2.



 親の都合でこの街を出ることになったのが八年前。辺境の地と呼ばれるような田舎で暮らしていたが、いざ暮らしてみればそれほど不便もない。国の中心でもあるような街からすれば確かに辺境だけど、そこの人達はみんな親切でとても良くしてくれた。
 元々親の仕事の関係で引っ越すことになったオレは、本当は家族とここで暮らして行くべきなのかもしれない。長男だから、というのもある。でも、オレは必ず戻ると約束したんだ。
 だから一人で街に出たいと話して、多少は親と揉めたけれど最後は認めてもらえた。そしてオレは八年振りにこの街に戻って来た。


(八年経っても街そのものは、そんなに変わらないもんだな)


 それでもオレが知っている街並みとは変わっているが、思っていたほど大きな変化はなかった。歩いてみればところどころに違いはあったものの、どちらかといえば帰ってきたんだなという気持ちの方が大きかった。
 まあそれはさておき、問題はこれからどうするかだ。


(約束はしたけど、八年も前のことだからな……)


 向こうが覚えているかも怪しい、とはあまり思っていないけれど。相手は貴族の息子。八年も経てば家での立場も変わっているかもしれないし、そうだとすれば気軽に街中を歩けるような立場でないという可能性も十分にある。その場合、どうやったら会えるのだろうか。


(普通に考えれば会えるわけない)


 そんなことは分かっている。だけど、オレはあの約束を守りたい。
 どうにかして会えないものかと思うが、向こうが何をしているのか分からない以上。考えたところで答えなんて出るはずもない。かといって、今どうしているかを調べる術もない。完全に詰んでいる。
 こうなったら、地道に会える日を待つしかないのだろうか。庶民のオレが家に押しかけるわけにもいかない。街中で偶然出会ったことから始まったオレ達だ。その偶然に賭けてみるのも……。


「偶然なんてそうあるものじゃねーよな」


 はあ、と溜め息を吐きながら大通りを眺める。この街に戻って来てから、時間のある時はこうして外に出歩いているけれど、そう都合よくはいかないようだ。当たり前といえば当たり前だ。オレだってそう簡単に会えるとは思っていなかった。


「どうすれば良いんだろ……」

「悩み事かい?」


 独り言だったはずのそれに答えが返ってきたことに驚いて、声のした方を振り返る。そこには、深めにフードを被った女性がひっそりと店を構えていた。


「えっと、アナタは……?」

「最近の若い者は悩みが多くていけないね。そんな暗い顔をしてたら運も逃げてくよ」


 そう話す女性が座っているテーブルの上にあるのは真ん丸の水晶玉。あっちの店の並びの中ではなく、こんな路地裏の入り口で店をやっている理由は何だろう。見るからに怪しいけれど、雰囲気からして占いを商売にしているのだろうか。それでこんな場所を商売の場に選んでいるのか。
 占いには興味のないオレにはその辺のことはよく分からない。だけど、こういう場所の方が雰囲気はあるのかもしれない。怪しいけれど、占いなんてそんなものか。


「あの、お金を払えば何でも占ってもらえるんですか?」

「それがアタシ等の仕事だからね。けど、占いは何でも分かるってモンじゃないよ」


 それは、まあそうだろう。占いで自分の未来がはっきりと分かるのなら誰だって占いを……したいと思うかは分からないけど。そんな占いが現実にあるわけがない。まず当たるのかどうかも怪しい。当たらないことの方が多いだろう。
 と、こういう考え方をするような人間が占ってもらう意味はあるのか? 占いなんてそう当たるものじゃないと思うけど、その占いがなければオレ達は出会わなかったんだよなと思うと。


「全く、困ったお兄さんだね」


 一人で考え事をしていると、その女性はそう言ってこちらを見た。続けて、占いを信じていないのに占いを頼るのかい、と尋ねられたのには驚いた。
 何で分かったのかと聞けば、そんなことは見れば分かると言われた。それほど分かりやすく態度に出ていたのかと思ったが、占いを信じていない人間なんてみんなそんなもんだと話してくれた。こういう商売をしながら、占いを信じている人もそうでない人も色々見ているから分かるということだろうか。


「アンタが悩んでいるだけ、相手も悩んでるよ。さっさと新世界にでも飛び立ったらどうだい」

「新世界?」

「新しい世界だよ。辛気臭い顔で店の傍に居られたら商売にならないからね」


 いつまでもこんなところに居ないで、早くどこかに行けということか。でも、確かに金も払わないのにいつまでも店の前に居る客は邪魔だろう。いや、それは客ともいえないだろう。女性の言っていることは正論だ。
 すみませんでしたと謝罪してもう一度街を歩こうかと一歩進んだところで、女性は「ちょっと待ちな」と呼び止めた。


「たまには思い切ってみるのも悪かないよ。そこが天国なのか地獄なのかはアタシにゃ分からないけどね」

「はあ……」

「男なら腹括って飛び込んだらどうだい。アンタは何しにここに来たんだ?」


 何をしにって、ここに来たのはたまたま偶然で……。
 そこまで考えたところで漸く気付く。この人、もしかしたら。


「あの、それってどういう……」

「いいからもう行きな。これ以上お前さんに話すことはないよ」


 確証はない。だけど、もしかしたらさっきまでの話は全部、適当なことを言っていたのではなくオレのことを言っていたのだとすれば。
 占い師というのは人の考えていることも何もかも分かるものなんだろうか。話も聞かないでそんなことが分かるわけがないと思うけど、これはお代を置いて行くべきなのか。勝手に占われはしたもののお代を払えとは言われていないが、それを真と受け取るなら。
 所詮は占いだけど、その占いを本気で信じている奴には本物になる。だから、と思ったところで。


「ああ、こっちが勝手にやったことでお金なんか取らないよ」


 やっぱり人の考えも分かる――のではなく、これはオレがさっさと行かないからか。女性は早く行きなと言った後に「それに」と小さく続けた。


「お代はとっくにもらってるからね」


 全くとんでもない仕事を引き受けちまったよ、と女性は愚痴のように零した。
 お代はもらっているって、オレは一銭も出していない。それに仕事って、何かを頼まれていたということか。何かって、この場合は何になるんだろう。オレに話しているんだから、オレに関すること? だけどこの街でオレのことを知っていて、直接オレではなく別の人間を通して話をしようとする奴なんて……。


「すみません、ありがとうございました!」


 それだけを言ってオレは店を後にした。そんなことをする奴なんか一人しかいない。オレのことを知っていて、直接会うのが難しい相手。そして、オレが探している男。


(今迎えに行くから、もう少しだけ待ってて)