緑間に自分を認めさせてやると決意をした四月もあっという間。学校にも部活にも徐々に慣れてきたかと思う頃にはカレンダーが捲られた。
 新しい月、五月になれば辞める部員はもう居ないだろう。ひと月このバスケ部に残っいたということはそういうことだ。

 四月の終わりには他校の練習試合を見に行ったりもした。とはいっても結局見れなかったんだけど、緑間の元チームメイト――キセキの世代の試合。
 けれどキセキの世代の試合なら見られる機会なんて幾らでもあるだろう。ジャンケンに負けた結果、生きも帰りもずっとリアカーを漕ぐ嵌めになったのは色んな意味で大変だったけど、ジャンケンだったのだから文句は言えない。

 そんなこんなで五月。ゴールデンウィークも当然のように練習の毎日で、練習試合が組まれる日もあった。早いものでインターハイの予選は今月から始まる。


(それにしてもホント、落ちないな)


 ゴールに真っ直ぐ落ちるシュート。入部してすぐに一軍入りをし、当然のようにレギュラーになった緑間。練習試合でもスタメンとして試合に出ている。
 相変わらず命中率は百パーセント、危なっかしいシュートも当然ない。これが当然だといえる時点で一般的に考えればおかしいのだが、緑間の場合は当然なんだから他に言いようもない。
 オレはといえば、こうしてベンチで応援中。これでもオレは秀徳バスケ部の一軍だ。中三の時に引退してからも練習を続け、緑間と一緒になって居残り練習をしたお蔭で四月の終わりに一軍に昇格した。

 多分、というよりはおそらく理由はそれだけじゃない。オレは他人より少しだけ目が良い。そしてポジションがポイントガードだった。
 知っての通り、緑間のポジションはシューティングガードだ。早い話がオレは視野が広くパス回しが得意で、緑間は長距離から撃てるスリーポイントシューターだ。
 バスケは一人でやるスポーツではない。どんなに強くても一人じゃバスケは出来ない。オレの広い視野はシュート範囲の広い緑間にいつでもパスを繋げられる。要は緑間がスタメンだからレギュラーとしてユニフォームを貰えたという訳だ。


(流石はキセキの世代、か)


 実際に試合をしている様子を見て改めて思う。先輩達にしても王者と呼ばれるだけあってプレーに無駄がない。技術もスタミナも並ではなく、オレなんてまだまだ足元にも及ばない。
 オレは速さや瞬発力はあっても技術とスタミナ、特にスタミナがない。基礎トレーニングはしているけれどそう簡単に身に付くものではないし、バスケをするにしては身長も低い。この目がなければレギュラーどころか一軍に入れたかも怪しいレベルだ。


「おい一年、何ぼーっとしてんだよ」

「あ、スミマセン」


 試合中なんだから声出せよと怒られてもう一度謝る。こうして強豪の試合を間近で見ると考えることは色々あるが、今は試合中だ。ちゃんとそちらに集中しなければいけない。
 そう思っていたところで、隣の先輩が「お前も大変だな」と小さく呟いたのが聞こえた。この流れで呟かれたそれはオレに向けられたものなのだろう。何に対して大変だと言われているのかはなんとなく分かったが、一応「何がっすか?」と小声で聞き返す。


「緑間だよ。同じ一年レギュラーだろ」


 予想通りの答えにああと納得する。秀徳バスケ部のレギュラーで一年なのはオレと緑間の二人だけだ。一年レギュラーとして纏めて何かを任されることはあるし、同じ一年レギュラーだからって比べられることもある。
 比べるまでもなく実力ははっきりしているから、比べるという表現は正しくないかもしれない。単純に緑間はキセキの世代だからレギュラーになることに不満があれど納得をされている。

 反してオレは身体能力も何も大したことがないのにレギュラーになったから一部の部員には不満しかないだろう。緑間のお蔭でユニフォームを貰ってるだけだろって、本当にその通りだから言い返すことも出来ない。
 でも、それだけでレギュラーになれるほど甘い世界ではない。だから何を言われようとオレは結果を出して自分の実力を証明するだけだ。


「別に大変ってこともないですよ。付き合ってみるとおもしろいですし」

「そうか? お前も変わってるな」

「オレは至って普通っすよ。緑間が変わってるのは認めますけど」


 変わってるとかいうレベルじゃなく緑間は変わってる。毎日おは朝占いのラッキーアイテムを持ち歩いている時点でもうおかしいだろ。
 それがキーホルダーとかどこにでもあるようなものならまだしも、セロハンテープだとかカエルの置物だとかも常に持ってる。身近な物からどこから用意したんだと思うような物まで。おは朝占いで出たラッキーアイテムならどんな物でも持ち歩くのだ。
 なんでも、ラッキーアイテムを身に付けることは人事を尽くすことなんだそうだ。占いを碌に信じてもいないオレにはよく分からないけど。

 どういったところが変わり者なのかという話は挙げだしたらキリがないからこれだけにしておく。付き合ってひと月しか経ってないのにそう思うってことは相当だろう。
 ついでに言っておくと、チームでもクラスでも浮いてるのだが本人は全くのお構いなし。それが拍車を掛けて周りの緑間を見る目は変人であり近寄りがたい奴。オレなんかはよく一緒に居られるななんて言われるレベルだ。まだ入学してひと月だというのにこれはある意味凄い。


「そういえば、先輩もやっぱ緑間のことは知ってたんすか?」

「バスケやっててキセキの世代を知らねぇヤツなんていねーだろ」


 それはそうだ。といっても、先輩は噂で聞いたり雑誌で見たりした程度らしい。
 考えてみれば先輩が中学に入学した時はまだオレ達は小学生だ。中学三年の時に漸く新入生で、その頃はまだ緑間達もキセキの世代なんて呼ばれてもいなかった。キセキの通っていた帝光中が全国大会常連校なのはもっと前からである。

 キセキの世代とやり合った経験があるのはその下、今の二年生くらいからだろうか。オレが中三の時の中一までは戦ったことのある奴も居るだろう。なかったとしても、当時の選手達は帝光中と当たったらその時点で負けみたいなものだと思っていたに違いない。オレもその一人だ。
 それだけ帝光中のキセキの世代は強いと噂だった。実際、試合のスコアはダブルスコアは当たり前。トリプルスコアになることだって珍しくないくらいに点を取っていた。

 勝つことが当たり前。それが緑間の通っていた帝光中学校。


「そういうお前はどうなんだよ」

「オレは一回ならやったこともありますよ。ボロ負けでしたけど」


 あったことをそのまま話すと、先輩はコートに視線を向けながら「そうか」とだけ返した。今でこそチームメイトだが、緑間と同等の力を持った奴等が五人も集まって敵になればどんな試合になるかは想像に難しくない。

 帝光とやって負けた奴なんて探そうと思えばこのバスケ部でも何人かは見つかるだろう。キセキの世代に負けたことのある奴はそれこそ何十人、何百人と居るのだから。地区予選に全国大会、全部合わせればそれなりの数になる筈だ。
 それ故に疎まれ恨みの対象でもあったんだろうが、その辺のことはオレには分からない。でも、帝光がそういった目で見られていたことくらいはオレも知っている。ウチのチームでもそういうことを言う奴は居た。オレにはその考えが分からなかったけれど。


「けど、人生何があるか分からねーもんだな」

「……そうっすね」


 キセキの世代がバラバラの学校へと進学した。そして、その内の一人がチームメイトとしてコートに立っている。
 まさかキセキの世代と同じ学校になるなんて、数ヶ月前までは想像もしていなかった。それは先輩も同じなのかもしれない。どこの学校も喉から手が出るほど欲しがる人材を獲得し、こうして一年でスタメンになっている。

 先輩達が何も思わない訳がない。これに関しては一年でレギュラーという意味でオレもなんとなく分かる。それでも、キセキの世代なんて呼ばれている緑間がどれだけのものを向けられているかは分からない。オレなんかの何倍も大きなものがあるんだろうけれど、聞いたこともないから。
 そもそも、聞いて良いのかも分からない。オレ達は出会ってからまだひと月とちょっとでしかない。その程度の付き合いで聞いて良いことではないだろう。でも、きっとオレには想像出来ないくらいのモンを背負っているんだろうなとは思う。


「で、お前次の試合はいけんの?」

「いつでもいけますよ」

「じゃあスタートから行くぞ。気ィ抜くなよ」


 はい、と返事をして今行われている試合の応援を続ける。

 まだ五月、否、もう五月。
 高校バスケの長い戦いは始まろうとしている。オレ達レギュラーはそれらの試合を勝ち進んでいく為にもより一層練習を重ねていく。少しでも己のステータスを伸ばして勝ちに行こうと。
 どんな相手にも油断は禁物。相手がどこであろうと王者として秀徳は勝ち進んで行くだけだ。頂点を目指して。