昔、木ノ葉隠れの里という忍の里があった。木ノ葉は忍五大国にも数えられるほどの大きな里。
 ある日、一人の忍は木ノ葉隠れの里を抜けた。そして新たな里を作った。そこは「音隠れの里」と呼ばれた。小さな里だったがそこを治めていた長は木ノ葉の抜け忍である『大蛇丸』だった。その大蛇丸は、ある能力を欲していた。その能力とは木ノ葉の最も優秀な一族、うちは一族の使う写輪眼という能力だ。

 しかし、うちは一族は滅んだ。唯一生き残った兄弟の兄が滅ぼした張本人であり、弟は兄への復讐を誓った。兄を倒す為に力を求めた。

 強くなる為に修行を重ね、下忍となってその弟は数々の任務をこなしていた。けれど、中忍選抜試験での出来事をきっかけに彼は変わってしまった。第二の試験の最中、彼はうちはの能力を欲していた大蛇丸と遭遇したのだ。天の呪印という呪印を残して大蛇丸は去って行ったが奴は気になる言葉を残していた。
 中忍試験が終わった後。彼は、兄との再開を果たした。だが、己の力で兄を倒す事は出来なかった。自分の無力さがどれほどなのかを知った。

 まさにそんな時。大蛇丸の部下達は彼を大蛇丸の元へと誘った。力を与えるからこの里を抜けて大蛇丸の元へ来い、と。 悩んだ結果、彼が選んだのは里を抜ける道。復讐の為に力を求めるという結果を出した。仲間は、それを必死で止めようとした。言葉だけでなく、力づくでも連れ戻そうとした。誰もが必死で里を抜けて大蛇丸の元へ行くなどという事をやめさせようとした。
 けれど、彼の心には届かなかった。そのまま彼は大蛇丸の所へ行ってしまった。








 此処は、この火の国内でも比較的大きな町――木ノ葉だ。昔は忍の里だったらしいが、今では忍なんてものはいない普通の大きな町となっている。
 名前には木ノ葉という昔からの地名が残っているが、現代は忍があちこちにいたような時代とは随分変わった。事件などという物騒なものもないわけではないが、人々は平和な日々を送っている。忍を必要としていない時代だ。


「今日も沢山宿題出されちまったってばよ」


 彼はうずまきナルト。中学二年生だ。学校ではいつも明るく元気だといわれている。けれど勉強に関しては成績がかなり悪い。唯一体育だけは成績が良いが他の教科ははっきりいって悲惨なものだ。テストの成績はいつも最下位である。
 今日も学校が終わって放課後になるなりさっさと教室を後にして家へと帰る道を歩いていた。まだ新学期は始まったばかりだ。部活の入部届けも出していない。去年はサッカー部に入っていたから今年もまたサッカー部に入ろうかと考えている最中である。


「宿題なんていくらやっても出来ないっつーの」


 開き直ったような文句を言いながらナルトは歩く。全く、教師はどうしてこんなにも多くの宿題を出すのだろうか。しかも今日は一段と多い。ただの偶然だろうがどの教科でも宿題を出され、合計すると結構な量になる。よくこうも上手く重なるものだ思ってしまう。いつもの倍ぐらいはあるだろうな、と思うと溜め息が零れた。
 いつも通りに帰り道を歩いていたナルトだったが、不意に足を止めて右方にある細い道に目を向けた。こんな所に道なんてあっただろうか。考えてはみるものの思い当たらない。気付きにくい道だから単純に気が付かなかったのかもしれない。

 まあ道くらいあってもおかしくはないよなと足を進めようとした。けれど、なぜかそちらの方角が気になってしまい、結局ナルトはその道に入ることにした。
 意外としっかりしている一直線上の細い道をどんどん進んでいく。普段であれば気に留めなかっただろう場所になぜ向かおうとしているのか。理由はナルトにも分からない。けれど、何かがこちらへと進めと言っているような気がした。


「ここは…………」



 細い道を抜けたそこに広がるのは草原。今までに見たことのないような場所だった。木ノ葉は割と大きな町で店も沢山並んでいる。そんなこの町にもまだ自然が残っていたのだと初めて知った。町の中とは全然違う風景である。
 こんなにも多くの自然を見るのは初めてかもしれない。それほどの自然が眼前に広がっている。草木が生い茂る向こうは森になっているのだろうか。これほどの場所が木の葉に。


「すげぇ……」


 思わず声が漏れた。植物が好きなナルトにとって、これだけの自然がこの町にあったことは純粋に嬉しい。
 この趣味を口にすると大抵驚かれるのだが、家にはいつも植物が置いてあり水も毎日欠かさず与えて世話をしている。体育以外のどの授業も成績は悪いといったが、理科の植物に関する授業の成績だけは良かったりする。それもこの趣味があるからこそ。その授業だけはとても真剣に聞いている。好きだからこそ色々なことを知りたいと思うのだ。

 暫しの間、ナルトは目の前の自然に見惚れていた。ここは本当に良い場所だと思う。どんなに町が発展しても、こういった自然も残しておいて欲しい。
 そう思いながら風景を眺めていたナルトだったが、ふと大きな石が目に入る。木々の間に隠れているそれに近付いてよく見てみると、そこには多くの名前が書かれていた。
 そういえば前に授業で聞いたことがあった木がする。確か慰霊碑と呼ばれるものだ。かつて、まだこの町が忍の里であった頃に殉職した英雄と呼ばれる人の名前が書かれていると言っていたか。こんなところにあるなんて初めて知った。


「慰霊碑、か…………」


 真剣に聞いていたわけでもなかったが珍しく記憶に残っている。英雄と呼ばれるこの人達は、里の為に戦ったとても素晴らしい忍だという。忍界対戦という大きな戦いなどでは亡くなった人も多かったとか。
 それを聞いた時、どうしてそこまでして闘うのだろうと思った。沢山の人が亡くなってしまう戦いなど必要がないだろう。ナルトはそう思ったのだが、何かを決める為や何かを欲しがるが故に戦いは起こる。それを避ける道はなかったと社会の教師は言っていた気がする。

 そんなことを思っていた時だった。


『こんな所に人が来るなんて珍しいな』


 何処からかは分からない。だが確かに声が聞こえた。
 咄嗟に「誰だ!?」と声を上げ周りを見回してみるが、その姿はどこにも見当たらない。けれど声が聞こえたのは間違いない。空耳ではなかったはずだ。
 誰の声かは分からない。どこかに隠れているのかとも考えたが、この場に隠れられる場所は殆どない。ここは広い原っぱだ。特に隠れるような場所はないはずなのに。


『お前には、オレの声が聞こえるのか……?』


 相手は不思議そうに尋ねてくる。けれど、ナルトにとっては聞こえるのは当然だと思う。声を出していて聞こえないわけがない。何を言っているんだと思う。


「聞こえるに決まってんだろ! 何処に居るんだってばよ。早く出て来い!!」


 一体誰が自分に話し掛けているのか。先程から疑問しかない。いつまでも隠れていないでさっさと姿を現せとナルトは声を上げる。
 一方、声の主はナルトの発言の全てに驚いていた。己の声が聞こえると言う少年。どういうことだとこちらも疑問に思いながらも、このままではいつまでも少年は騒ぎ続けるだろう。その行動に意味があるのかは分からないが、既に予想外の出来事なら起きている。

 諦めた声の主は慰霊碑の前に姿を現した。ナルトの要望通りに出てきただけだったが、突然現れた少年にナルトは目を大きく開いた。


「一体、何者だってばよ……?」


 さっきまで誰も居なかったはずの場所に人が急に姿を現せた。手品か何かかとも思ったが、とてもそんな感じではない。本当に突然現れたその人に、ナルトはかろうじて質問を投げ掛けた。


『オレの姿が見えるのか……?』


 ナルトの問いに少年もまた問う。こちらも驚いた表情でナルトを見ている。
 その様子はまるで、どうして自分を見ることが出来るのかと言いたげだった。本来なら見えないはずなのに、とでもいうように。
 けれど、その言葉で調子を取り戻したナルトは少年をびしっと指差して言う。


「だから、見えるに決まってるだろ! つーか、オレの質問に答えろってばよ!」

『…………そうか』


 やはりお前には見えているのか、と少年は心の中で呟く。それから今度は先程の問いに答えた。


『オレの名はうちはサスケ。木ノ葉隠れの里の抜け忍だ』


 抜け忍、という言葉に驚く。いや、それ以前に忍とはどういうことだ。確かにここはかつて、木ノ葉隠れの里と呼ばれた忍里ではあったが昔の話だ。
 疑問を解決したくて質問していたはずなのに、解決するどころかそれは増えて行く一方だ。社会の授業をもう少し真面目に受けていれば分かったのだろうか。いや、ナルトの成績では変わらなかったかもしれない。だが、分からないことは聞くしかないとナルトは質問を続ける。


「抜け忍ってどういうことだってばよ!? お前ってば忍者なのか!?」


 自分で言いながら有り得ないだろうと思う。もうこの世の中には忍など居ないはずなのに。社会の教師もそう言っていたはずだ。
 だけど、目の前に居る少年は自分は忍だと言っている。何が何だかさっぱりだ。


『ああ。オレは元木ノ葉の下忍。写輪眼という血維限界を持つうちはの生き残りだ』


 次々と出てくる聞き慣れない単語をナルトは頭の中で必死に整理していく。それらの意味を理解しようと頑張ってもみるが、全くといって良いほど分からない。
 だが、普通では考えられないことが目の前で起こっているのは間違いない。どんなに成績の良い人でもすぐに理解するなんて不可能だ。誰に説明したって信じて貰える気がしない。授業で習ったことが現実に起きるなんて誰が思うだろう。


「あのさ、オレってば、今起きてることがイマイチ理解できねぇんだけど……」

『オレにもお前がどうしてオレの声を聞いたり見たり出来るのか不思議だ』


 お互いに自分が抱く疑問を口にする。理解しようとしてもしきれない現実はどちらも同じらしい。
 ふと、ナルトはサスケの言ったことに改めて気付く。今までにもそれは聞いていたが、色々なことを聞いているうちに頭から抜け落ちていたそれ。どうしてそんなことを言うのかだ。


「そういえば、何でお前ってばそんなこと言うんだ?」


 声が聞こえるなんて普通だろう。そこに居るなら見えるのも当然。疑問に思うことなどないはずだ。
 いや、彼が本物の忍ならそう言って良いのかも分からないが。だけど目の前に居るのだからそれで良いのだろう。そう思ったのだが、サスケは首を横に振る。


『本当なら声を聞くことも姿を見ることも出来ないはずだ。だが、お前にはそれが出来る』

「だからさ、そのくらい誰でも出来るって言ってるだろ?」

『出来るわけがないんだ。……もう、オレのこの身は存在しない』


 だから本当なら有り得ないんだ、とサスケは言う。
 体が存在しないということは、既に死んでいるからだろうか。忍なんて現代に居るわけがないからそれなら納得……出来るわけでもないが、他に理由は考えられない。だがそれはそれで、どうして死んだはずの人間が見えるのかという話だ。どうしてこうも疑問は増えるばかりなのだろうか。


「それって、やっぱ死んでるってなのか……?」

『そういうことになるんだろうな。オレの身体はある奴に転生術をされてソイツのものになった。その時にある約束をしていたんだが、奴はそれを守らなかった。そのせいかは分からないが、オレは身体を失った今でも精神だけがこの世に存在している』


 転生術。それは忍達の間で禁術といわれてきたものだ。他者の体を奪い、術者の精神を存在させることが出来るという忍術。元木ノ葉隠れの忍であった大蛇丸が完成させた禁術である。
 その転生術を持っているからこそ、大蛇丸はいつまでもこの世に生を置くことが出来る。転生された者は奴に体を与える、つまり死ぬのと同じだ。転生された者の意思は大蛇丸の中の残留資源として残るだけで他には何も残らない。
 それが転生術だ。身体は大蛇丸のものとして存在し、他は何も残るわけがないのだけれど、サスケは何故かこの世に精神のみで存在しつ続けている。それがどうしてなのかは分からない。それでもこれが事実なのだ。


『肉体という身体を持たず、精神だけで生きていくことがどれだけ辛いことか…………』


 決して声が届くことはない。姿を捉えられることもない。
 それでもこの世に存在する。誰にも気付かれることはなく、一人で生き続けなければならない。身体を持たずたった一人で生きる毎日。いっそのこと、死ぬことが出来るたならどれだけ楽だっただろうか。生きていながらも死んでいるようこの辛さは簡単に表せるものではない。

 そんなサスケの思いがナルトにはよく分かった。ナルトには親が居ない。と、いうよりナルトは親を知らない。小さい頃からずっと一人暮らしをしている。
 けれど、ナルトにも親のような人がある時現れた。うみのイルカという教師で、いつも優しくてナルトをよく理解をしてくれている人。学校に行けば友達が居て、仲が良くても悪くてもみんなが仲間。家に居る時は一人だけれど、そんな人たちがいるからこそナルトは今をこうして過ごせる。

 だから、ナルトは一人という辛さを知っている。そして、サスケは自分よりも遥かに辛い思いをしているということも分かった。


「……どうして、オレにはお前が見えるんだろう」

『それはオレにも分からない。けど、オレに関わって良いことなどない。だから早く帰れ』


 どうしてナルトにはサスケが見えるのかは分からない。今まで一度もそんな人に会うことがなかったからだ。おそらく何かしらの理由はあるのだろうけど、どちらにも全く見当がつかない。
 けど、一つだけ言えることはある。ナルトはサスケに関わるべきではないということだ。関わっても良いことなど一つもないからだ。逆に余計なことに巻き込んでしまう可能性がある。だからこそ関わってはいけない。


「だけど! オレにはお前が見えるんだ。お前を放っておくなんて出来ない」

『何を言ってる。オレなんかに構う必要はない』

「そうはいかねぇってばよ。オレにはお前が見えるんだからな!」


 どれだけ否定されようと関係ない。今もずっと一人で辛い思いをしているサスケを放っておくことなど出来ない。自分にも似たようなことがあったから余計にそう思う。もうそんな思いをして欲しくない。
 サスケからすれば、関係のない人を巻き込みたくはない。だから、自分に構う必要などないとナルトを拒否する。一人で居れば誰にも迷惑をかけることはない。己の苦しみは己でどうにかすることができる。けど、他人の苦しみをどうにかするのは難しい。だから、一人で居る方を選ぶ。選ぼうとしているのに。


「なあ、オレと一緒に居ねぇか? オレも一人だから。その、お前が居てくれた方が良いってばよ」


 一人よりも二人で居た方が良い。一人だけで過ごすより沢山の人達と過ごす方が楽しい。
 学校では友達が居るけれど、一人暮らしのナルトは家に帰れば一人になる。サスケも一人なら、一緒に居た方が良いのではないか。ナルトはそう考えた。


『…………オレなんかと居ても良いことは何もないんだぞ』

「それでも、一人よりか良いってばよ」


 たとえどんなことがあったとしても、一人だけの苦しみに比べればずっと良い。孤独という辛さを知っているからこそ、選ぶ道。


『お前、馬鹿だろ』

「今日会ったばかりの奴に言われたくはねぇってばよ」

『何があっても知らないぞ』

「それは承知してる。お前に散々言われたからな」


 どうあっても自分の言葉を曲げる様子はない。それよりか自分の言ったことをちゃんと実行しようとしている。おそらく、何を言ってもこの言葉を取り消すことはないだろう。
 ナルトがどうしてそうまで言うのか、サスケには分からない。今日会ったばかりで、普通なら信じられないことを言っている己に対してどうしてそこまで出来るのだろうか。答えは見つからない。
 けど、その言葉が嬉しいと思う自分が居るのは確かだ。今まで、こんな人間に会ったことがなかったから。一人でこのまま生きていくのが辛いと知っているから。だからこそ、そんな想いを持ってしまうのだろう。


『…………行くぞ、ウスラトンカチ』


 この選択は間違っているのは分かっている。けれど選んでしまった。真っ直ぐ前を見ているこの少年に出会ったから。こんなことが許されるかは分からない。許されるようなことではないというのは分かっている。
 だけどこの辛さから解放されたかった。一人で生きていくことを終わりにしたかった。元々それが己の望んだ道だったはず。あの頃の自分はそれを選んだはず。
 しかし今。サスケ自身が出した答えは以前とは全く別のもの。この少年と一緒に生きたい。そう思った。


「ウスラトンカチって何だってばよ! それにオレの名前はうずまきナルトだってばよ、サスケ!!」


 こんな風に名前を呼ばれるのもいつ以来だろうか。仲間と過ごしていた頃を思い出す。木ノ葉で任務をこなしていたあの日々を。


『さっさとしろよ、ナルト。』

「おう!」


 名前を呼ぶのもいつ以来だろうか。両方とも失ってしまったものだったから。里を抜ける時に捨てたもの。
 これからはこの少年――うずまきナルトと一緒に過ごしていくことになる。またあの頃のように。あの時失ったものを今、また掴もうとしている。大切な者と過ごす日々を。