空を見上げると、そこには一面の星が広がっていた。
 潮の匂い。さざめく波の音。少しばかり冷たく感じる風。木ノ葉隠れの里では感じることのないものが沢山広がっている。






 此処、波の国にやってきてから随分と日が経った。最初は、今回もまたいつもと同じような任務が繰り広げられるものだとばかり思っていた。それがまさか、本当はAランク並みの任務だとは誰も予想のしなかった内容だ。初めてのAランク任務は、さまざまな出来事を心に刻んだ。
 当初の依頼である橋の完成までの護衛。それも先程片付けまで全て終えて完了となった。明日には里へ戻ることになる。今日は波の国で過ごす最後の夜。


「今日で此処にいるのも最後か……」


 長かったのか、短かったのか。どちらともいえないような感覚がする。そう感じるよりも何よりも、沢山のことがありすぎた。
 波の国に着いてからすぐに霧隠れの抜け忍、再不斬と戦った。タズナの家に着いてからは、その強敵と戦うために強くなる修行を積んだ。そして再不斬と白という名の少年との再戦。ガトーを倒すことで勝負の終わった戦い。
 それから、順調に橋作りは進み完成に至った。長かったような気もするけれど、あっという間だった気もする。そんな不思議な感覚だ。


「オレってば、此処に来て初めて海を見たってばよ」


 海って、こんなに綺麗なんだな。
 暗闇の中、月明かりに照らされて光る海面を見ながら呟いた。暗くて深い、青というよりは紺のような色。どこまで続くのか想像も出来ないような色をしている。辺りが暗いからか、余計にその色の深みを感じてしまうのかもしれない。


「里に帰ったら海も見れなくなるんだよな」


 木ノ葉には海がない。だから今日を最後に当分海を見ることは出来なくなるだろう。思ったことをそのまま口にすると、隣から「海はないからな」と正論の答えが返って来た。それもそうだ、と言った本人であるナルトも納得する。


「色々あったけど、この国に来て良かったと思うってばよ」

「そうか……」

「お前は?」


 水に囲まれた波の国。その海辺にこっそりとタズナの家を抜け出して今此処にいる。誰にも見つからないように、と思わずとも夜中である今は誰も起きていなかっただろうけれど。
 横に並んでいる彼にもどう思うのかと尋ねれば「悪いとは思わない」と。つまりは、彼もナルトと同じ意見を持っているようだ。率直に言ってしまえばいいのにと思いながらも、そう言うところが彼らしい。サスケはそういう人なのだ。
 波の国に来るまでは、自分達がこんな風に普通に話せるようになるなんて思わなかった。此処に来てからというもの、タズナの家では一緒の部屋で過ごし、修行も共に競いながら行った。そして、白と二人一緒に戦った。その時間が、喧嘩ばかりの二人に会話を生み出させる関係を作ってくれた。


「海ってさ、歌にもあるけど本当に広くて大きいよな」

「海だから当たり前だろ。まぁ、それよりもっと広いものもあるが」


 サスケはただ思ったことを口にしただけだったが、ナルトはきょとんとした表情を見せる。


「海より広いものってなんだってばよ?」


 一瞬、コイツは何を考えているんだとサスケは思った。けれどその表情を見ると、本当にそれが何なのか分かっていないらしい。
 普通に考えれば分かるだろう。
 そう思うものの、その普通が誰にでも通用するとは限らない。現に、ナルトには通じていないのだから。


「上を見れば分かる」


 それを直接教えず、上を見るようにとだけ指示をする。そうすれば、ナルトの求めている答えはすぐに見つかると。
 一体何なのかよく分からないまま、とりあえずナルトはサスケの言うことに従った。どうして上なのだろうか、と思いつつもそうしろと言われたのだ。何もない訳ではないのだろうとゆっくり顔を上げる。すると、小さな光の数々が目に飛び込んで来た。


「スッゲー! 星がいっぱいだってばよ」


 見上げた先には、沢山の星が光り輝いていた。どこを見ても星ばかりの光景に、つい目を奪われる。
 先程までは目の前の海ばかりに気を取られていたが、少し視点を変えればこんな景色があったのだ。この時間だからこそ、これほどの数の星を見ることが出来るのだろう。


「里で見るよりも星が多い気がするってばよ」

「場所が場所だからだろ。木ノ葉よりも此処の方が自然は多いからな」


 どこに行っても自然を見られるこの国。水を始めとして、木々に囲まれている波の国は、木ノ葉以上に自然がある。五大国として繁栄している木ノ葉の里とは、人口が違えば自然や空気だって違うのは当然だ。静かな波の国の方が沢山の星を見られるのもその為だ。


「確かに、空は海よりも広いよな」


 数々の星を見ながらナルトは納得する。海だって十分広いけれど、これはそれ以上だ。海よりも広く、大きく、終わりが見えない。どこまでも続いているような、ではなくどこまでも続いている。そう言い切れるのがこの空なのだ。
 空の大きさを目にしても海は広いと感じる。けれど、それ以上の広さを持つ空。その空からすれば、自分達なんてどれほど小さく見えるのだろうか。そんな小さい自分達は、この世界でこうして暮らしている。この世とは、不思議な世界である。


「こんなに空は大きいんだから、オレ達ってどれだけ小さいんだろうな?」

「考えるだけ無駄だろ」


 答えが出ることは無い。自分達は、この世界に生きる一人でしかないのだ。空と人を比べるなどいくら考えても分かることではない。正しい答えなんてこの世界の誰に聞いたって分かる訳がない。正にサスケの言う通りなのだ。
 暫くの間。静かな世界に浮かぶ光を見つめていたが、その中でポツリとナルトは言葉を零した。


「星って、何か願いが叶いそうだよな」


 輝く沢山のそれを見ながら一言。何か根拠がある訳ではないけれど、なぜかそう思ってしまう。そう思うのは、世間に流れ星と呼ばれる願いが叶う物が存在するからだろうか。根本的なことは言った本人にすら分からない。なんとなくそう思っただけのこと。


「所詮、そう感じるだけだ」


 それに対して迷うことなく正論な答えを出される。空想は空想でしかないと言うのだろう。事実、星にはそんな力は無いのだから感じるだけなのだが。
 だからといって、全て現実味のあることばかりでも詰まらないというものだ。そのまま口にすれば、くだらないなんて言われる始末。別にサスケにいつでもそういう考えを持てとは言わないし、それはそれで嫌だ。だけど、少しくらいはそういう考えを持っても良いのではないかと思うのだ。余計なお世話だと言われるのは目に見えているけれど。


「夢がないってばよ」

「それだけで叶ったら誰でも苦労はしないだろ」


 星に願えば望みが叶う。
 そんな楽な話があれば、この世の人は夜になる度に星に願いを贈るだろう。小さな願いも、大きな願いも。星を見ながら願うだけで良いのであれば、わざわざ汗水流して動く必要などどこにもない。なんて楽な世界なのだろうか。それこそ空想の世界という奴だ。


「それはそうだけどさ……。でも、夢を見たっていいじゃん」

「誰も夢を見るなとは言ってないだろ」

「まぁ、そうだけど」


 そうは言っても、これでは夢を見るなと言っているようなものだ。否、夢を見ても空想は所詮空想。だから、そんな夢を見るだけ無駄という辺りが正解だろうか。どっちにしても、空想は現実とは違うのだということなのだろう。
 空想と現実。その違いくらいはナルトも分かっている。その意見の相違は、考え方の違いだろうからどうしようもないのだろう。これ以上この話をした所で、自分の意見もサスケの意見も大して変わることはないだろう。人間であり、性格が違うのだから仕方のないことである。


「星で願いが叶うとかは別にしても、星を見てると夢が叶って欲しいって思うってばよ」


 今度は、空想の話ではない。これも星を見て思うことではあるけれど、別にそれで願いが叶って欲しいとかそういうのとは違う。ナルト自身もどう説明すればいいのかは分からないけれど、元気を貰えるとでも言えばいいだろうか。その輝きを見ていると、心が落ち着くような、頑張ろうと思えるような気がするのだ。
 先程までとは違う考えに、もう一度頭上にある星達をサスケは見つめた。その一つ一つを見ながら、ナルトの言いたいことが分からなくもないか、と心の中で思う。星には、人を魅了するような不思議な力があるのかもしれない。


「夢って言っても、どうせ火影になることだろ」

「どうせってなんだよ! オレは絶対に火影になるんだってばよ!!」


 下忍になって三人一組の顔合わせをした時からナルトが語っていた夢。それが、この火影になるという夢だ。
 火影になって、里の人々に認められること。その夢を叶える為に、日々修行を繰り返し、夢へと向かう努力をしている。今はまだ下忍だけれど、いずれは実力をつけて中忍、上忍となって火影になる。それが夢であり、そうなれることを信じて進んでいるのだ。

 真っ直ぐに夢を持つナルト。叶うか叶わないかは別にしても、真っ直ぐな夢を持てることは良いことだろうとサスケは思う。
 自分にあるのは夢というより野望というべきものだ。自分はそれで良いのだから構わないけれど、そんな夢を持つナルトにはそのまま歩んで欲しいと思う。


「精々頑張れよ」


 自分の夢を叶える為に。今のまま一歩ずつ夢へと向かって。自分のように道を外れることなく、己の夢を叶えて欲しい。
 言葉にはせず、心の中でナルトに言った。決して届くことはないけれど、それでいいのだ。ナルトとサスケの関係はこれで成り立つのだから。慣れないことをする方が変に思われるという奴だ。
 けれど、それを素直に受け取れないのもまた二人の関係上。ぶっきらぼうに言われたそれをそのまま解釈するなんてことなんてするはずもなく。つい出てくるのは疑問の言葉。


「お前ってば、オレが火影になれると思ってねぇだろ……?」

「さぁな」

「さぁなってなんだよ! オレは、いずれ本当に火影になるんだからな!!」


 サスケに向かってしっかりと宣言をするナルト。それを「そうか」と受け流す態度に「そうなんだってばよ!」ともう一度言った。
 あまり変わっていないような様子に、何か信じられるような良い方法はないだろうかと思案する。既に何度も言っているのだから、これ以上言ったところで何も変わりはしないだろう。何か無いかと考えていると、「あ」と一つの案を思い浮かべた。


「じゃぁ、オレが火影になったらまた此処に連れて来て欲しいってばよ」


 言えば、何でオレがそんなことをしなければいけないのかとすぐに返された。だけど、それだけで引くなんてことをナルトがする訳ない。一度決めたことは実行させてみせるとでもいうように何度でも頼む。


「それくらい良いじゃん」

「何が良いんだよ」

「サスケだって此処に来て良かったと思ったんだろ?だから、オレの火影になったお祝いに」


 馬鹿馬鹿しい。どうしてそんな約束をしなければいけないのか。火影になることを応援はしてやっても、そこまでしてやる必要はどこにもない。確かに、この国が良い所だとは思ったけれど。だからといって、一緒に行きたいと言うならまだ良いにしても、連れて行けと言うのはどうなのだろうか。


「オレが連れて行ってやる理由はどこにもないだろ」

「それを今約束してるんだってばよ」


 要するに、この約束が連れて行ってやる理由になるらしい。これが理由になるというのであれば、サスケの言った理由はこれにあたるというわけだ。
 他に何を言っても、何かしら事柄を見つけて返されそうな勢いだ。このまま平行線で話し続けてもキリがないだろう。そうなれば、どちらかが諦めるしかない。けれど、この状況でナルトが諦めることをしないのは明白だった。


「……お前が本当に火影になった時だからな」


 サスケの言葉に、ナルトは笑顔になる。嬉しそうに「約束だからな!」と話す。絶対に忘れるなよとまで言ってくるものだから、その元気さに呆れながらもサスケは分かったと答える。それから、そろそろ戻ろうとゆっくり立ち上がると、二人は並ぶようにしてタズナの家へと歩いて行った。
 聞こえてくる波の音は静かに、暗い夜の世界に二人。いずれ来るだろう未来に約束を残す。



 沢山の星達が輝く世界で、二人だけの約束を。