「オレって昔からこういう性格だからさ、誰とでも一緒に遊んでたんだよね」
昔のことを思い出しながら高尾は簡潔に夢の話をした。
知らない子にもすぐに声を掛けて沢山の友達と遊んで居たあの頃。高校に入ってからもすぐにクラスメイト達と仲良くなり、ムードメーカー的な存在になっている彼の性格は昔からのものらしい。
四つ葉のクローバーの奇跡 5
「お前の話を聞く限りそこは田舎だったようだが、引っ越したのか?」
「親の仕事の都合でね。小四くらいの時だったかな」
引っ越す前は近所の友達全員で遊ぶのなんて当たり前だった。それがこっちに来てからはそうでもないと知って少し驚いた記憶がある。それでも同じクラスの奴等とは毎日のように遊んでいたから、どっちにしても同じような生活を送っていた。
近所の友達、クラスメイトと遊ぶのも学年が上がるにつれて徐々に数は減っていった。勉強が難しくなったというのもあるし、中学に入ってから部活もあった。それでも部活の後や休日は、クラスメイトや部活のメンバーとそれなりに出掛けていた。
「色々と環境も変わったけど、信じていれば会えるっていうのは本当かもね」
本人は覚えてないけど。
ボソッと呟いた言葉は誰に向けたものでもなくただの独り言。あの頃の高尾は本当に四つ葉は幸せを運んでくれるものだって信じていた。別に今は信じていないという訳ではないけれど、純粋に絶対また会えるんだって信じて願っていた。
子供って純粋だよな、なんて考えている彼も今や高校生だ。年月の流れは早い。ついでに世の中は不平等だと思う。あの頃は大して身長差なんてなかった筈なのに今や二十センチ近い差があるのだ。成長の過程で性格も大分変ったみたいだが、それでも友達として隣に居るのは変わらない。
(昔は可愛かったのになぁ)
素直に話しをしてくれた小さな彼。高尾から色々と話し掛けているのは今と同じだが、その反応が全て素直だったのだ。一体何があって彼はこんなツンデレになったのだろうか。そんなことは高校で再会するまで会っていなかった高尾には知る術がない。だが、いくらツンデレなことを言っていても本心はしっかりと伝わっているから問題はない。
そんなことを思っていると目の前で盛大に溜め息を吐かれた。顔を上げれば、緑間が呆れた表情でこちらを見ている。
「男に可愛いと言うのは間違っていると思うのだよ」
「は?」
いきなり何を言ってるんだ。そう言いたげに視線を向ければ、緑間は可愛いは女性に向けて使うべき言葉だと説明してくれた。確かにその通りである。その通りなのだが。
「何で急にそんな話になんの?」
真っ当な疑問をぶつける。話の流れが全く分からないのだ。何か聞いていなかったのかとも思ったがどうやら違うらしい。緑間も高尾の言いたいことが分かったらしく「声に出ていたのだよ」と丁寧に教えてくれた。そこで漸く先程思っていたことを口にしていたということに気が付いた。
けれど、それにしたって会話が少しおかしくはないだろうか。昔は、といったけれどそれが男だとは一言も話していない。誰とは言っていないのにどうして緑間には男だと分かったのか。
そう考えながら、高尾は徐々に状況が呑み込めてきた。けれど信じられなかった。
しかし、緑間の次の一言で全ては確信に変わった。
「だが、お前は可愛かったといってもおかしくはないのだよ」
二人が出会ったのは高校に入ってから。ついさっきまでそう思っていたのに、この言葉で全部理解してしまった。
そう、二人が本当に出会ったのは小学生の頃。その時のことを覚えていなければこんな発言は出来ない。
高尾はずっと覚えていたが緑間は忘れているものだと思っていた。だけどその考えは間違っていて、緑間もちゃんと覚えていたのだ。小学校一年の夏休みの出来事を。
「え、真ちゃん、いつから気付いてたの!?」
「高校でお前に会った時だが?」
「それって一番最初じゃん!!」
何で今まで言わなかったの、と尋ねれば忘れていると思ったかららしい。自分も同じことを考えていただけに高尾もそれ以上は何も言えなくなる。
それにしても、だ。二人して昔の友達だと気付いていたのに何も知らずに高校からの新しい友人のように接してきたのか。それもこの数ヶ月の間、入学してから半年も経っているというのに。よく気付かないままこれだけの期間を過ごせたものだと思う。
「あー……なんか一気に疲れた気がする」
「今日は部活もしていないのだよ」
まともに返されては返答にも困る。とりあえず「そうじゃなくて、精神的に」とだけ答えておく。
あんなにもまた会いたいと願っていたのに実際に会ってからまた会えたのだと気付いたのに何も言わずに過ごした日々。昔の自分だったらもしかしてと尋ねていたかもしれない。だが、成長と共に色んなことを覚えていった高尾にそんなことを尋ねる勇気はなかった。しかも相手はキセキの世代と呼ばれるほどの天才バスケプレイヤーになっていたのだ。自分のことなど覚えている筈がないと思ってしまったのだ。
こういう時、子供の真っ直ぐな気持ちや素直に行動に移せるっていうのは凄いなと思う。本当、子供って純粋だ。そう思いながらふと頭に疑問が浮かぶ。
「また会えたってことはさ、四つ葉のクローバーは幸せを運んでくれってことだよな?」
二人が一緒に過ごした夏休みの最後の日。一日中探してやっとのことで見つけた四つ葉のクローバー。幸せを運んでくれるからきっとまた出会えると信じていたのだ。実際、こうして本当に出会えたのだからその願いは叶ったのだろう。緑間も同じ考えだったらしく同意を示した。
その反応を見て、本当に覚えてくれてるんだなと思うと同時に会いたいとも思ってくれてたんだと知って嬉しくなる。
「そういえばあの後、四つ葉はどうしたの?」
「あのクローバーなら今も此処にある」
予想外の答えに思わず「え」と声が漏れた。四つ葉のクローバーだって植物だ。もう十年近く経っているというのにそれが今ここにあるのはおかしいだろうと思う。どう考えてもとっくの昔に枯れているはずだ。
一人思考を巡らせている高尾のことなど知らず、緑間は自分の鞄をごそごそと漁りだした。その光景を見て本当にあるのかと思いながら、高尾は彼が探し物が終わるのを待つ。
暫くして、緑間が鞄から取り出したのは一冊の本だった。
「本、だよね?」
「それ以外の何に見えるのだよ」
念の為に尋ねれば、やはりこれは本で間違いないらしい。この本と四つ葉、何の関係があるのだろうと考えていると「高尾」と名前を呼ばれる。何と聞き返すとすぐに「手を出せ」と言われた。
「へ?」
「だから、手を出せと言っている」
「手?」
どうして手を出すのかは分からなかったが高尾は大人しく緑間の言葉に従った。そうして差し出された右手を掴むと、緑間は左手で持っていた物をその手のひらに乗せた。
緑間の手が離れて確認したソレは、細長いしおりだった。それもただのしおりではなく、真ん中には四つ葉のクローバーが押し花にされて挟まれていた。
「真ちゃん、これって…………」
「放っておいたら枯れてしまうだろ。だから押し花にしたのだよ」
あのまま何もせずにいたなら、高尾の考えていたようにただの枯葉になっていたことだろう。しかし、緑間はそれをさせなかった。大事な友に貰った大切な四つ葉のクローバー。何もせずにこのまま枯らしてしまうなんてことはしたくなかった。
だから、どうにかこれを取っておく方法はないかと母に尋ねた時、押し花にすれば良いと教わったのだ。それを聞いた緑間は、母に教わりながらその四つ葉のクローバーを綺麗に押し花にした。それだけではなくしてしまうかもしれないからと、わざわざしおりにまでして今までずっと持っていたのだ。
「オレはお前にまた会う為に、人事を尽くしたのだよ」
枯れてしまっては効果がないといわれている訳ではない。四つ葉のクローバーは見つけただけで幸せになれると聞いているから。だけど、それだけでは人事を尽くしたとはいえない。ちゃんとそのままの形で持っていてこそ意味がある。彼は自分の座右の銘を守るためにもしっかりとやることをやっていた。
覚えていなくても一緒に居られればそれだけで幸せだと思っていた。だけど、本当のことを知って胸の中に沢山の感情が溢れてくる。いつの間にか涙が頬を伝っていた。緑間のぎょっとした顔を見て、そこで漸く自分が泣いていることに高尾は気付いた。
「あれ、何で……。泣きたいワケじゃないのに、涙が止まらない…………」
どうしたんだろう、オレ。
そう言いながら瞳から零れ落ちる涙を必死で拭うもののいつまでたっても涙は止まらなかった。止めどもなく流れ落ちる雫に、顔を見られたくなくて机に突っ伏そうとしたがそれは叶わなかった。
強い力で腕を引かれたかと思うと、目の前は真っ暗に変わる。それが緑間の腕の中であると気付くのにそう時間はかからなかった。
「真ちゃん、オレ、ずっと真ちゃんに会いたくて」
「オレもお前に会いたかった」
「本当に真ちゃんに会えて、でも覚えてないと思って。だから何も言えなかった。真ちゃんと一緒に居られるだけでも、オレは幸せだったから」
「あぁ」
「だけど、でもね。本当は、ずっと。真ちゃんに気付いてもらいたかったんだ……!」
泣いているせいか、いつもより上ずった声で必死に胸の中に溜めていた気持ちを話す。一つずつ、自分の気持ちを伝えようとしている高尾の言葉を緑間は静かに聞いていた。背中に回した腕をぎゅっと強く抱きしめてやれば、同じように強く抱き返された。
教室に誰も居ないことを良いことに二人は暫くの間ずっとそうしていた。どれくらい時間が経っただろうか。漸く落ち着いた高尾がそっと緑間から離れると、すっきりした表情で柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、真ちゃん」
お礼を述べれば、別に何もしていないと返された。あの時は緑間がお礼を言ったのに対して高尾は何のことか分からなかったが、今回はどうやら逆の立場のようだ。
覚えていてくれて、温かく受け入れてくれて、それだけで高尾は感謝の気持ちで一杯だった。あの時の緑間が何を伝えたかったのかは分からないが、こんな気持ちだったのかもしれないと今になって理解する。
「ねぇ、真ちゃん。また一緒に遊ぼうよ」
これはまた唐突に話の流れが変わる。だけど、そんなのは初めて出会ったあの頃から知っているのだ。そして、この言葉に含まれる意味も今なら分かる。数ヶ月前はそんな意味だとは気付かなかったその意味を理解して、緑間は優しく微笑んだ。
「そうだな」
また会いたい。その想いを四つ葉のクローバーに乗せた小さな少年達の願いは今叶えられた。
二人で過ごしているこの時間が幸せ。だから、幸せの四つ葉のクローバーはまた二人を巡り合せてくれる。小さな子供達が必ず来ると信じた未来がここに在る。
離れていてもずっと友達。また会いたいという想いと共に渡された四つ葉のクローバーは、昔のままの形で二人の元に。
小さかったあの頃。高校生になったオレ達。
あの頃、大切な友達だと思っていたその気持ちは変わらないまま。二人を引き合わせてくれた四つ葉のクローバーと共にこれからも二人で一緒に過ごそう。
同じクラスの友達であり、同じ部活の相棒であり。
そして…………。
この先も二人で歩んでいけるように、それが今の自分達の幸せだと。
どちらともなく、こっそりと四つ葉のクローバーに願った。
fin
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