アイツの持つ能力が特殊なものであることは知っていた。しかし、それに何かしらのリスクがあるとは思わなかった。というのも、高尾が上手くそれを隠していたから誰も気付かなかっただけのこと。実際、上手く隠しているとは思う。オレも初めは気付かなかった。
だが、一瞬顔を歪めたのを見てしまえば何かあると推測するのは容易だった。試合の後で時々一人いなくなっていることには前から気付いていたが、初めは全く気に留めてはいなかった。そういう点でも上手く立ち回っていたのである。
一つ一つの練習
今日の練習試合もブザービーターの得点を最後に秀徳の勝利で幕を閉じた。コートの中心に集まり整列を終えれば、選手達はそれぞれのベンチへと戻る。それから暫くは休憩になるのだろう。学校に帰るまでにはまだ時間がある。
部員達が雑談をしている横で、先輩に一声を掛けて輪の中から抜けていくのを目にした。おそらく目を使いすぎたのだろう。アイツが一人でこっそりいなくなるのはそういう時だ。
「先輩」
「どうかしたか」
声を掛けるとすぐに振り返った主将に、外の風に当たってきますとだけ告げる。遅くならないうちに戻るようにとの言葉に頷いて、そのまま体育館の出入り口に向かって歩いた。
外に出れば太陽の日差しに一瞬目を細めた。相手のバスケ部員や他の学生達が居る中を通り抜けて、目的の人物を探す。こんな人混みの中には居ないだろう。休むのであれば日陰に移動しているのだろうが。
(いつまで隠し通すつもりなんだ……)
鷹の目を使ったリスクを誰にも話さないのには、何かしらの理由があるのだろう。そうでなければわざわざ隠す必要がない。むしろ、こういうのは話すべきことだ。
だが、アイツがそれを望んでいないと分かっている。だからオレも気付きながらも先輩や監督にこのことを話してはいない。無理はしていないようだから現状はこのままでも良いと思っている。何かあってからでは遅いが、それくらいの自己管理は出来ているだろうから。それこそ、何かあった時はもう隠しておけないだろう。
(とりあえず、どこにいるかだな)
体育館の周りをぶらぶらと歩いているがなかなか見つからない。そう遠くにはいっていないだろうから、体育館を中心に歩いていれば見つかるとは思うのだが。
ぐるりと歩いて体育館の裏に差し掛かったところで足を止める。一見人目につかなそうな木陰に視線を向ければ、見慣れた黒髪が視界に映る。
「…………高尾?」
確認するように尋ねれば、向こうもその声に反応してこちらを振り向いた。分かり易く驚いてくれたが、そんなにオレがここに来るのは意外だっただろうか。
いや、意外かもしれないな。オレもこうして高尾を探しに来たのは初めてだ。そもそも気付いたこと自体が最近なのだから仕方がない。
「真ちゃん、こんなトコでどったの?」
「それはこっちの台詞なのだよ」
そうやってお前は誤魔化すのだ。何でもないように平然を装う。ここにいる以上、鷹の目の使い過ぎで辛くなっただろうことは分かっている。高尾はオレが気付いていないと思っているのだからこういう態度を取っているのだろう。
それにしても、コイツは本当にポーカーフェイスが上手いと改めて思った。辛いはずなのにそれを全く表に出していない。オレもついこの間まではこれに騙されていたのだな。人のことに関しては五月蝿いというのに自分のことは厳かにする。それが誰の為になるのかとは思えど、本人の為なのかもしれないと考える。コイツは自分の価値をあまり分かっていないのだ。だが、これが良いかどうかは別問題である。
「オレは試合も終わったから、ちょっと外の空気でも吸おうかなって思って。向こうは人が多いからここにいたってワケ」
この状況に尤もらしい理由が並んでいる。オレも似たような理由を先輩に言ってきたのだだけに、普通ならこれを信じるだろう。生憎、オレには通用しないけれども。
しかし、ここで高尾に目を使いすぎたんだろうとは言わない。コイツが自分で話したならともかく、言わない間は騙されたやることにする。隠そうとしているコイツはそれを望んでいるのだろうから。
「お前の姿が見当たらなかったから、わざわざ探しに来てやったのだよ」
「へぇー真ちゃん優しいね。オレがいなくて寂しかった?」
こうすぐ調子に乗るのはどうにかならないのだろうか。同じクラス、チームメイトとしてそれなりに付き合ってきたが、この性格はそう変わるものではない気がする。これも長所、ではあるのだろう。こちらとしては馬鹿なことを言うなという話でしかないのだが。
そういうわけではないと否定をしても照れんなってと茶化してくれる。人に素直じゃないというが、コイツも大概じゃないのか。
「エース様に心配されちゃうとはねー」
「だから違うと言っているのだよ!」
何度否定をすれば良いのか。確かに、高尾の様子が気になったから探しに来た。けれど、それを隠そうとしているのは高尾本人だ。心配されないように誤魔化しているのはお前だろうという言葉は心の内に留めた。
逆にここで心配して何が悪いと言ったならどんな反応を見せるだろうか。少なくとも、今までにないような反応をしてくれることだろう。
「わざわざ探しに来てくれてありがとね。心配しなくても出発時間までには戻るから安心して」
先程のようにいつものテンションで話していても辛いものは辛いらしい。幾らか落ち着いた声で戻るように促されるが、それで戻るつもりはない。放っておいても自分でなんとかするのだろうが、こんな状態の奴を一人にしておこうとは思えない。
「お前は戻らないのか?」
さりげなく尋ねれば、高尾は目を丸くした。ただ偶然会ったとでも思っているのだろう。それ以外にオレがこんな場所にいる理由はないと。高尾の中でオレはどういう存在なのかと疑問に思ったが、特別気にすることでもないだろうと片付ける。
それから案の定まだここに居ると話した奴は、ついでに先に戻ってて良いなんてことも言ってくれる。言葉にしないと伝わらない、というのも強ち嘘ではなさそうだ。普段は言葉にしなくとも人の気持ちを勝手に代弁してくれるが、今回はその能力は働かなかったらしい。お前が戻るまでいてやると言えば、また驚愕の色を浮かべた。
「明日は雨が降りそうだね」
「どういう意味なのだよ」
どこまで失礼なことを言うつもりなのか。そのまんまの意味なんてことまで言い出す始末だ。これは本当に放っておいても大丈夫かもしれない。
そんなことを知ってか知らずか、高尾はいつものようにそういえばと話を始める。普段通りの姿を見て少しは安心する。コイツ相手に心配が必要だったのかは若干分からなくなっていたけれども、顔に出さずとも目の使い過ぎであったことには違いはないのだ。コイツは心配されていたなど欠片も思っていないだろうけれど、コイツが平気ならそれで良い。
このまま何事もないまま部活を続けていければ良い。
おそらく叶わないであろう願いは心の中だけでそっと呟かれた。
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