「そんなの関係ないだろ? だって、オレ達は友達なんだから」
無邪気な笑みを浮かべれば、つられるように目の前の少年も微笑んだ。茜色に染まった空の下、広い草原にたった二人。どこからか聞こえてくるのは夕焼け小焼けのメロディ。小さな子供達はもう帰らなければならない時間だった。
タイムリミットが迫り、差し出されたのは子供らしいプレゼント。見つければ幸せになれるといわれる四つ葉のクローバー。つい先程まで二人して探していたものだ。
「これがあれば幸せになれるんだぜ。だから大丈夫」
二人が一緒に遊べるのは今日が最後だった。彼等は一週間前に出会い、それからずっと一緒に遊んでいた友達。夏休みによくある親戚の家に遊びに来て仲良くなったというやつだ。夏休みも終わりに近づいた今日は彼が家に帰る日だった。
自分の家から此処までが遠いことくらい分かっていて、もう会えないだろうということも理解していた。悲しくともこればかりはどうにもならない別れ。そう思っているのはどちらも同じ。
だから、最後に贈るのがこの四つ葉のクローバー。これがあれば幸せになれるというのは世間でも知れ渡っている。やっとのことで手に入れたソレはきっと幸せを導いてくれる。自分達の出会いがこれで最後になんてならないんだと、そう願いを込めて手渡す。
遠くでは両親が呼ぶ声が聞こえてくる。一緒に居られるのは本当にこれが最後だ。
「またな!」
次があると信じて、さよならなんて言葉は掛けない。必ずまた会うんだと精一杯の笑顔を見せた。その言葉を繰り返して、少年は両親の元へと走って行った。
今までで一番楽しい時を過ごした友達。彼の言ったように、きっとまた会えることを信じてクローバーをぎゅっと握った。
次があることを信じて四つ葉のクローバーに願いを込める。
それは、どこにでもある夏休みの出会い。
四つ葉のクローバーの奇跡
日直の仕事といえば幾つか挙げられるが、その中の一つに日誌がある。時間割を書き込み出欠席を記入、最後に感想なんて欄まである。未記入や特になしは却下だと初めに担任に言い渡されているが、高校生に一体何を求めているのか。感想なんて言われても書くことなんてあまり思いつかず、結局適当にそれっぽいことを書いて済ませるのが大半だ。
なんとか全ての欄を埋め終えれば最後は担任に届けるだけ。職員室に行って戻って来る頃には教室に残っている生徒の数も大分減っていた。
「あ、真ちゃんお帰りー」
暫くしてから聞こえた声は、同じ部活の高尾だった。一緒に帰ろうなんて約束をしてはいないもののいつからか一緒に帰ることが日常になっていた。それも二人が自転車にリアカーを繋げた、通称チャリアカーで通学しているのだから自然とそうなるのだ。
「先生居た?」なんていう質問に「居なかったから机に置いてきたのだよ」と返しながら鞄を手に取ると、二人は教室を後にした。いつもならこれから部活へと向かうところだが今日はオフ。ただのオフなら自主練習は出来るのだが、生憎今日は体育館の整備をするらしい。必然的に体育館での練習は不可能となった。
「真ちゃんは今日何か予定あるの?」
「別に特にはないが……」
「それならさ、たまにはどっか寄って帰ろうぜ」
自転車の鍵を外しながらそう提案する。そこで一旦話を中断し二人は向かい合うと、最初はグーとお決まりの掛け声で行われたジャンケンが行われた。どちらがこのチャリアカーを運転するかを決めるジャンケンは、見事に一発で決着がついた。
「またオレが漕ぐのかよ」
文句を言いながら自転車を出すとさっさとペダルを漕ぎ始める。勝負の結果は今回も緑間が勝ち、自転車を漕ぐのは高尾の役割となった。これも本人曰く人事を尽くしている結果らしい。戦績は今のところ全勝と全敗で、もはや高尾が漕ぐのが常となっている。
ある程度の距離を進んだところで、漸く先程の話題に戻る。
「それで、どっか寄って帰らねーかって話なんだけど」
「行きたいのなら一人で行け」
予想通りの反応にどうしたものかと考える。せっかくのオフなんだからどうせなら有効的に過ごしたい。有効的と一括りにしても人によってその内容は違うのだろうがそれはそれ。たまには友達らしく出掛けるのも良いのではないかと高尾は思うのだ。
学校帰りにどこかに寄って遊ぶなんていうのは、学生としては定番の流れである。普段は部活ばかりの彼等にはあまり縁がないが、だからこそ今日みたいな日に寄り道をしようと言っているのだ。
「ほら、こういうのも一種のチームワークじゃん?」
何故疑問形なんだ、とは口に出さなかった。チームメイト同士、交流を深めるとかそういうことが言いたいのだろう。代わりに寄りたい所もないとだけ告げる。
しかし、それならオレに付き合ってよなんて言い出す始末だ。一応、行きたい所でもあるのかと緑間は尋ねたが、そういう訳でもないけどと返された時点で一人で行けと言い放った。すぐに「酷ェ」なんて声が聞こえてくるが知ったことではない。
その後も暫くは同じようなやり取りが続いた。あれこれと挙げてくる高尾に緑間は律儀に一つずつ却下をしていった。結局この話は次の信号に辿り着いても終わらず、その次の信号まで続くことになった。
「じゃあ、お汁粉奢るから! それなら良いだろ?」
三度目のジャンケンを終えた後に高尾はそんなことを言い出した。わざわざ付き合ってやる必要もないが、そこまで言われては断る気も起きない。というより、もうこのやり取りに疲れたといった方が正しいだろう。溜め息を一つ吐いて「分かったのだよ」と言えば、振り返った高尾は嬉しそうに笑った。前を見て運転しろとだけ注意をしてリアカーに背を預ける。
それからどこに行くかという話になったが、元より行きたい場所なんて特にないのだ。とりあえずマジバにでも行こうと高尾が決め、現在はマジバで軽食を食べている。部活がないとはいえ一日が終わる頃には小腹がすくのが高校生だ。
「この後どうしよっか。真ちゃんは見たいモノとかないの?」
「初めにないと言っただろう」
「そうだけどさ。スポーツ用品とか、ちょっと見てみたいなとか」
二人にとっては身近な物を例に挙げてみるが答えは変わらず。他に学校関係で必要そうな文房具も足りているし、考えてみてもこれといって思い当たるものはない。人にばかり質問してくる様子にそれならお前はどうなんだと聞けば、こちらもそうだなと言いながら高尾自身も何かないかと思い返してみる。
暫くの間頭を悩ませたが、あれはこの前買ったしあれもまだ大丈夫そうだなという結論を出した。そもそも、こうやって出掛ける時に絶対に買いたい物なんてあまりない。なんとなく見て回ろう程度に考えて遊ぶことが遥かに多いのだ。学生が遊びに行く定番のカラオケやゲーセンなんて場所は絶対却下だろうことを踏まえると自ずと場所は決まってくる。
「まあ適当に見て回ろうぜ。途中で気になるモノもあるかもしんないし」
全部食べ終わった所で席を立つと二人は言葉通り近くにある店をぶらぶらと見て歩いた。スポーツ用品店から始まり、本屋に立ち寄ったり服を見たり。
これはどう?と尋ねながらどこから持ってきたのか分からない品を渡され、持ってきた本人が笑い出すのだから怒られないうちに別の場所に移動したりなんかもした。放課後から遊びに出掛けたものの意外と色んな場所を回り、どこにでもある高校生の一日を満喫した。
季節が季節なだけに日が長く、一通り見て回った後もまだ外は明るかった。それでも家に帰る途中の公園に立ち寄った時にはとっくに六時を回っており、もうすぐ七時になろうといった時刻だった。とはいえ、普段の部活よりは全然早ければ高校生が怒られるような時間ではない。
「真ちゃん、今日はありがと。スッゲー楽しかった」
「お前はもう少し場所を弁えるべきなのだよ」
今日のことを思い出したのか、肩を震わせる目の前の男に何度目かの溜め息が零れる。遊びに行くという話になった時点で何もなく終わるとは思っていなかったが。
「それで、満足はしたのか?」
「そりゃあもう。一度真ちゃんと遊んでみたかったんだよね」
いつもは部活で時間がないからオフの時ではないと遊べない。だから引き下がらずにどこかに寄ろうという話をしていたのだということに今更納得する。そこまでして遊びたかったのかという疑問はあるが、高尾にとってはそこまでしてでも遊びたかった。それが漸く叶ったという訳だ。
散々歩き回ったものの特に何か買ったりもしていないが、本人が楽しめたのならそれで良いのだろう。たまには高校生らしく過ごすのも悪くはない。
「あ、そういえば宿題あったっけ?」
「数学のワークと世界史のプリントだ」
「うわ、マジで? 数学とか明日もあるじゃん」
四月に配られた時間割を思い出して家に帰ったら宿題をやらなければいけないことに気が付く。範囲はそれほど広くなかった筈だからあまり時間を掛けることなく終わらせられるだろう。チラリと視線を向ければ、宿題は自分でやるものだと先に釘を刺された。それを聞いて諦めたのか、帰ったら早いトコ片付けようと高尾は心に決める。
「大体、授業中も寝るのはどうかと思うのだよ」
「いや、オレはそれなりに起きてるっしょ。疲れた時は誰だってしょうがないって」
クラスメイトの中には、それこそ殆ど寝て過ごしているのではないかという奴も居る。寝ないように努力はしても部活の疲れで寝てしまうことが多少なりとあるのは仕方がないだろう。
そう主張した高尾の言葉はすぐに否定され、何事にも人事を尽くすべきだと言われてしまう。緑間からすれば、授業中に昼寝など何を考えているんだと言いたいのだろう。彼の主張は間違っていないしむしろ正しいのだが、人間は欲求に勝てず睡魔に負けてしまうことが多いのが高尾をはじめとする学生だ。中でも運動部の連中が授業中に寝ていることが多いのは周知の事実だ。
明らかに納得していない緑間に努力はしますと答えて話は終わり。そろそろ帰るか、という言葉と共に二人は公園を後にした。
それが、約二ヶ月前の出来事。
「だから、しょうがねぇだろ!」
放課後の教室。他の生徒はもう帰ってしまった後で、校舎内は吹奏楽部の演奏が聞こえるだけの静かな空間だった。そんな教室に残って声を上げているのはバスケ部レギュラーである高尾。そして目の前には同じくバスケ部レギュラーでありエースの緑間。
どうして二人でこんな所に居るかといえば、日直日誌を届けている相手を待って居たからであり、今日もまた部活はオフだったからだ。初めは戻ってすぐに帰ろうという流れになっていたのだが、そういえばと本日の授業のことを持ち出したのが切っ掛けで二人は未だに教室に残っていた。
「これでも努力はしてるけど、眠くなる時もあるんだよ」
「それくらい自己管理をするべきなのだよ」
一体何について話しているのかというと授業中に寝ていたことに関してだ。以前のオフの日に寝ない努力はするといったものの疲れている時はつい授業中に休息を取ってしまう。それは高尾に限らずクラスメイトの半数くらいは同じではないだろうか。
しかし緑間の言うことは正論であり、同じだけの練習量をこなしながらも授業中に寝たりしない人を目の前にしては強くは出れない。最終的に気を付けるように努めるということで今回もこの話は纏められた。なんだかんだ言っても授業はちゃんと受けるべきものだとは分かっているし、逆もまた同じくだ。
「それで、何か良い夢でも見れたのか?」
唐突に尋ねられて、ついきょとんとした表情になる。まさかそんなことを聞かれるとは思っておらず、つい「何で?」と聞き返した。その問いの答えはすぐ返ってきて、顔に出ていると言われてしまった。
「そんなに?」
「見て分かるくらいにはな」
そうでなければこんなことを聞いたりしない。暗にそう言われて高尾は少し視線を彷徨わせた後に肯定を返した。
「ちょっと昔の夢を見たんだ」
あれはまだ、小学生の頃。
段々と暑さが和らいできた今よりも少し前、夏真っ盛りの時期のこと。
→