黄金色の面影を見付けて 2
緑間と高尾が再会してから数ヶ月が経った。人間と神という特別な関係から、同じ大学生になった二人は何の変哲もない日常を送っていた。
「ところでさ、あれって誰がやってたんだ?」
テーブルの上にある料理を適当につつきながら、思い出したようにこの場に集まっているメンバーへと尋ねる。これは高尾が記憶を取り戻した時から気になっていたことなのだが、なかなか聞く機会がなかったのだ。お蔭で今日までその答えを知ることは出来なかったが、首謀者がいるであろうこの状況ではっきりさせられる。あんなことが出来るのはここに集まっている奴等ぐらいだということは分かり切っているのだ。
尋ねられた方はといえば、全員がそれぞれの顔を見合わせている。どうやら誰が話すかを目で相談しているらしい。この時点で、あれは一人がやったのではないという答えが出た。
「一番初めはオレだけど、次はタツヤだったよな?」
「ああ。その後も順番に回して……」
ちょっと待て。それはおかしいだろ。この口振りだと今集まっている奴等が全員共犯者になるんじゃないか。
思わず言葉を遮って言えば、全員がそうだと言いたげな視線を向けてきた。この人達は一体何をしているんだと内心思う。いや、それも全ては自分の為にしてくれたのだと高尾も分かっている。けれど、自分の守る土地以外の場所に干渉するのは難しい筈だ。だから順番なのかとも思ったが、それにしてもよくここまでやったものだ。
ついでに何で狐の嫁入りだったのかも聞いてみたが、こちらは予想通り。彼等がお稲荷様で各々の地域を守っていたから。間接的ではあるが関連性のある天候にすることで、記憶を呼び起こす手助けをした。それで思い出せるかは半信半疑だったが、やってみる価値はあるだろうと試したらしい。
「誰か一人くらいは止めようと思わなかったんすか」
「細かいことはええやん。結果的には良かったやろ?」
「それは、そうなんですけど……」
先輩方に疑問を向けてもそんな風に返されてしまう。これ以上は気にするだけ無駄かと高尾は詮索を諦める。自分の為にしてくれたことだけは間違いないからと、感謝の気持ちを口にすれば周りは別に気にするなと微笑んだ。良い仲間に恵まれたんだなと改めて感じながら、心の中でもう一度ありがとうと感謝する。
高尾達が今いるのは、町中にある小さな屋酒屋だ。昔からの仲間達が集まって食事をしている。高尾の仲間である彼等は当然神なのだが、変化で人の姿になっているから問題はない。昔は集まるにしてもこんな場所に出てきたりはしなかったが、今は高尾が人間であるためこうして集まることになったのだ。
その彼等が高尾の記憶を戻そうとしていたのは、彼等にとって高尾は大切な仲間だからだ。処遇については詳しく知らなかったのだが、ある日偶然人間界で生活をしている高尾を見付けたのがきっかけになった。彼が記憶をなくしているということを知り、やっと一緒に居られる人を見つけたのにと考えて天気雨を降らせたのが始まり。事情を知った仲間達も協力し、無事に記憶を取り戻すことが出来たというわけだ。
「それで、アイツとは上手くやってるのか?」
「あんま変わってねーな。緑間は相変わらずだし」
周りも自由に話を始めたところで、前に会った時と同じことを火神は口にした。それを聞いた高尾も前と同じように答える。
立場が同じになったとはいえ、人と人の関係はそうそう変わらない。再会してから一緒にいることは増えたがそれくらいだ。他には特に変わったことはない。大学生の二人にはそれぞれ別の生活があるのだから、逆にこれが丁度良いのではないだろうか。
というのは高尾の考えていることだ。緑間が相変わらずと言ったのはその通りなのだろうが、逆もまたしかりだろうとは火神の意見。言えば「え、どの辺が?」とクエッションマークを浮かべられて、そういうところは変わらないなと火神は思った。
「お前って大体距離を取るだろ。緑間に対してはそうでもねぇみたいだけど」
「いや、まあそれは、な……。え、アイツに対してもそう見える?」
「あまり見たことねぇからはっきりとは言えねぇが、今一歩踏み込めてない感じはあるな」
こればかりは、長い時間を経て体に染みついてしまったものだからどうしようもない。その中でも気を許している相手とは近くで話しているものの、どこか一線引いている感があるのは否めない。どんなに近くにおいても、最後の一線だけは守っている。それは火神を含めた仲間達もとっくに気付いている。このラインだけは本人にも無意識のようで何とも言えないところだ。防衛本能というやつなのだろう。
それは緑間に対しても同じ。おそらく高尾が今最も気を許しているのは緑間なのだが、それでも最後の一歩は踏み込めていない。前に聞いた話から考えても緑間は無理を強いたりはしないようで、何も変わらないのは高尾がそれを守っているからであるというのは明白だった。
「そうだったんだな。全然気付かなかった」
「無意識だろうしな。気付いてたらとっくに直ってんだろ」
無意識なだけに分かれというのは難しい話だ。だから今まで誰も言わなかった。それをこのタイミングで教えたのには理由がある。
防衛本能で取ってしまう行動ならば、要は原因を克服すれば良いだけの話なのだ。人間との間で出来てしまったそれを直すには、人間を相手にどうにかしなければいけない。変わってしまった彼を元に戻したのは緑間だ。それならば、最後のラインを超えることが出来る人間も緑間しかいないだろう。
アイツなら、きっと全てを取り戻してくれる。仲間達はそう祈っているのだ。それを緑間に言わないのは互いに関わり合う存在でないから。加えて本人が理解しないと意味がないから高尾にそれを教えたのだ。
「お前等、食べないと全部なくなるぞ」
「ちょ、先輩待ってくださいよ!」
不意に掛けられた言葉に慌てて箸を進める。急がなくてもなくなりはしないのだろうが、このまま話し込んでいては食べ損なうのは目に見えていた。全員が食事に意識を向けたところで、集まったついでにと近況報告をし合う。
以前は高尾も参加していたが、今となっては立場の違う人間だから殆ど傍観しているだけだ。人間がこの場にいて良いのかと点については、元々同じ神で大体のことを理解しているのだから構わないということらしい。何より、立場が変わったところでこの場にいるみんなが仲間であることには変わりないのだから。
「そういえば、前にオレのトコで土地開発をしようとしてた連中。まだ諦めてなかったらしいんだけど」
「あれって一度白紙に戻ったんじゃなかったのか?」
「戻ったよ。でもやっぱり開拓したくなったんじゃない?」
「懲りない奴もいるんだな……」
傍観しながらもこの場にいるのだから情報交換には参加する。それぞれ神社を守っている家の人間とは関わりがあり、そっちの事情もある程度なら耳に入ってくる。他の土地に関してもそれなりに情報が欲しいからこそ時々こういう場を設けているのだが、高尾がいなくなったことによりその地についての情報は入手困難。互いに近い村なだけあって同じようなことが起きることも少なくない為、情報は多いに越したことはない。だから少しは参加するし、そういう意味でも高尾がこの場にいる意味はあるのだ。
「その話ならこっちにも出てるよ。多分、同じ人達じゃないかな」
「ああいう連中は一度痛い目に合わないと諦めないんですかね」
「痛い目なら一度見てるやろ。その連中がただの馬鹿なんやないか」
普通に話をしているがその内容は穏やかではない。だが、彼等と同意見の者しかこの場にはいないのだから仕方がない。酷いことを言っているように聞こえるかもしれないが、まさにその通りとしか言いようがないだ。大怪我をした人はいなかったとはいえ、全員が負傷し一度は白紙になったことを再び計画する時点でおかしい。
しかも、今回は前よりも多くの土地を開拓しようとしているらしい。同じ目にあう可能性を考えていないのか、その可能性にすら気付いていないのか。後者は流石に連中を馬鹿にしすぎかもしれないが。
そんな感じで情報交換が終了すると、後は残った料理を食べながら適当な雑談だ。会う機会はあまりないものの、昔からの友人なだけに話は尽きることがない。何百年と各々の地を守ってきた年数分の長い付き合いなのだ。
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