2.



 近況について話したり他愛のない雑談をしたり。そんな何でもないひと時を過ごして別れる。次の年も同じように連絡を取り合って大学での出来事などを報告した。毎年特に変わったこともなく、いつも似たようなやり取りを繰り返している。
 結婚がどうとか話した割には、相変わらず二人で会う時に彼女がいるという話にはならない。あって振られたという話ぐらいだ。どちらもモテない訳ではないのに色恋話はさっぱりだった。

 それは彼等が四年生になった時にも変わらなかった。
 大学を卒業するこの年にもなれば就職活動も始めている。彼女については触れない方が良いのかというくらいに何もない。それでも話題に上るのは、高尾がわざわざ話を振ってくれるからだ。


「このご時世、就活で内定取るのは一苦労だよな。真ちゃんはもう内定取った?」

「ついさっきお前が自分で言っていただろう。内定を取るのはそう簡単ではないのだよ」

「だよな。真ちゃんでもやっぱ就職活動は苦労するか」

「……お前はオレを何だと思っている」


 頭が良くてスポーツも出来る。容姿端麗で背も高いけれど、ちょっと電波なところがあっておは朝信者。頑固というよりは自分の意志を真っ直ぐ持っていて優しいところもある。それからチームのエースでコートの端からシュートを決められることが出来る超人。語尾になのだよ。
 一体どこから突っ込んだら良いのか分からないことをやたらめったらに並べられて緑間は眉を顰める。結局どこから突っ込むべきか分からずに「お前は俺を何だと思っているのだよ」ともう一度繰り返すこととなった。今度は「オレのエース様」と一言で返って来たから「オレはもうエースではない」とだけ返した。今更説明する必要はないだろうが、二人は既に酒瓶を何本か開けている状態だ。


「えー? オレにとってはいつまでも愛しのエース様だぜ」


 いつまでも高尾にとっての緑間はエースなのだ。色褪せることのない高校時代の記憶。その中でも一際目立つ緑。高校生だった頃を思い出す度に緑がちらつく。コートの端から放たれる綺麗なループが頭から消えることはこの先も絶対にない。


「そういうことを言っているから彼女に振られるんじゃないのか」

「彼女の前でそんな話にならねーし。なんで彼女に高校ン時の相棒の話をするんだよ」


 尤もすぎる高尾の意見に緑間は持っていたコップの酒を全て喉に通した。あまり飲み過ぎるなよと礼儀的に忠告しながら、高尾もまた手元のコップを傾ける。


「つーか今日で二十二歳だよ、真ちゃん。結婚相手は見つかりそう?」


 二年前の自分の誕生日に話していたことを思い出して尋ねる。
 そういえば、こうやって年に二回しか会わなくなって四年目になるのかとぼんやり思う。高校時代、バスケに打ち込んでいた時間以上の時を既に過ごしている。けれど、中身の濃さはあの頃の方が断然上だ。お互いにとって年に二回だけ共に過ごす時間は大切なものではあるが、あの頃とは比べ物にならない。

 高校を卒業してから四年。出会ってからは七年目。春に大学を卒業して社会人になってからもこの関係はずっと続いていくのだろう。
 特に深く考えずともそういうものなんだと頭は認識していた。それが友達である自分達の関係なのだと。頻繁に会いはしないけれど決まった数だけは必ず会ってお互いに相手の様子を知る。それで十分だ。

 そう、それで十分なはずだった。
 だから高尾には緑間の言った言葉の意味を理解するのに時間が掛かってしまった。


「高尾、オレはやはりこの先もお前と共に居たい」


 いきなり何を言い出すんだ。酔っているからそんな言葉が出てきただけか。
 普通ならそう考えるだろう。高校時代からの友人であり親友とも呼べる相手、唯一無二の相棒がこれだけ酒の入った状態で言ったことだ。酔っているからこんな発言が出てきたのかで片付けられる。

 けれど、高尾は違った。真っ先に浮かんだ感情は“どうして”という疑問。どうしてそんなことを言うのか。何で今更、そんなことを言ってしまったのか。
 驚きというよりは怒り、いや裏切られたといった気持ちだろうか。いや、それも少し違う。だが、その発言を酔っているからというだけで流せなかったのは、この二年で緑間がこれだけの酒では酔うというほど酔っていないことを知っているから。


「オレには、お前が隣に居る未来しか考えられない」

「…………何言ってんだよ、緑間。オレ達の三年間はもう終わったんだぜ?」


 二人にとって沢山の思い出が詰まった青春の日々。ひたすらボールを追いかけてコートを走り、何千回とパスを出して何千回とシュートを決めた。千なんて単位では足りないくらいのパスとシュートを重ね、二人だけの必殺技を編み出して大会に挑んだ。授業中に寝ていたら椅子を蹴られて起こされたり、昼休みにお弁当の中身を交換したりもした。
 大切な、大切な思い出の数々。過ぎ去ってしまった過去。
 それらを綺麗なままの思い出で終わるために終わらせたんだ。親友であり相棒でもある大切な人とのこの関係を。誰にも知られずにこっそりと続けていたこの関係を。可愛い後輩でも美人な先輩でもなく、すぐ隣に在った大切な人への恋を。


「まだ終わっていない。少なくとも、オレにとってはそうだ」

「……もう終わったんだよ。オレが終わったと思ってるんだから。恋は一人で出来ても愛は二人じゃないと出来ない。オレにその気がない時点でそれは愛にならない」


 愛は終わってしまった。高校を卒業したあの日に。

 どんなに愛し合っていても男同士では幸せになれない。この関係は高校生だからこそ許された。こんな関係を社会に知られる訳にはいかないから誰にも気付かれないようにひっそりと付き合っていた。
 あの時の気持ちは本物だった。けれど人の心とは移りゆくもの。恋人という関係は終わりにして、お互い可愛い彼女を作って幸せな家庭を築いていこうと話したあの時にもう終わってしまった。決して戻ることはない。これから社会人になるというのにまた余計な物を背負うというのか。そんなの駄目に決まっている。


「真ちゃん、酔ってるぜ? そういうのは彼女に言ってやらないと――――」

「彼女という言葉が好きな人と同義ならば、オレは間違っていない。オレは、」

「違う! 好きは好きでも異性に向けるのが恋。同性に向けるのは友情でしかないんだよ」


 否定に否定を重ねる。お互いが相手の意見を否定する。根本的な考えが合わないのだ。高尾が主張しているのは世間一般で通用する話。逆に緑間が主張しているのは世間とは真逆。その理論を通用させてしまったら最後、社会から隠れて生活しなければならなくなる。
 結婚は男女でするもの。男は女に恋をし、女は男に恋をする。異性でなければ子供を授かることも出来ない。孫の顔も見せてやれないなんてとんだ親不孝者だ。
 それにこの国では同性が恋人になること、同性で結婚することは認められていない。だからこそ、そんな間違った道に踏み外してしまったらいけない。世間の目や偏見だってある。幸せな未来などそこにはない。


「何で今更そんなこと言うんだよ。終わりにしたじゃん。そのことに触れないのは暗黙の了解だっただろ……!」


 世間に認められない、許されない恋だと分かっていた。実るとさえ思っていなかった。それでも溢れる気持ちが止められなくて、冗談でも許されるように気持ちを伝えた。普段からそう言った発言をしていたから気まずくなりそうだったら冗談だって笑って流すことが出来ると思っていた。
 どうしてそんな言い回しをしたのかといえば、それを実際にすることなく告白が成功してしまったからだ。いつもとほんの少しだけ違うニュアンスを含めた「好き」を伝えると、いつもなら適当に流す筈の緑間が真っ直ぐにその瞳を見つめてきた。冗談で済ませられる筈の告白は、冗談で済ませないくらい緑間に伝わってしまっていた。
 不味いと思ってどうにかやり過ごそうとした時、高尾が否定する前に緑間が受け入れた。二人の気持ちは同じだった。勘違いかもしれないなんて何十回、何百回と考えた。その末に出した結論は、男同士だろうとお互いが好きだということ。


「彼女作って結婚して、子供と家族みんなで幸せに暮らすんだって――――」

「オレはお前とでなければ幸せになれない」


 そんな訳ない、と否定しようとした高尾の口を緑間は自分の口で塞いだ。どうにか逃げようとする高尾を逃がさないように。強く、深く。