯定が返ってきてほっとする。これで今日も平穏な生活を送れることだろう。
会計を済ませるとオレ達は店を出て来た道を戻る。行きよりもペースが速いのはかなり時間が掛かってしまったからだ。あまりに遅いと心配されて探されるかもしれないから。オレ達が二人で居るのが見つかるのは不味いからと自然にペースが上がる。
その間、オレ達は特に会話もなくただ歩いた。いつもなら行きも帰りも話をするけれどお互いに何も言わなかった。そうしている間にもどんどん時間は無くなる。いつもの分かれ道まで辿り着くのもあっという間だった。
「じゃあね、真ちゃん。頑張ってね」
結局返事は聞いていないけれどまぁしょうがないか。オレはくるりと背を向けて自分の家へと向かう。
「待て、高尾!」
そんなオレを引き留める声がする。珍しい。普段はこれで終わりになるんだけどな。やっぱり無理になんて聞こうとするんじゃなかったかな。
「気にしなくて良いよ。また会えると良いな」
「オレは待てと言っているのだよ。勝手に行こうとするな」
真ちゃんのことだから気にしてくれているんだろう。気にしなくて良いのにと伝えても、引かないどころか真ちゃんはオレの腕を掴んで近くの細道に引きずり込んだ。
これには流石に「どうしたの?」と緑を見てしまう。ここまで来ると珍しいとかいう話じゃない。わざわざこんなところに身を隠すなんて理由がなければしないだろう。親や周りに隠しているとはいっても街中を普通に歩いているのだから。そこまでしなければいけない何かがあるのか。
そんなことを思っていたら、不意に唇にやわらかいものが当たる感覚がした。
「しん、ちゃん……?」
「暫く会えなくなるのだろう。待っているから、さっさと戻ってくるのだよ」
目は合わせてもらえなかった。だけど、暗いこの場所でもはっきりと分かるくらいに真ちゃんの顔が赤く染まっていた。
嫌われてはいないと思ってたし、結局返事は聞いてない。でもまぁ、言葉にするばかりが返事とも限らない、か。
「戻ってくるよ、絶対。必ず会いに行くから」
たとえ真ちゃんがその時にはオレと会えないような場所に居たとしても、オレは必ず会いに行く。何をしてでもお前に会いに行く。
だって、お前は待っててくれるんだろ? それなら会わないわけにはいかない。
「迎えに行くから、待っててくれる?」
そしてその時は…………。
何も言葉にはせずにそれだけを尋ねる。意味は多分伝わっている。これだけ近くで見ていれば分かる。その上で真ちゃんは頷いた。
「来なかったら探しに行ってやる」
「それは頼もしいな。じゃああまり変わらないようにしないとな」
見た目が変わってたら分からないかもしれないしと笑う。けれど、真ちゃんは真っ直ぐな瞳で「それでも見つける」と口にした。
どうやら、オレが知らなかっただけでオレ達の気持ちはもっと前から通じ合っていたのかもしれない。オレも真ちゃんがどんなに変わったとしても見つける自信がある。それほどまでに真ちゃんが好きだから。真ちゃんもそうなのかな、なんて思った。
「ありがと。でも、オレが迎えに行くからそんな心配はしなくて良いぜ」
「その言葉、忘れるなよ」
忘れるわけないだろ、と今度はオレから口付けを交わした。
離れるのが名残惜しいが時間は待ってくれない。唇を離しそのまま距離をあける。そしてもう今度こそ告げる。
「またな、真ちゃん」
またいつか、この場所に戻ってくるその日まで。その時が来たら、今度は共に歩んでいこう。
いつか必ず迎えに行くから
(だから待ってろよ)
(さっさと戻ってくるのだよ)
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