高校を卒業したオレ達はそれぞれ別の進路へと進んだ。真ちゃんは大学に行って医学の勉強中。オレはといえば、この目のこともあるしとりあえず進学はせずに働くことにした。お金はやっぱり必要だろうから。
進路が違えば生活リズムだって全く違う。オレ達が会う機会なんて全然なかった。というより、会おうと思わなかったし。だから連絡も全然していない。卒業式以来一度も会っていないし、一切連絡も取ったことはない。
時には必要とする能力
(真ちゃん、何してるんだろう)
町を歩きながらぼんやりと考える。そう思うなら連絡をしてみれば良い。そんなことは自分が一番よく分かっている。
だけど、距離を取っているのはオレの方。卒業式の日にこれから当分は連絡を取らないようにしようと言ったのはオレなんだから。
(さっさと帰るかな)
オレがこんな所に居る理由だが、単に必要な物があって買いに来ただけだ。今日は特に何もなかったから親に頼まれて買い物に来ていた。もう買い物も終わったところで後は帰るだけ。ついでだから適当に歩こうかとも思ったけれど、今はこれといって欲しい物もない。袋の中に入っている物も急を要する物ではないが、なにもないなら真っ直ぐ帰るに越したことはない。
「あれ?」
そんなことを考えながら歩いていると、ふと視界の中に小さな女の子の姿が映った。道の端に一人でぽつんと立っている。周りに親らしき人も居ない。こんなに小さい子が一人で歩いているとも思えない。ということは、そういうことなんだろう。
女の子の傍まで歩いて行くとその子の目線の高さに合わせてしゃがむ。
「どうしたの? 誰かと一緒に来たの?」
「さっきまで、お姉ちゃんと、一緒だったんだけど」
嗚咽交じりになんとか教えてくれた。やっぱり、この子は迷子になってしまったようだ。小さい子っていうのは何か気になる物があれば、すぐにそちらに興味が惹かれてしまう。それでいつの間にか逸れてしまったというところだろうか。この子のお姉ちゃんが何歳かは分からないけれど、おそらくその子もまだ小さい。この辺りに来るとすれば買い物か、少し外れた道に入れば近くに公園もあった筈だ。
「お姉ちゃんとは買い物? それとも一緒に遊んでたの?」
「公園で、お母さんが、戻って来るの待ってて」
買い物をしていたのはお母さん。その間に二人で遊んでいたのか。今頃、一緒に居たっていうお姉ちゃんはこの子のことを必死で探しているんだろうな。迷子に会ったなら交番に連れて行くのが良いのかもしれないけれど、このまま放っておくなんて出来ない。この子もお姉ちゃんも早く会いたいに決まっている。オレにも妹が居るからその気持ちは分かるんだ。
別に急ぎの用がある訳でもない。となれば、後はもうやることなんて決まっている。お姉ちゃんと逸れてしまったのなら、そのお姉ちゃんを探してあげれば良いだけ。
「それじゃあ、お兄ちゃんと一緒にお姉ちゃんを探そうか」
「ほんと?」
「お兄ちゃんに任せておいて。まずはその公園に行ってみよう」
うん、と頷いたこの子は漸く笑みを見せてくれた。やっぱり泣いているより笑っている方が良いな。これでも小さい子どもの扱いには慣れている方だ。妹ちゃんの面倒をよく見ていたからな。妹ちゃんにもこの子くらい時があったんだよな。なんて言ったら、なんか年寄りみたいだけどさ。
小さな手を握って二人で一緒に歩いて行く。歩幅も当然狭くて、それに合わせて歩くのが懐かしい。ウチの妹ちゃんとはもうこんな風に歩くような年じゃないから。
「日中ってだけあって人多いな……」
公園についてから真っ先に出てきた感想だ。ついでに今日は休日。小学生に上がっている子ども達はそれぞれで、もっと小さい子ども達は親子連れで来ているらしい。あとはこの子のお姉ちゃんを探す訳だけど。
(向こうも探してるんだし、探せるかな)
ただ歩いて探すよりは時間短縮になるだろう。早くお姉ちゃんに会いたいって気持ちは繋がれた手から伝わってくる。だから、オレは自分の持っている能力を使う。ぱっと見て見付からないというのなら、視点を変えて探せば良いだけの話。そんなことが出来るのは鷹の目を持っているからこそだけど。
視点を切り替えてみればごちゃごちゃとしていた公園の中も把握しやすくなる。そして、この子の姉らしき子どもを見付けた。そこまで一緒に歩いて行くと、向こうもこちらに気付いたようだ。どうやら当たりらしい。
「お姉ちゃん!!」
漸く会えた姉の元へと走って行く。お姉ちゃんも妹へと向かって走り、二人で会えて良かったと話している。無事に再開出来て良かった。これでもう大丈夫だろう。
「お姉ちゃんに会えて良かったな。もう逸れちゃダメだぜ」
「うん! お兄ちゃん、ありがとう!」
妹がお礼を言ったのに続いて、お姉ちゃんの方もありがとうと言った。それに微笑みを返して、オレは小さな姉妹と別れた。
この目を使うのは主にバスケだった。他にも使うことがなかった訳じゃないけれど、殆どがバスケだったから覚えていない。バスケでは選手達の位置を把握してパスを出せる特殊な目。だけど、こんな場所でも役に立つものだな。
(あんま人混みでは使えないだろうけれど)
人が多ければその分、頭で情報を処理するのが大変になる。あの人数だからそこまででもないけれど、これがもっと大きな場所ならかなりキツイだろう。そんな所で使う機会なんてないだろうが、また同じようなことがあればそれでも使うんだろうなと他人事のように考える。
(会いたい、な…………)
この目と相性が良い武器を持っていた相棒に。きっとオレが会いたいと一言言えば、真ちゃんはどうにかして時間を作ってくれる。だけどそれはダメなんだ。
卒業式の日。真ちゃんはオレの目を治してくれるって言った。その為に大学で勉強をしてくれている。本当に将来やりたかったことが何なのかはオレには分からない。それでも、真ちゃんはその道を選んでくれたんだ。だから、せめてその邪魔をしないようにと連絡をすることを拒んだ。
(ずっと、信じてるから)
オレはただ信じて待てば良いんだ。真ちゃんのことなら、いつまででも信じていられる。
いつの日か、その時が来たらまた会える。だから今はただ待てば良いだけ。
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