3.



「やって来たのは良いけど」


 さて、ここからどうしたものか。
 あの占い師の話がどこまで本当なのかは分からない。ほぼ間違いなくアイツに頼まれたんだろうけど、それならもっと分かりやすく言ってくれれば良いのにとは思った。それとも、あれもカモフラージュか何かの為……っていうのは流石に考えすぎか。


(腹括れって飛び込め、か)


 カモフラージュというよりは、頼まれていたのがもっと簡単なことだったのかもしれない。それをあの女性なりに、つまり占い師として伝えてくれたと考えるのが一番有力な線だろう。
 それを踏まえて考えると、やっぱりここはオレが入って行けということなんだろう。正面から、はやっぱり無理な気がするけど。かといって、こんなところに忍び込んだのがバレたらどうなるんだ。


「……迎えに行くって、約束したもんな」


 下手を打って殺されたらその時はその時、と楽観的に考えるのは良くないだろうが。それでも、オレはアイツに会わなくちゃいけない。
 だって、アイツも待っていてくれてるから。
 約束を覚えていてくれて、遠回しだけどオレに道しるべを残してくれた。アイツは信じていてくれたんだから、オレもそれに答えないわけにはいかないだろう。

 よし、と腹を決めてオレはそこに一歩踏み込んだ。



□ □ □



 貴族のお屋敷というだけあって、敷地もかなりある。この中のどこに居るのかなんて分からないが、そこは家の人に見つからないように探していくしかないだろう。
 なんかやっていることがただの泥棒だよなとは思ったが、他に方法も思いつかなかったんだから仕方ない。


(窓から見える部屋に居てくれれば良いんだけど)


 そうすれば家の中を歩き回ることはないんだけどな、と思ってみたが敷地内に居る時点で大差ない気もした。まあ細かいことは良いだろう。とにかく今はどこに居るのかを探す方が先決だ。
 ぐるっと家の周りを一周。そう都合よくはいかないかと次の行動を考えようとした時、ガチャという音と共に部屋に入ってきた青年が一人。


「あ……」


 見間違うはずもない。オレはあの色に引かれたんだ。綺麗な緑。透き通る翡翠。八年前、道端ですれ違ったその色が忘れられなかった。

 ――と、いつまでも見惚れていてもしょうがない。
 見つかったのならやることは一つ。手っ取り早く向こうに気付いてもらえるように、窓を軽くノックした。そうすれば、その音に気付いた翡翠がこちらを見る。するとその翡翠が大きく開かれ、すぐに窓を開けてくれた。


「久し振り、真ちゃん」


 かれこれ八年振りになるなと、平然を取り繕って話す。まさかこんな場所で騒ぐわけにもいかない。必然的に声も控えめになる。
 けど、元から美形だったのが八年でまた随分と綺麗になったなと。間近で真ちゃんを見てついそんなことを思ってしまった。八年という歳月を改めて実感した気がする。


「高尾……なのか……?」

「約束しただろ? 迎えに行くって」


 言えば、真ちゃんの手に力がこもるのが分かった。ああ、抱きしめたいな。そう思ったけれど、窓越しでそれはちょっと難しいものがある。


「ごめん、遅くなった」


 いつまでに迎えに行くと約束をしたわけではない。だけど、本当はもっと早くに戻って来たかった。それが子供のオレのは無理だったから八年も掛かってしまったけれど、無事に約束を守れて良かった。


「オレが居なくて寂しかった?」

「…………そうだな」


 冗談で言ったそれに肯定が返ってくるとは思わず、驚いた。てっきり、そんなことないとか言われるんだと思ったのに。


「このオレをこれだけ待たせた責任、どう取ってくれる」


 更にそんな風に続けられて、一体どうしたものか。
 ……なんて、オレなりの答えならもう出ていた。初めから言うつもりだったそれは、八年前にも言葉にしようとしてしなかったもの。あの時、言葉にしなかったのは勇気がなかったから。でも、その意味はきっと通じていた。だから、答える。


「オレと、一緒に来てくれませんか?」


 そう言ってそっと手を差し伸べる。一緒に居た時間なんて極僅かなものだったけれど、それでもオレにとって真ちゃんは特別だった。そして多分、真ちゃんにとってのオレも。だって、オレ達は確かに両思いだった。
 一緒に居たくても居られない。それがもどかしくて、けれど家柄からして仕方のないことでもあって。だけど、戻って来た時には一緒になりたいと思った。これからを共に歩んで行きたいと。
 普通に考えれば無理な話だ。分かっている。それでもオレはこの手を伸ばす。


「……全く、遅すぎるのだよ」


 真ちゃんはそう言って微笑むと、オレの手を掴んでくれた。そしてそのまま窓を飛び越えて外に出る。貴族の息子の割に大胆というかなんというか。


「あと少し遅かったら、こちらから探してやろうと思っていたところだ」

「悪かったって。これでも出来るだけ早く戻れるようにオレも頑張ったんだよ」


 そのようだな、と言った真ちゃんはそのまま少しばかり屈んで唇を重ねた。予想外過ぎる行動にぽかんとなる。
 だって、前は聞いたってまともに答えてさえくれなかったのに。再会した途端、こんなに素直に出られたら誰だって驚くだろう。そりゃあ、嬉しくもあるけれど。


「間抜けな顔だな」

「……誰のせいだよ。どこで覚えたんだよ、こんなこと」

「どこも何も、オレはお前としかしたことはないのだよ」


 それは言外に、オレだと言っているんだろうか。キスなんて数えるほどしかしたことはないけれど、キスをする理由は好きだから、か。両思いだということは分かっていたが、真ちゃんの方からこうもしてくれるとは思いもしなかった。
 でも、それだけ真ちゃんもオレに会いたいと思ってくれていたっていうことなのかな。オレがさっき、抱きしめたいと思ったように。好きで、久し振りに再会して、触れ合える距離に居て。


「好きだよ、真ちゃん」


 これを伝えるのも八年振りになる。何度も何度も伝えたその言葉。両思いだってことも分かっているけれど、それでも同じ言葉で返してもらったことはない。通じているんだから良いと言えばその通りだ。でも、今なら聞ける気がして。


「ねえ、真ちゃんはオレのこと好き?」


 いつか聞いたのと同じことをもう一度尋ねる。
 結局、あの時は答えてもらえなかった。別に言葉が欲しいわけじゃない。言葉にすることが全てではないし、言葉にしなくたってちゃんと伝わっている。それでも、一度くらいは言葉でそれを聞いてみたくて問う。

「…………好きでなければ、八年も待っていないのだよ」



 初めて言葉で聞いた“好き”という単語に心が温まる。そしてやっぱり好きだなと思うのだ。そう、好きでなければ八年経って迎えに行ったりしない。言われなくたって知っていたけれど、言葉一つでこんなにも満たされる。


「うん。待っててくれてありがと」


 それから、八年間。ずっと好きでいてくれてありがとう。
 男同士だとかそんなことは関係ない。世間体だって気にしない、と簡単に言えることではないかもしれない。けど、人目を気にせず二人で暮らして行ける場所に。


「行こう、真ちゃん」


 その手を引いて走り出す。誰にも見つからないように家の敷地を抜けて、そのまま街の外まで。
 本当に良いの、なんて聞く意味もないだろうから聞かない。この手を取ってくれたことが全てだ。分かっている。分かっているから、振り返らない。決めていたんだ、あの時から。お互いに。







迎え

(これからは共に)
(二人で一緒に歩んで行こう)