面影




「こうして食事をするのは久し振りだな」

「同じ学校だから良く会うが、全員が揃うのは久し振りか」

「なぁ、とりあえず何か頼もうぜ」

「お腹減ったー」


 メニューを広げながらそう言い出した二人に、赤司は小さく笑みを浮かべて好きにしろとだけ答える。その返事を待っていましたと言わんばかりに、すぐに近くの店員を呼びつけると注文を始める。
 その間に黄瀬が何を飲むかと確認する。付き合いが長いだけに大方予想は出来たが、勝手に頼む訳にもいかない。まぁ、実際はその予想通りだった訳だが。


「それにしても、急でよく全員集まりましたね」

「本当、珍しいっスよね」


 六人も居れば、誰かしら用事がありそうなものだ。けれど、今日は偶々全員都合が良かったらしい。いきなりメールで『今晩は空いてるか』と送られてきた時は、一体何があったのかと思ったものだ。それも食事の誘いだと分かると安心した、というのはここだけの話だ。
 全員都合がつけば良いとは思ったが、いきなり今日で全員揃ったのは偶然だ。とはいえ、どうせなら全員でと思うのはみんな同じである。そんな日にタイミング良くメールを送ったというのは、流石だとしかいえない。


「たまには外で食事をするのも良いだろう」

「いつもは学食とかだもんね」

「大学ではあまり一緒にならないしな」

「授業はそれぞれ違いますからね」


 受講している教科は様々。被っているものもあるが、全て同じというのは流石にない。登校する時間が違うのだから、昼に会わないのも不思議ではない。会った時には同じ席につくものの、そう頻繁な出来事ではないのだ。全員が揃うというのも久し振りである。
 そんな話をしている間に、注文した料理がテーブルに並び始める。並んでいるのは全員が適当につまめるような物だ。その辺は長い付き合い上で勝手に判断してしまう。どうせ全部なくなるから問題ないだろうといった具合だ。


「それで、最近彼とはどうなんだ?」


 みんなが目の前の食事に手を付けだしたところで、隣から疑問が飛んできた。彼、というのが誰を指しているかはすぐに理解した。そもそも、この場に居ない上にわざわざ話を聞かれるような人物は一人しか居ない。


「いつも通りだ。特に変わったことはない」

「そうか。だが、以前とは幾らか違うだろう」

「それは当たり前だ」


 今までとは互いに立場も違うし、それによって関係性も変わった。前と同じという訳にいかないのは当然だ。
 そんな話をしていると「二人だけで何の話っスか?」と黄瀬が入ってくる。それに対して「真太郎の恋人の話だ」なんて赤司が答えるものだから「違うのだよ!」と緑間がすぐに否定をする。個室なだけあって、三人の会話を聞き付けた青峰達までもがこの話に興味を持ち出す。


「へぇ、お前にもそういうヤツが居んのかよ」

「だから違うと言っているだろう!!」

「でも仲良いですよね、緑間君」


 余計なことを言うな、と口にしようとしたがもう遅い。今度は見たことあるのか、どんな奴なのかという話にまで進展している。
 どうしてこうなるんだと頭が痛くなりそうなのを抑えながら、元凶である赤司に視線を向ける。当の本人はこの光景さえ楽しげに眺めていて、思わず溜め息が零れる。もう勝手にしてくれと言いたいレベルだが、そういう訳にもいかない。


「勝手に話を進めるな。大体、相手は男だぞ」


 何だ、男かよ。と青峰。
 何にがっかりしてるんですか。とは黒子。
 最近一緒に居る小さいヤツのこと?と尋ねたのは紫原。
 あ、あの子っスね!と納得したのは黄瀬。
 似たようなものだろう、と最後に爆弾発言をしてくれたのは赤司。

 どうしてそうなるのか。何を根拠に恋人でも似たようなものだといえるのかと問い詰めたいが、この場でそれは止めておく。赤司に突っ込んだ話を聞いたところで、余計なことまで話されても困る。今はまずこれ以上話を広げないようにするまでだ。
 話が一段落つくと周りも好きに話を始める。相手が誰なのかというものも分かり興味は逸れたようだ。そうやって周りが別の話題を始めたところで、改めて赤司は緑間の名を呼んだ。それに短く何だとだけ返すと、一時中断された話の続きを持ち出す。


「彼が居なくなってから少し心配していたんだが、もう大丈夫そうだな」

「それは何に対する心配だ」

「真太郎のことに決まっているだろう。自覚はなかったのか?」


 いきなりそう言われても何のことだと尋ねることしか出来ない。なによりも、先程からずっと気になっている点が一つ。


「それより、何故お前がアイツのことをそんなに知っているのだよ」


 緑間も赤司が自分と同じような家柄に生まれているということくらいは知っている。けれど、それぞれの家同士の繋がりというのはあまりないのだ。だから深いことは知らないし、各地を守っている神のことだって知らない。
 だが、これまでの赤司の話はそれらを知っている上での話に聞こえるのだ。緑間もつい普通に返していたが、考えてみればどうして知っているのかという話になる。緑間と高尾が一緒に居ることが多いのは知っているにしても、以前のことを知っているのはおかしい。


「今更だな」

「お前が平然と話をしてくるからだろう。それで、どうしてなのかと聞いている」

「風の噂で聞いただけさ。しいて言うなら、家柄かな」


 この辺りにある六つの村とその中にある神社。この場に集まっているメンバーは、全員が自分の住む村の神社を守る家に生まれた。それぞれに繋がりがないということは、特にこれといった関係性もない。けれど、全ての家が同じように神社を守っている訳ではない。そこに違いは生じていて、赤司は家柄的に噂でそのようなことを聞いたということらしい。そういえば、高校三年生の時にも赤司は緑間の知らない情報を知っていた。それも今考えてみれば家柄ということだったのだろう。


「どこまでお前は知っているのだよ」

「大体のことだけだ。あまり詳しい事情までは知らないよ」


 だから高三のあの時、あれから何があったのかということまでは赤司も知らない。色々なことがあって緑間の守るべき神社に神が居なくなったという結果だけを知っている。そして、それが最近一緒に居る彼であるということも。けれどそれまでだ。
 家柄なんて答えたけれども、その情報源は主に赤司の守っている神社に居る神である。その神が赤司にこういった話をしてくれるのだ。人間達に関わり合いがなくとも、神達の方は昔から繋がりがある。同じ神から話を聞いたり、偶然どこかで話を耳にしたものを赤司にも報告しているという話だ。


「ボク達もこれからは繋がりを作ってみるか」

「今度は何の話だ」

「家のことだ。まぁ、ボク達には既に繋がりがあるのだから必要ないな」


 神同士に繋がりがあるように、人間達の方も繋がりがあっても良いのではないだろうか。今まではそれで成り立ってきたとはいえ、繋がりを持ってみるというのも悪くはないだろう。とはいえ、現時点でもバスケというスポーツから繋がりが出来ているのだから改めて繋がりを作る必要はなさそうだと判断する。家を継ぐ者とそうでない者と居るけれど、この繋がりがなくなることはまずない。
 話が逸れてしまったな、と赤司は口にしながら話の軌道修正をする。未回答のままの質問の答えは追及しなくても良いだろう。その代り。


「彼と上手くやっていけると良いな」

「……言われなくても、そうするつもりなのだよ」


 家の事情について突っ込んだことは知らない。それでも自分達は友達なのだから気にするのは当然だ。神であった彼とこれから上手く付き合っていけることを、赤司は友人として祈っている。緑間にとって、彼が他の人達とは違った特別な相手だというのはなんとなく理解しているから。


「赤司君に緑間君も、食べないとなくなってしまいますよ」

「そうっスよ。って、青峰っち! それはオレの分っスよ!?」

「あ? 良いじゃねーかよ。ンな細けーこと気にすんな」

「赤ちん達も早く食べた方が良いよ。峰ちん達が食べちゃうし」

「お前だって十分食べてんだろ!」


 あまり食事に手を付けていないことに気付いた黒子が声を掛ける。続けて他の友人達も食べるようにと促す。いつも通りのやり取りに微笑みを浮かべながらありがとうと礼を述べると、ボク達も食べようかと箸を握った。そんな赤司に頷きながら、騒いでいる連中にはその辺にしておけと注意をしておく。個室とはいえ食事中に騒ぐのはよろしくない。
 それからも色んなことを話しながらやっぱり騒いだりもしていたけれど、久し振りに集まったのだから今回は見逃しておくことにする。一応、ほどほどにしておけとだけは注意をして。