四月。中学を卒業したオレはバスケの強豪校、秀徳高校へと入学した。
 東京都三大王者の一角、東の王者と呼ばれるこの学校でオレは高校バスケを極めたい。そう思って入学したのんだけど、想定外の出来事が一つ。


『よう! 緑間真太郎クン!』


 緑間真太郎。
 帝光中学校バスケットボール部出身。ポジションはポイントガード。超長距離スリーポイントを武器に戦う天才シューター。そのシュートは百発百中。
 あの天才集団、キセキの世代の一人。

 バスケをやっている人間でこの男を知らない奴は殆ど居ない。百戦錬磨の帝光中学校に現れた天才五人は、全中三連覇を果たし帝光中を卒業した。勿論オレもキセキの世代は知っている。
 けれどまさか、この秀徳高校にもキセキの世代が居るとは思わなかった。落ち着いて考えてみれば歴史のある強豪校に進学することに不思議な点などどこにもない。でも、この学校で始めてソイツの姿を見た時は“どうしてお前がここに居るんだ”と、その姿を捉えた瞬間に頭の中が真っ白になった。


『オレ高尾和成ってんだ』


 思うところがなかった訳じゃない。でも、同じ学校に入学したからにはこれからはチームメイトだ。どうやったってそれは変えられない。
 それなら頭を切り替えるしかなかった。見間違うことのないその長身の男にオレは声を掛けた。

 スラっと高い身長。目立つ緑の髪。手には何故かセロハンテープ。
 何でそんな物を持っているのかと思えば、おは朝占いのラッキーアイテムらしい。占いのラッキーアイテムを持ち歩いてるって女子かよ。ついでにその語尾もなんなのだよ。


『バスケ部入んだろ? よろしくな!』


 高校生活初っ端から出会ったソイツは変わり者だった。チームメイトになるであろうソイツとは、どういう運命の巡り合せかクラスまで一緒だった。
 ホームルームで担任の話を聞きながら、オレは出会ったばかりのチームメイトのことばかり考えていた。緑間のバスケ選手としての実力は知っている。ハーフコートのどこからでもシュートが打てるなんて普通有り得ないけれど、それを現実でやってみせてくれたのがこの男だ。
 よりにもよって、と思ってしまったのはオレが中学で緑間と一度だけやったことがあるからだ。オレの中学バスケはこいつのブザービーターで終わらせられた。忘れる筈がない。



□ □ □



「毎日よく残ってんね」


 強豪と呼ばれるだけあって秀徳の練習はキツイ。体力ギリギリのメニューが組まれていて、正直それについていくだけで精一杯だ。ここに集まっているのは中学でも強豪と呼ばれる学校に所属していた者も多い。そこで練習を積んできた奴等が、ここでの練習の厳しさに何人も部を去った。
 理由はそれだけではない。今年、秀徳はキセキの世代を獲得した。ソイツのポジションはシューティングガード。天才様が入ってレギュラー入りは確実。シューティングガードの選手達が辞めたりポジションを変えたりすることは多かった。一年生だけではなく、二年生や三年生の先輩も含めて。
 なぜなら、この三年間のシューティングガードは緑間だと誰もが分かっていたから。


「あの練習の後で残ってやっていこうとか普通思わねーよ。そんな体力もないし」


 今この体育館に残っているのはオレとコイツの二人だけ。緑間だってオレが話し掛けていることくらい気付いているだろう。オレも無視されていると知っていて一人で喋り続けているんだけど。
 一体何人のチームメイトが辞めたんだろうか。何人もの奴がお前の才能に叶わないって辞めていったんだ。この学校でお前と一緒のチームになったから。バスケを続けてもスタメンにはなれないと戦う前に諦めた。

 実際、天才相手に勝てるかって言われたら無理とは言わないけど厳しいことではあるだろう。その才能を見せつけられてどう思うかにもよるだろうけど、あのシュートが自分達とは次元が違うのだと突きつけてくるのだろう。
 オレはポジションが違うから考えたこともないけど、もしオレがシューティングガードだったとしてもオレは部活は辞めない。緑間がポイントガードだったとしてもだ。ポジションを変えるかそのまま続けるかまでは当事者でないオレには分からないけれど。


「お前みたいなヤツも残って練習とかするんだな」

「……何か用があるのならはっきり言え」


 漸く反応を見せたかと思えばこれだ。でも、反応してくれただけ進歩だろう。いつも周りなどお構いなしにシュートを撃ってばかりだもんな。
 それだけ集中してるってことなんだろうし、練習に打ち込んでるってことでもあるんだろうけど。緑間にとってオレはただ騒ぐだけの邪魔な奴だっただろう。別に邪魔するつもりはなかったけれど、こちらに意識を向けさせようとしていたから結局は邪魔したことになるのかもしれない。


「練習する気がないならさっさと帰れば良いのだよ」

「そう言うなって。チームメイトだろ?」


 ま、名前も覚えてないだろうけど。
 そう続ければ緑間は眉間に皺を寄せた。だってそうだろ。オレは中学も弱小校でこれといって特筆した才能がある訳でもない。ごく普通のバスケ部員だ。体力だって少ないし技術だってまだまだ。練習についていくのもやっとのチームメイトの一人。お前の中では同じ部活の奴くらいの印象でしかないだろう。

 本人に聞いたのでもないのにオレは勝手にそう思っていた。おかしなことじゃない。オレ以外の一年だって似たようなものだと思う。
 一年の四月、しかもまだ会ってそう経っていない時期だ。クラスメイト全員の名前さえ把握出来ていないこともあるくらいなのに、ただのチームメイトの一人なんて覚えていないだろう。

 だから覚えられていなくても普通。そう思っていたんだけど。


「……高尾」

「え?」

「高尾和成だろう。クラスも部活も一緒で覚えていない訳がないだろう」


 何を言っているんだと言いたげな目を向けられた。けど、それはこっちのセリフだ。

 そりゃあ、オレ達はクラスも部活も同じ。クラスが違う奴に比べれば会う機会も多いかもしれないけれど、それでも覚えられているとは思わなかった。
 これまでに話をしたことはあったものの名前を呼ばれたことは一度もなかったんだ。かといって名前を呼ぶ必要な場面があったかといえば、なかったのかもしれないが。

 驚いているオレに、緑間は更に追い打ちをかけた。大体、一番初めに会った時に自分で名乗っていただろうと。
 それって入学式の話だけど、お前、もしかしてそん時からオレの名前知ってたの?あの時のことはオレもはっきりと覚えているけれども。


「なぜお前はオレに構う」


 それはつまり、構うなという意味だろうか。
 確かにオレはこの半月の間、クラスメイト兼チームメイトでもある緑間に一方的に話し掛けていた。その度に五月蝿いだの喧しいだの言わたけれどそれでもオレは止めなかった。
 普通は半月もあれば多少はクラスメイトとも打ち解けていくものだけど、オレは緑間とだけは全然打ち解けた気がしない。話し掛けるな、オレに関わるなというオーラ出しちゃってさ。自分から誰も寄せ付けつけないようにしている。それでもオレは気にしなかったけど、クラスメイトだし。

 何でと言われても緑間はどういう答えを求めているのか。だって、友達と話したりするのは普通のことだろ?こういう新しい環境になったらまず話さないと友達なんて出来ない。緑間は友達を作る気もないんだろうけど、それは緑間の考えであってオレは違う。
 当然といえば当然だ。十人十色という言葉もあるように、全く同じ考えの人間なんて居ないだろう。オレも純粋に友達になろうと思っているのとは違う人種だ。他のクラスメイトやチームメイトとも違う考え方をしているだろう。それならどういう考えをしているのかって、今は関係ないから置いておこう。


「友達と話すのに理由なんている?」

「親しくもない奴と何を話すことがある」

「まず親しくなるのに話す必要があると思うんだけど」


 オレは紙を通しての緑間真太郎しか知らないから、ソイツはどんな奴なのなんだろうと思っていた。正確には一度会ってるけど、緑間はその時のことなど覚えてない。
 けれど、覚えていないことはおかしなことでもない。これまで戦ってきた相手を全て覚えているか、といえばオレだって覚えていない。ただ、覚えていないという事実に対して何の気持ちも抱かないのとは訳が違う。

 友達になりたいと思っているのは本当だ。天才だから、とも少なからず思っているかもしれない。
 だけど、天才に叶わないとは思っていない。変わり者っていうよりは面白そうという印象で、利用しようなんてことは考えていないけど認められたいとは思ってる。

 とまぁ、その辺の話は少し前にしたんだっけ。ほんの一部だけだけど。他は全部オレの心の内に留めてある。


「それとも、友達になるには同じだけの実力がないとダメ?」

「……誰もそんなことは言っていないだろう」


 なら問題ないだろ。オレはお前のことをもっと知りたい。キセキの世代と呼ばれるお前のことを。中学ン時に散々調べたけど、実際に同じ学校に通ってみたら想像とは随分違っていた。所詮、紙媒体で知れることなんて高が知れてるってことだ。
 勝手な想像をしてたけどそれはあくまでも想像。オレ達はまだ出会って数週間しか共に過ごしていない。お互いのことを知らなくて当然だ。これから知っていくのだから。


「それじゃ、これからよろしくな」


 これが練習後、毎日のように残って練習をしている緑間に初めて話をした日の出来事。後に、言葉通り。オレも放課後に残って練習をするようになる。

 大して会話をすることもなくただお互いが自主練習をする日々が続く中、この日のように話をする機会があった。
 二回目に話をしたその時、緑間はオレが緑間に向けているモノにも気が付いた。案の定、中学で一度だけやっただけのオレのことなんて覚えてなかったけどそれはもう良い。今更敵意を向けてもしょうがないってことは分かってんだ。同じ仲間に敵意を向けても意味がない。

 だからオレはこの男に自分の存在を認めさせてやると決めた。中学の頃のあの気持ちはまだオレの胸の内に残っているけれど、それらを全部押し込めてそうするしかなかったから。
 倒せないのなら認めさせてやる、と。


『そんなつもりねーだろーけど、むしろまだ認めんな。オレはただお前より練習するって自分で決めたことやってるだけだ』


 そのうち思わずうなるようなパスしてやっから、覚えとけよ真ちゃん!

 そんな風に呼べば馴れ馴れしいからやめろと言われたけど、漸く緑間ともほんの少しだけ打ち解けた気がした。
 オレはオレのやり方で強くなる。シューティングガードであるお前の武器がシュートなら、ポイントガードであるオレの武器はパス。そのパスでいつかお前を認めさせてやるんだ。