小学校に上がったばかりの初めての夏休み。
長期休みというだけで嬉しくて宿題も程々に進めながら毎日元気よく外を走り回った。近所の子供達で集まり今日は何しようと相談しては日が沈むまでドロドロになりながら遊んでいた。
四つ葉のクローバーの奇跡 2
そんな少年達の元に現れた一人の少年。この辺りが田舎ということもあって近隣の子供達は皆友達だ。見掛けない姿に誰だろうと疑問を抱き、同時にこの辺りに住んでいる訳ではないんだろうなと思った。そんな少年達の中の一人が、誰かが何と言うよりも先にその男の子の元に走って行った。
「なぁ、何してんの?」
いきなり声を掛けたからか、ビクッと肩を揺らして勢いよく振り返られた。勿論、驚かせるつもりなんて全然なくて、ただ気になったから声を掛けただけだ。あまりの反応に「あ、ごめんな」と一先ず謝ってからその男の子の隣に腰を下ろした。
「一人? 親と一緒に来たの?」
同じ目の高さで質問を投げかけると少し間を置いてからコクンと頷かれた。夏休みに入ってから近所の友達も「おばあちゃんの家に行くんだ」と言って何人も出掛けている。そうなるとこの子も同じような理由でこの地に来たのだろうかと考える。
でも、近くを見回しても両親らしき人物は見当たらない。近くで遊んで来たらとでも言われてここに辿り着いたのだろうか。気になることは幾つもあったけれど、小さな子供にとってそれは些細なことだった。
「じゃあさ、向こうでオレ達と一緒に遊ぼうぜ!」
新しい友達を見付けたなら皆で一緒に遊べば良い。
子供の考えることは単純で、無邪気な笑顔と共に右手を差し出した。戸惑いがちにゆっくりと掴まれた手を握ると、すっと立ち上がって走り出す。その少年を連れてさっきまでの友達の輪に戻ると、やっと戻って来たかと笑って迎え入れられた。
「ただいま! 次はコイツも入れてケイドロしようぜ!」
「それなら警察も泥棒も五人ずつか?」
「チーム分けはグッパーで良いよな」
次々と会話が飛び交っていく。何をするかから始まった会話はほんの数秒でチーム分けまで行われた。チョキは出すなよ、という言葉を裏切らずに必ず一人はチョキを出すのだ。ジャンケンのノリでつい間違えてしまうのだろう。それを茶化しながら改めて『グっとっパーで別れましょ』という掛け声と共に警察チームと泥棒チームが決まった。
それから警察側は三十秒数えてから追いかけるようにと言ってゲーム開始だ。これまでのあっという間の出来事に、ただ流れに合わせていた少年は状況を把握するのに精一杯だ。周りの子供達が走り出したかと思うと、先程自分に声を掛けた少年はくるりとこちらを向いた。
「あそこの石のトコが牢屋で、残ってるオレ等は皆警察な。あ、ケードロのルール分かるか?」
今更ながらに思い出したように尋ねるが、ちゃんと頷いたのを確認して安心する。牢屋の場所は一番初めにケイドロをやった時に決めた場所でずっと固定になっている。この辺りで一番分かり易い場所がその石だから毎回ケイドロをする時には牢屋は必ずあそこになるのだ。
声を揃えて『いーち、にー、さーん』と数えている内にどんどん離れていく泥棒側のメンバー。段々と数は大きくなり、三十と口にした途端にあちこちに散らばった泥棒の方へと走り出す。
「よっしゃ、捕まえた!」
「お前、いっつもはえーよ!」
捕まえてはそんなやり取りをしながら二人で牢屋の場所まで歩く。そのまま逃げられないようにと牢屋番をしていれば、色んな所で警察と泥棒の追い掛けっこが行われているのが見える。自分達も動きたいと思うけれど、こうして客観的に見るのもなかなか面白いものだ。
一人、また一人と泥棒が牢屋にやってくる。牢屋番に飽きた少年が「今度はオレが行ってくるから」と言えば、戻ってきたばかりで走り疲れた友達は「よろしくな」と続きを任せた。
それからというもの、脱走に成功したかと思えば牢屋に逆戻りを繰り返し、追い掛ける側と逃げる側の攻防。最終的には多人数で一人を追い掛けるという泥棒側からしてみれば恐ろしい状況になりながらもこのゲームは警察の勝ちとなった。
「またオレの勝ちだな!」
「本当、こういうの得意だよな」
「今日まだ負けてないのお前だけじゃねーの?」
「だってオレ強いし?」
冗談で言えば「次は絶対負けさせてやる!」なんて声が一斉に浴びせられる。もうこうなったら人数差付けようぜ、なんていう話になって「それは酷くねー!?」と抗議したものの「これくらいのハンデがないと」と言われて却下された。どれくらいの人数差かにもよるが数によってはかなり辛くなるのではないだろうか。
「いっそさ、一対九でどうだよ」
「ちょ、それただのイジメじゃん!? 絶対無理だって!!」
勿論これも冗談なのだが「やってみないと分からないだろ」なんて一人が言い出したのには全力で無理だと否定した。それならどうするか、と皆はチーム分けについて話し合いを始める。
「皆酷いよな。お前もそう思わねー?」
突然話を振られて少年は慌てて頷いた。そんな様子を見ながら「あ」と声が漏れたかと思うと真っ直ぐな瞳が少年を見つめた。
「そういえばまだ名前聞いてなかったよな。オレは高尾和成。お前は?」
つい遊ぶことばかり考えていて一番初めに聞くべきだろうことが後回しになってしまった。それに気付いて、ちょっと遅くなった自己紹介をした。
先に自己紹介をされて、少年もまた自分の名前を口にする。それを聞いた高尾はうーんと何かを考え出し、すぐに「あ」とまた声が零れたかと思えば同時に笑みを浮かべた。
「じゃあ、しんちゃんな!」
会って間もないというのにすぐにあだ名を付けると、それから彼はしんちゃんと呼び出した。生まれて初めて聞く呼び名に戸惑いながらもニコッと笑顔で呼ばれるのは悪い気はしない。続いてオレのことも好きに呼んでいいからと言われる。
こっちでそんな話をしている内にもルールの相談は進んでいたようで、いきなり「カズ、二人なら良い?」なんて声を掛けられる。いつの間にかとんでもない内容になっているらしい相談の輪に入れば「一人も二人も大して変わらないだろ」「他にどう分けるんだよ」と話している。全く、人が聞いていないからってそこまで不利なルールにしなくても良いだろと思う。勝手に決められなかっただけマシだが。
「もっとまともに考えろよ。これもう鬼ごっこみたいになってんじゃん」
「あー、なら鬼ごっこで良いじゃん。それなら文句ないだろ」
「でもさ、それってタッチしたら鬼交代だろ? 氷オニの方が良くね?」
「だから九人も捕まえるのは無理!」
「じゃあ鬼二人で」
何でそうなるんだよ!
さっきのケイドロが終わった時に一度も負けていないと気付かれてから、流れがただ遊ぶのではなく高尾を負けさせるというものに変わっている。ケイドロはチームプレイで偶々負けていなかったのであってそれとこれとでは別だと思うのだが、もはや意見は聞いて貰えそうにない。こうなれば諦めてそのハンデでやるしかなさそうだ。
「あーもう! それなら、もう一人はオレが決めて良いよな!?」
一度やれば結果がどうであれ通常通りのハンデなしに戻るだろう。そう結論付けて半ばヤケになりながらも声を上げれば、周りはあっさりとそれで良いぜと言ってきた。
二対八での氷オニなんて凍らせてもすぐに助けが来て逃げらるだろう。どう頑張っても勝ち目なんてないに等しい。それでもやるからには全力勝負だ。誰と組むかが一番重要になる。
ぐるりと周りを見回して彼が選んだのは。
「しんちゃん、オレと一緒に組もう!」
自分以外の九人の中から高尾が選んだのは、今日出来たばかりの友達だった。特に断る理由もなく了承をすれば鬼は決定。ケイドロの時と同じく二人は三十秒数え、その間に残りの八人は四方八方へと逃げ出した。
「さんじゅーう! と、こうなったらみんな捕まえて驚かせてやろうぜ?」
きっちり三十秒数え終えてから一言声を掛けると二人も一斉に走り出した。
これだけの人数差があるのだ。案の定、凍らせてもすぐに近くを通った人がタッチをして逃げられてしまう。それでも諦めずに追い続ければ徐々に逃げる人の数は減っていく。
そして、走り続けること十分くらいが経過した頃。意外なことに全ての人間を凍らせて、ほぼ無理だろうと思われたゲームは鬼の勝ちとなっていた。
「やったな、しんちゃん!」
全員が凍った後、最初の位置まで集まると高尾は隣の少年に飛びついた。これは流石に勝てないだろうと踏んでいたのに、まさかこんな結果が待っているとは誰も想像出来なかった。実際、高尾自身も勝てるとは思っていなかったのだ。
どうして勝つことが出来たのかといえば、単純に全員にタッチをして凍らせたから。というルールはおいておいて。高尾が運動神経が良いというのはこの場に居る全員が分かっていたことだが、ケイドロをやりながら彼は気付いていたのだ。足も速ければ上手いこと誘導して相手を捕まえている少年に。だから誰と組むかを選ぶときに指名したのだ。
「お前、これで勝つか普通!?」
「オレ達を舐めるからいけないんだぜ? なぁ、しんちゃん!」
「いや、ボクは別に…………」
「何言ってんだよ! 勝てたのは真ちゃんのお蔭だぜ」
二人で頑張ったからこの勝利を手に入れることが出来たのだ。一人の力では到底叶わなかった。二人だからこそ勝てたのであって、これが最初の話のまま高尾一人が鬼となっていたなら酷い結果になっていたことだろう。
「カズ、ズルいぞ!」
「ズルくねーもん。この人数差で勝ったんだからオレ達が凄いの」
「次からお前等が組むの禁止なー」
「えー!! 別に良いじゃん。つーか、もうハンデとかなしでやろうぜ」
そう言って、その後も彼等は色んな遊びをして過ごした。遠くで鳴った夕焼け小焼けを聞きながら誰ともなく遊びは終了した。時計がない場所で遊ぶ子供達にとっては、このチャイムが家に帰る合図になっているのだ。低学年の子供達の場合は時計が読めないからというのも含まれている。
だからこのチャイムが鳴ったら遊びは終了して全員家へと帰って行く。途中まで方向が同じ人達で一緒になって歩いて行くのだ。
「しんちゃんはこの辺に住んでるんじゃないんだよな? いつまでこっちに居られんの?」
次々と友達と別れ、最後は二人になって家に向かっていた。せっかく出来た新しい友達なのだ。おばあちゃんの家に遊びに行った友達は数日泊まってくることが多かった。きっと彼もそうなんだろうと思って尋ねてみれば、ここに居るのはあと一週間だと返ってきた。
「なら、まだ沢山遊べるな! 明日も皆で遊ぼうぜ」
「良いのか?」
「当たり前だろ! オレ達は友達なんだから!」
はっきり言い切られた言葉に自然と笑みが零れる。それからどこに住んでいるのかや好きな食べ物のこと、学校の話などをしているうちに家に着いていた。これがまたすぐ近くで互いの家を行き来するのには数分もあれば十分といった距離だった。小さな偶然がなんだか嬉しくなる。
「明日は迎えに来るな」
「分かった」
「またね、しんちゃん!」
大きく手を振って別れる。また明日一緒に遊ぼうと約束をして別れた二人。
それから毎日。高尾は彼の家に寄ってからいつもの場所に向かい、そこで沢山の友達と一緒に遊んだ。夏休みで出掛ける人も居て人数は毎回バラバラだったけれど、二人が来ない日は一度もなかった。一週間という時間を目一杯に楽しみながら、時間は確実に流れて行った。
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