24.



 海軍本部をから少し離れた小高い丘の上。海風が通り過ぎて行くのを肌に感じながら空に流れる雲をぼんやりと眺める。


「思ってたより楽にここまで来れたな」

「どうせ裏で赤司が何かしていたのだろう」


 あんなにあっさり出られるのは不自然だ。本部に居る筈の上層部も赤司以外に姿を見ていない。その赤司とも次に会う時は敵だが、軍という組織の仲間というだけの関係でなかったのも事実だ。十数年もあの場所で過ごしていたのだからそれなりに親しい間柄になった人達も居る。赤司も、黒子だってその中の一人。おそらく軍人としてではなく友人として、赤司は二人の前に立っていたのだろう。


「真ちゃん、これからどうする?」


 そんな友人達の居た海軍に身を置いていた緑間。それから緑間を助ける為に一人海賊を抜け出そうとしていた高尾。二人の事情は船長達も知っているのだから戻ったところで少し怒られる程度で済むだろう。むしろ戻らなかった方が怒られそうな気さえする。
 だが、素直に戻ろうとは言えなくて疑問形で尋ねた。お互い、あの人達には色々と迷惑を掛けている。別に戻りたくないという意味で言っているのではないが、漸く落ち着いた状況で二人きりになれたのだ。長年抱き続けてきた色んな思いが胸の内を占める。


「お前はどうしたいのだよ」

「オレは真ちゃんが居ればそれで良いかな」


 冗談なのか分からないトーンで高尾は笑う。もう二人を縛るモノはない。思うままに好きにやれば良いのだ。あの人達と旅をするなり自分達のやり方で暮らしていくなり、選択肢は無数に広がっている。


「それなら、また二人でやっていくか?」

「良いぜ。じゃあ、まずはどこか拠点を探さなくちゃな」


 一体どこまでが冗談でどこからが本気なのだろうか。青い空のずっと先にある場所を見つめて微笑む。その気になれば本当に二人はこの言葉を実現させるだろう。かつてはそうやって生きていたのだから難しい話ではない。だからこそこんな話が出て来たのだ。
 とはいえ、本当にそれを選ぶのならその前にやるべきことがある。いや、どちらにしろやらなければいけないことか。一応、これでも礼儀というものは知っている。


「お前等、いつまでこんなトコに居る気だよ」

「あ、宮地サン!」


 だからあ、じゃねーよと宮地は高尾を締める。無理無理ギブと声を上げているのを無視したまま続けている様子は見慣れた光景だ。
 そんな宮地の後ろには大坪と木村の姿もあった。二人の姿を視界に捉えて思わずその名を零すと、無事だったみたいだなと安心したような表情を見せた。高尾は何も言っていなかったが、緑間に会いに行くと言った高尾の為に大坪達も協力していたのだ。それを状況から察し、ご迷惑をおかけしましたと謝罪すると謝ることではないと言われてしまう。仲間なのだから助けるのも当然だろうと。


「どうするかじゃなくて帰るに決まってんだろ。これ以上くだらねぇこと考えたら沈めるぞ」


 沈める、というのは目の前の海にということだろう。こんな場所から突き落とされたら沈むどころか命まで失くしてしまうかもしれない。ここから海まではそれなりに高さがあるのだ。


「ちょ、宮地サンそれ冗談じゃ済まないんですけど!」

「だったら大人しく帰って来い」


 簡単なことだろうと宮地は言い切る。本当に実行することがないとはこの場の誰もが知っている。相変わらず素直じゃないなとは幼馴染達の心の内。
 だが、気持ちはみんな同じなのだ。お前達はオレ達の仲間なのだから素直に帰ってくれば良い。もし出て行くことに決めたとしても今すぐに行くことはないだろう。他の連中も心配しているのだからまずは船に戻ろうと声を掛ける。


「先輩達はこう言ってるけど、どうする? 真ちゃん」

「どうするも何も、帰るのだろう?」

「……だな」


 一度目を合わせると二人して笑みを零す。
 ここまで本当に色んなことがあったけれど、今はこうして迎え入れてくれる人達がいる。そこには自分達の帰る場所があって、大切な人達が沢山居る。
 さっさとしないと置いて行くぞと言った宮地を追い掛けて飛びつく高尾。また怒られているのを見ながら、オレ達も行くかと話した大坪にそうだなと頷きながら木村が並ぶ。ここには確かに自分の居場所があって、これからもこの人達と歩いて行くのだろうとなんとなく思った。


「真ちゃん!」


 いつの間にか戻ってきた高尾が手を指しのばす。ほら行こう、と。いつかと変わらぬ笑顔を浮かべて。


「あぁ」


 短くそれだけ言ってその手を取る。
 太陽が空で笑っている。さざめく波の音と共に流れてくる潮の香り。隣に在るのは今も昔も変わらない。その光はいつだって正しい道へと導いてくれる。光と共に在るのもまた光。この先も二つの光は混ざり合ってただ一つの色を作り出す。
 その周りには多くの色があって、沢山の色でこの世界は溢れている。