帝光中学を卒業し、バスケの強豪校である秀徳高校に入学をした春。そこで出会った一人の男――高尾和成。クラスが同じかと思えば部活も同じ。いつもオレの傍で騒がしくしている奴を初めの内は全く気にも留めていなかった。
 それが変わったのはいつだっただろうか。向こうはやたら構ってくるが、こちらは一切相手にしていなかった。いつだって隣にいて、頼んでもいないのに先輩との間を取り持ったりして。余計なことをするなとさえ思っていた。
 だが、人が居残り練習をするのに一緒になってバスケに打ち込む姿を見ながら、コイツの努力を少しずつ認めていった。鷹の目というコイツの特殊能力は、オレのようなシューターと相性が良かった。
 そして、コイツが出すパスがチームにとって、オレにとっても必要なものになっていった。








 中学時代、帝光バスケ部には十年に一度の天才と呼ばれる選手が集まっていた。まず初めにキセキの世代、エースと呼ばれた青峰がその才能を開花した。それを筆頭に他のレギュラー陣も次々と才能を開花させていった。オレのシュートもその中に数えられる一つだ。
 ついこの間まで中学生だったオレ達は、様々な学校から声を掛けられそれぞれが別の学校へと進学した。その才能を評価して貰えたことは有り難いが、一年でいきなりレギュラーになれば先輩方は良い気がしないらしい。そんなものには帝光の頃に慣れていたが。


「真ちゃん、お疲れ」


 先輩と何かあればすぐにコイツが間を取り持った。高尾も同じ一年レギュラーだが、コイツの場合は持ち前のコミュニケーション能力で上手くやっていた。今となってはオレと高尾は部内でもセットのように扱われ、先輩と険悪な空気になればコイツが間に入るのもお決まりとなっている。不本意ではあるが、高尾がいることで上手くいっているのも間違いではないだろう。
 今日も一日の部活が終わり、自主練習をしようとしたところでコイツも一緒に残っていた。オレは3Pの練習を主に、高尾は高尾で自分のメニューをこなす。大体がこんな感じで居残り練を行い、時間になるとボールを片付けて体育館を後にする。


「次の土曜日は練習試合だってね。どう?」

「どうもこうも、オレは人事を尽くすだけなのだよ」


 当然のことを答えれば「真ちゃんらしいね」と高尾は笑っている。全く、そんなことを聞く前にお前自身もしっかり人事を尽くすべきだ。言えば「はいはい」と適当に流されて思わず睨むが、コイツには何の意味もなさない。困ったことに、こんなやり取りは日常茶飯事なのだ。
 自転車置き場につけば、ジャンケンをしようと高尾がこちらを振り返る。毎度やらなくとも結果は分かり切っているのに、コイツは未だに諦めていないらしい。オレは人事を尽くしているのだから負けるわけがないのだ。案の定、結果はオレの勝ちで高尾の連敗記録は更新中だ。


「あ、真ちゃん。国語のノート貸してよ」

「何故オレがお前にノートを貸さなければいけないのだよ」

「オレ、ノートとってなかったから」


 自転車を漕ぎ出して数分。いきなり高尾はふざけたことを言い出した。そんなことを頼まれる理由は分かっている。何せ、今日の一時間目の授業は国語。席が前後では、コイツがその時に何をしていたかなんて分かり切っている。それを高尾自身も理解していながら頼んでいるのだ。体調不良だったというならまだしも、そんな理由でノートを貸して貰えるとお前は思っているのか。


「寝ていたお前が悪い」


 バッサリと言い切ると、罰の悪そうな表情を見せながらも「それはそうだけど」と引き下がるつもりはないらしい。大体どうしてオレに頼むのか。お前なら他にもノートを貸してくれる連中が幾らでもいるだろう。
 そうは思ったが口にはしなかった。以前にもノートを貸して欲しいと言われた時に同じ質問をしているからだ。その時にオレのノートが一番見やすいから、などという答えを返してきた。元はお前が悪いのだから誰でも貸して貰えるだけマシだろう。それでもどうせなら見やすい方が良いからなんてことを言ってきたのだ、この男は。


「ノートチェックのせいで評価が下がって部活に支障とか出したくないし」

「自業自得なのだよ。大体、お前の成績ならその程度で支障になるとは思えん」

「オレのこと買い被りすぎだって。それにしたって、もしもがあったら困るじゃん。な、頼むよ」


 たかがノートチェックにそれほど心配する要素はないだろう。どうせ普段点と合わせて二十点くらいにしかならないに違いない。コイツの場合は時々寝ているが、そもそもの成績が良いのだから部活に支障が出るほどのことは有り得ない。それこそ、テストで寝て零点でも取らない限り。
 それでも、もしもの為にと諦めずに頼み込んでくる。このまま頼まれ続けるのも面倒になってきて、溜め息を吐きながら「明日には返せ」とだけ答えてやった。たったそれだけのことに満面の笑みで「ありがとう」と振り返るものだから、さっさと漕げとだけ言っておいた。全く、この程度のことでも喜怒哀楽がはっきりしている奴だ。


「そうだ、真ちゃん! 今度休みの日にどこか遠くに行かない? ほら、海とか」


 またいきなり何を言い出すのだ。コイツは今の季節を理解しているのだろうかとさえ思ってしまったが、そこまで分からないような馬鹿ではないだろう。ちなみに現在は海の季節である夏を通り越して秋になったところだ。当然海には入れない。
 思ったことをそのまま言葉にしてやれば、海は例えだからそこまで突っ込むなよと高尾は話す。例えにしても海はおかしいだろうと思ったが、あえて突っ込むことはしなかった。どうやら、行く場所はどこでも良いらしい。とはいえ、突然そんなことを言われてもこちらとしては困るのだが。


「別に出掛けたい場所もないのだよ」

「んなのどこでも良いじゃん。新しく出来た水族館とかさ。オレが真ちゃんと遊びに行きたいだけだし」


 誰かと遊びたいなら他を誘え。言えば「誰かじゃなくて、真ちゃんと遊びたいからだって言ってるじゃん」なんて返ってきた。遊びたいだけなら誰でも良いのではないかと思ったが、そういう問題ではないようだ。
 そういえば中学の時も似たようなことを言われたことがあったかと思い出す。あの時は遊びに行きたいのならお前等だけで行けと言ったのだが、みんなで遊びに行きたいんだというようなことを言われた。オレ一人くらいいなくても良いだろうと思いながらも、結局あの時は強引に参加させられた。
 だが、それとこれとでは別の話だ。


「そんなことに時間を割くくらいなら、バスケの練習をする」

「つれねーな。本当、熱心だよね」


 そう話す高尾もバスケに関しては熱心だろう。強豪校でレギュラーを勝ち取るのはそう簡単なことではない。それだけ努力を重ねて、ユニフォームを貰っているのだ。これを熱心でないといわずになんというのか。人一倍の練習をしていることくらい知っている。休日にもバスケのことばかり考えているのはどちらも大して変わらないのではないだろうか。


「バスケの話してるとさ、バスケしたくなるよな」

「また明日になれば朝からバスケをするだろう」

「まぁね。でも、真ちゃんにもそういう時ってあるでしょ?」


 部活でハードなメニューをこなして、居残り練もした後にあまり体力なんて残ってない。だが、その気持ちは分からなくもない。そうだなと肯定すれば、だろ?と相槌が返ってくる。結局はどちらもバスケ馬鹿ということなのだろう。そもそも好きでもなければ強豪校に来てまでバスケをやっていない。


「次の試合、絶対勝とうぜ」


 相手もそこそこ名の知れている学校との試合。それでも、オレ達が負けるはずがない。毎日あれだけの練習をこなし、全員が人事を尽くしているのだから。


「当然なのだよ」


 IHでは予選敗退という結果になってしまったが、次はそうはいかない。このチームのメンバーで勝利を掴みにいく。その為にも、コイツのパスはかなり重要なものになるだろう。心配などせずとも、コイツのパスはオレ達選手に真っ直ぐに届くのだろう。チームメイトがオレのシュートを信じているように、お前のパスも全員が信じているのだから。
 たとえ練習試合でも手を抜いたりなんてしない。やるからには勝ちに行く。そして、次の大会ではオレ達が日本一になる。このチームで勝ちたいと、今はそう思うのだ。

 沢山の星が光り輝く空の下で語り合う。
 何でもない日常が幸せなのだと感じることもないくらい、それは当たり前に存在していた。いつかは終わりが来ると知っているけれど、それまでの三年間はこんな毎日が続けば良いと心のどこかで思った。