1.
「オレ達、こんなトコで何やってんだろうな」
つい先程まで暑い暑いと散々騒いでいた奴がベランダの淵に背を預けて部屋の中を振り返った。
ミンミンとセミの鳴き声が聞こえる。一つ風が通り過ぎれば木々が揺られて葉が擦れあう音が聞こえてくる。窓からは太陽の光が降り注ぎ、部屋の気温は三十度を優に超えていることだろう。それでも冷房や扇風機を使っていないのは単純に節約の為である。
「後悔しているのか?」
「まっさか。後悔なんてするワケないじゃん」
やはり外は暑かったのか、高尾はベランダから戻ってくるなり緑間のすぐ隣までやってきて腰を下ろした。たかが畳一畳分の距離を移動するのには数秒も掛からない。歩数にして二歩もあれば十分だろう。この六畳一間の空間で暮らしていれば珍しくもない距離だ。
隣にやってきた高尾は顔を僅かに上げて翡翠を見つめる。二つの視線が交わると小さく笑みを浮かべ、そっと二人の距離を縮めた。
後悔なんてする訳がない。
だって、これはオレが選んだ答えなんだから。
□ □ □
二人がここで暮らし始めるようになったのは今年の春のことだ。大学を卒業してからこの部屋で二人一緒に住んでいる。それまではお互い実家暮らしをしていた。
それがどうして大学を出てから共に暮らすことを選んだのかといえば、お互いの職場から近い訳でも金銭面の問題でもない。互いの利害の一致だけで高校時代の友人とルームシェアなんてしない。
いや、しないとは言い切れないかもしれないが、まともに連絡も取りあっていなかったような相手とそれだけの理由でルームシェアはしないだろう。彼等は大学に通っていた四年間、連絡を殆ど取っていなかった上に会ったのも年に二回程度。そんな相手と今更ルームシェアをするなんて人間はそう多くはないだろう。
「聞かれる度に驚かれるけどそんなに変か?」
高校を卒業してから二人が会っていたのは毎年決まって二回だけ。高校時代に知ったお互いの誕生日、七月七日と十一月二十一日の二日間だ。一年に一度の誕生日にだけ連絡をして会う。親しかった友人と会う頻度としてはあまりにも少なかった。
何か会いたくない理由でもあったのかといえば、そういう訳ではない。会わなかった理由は至極単純でお互いに大学生活が忙しかったから。わざわざ会う時間を作る暇がなかっただけだ。
だが、一番の理由はそれ以上にお互いが相手に特別会いたいと思わなかったということだろう。だから連絡さえも殆ど取り合わなかったし、年に二回しか会わないようになったのは必然だったともいえる。
「確かに一緒に居ることは多かったけどさ」
「周りからはそう見えていたということだろう」
かつてのクラスメイトやチームメイトはそれを聞く度にあれだけ親しかったのにと疑問を浮かべた。クラスも部活も一緒、秀徳バスケ部のスタメンでエースと司令塔。いつも一緒に居ることが当たり前でニコイチ扱いもよくあった。実際、あの頃は家族よりもお互いと居る時間の方が長かった。
だからクラスメイト達は卒業してからも二人が連絡を取っているものだと思い込み、相手は元気かと尋ねて「さあ」と素っ気なく答える彼等に驚かされたものだ。聞かれた回数と驚かれた回数はイコールだったが、何人に聞かれたのかまでは覚えていない。
「まあでも、あの頃はどこ行ってもニコイチ扱いされてたよな」
「不本意だったがな」
教室でも部活でも。それどころか休日に街中で出会った他校の知り合いにも今日は一緒じゃないのかと言われる始末。
どれだけ一緒だと思われているんだと本人達も思うくらいにはニコイチ扱いされていた。周りからは今でもそのイメージが抜けていないということなのだろう。
二十歳になりお酒が飲めるようになった年、居酒屋でお酒デビューをしながら二人はそんな話をしていた。先輩も後輩も友人達も。みんなして同じことを言うものだから一体オレ達のことどう見てたんだよと笑いながら空いたグラスに酒を注ぐ。
本人達はこんなにあっさりしているが、この二人は一緒に居ることが当たり前。緑間の隣には高尾が、高尾が居なければ緑間に聞く、緑間のことは高尾に頼む。それで成り立っていたのが高校時代だ。お互い別の進路を選んだのだが、その時も進路の話になる度にお前等は同じ大学に行くのかと思っていたと何人に言われたことか。
そんな二人が違う大学に進学し、更には殆ど連絡を取らなくなっていた。友人達からしてみればそれを驚かずにどうしろというのか。何かあったのかと心配された時は流石にオレ達を何だと思っているんだと突っ込みたくなった。
「普通は近況とか連絡し合うモンなのかね。オレ達も連絡してなかったワケじゃないけどさ」
ただそれが人より少ないだけ。自分から連絡するのは年に一回、相手からも同じように一回だけ連絡が来るから合計で二回。それだけだとしても全く連絡を取っていない訳ではないのだから卒業してから一度も連絡を取っていない相手よりはマシだろう。そんな相手はそれこそ何十人と居る。それに比べれば良い方ではないだろうか、と二人は思う。
今日もこうして二人が会っているのは高尾の誕生日だからだ。いつものように緑間から連絡が来て、毎年のことだからと高尾も予定を空けていた。どちらかが決めた訳でもなければ、年に一度しか連絡をしてはいけないという約束もしていない。なんとなく、それこそ自然にこの形になっていったのだ。
「人によるだろ。オレはあまり連絡を取っていないが」
「オレも課題やバイトで忙しいからな。同窓会とかも全然行ってねーや。真ちゃんは?」
「同じだ。連絡は貰っても都合のつかないことが多いのだよ」
仮に都合がついたとしても行かないのだろうが今のところは本当に予定があって参加出来ないでいる。クラスの同窓会であったり部活の同窓会であったり、声を掛けられることはあってもこれまでに一度たりとも参加していない。緑間は加えてキセキの世代と呼ばれた面々で集まらないかと声を掛けられたこともあるようだが、都合が合わずに不参加となっているのが現状だ。
ここまで顔を見せないと「お前等いつなら空いてるんだよ」だとか「たまには顔出せ」なんてことも言われるのだが、都合が悪いのだから仕方がない。知り合いと会うのも大抵が道端でばったりのような偶然のパターンが殆どだ。連絡をもらって会うこともあるけれどそう多くはない。
「にしてもさ、オレ等もう二十歳だぜ? 出会ってから五年も経ったなんてビックリだよな」
「そんなに経つのか」
高校に入学した時は十五歳。そこから数えると今年で五年の付き合いになる。毎日顔を合わせていた高校時代は誰より多くの時間を共有していた。ここ二年はお互いの生活もあり会う機会は殆どなくなったけれど、それでもこうして付き合いがあるのだからそれなりに親しい間柄である。人付き合いの仕方なんて人それぞれ、疎遠になっていようと二人が親しい友人であることに変わりはない。
この二年間で二人が会っていた時間は、合計しても高校時代に過ごした一日にも満たない。それでも何も変わらないでいる。変わらないということこそが本当の友達であることの表れなのだろう。どんなに会わなくても次会った時に昔と変わらずにいられる。そんな友人は数多くない。二人にとってはお互いがそうだった。
「この先もずっとこうなのかな。彼女作っていずれは結婚して、子供が出来たら年賀状には家族の写真載せんの。そんでオレ達の子供達が仲良くなったりしてさ」
それは誰もが思い描く幸せな家族像。一人の友人として結婚を祝い、もしかしたらそこでスピーチをやったりして。文字だけの年賀状が家族写真での挨拶に変わり、お互いの子供が仲良く一緒に遊ぶようになる。男の子同士だったら自分達のようにバスケで相棒になるかもしれない。
そんな幸せな未来を想像しながら杯を傾ける。やっぱりいつかはそんな未来がやってくるのだろうと。
とはいえ、今は彼女もおらず結婚予定などないに等しい。この間まで付き合っていた彼女には振られてしまったと少し前に話したばかりだ。
これで何人目だと聞いても覚えてないで終わり。男女関係にまで口出しをするつもりはないが、これでは付き合った女性も報われない。どうしてこんな男と付き合ってしまったんだろう、と思われている可能性も無きにしも非ず。何せこの男は毎度女性から振られる側なのだ。
「結婚予定もないのによく言う。結婚願望はあるのか」
「んーどうだろ。あんま考えたことない。真ちゃんは何歳までに結婚したいとかある?」
「…………二十二くらいか」
「それ結構近くね!? え、今お付き合いしてる人とかいんの?」
「いない。あくまで何歳までに結婚したいか、だろ」
その年齢になったら結婚するのではない。結婚したいというだけの話だ。実際に出来るかどうかは努力次第といったところか。
けれどまさか、緑間の口からそんな話が聞けるとは。しかも二十二歳といえば二年後の話である。三十歳までには結婚したいとか、結婚とは運命の出会いだから年齢など関係ないとか、そういった答えが返ってくることは予想していたがこれは予想外すぎる。興味がないと言われる覚悟もしていたのだ。
あの緑間が……と呟いていると「そういうお前はどうなんだ」と聞き返されて「今は特にない」とだけ答えた。彼女と別れたばかりらしいからあまり考えたくないのかもしれないとこの話はここで終わる。話を振ったのは高尾の方からであったが、お互い深く話すような内容もなかったから。
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