面影て 12




 天気雨に降られてずぶ濡れになってしまった二人は、とりあえず緑間の家へと移動した。このままでは本当に風邪を引きかねないからと簡単にシャワーを浴びさせられ、それから高尾は緑間の服を借りて現在は彼の部屋に案内された。緑間と神社で話したことは何度もあるが、それ以外の場所で一緒にいることは初めてなんだか落ち着かない。


「お前は今何をしているんだ」

「えっと、大学生?」


 何故疑問形なのか、というのはこの際突っ込まないことにする。この二年間、会うことがなかったのは色々と事情があったからだ。聞きたいことなら山ほどある。一気に尋ねることは出来ないから、一つ一つ順番に質問をしていくことにした。高尾もそれは承知しているようで、緑間の言葉に自分なりの考えを返している。
 今の高尾は緑間と同い年。家はこの近くにあるアパートで一人暮らしをしているそうだ。この年までの記憶は曖昧で、一応この村で育ったらしい履歴はあるという。それが作り物であるのは記憶を取り戻して明確になったが、人として生きていくには必要なものだから細かいことは良いだろう。おまけに、大学は緑間が通っている学校と同じときた。


「なんか凄い偶然だよね。大学って広いから会えなくても無理ないけどさ」

「これだけ近くにいて全く会えなかったというのも不思議な話だがな」

「それは……なんかあったんじゃねーの?」


 同じ村に住んでいて、同じ大学に通っている。それでも会えないことはおかしくないが、これはおそらく何かが干渉して二人を引き合わせないようにしていたのだろう。何かと曖昧に濁したが、高尾の記憶がない時点で大方予想が出来なくはない。
 だが、結果的に高尾の記憶は戻った。それがどうしてなのかは、高尾には予想が付いていた。天気雨、別名狐の嫁入り。最近頻繁に起こっていたあの現象を引き起こしていた者がいたのだろう。そして、それは高尾のことを良く知る仲間の仕業であることはほぼ間違いない。今日あの神社にいたのも、そこに行けと呼ばれた気がしたからなのだ。本人達に確認は取っていないから確信はないが、仲間が自分達の為にしてくれたことなのだろうと考えて心の中でお礼を述べる。


「年が同じなのも偶然ということか」

「いや、それは元から。っていっても、人間の年齢に換算したらの話だけど」


 人間と神とでは生きている時間が違う。だから高尾の方が遥かに年上ではあったのだが、それを人間の年齢に換算した場合は緑間と同い年になるのだ。その為、人になった高尾が緑間と同い年なのは偶然ではなく必然だ。
 それだけ生きていてやっと人間でいう二十歳になるのか、と緑間が内心で考える。何百年と生きていても人間で数えればまだそれだけ。人生の半分にも満たないのだ。自分より早くいなくなってしまう人々を見送るのは辛いと前に高尾が話していたが、これほどまでに長い年月を経ていれば何度もそれに遭遇したことだろうか。普通の人間が遭遇する何倍にもなる人々を見送って、それでも一人生きていかなければならない。神というのは、孤独な生き物なのかもしれない。


「真ちゃん? もしかして具合でも悪い?」


 急に黙ってしまった緑間を心配そうに覗く色素の薄い瞳。少し前まで雨で濡れていたこともあり、本当に風邪を引いてしまったのかと心配になったらしい。ただ考え事をしていただけなので大丈夫だと答えようとしたのだが、それより先に額と額がぶつかる。唐突過ぎる行動に緑間は驚くが、やった本人は気にしていないようで「熱はなさそうか」などと言っている。
 今の二人には壁という壁は一切なくなったが、この距離は近すぎるのではないだろうか。今度こそ大丈夫だと答えると、心配な色は残したまま「具合悪いなら無理はするなよ」とだけ言って離れてくれた。昔はこんなことを普通にやっていたのだろうか。流石にそれは怖くて聞けなかったが。


「オレが人間になった理由だけど、それは真ちゃんも分かってるか」

「それがお前の処遇なのだろ」

「そういうこと。妖に落ちる覚悟はしてたけど、まさかこうなるとは思わなかったぜ」


 神という立場が剥奪されているのは分かっていたが、人間になるとは予想外だった。その処遇を決めた神曰く、妖になった場合に力を暴走させられても困るということだ。妖に落ちた場合には高尾自身の持つ力はそのまま残るのだから、もしも何かあった場合に危なっかしいと判断された。あの事件でも以前より力を制御出来ていたから被害が抑えられていたが、危険な道を選ぶよりも安全な道を選ぶべきだ。よって、今までの記憶をなくして人間となった。
 記憶が消されたのは、高尾は色々なことを知り過ぎていたからだ。それだけの年月を生きているのだから当たり前だが、人間になるのなら一からやり直した方が彼の為にもなるだろうと決行された。生まれ変わるのではなく神から人間になったのだから、両親は当然いない。これまでの履歴は必要だからと、高尾に刻まれたのは作られた記憶。己の記憶に空虚感があったのもそのせいだ。


「力の制御もある程度は問題ないのにさ。神様も酷ェと思わねー?」

「否定は出来ないのだよ」


 真ちゃんまでそんなこと言うの、と話している高尾だが表情はどこか嬉しそうだ。そのお蔭で人間になれたのだろうと、彼が思っているだろうことを口にしてやればそうだなと柔らかく微笑みが返ってきた。
 力の制御をそこまで出来ないと見られていたのは悔しいが、それでも緑間と同じ人間になれたのなら良いかと思っている。もう長い時を一人で過ごすこともなく、一緒に歩んでいけるのだから。彼といられるのならそれで良いと。そう思える記憶を取り戻させてくれた仲間には感謝してもしきれない。


「お前が神の力を殆ど持っていなかったというのは火神を見て理解したのだよ」


 高尾の持つ力といえば、そんな話をしたこともあったなと話題にしてみる。すると、高尾は分かり易いくらいに不満気な顔をした。
 力がないといわれてもあの時の緑間には高尾しか知らなかったから分からなかった。だが、他の神を知った今ではあの時の意味が分かる。変化の術一つを例にとっても、限られた姿にしかなれない高尾と火神では大差がある。他にも結界を張ったり出来る様からしても力の差は圧倒的だった。


「だから言ったじゃん。オレは全然だって。けど、力があればオレだって同じこと出来るんだからな」


 あくまでも力が封じられていたから出来なかったのであって、本来の力があれば高尾もそれくらいのことは出来る。それが神の持っている力というやつなのだ。
 他の神と力の差があることは分かっていたとはいえ、改めて言われると落ち込むらしい。そんな高尾を見ながら、ちょっとからかいすぎたかと緑間は小さく笑みを零す。全く、何を心配したのやら。


「あまり落ち込むな。他の奴等に会っても、オレにとっての神はお前だけだ」


 今はもう違うけれど、緑間にとっての神様は高尾以外にはないのだ。前にこの話をした時には言葉にしなかったけれど、それは初めからずっと変わらない。他の神様達がどんなに凄かろうとも、比べられないものがあるのだ。
 それを聞いた高尾は目を丸くして緑間を見たけれど、すぐに笑って「ありがと」と答えた。力があってもなくても、神であったのは事実。彼が自分のことを神だと信じて一緒にいてくれた、そう思っていてくれたのはあの頃から変わらないのかもしれないと気が付く。そういう一面を知る度に、より深みへと嵌っていく。とはいえ、初めて見た時から彼に惹かれているのだから今更だ。


「真ちゃんってホント、オレが欲しいと思ったものをくれるよね」

「またそれか。いい加減何のことを言っているのか教えたらどうだ」

「んー? 秘密」


 互いに助け助けられ。与えているものと貰っているもの、それぞれの認識は違えど一緒にいる理由は同じだろう。これまでに多くのことがあったけれど、その中で互いを知りながらここまでやってきた。一緒にいたいと願うのは。


「これからもさ、オレは真ちゃんと一緒にあの神社を守っていきたい」

「お前の好きにすれば良い」


 返事を聞いた時に見せた明るい笑顔。これからもそれを守ってやりたい。偽りの笑顔も、言葉も、そんなものをさせないように。神という役職から解放された彼が、この先の人生を幸せに過ごせるように。これからも隣にいてやりたい。
 いつだって沢山ものもをくれる優しい彼。前よりも出来ることは減ってしまったけれど、それでも彼の力になりたいと思う気持ちは変わらない。この先も一緒にいて、辛い想いなんてさせないように協力していきたい。ずっと傍にいたいと、そう思うのだ。


「あの神社に今は神なんていないだろうけどさ、狐ちゃん達がいるから管理はしてやらないとダメだぜ」

「それはお前がいない間もずっとやっていたのだよ。だが、狐なんているのか?」

「いるよ、鳥居のトコに。普段は姿を見せてくれないけどな」


 言われてあのお稲荷さんの像のことかと緑間も納得する。それで納得してしまうのも現実的に考えてどうなのかという話だが、そこにいた神様が言うのであれば本当なのだろう。高尾が変化を出来るように、狐達も普段はあの姿をしているのだ。
 神のいなくなった神社で村を守ってくれているのはその狐達である。今度行った時に会ってみるかと楽しげに話している。会えるのかと素朴な疑問を尋ねれば、多分会えると即答された。かつて人間の姿ではない高尾と緑間が会えたように、おそらく会うことは出来るという見解だ。


「ねぇ、真ちゃん」


 向けられた視線は真っ直ぐで。その瞳には、今までと少し違った色が含まれていた。


「これからも宜しくな」

「あぁ」


 触れ合った手は温かく、触れ合った箇所から互いの体温が混ざる。

 何度も近付いては離れの交錯を繰り返し、やっとのことで気持ちを通じ合わせることが出来た。二度と交じり合った二つの心が離れることはないだろう。これからは離れる理由も何もないのだから。  ただ一緒にいたい。その願いが叶えられた。
 もう余計なことを考える必要はない。ただ一緒にいれば良いだけ。また何かしらの壁にぶつかることはあるのかもしれないけれど、二人なら大丈夫。きっと、どんなことでも乗り越えていける。


 村を守っている神様。ずっと一人で村を守り続けてきた。
 そんな彼を守る家柄。村を守る神のいる神社を守ることこそが役目。


 これからは二人一緒にこの村と神社を守って行こう。
 探し続けてきた面影はすぐ隣に。










fin