大蛇丸との戦いが終わり、サスケが居なくなってから一ヶ月が経とうとしていた。
 今まではずっと一人で暮らしてきたというのに、サスケと過ごした時間が大きすぎてなんだか日常に違和感を感じる。最初は一晩寝て起きたら、ひょっこりまた現れるんじゃないかなんて夢を見たりもした。けれど、そんな気配はなく本当に居なくなってしまったんだと感じながらも、徐々に今まで通りの生活に戻って行った。
 そして今日もナルトは学校へ向かうべく家を出た。太陽が笑っている空は、青く澄んでいた。



 11




 学校に着くと教室はざわざわしている。休み時間なんていつもそんな感じだけれど、今日はちょっと違うらしい。とりあえず自分の机に鞄を置いてから何があったのかを友達に尋ねに行く。


「なぁなぁ、何かあったのかってばよ?」

「おう、ナルト。今日、転校生が来るらしいぜ」


 教室中で話題となっているのはその転校生のことのようだ。なんでも、偶々職員室を通り掛かったクラスメイトがうちのクラスに転校生が来るらしいという話を持ち帰ってきたらしい。それからは皆して転校生の話題を繰り広げている。この時期に転校なんて珍しいとか、性別は男なのか女なのか。まだ見ぬ転校生を想像してはあれやこれやと話している。
 そんなことをしているうちにチャイムが鳴り響き、ガラッという音と同時に担任が教室に入ってくる。教卓に立ったところで号令が掛かり、出席の確認をすると一息ついた。


「今日はこのクラスには転校生が入ってくる」


 次に出てきたのは朝から噂をしていた転校生のこと。先生が来て一度は静かになった教室がまたざわざわと騒ぎ始める。
 教卓に立つ担任がそれを落ち着けると、今度はドアの方に向かって入ってくるようにと促す。その言葉につられるようにクラス中の視線が一斉にドアに向けられる。ガラッと開けられたドアから入ってきた転校生の姿に、一気に女子達の黄色い声が飛び交った。

 そんな中、ナルトはその生徒のことを見ながらぽかんと口を開けた。
 だって、そこには居たのは黒いツンツンとした髪に漆黒の瞳を持った、今この場に居るはずのない人が居たのだから。


「な、何でお前がここに居るんだってばよ!?」


 思わず立ち上がって声を上げた。今がHRの最中であることは頭から飛んでしまった。すぐに担任から静かにしろと怒られたけれど、ナルトには何が何だか分からなかった。
 担任は自分の隣にやってきた転校生に、とりあえず自己紹介をするように促す。クラスの方を向いた少年は短く自分の名前だけを名乗った。


「うちはサスケだ」


 聞きなれた声、一ヶ月前までは沢山口にしていた名前。
 サスケはそれだけを言って口を閉じた為、担任の方から簡単な説明が付け足された。そして空いている席に座るように言ってから、いつものように今日の連絡事項が伝えられる。

 再び号令が掛けられた後にサスケの机の周りには女の子達が集まっていた。
 けれど、サスケはそれを無視してナルトの目の前まで来ると「来い」と一言だけ述べて腕を引っ張った。後ろから女子が色々言っているけれど、ナルトはこの状況を理解するのに精一杯だった。


「ここなら誰も来ないだろう」


 腕を引かれたまま廊下を歩き、階段を上ってどこに行くのだろうと思っていたら辿り着いたのは屋上だった。他に人は誰もおらず、どうやら二人きりになったようだ。その為にわざわざサスケはナルトをここまで連れてきた訳だが。
 漸く二人になれたところで、ナルトは聞きたいことが沢山あった。一ヶ月前に居なくなってしまったはずの人間が目の前に現れた。それも今度は精神体などではなく、ちゃんとした生徒として転校してきたのだ。次々と聞きたいことが頭に浮かんでくる。


「お前、サスケだよな?」

「さっきそう言ったと思うが」

「でもお前ってば忍で、本当は死んでたけど精神だけ存在してて。でも、一ヶ月前のあの日に消えて居なくなったんじゃないのか!?」

「あぁ、そうだな」


 一気にまくし立てて疑問をぶつければ、あっさりと肯定される。やはりこのサスケはあのサスケと同一人物で間違いないらしい。
 だが、それならばなんでこんなところに居るのか。それをナルトが問うよりも前にサスケはこの状況を説明しようと口を開いた。


「オレはあの日、大蛇丸を倒した時にお前と別れた。精神だけで存在していたが、そもそも本来なら現実的に考えてそんなことは有り得ない。だから自分が消えることになってもその時が来たんだとばかり思っていた」


 普通は死んだら成仏をする。それがどういう訳か、サスケは精神だけがこの世に残ってしまった。だからたった一人で何十年もの間、あの慰霊碑のところに居たのだ。
 ただ苦しくて辛い日々を送り、ある時ナルトと出会ってからは世界の色が変わった。ナルトと一緒に過ごす日々は楽しくて、今までは苦しくて仕方なかった毎日だったのが生きていたいと思うようになった。

 でも、本来はそうやって存在することはまずない。こんな形で存在するなら死んだ方が楽だと思っていたけれど、もう死んでいるという事実があった。
 この不思議な存在がいつまで続くのだろうかと思っていたけれど、ナルトと出会う前までは永遠に続いて行くような気がしていた。しかし、ナルトと出会ってからの日々は幸せな時間で、いつか終わりが来るのではないかという気がしていた。

 だからあの時、自分が消えていく感覚にとうとう時間が来たんだと理解したのだ。永遠の時なんてものは存在しないのだから。


「それから色々あって、またお前の居るこの時代で生きていけることになった」

「その色々のところに何があったのか気になるんだけど」

「こっちの事情だ。説明しても良いがややこしくなるぞ」


 ややこしい、と言われてナルトは言葉に詰まる。勉強が苦手なナルトからすれば、ややこしい話は出来るだけ避けたいのだ。
 だからサスケと一緒に居た時は、何を説明をする時にも出来るだけ分かりやすく打ち砕いて説明してもらっていた。別にナルトから頼んだ訳でもなかったが、サスケも一緒に居て学力くらいは把握していたから自然とそうすることが多かった。

 今までそうしてやってきたというのに、あえてややこしいと言ったということはそれだけのことがあったのだろう。気になるものの難しい話だと聞いても分からないからなとナルトは頭を悩ませる。
 そんなナルト様子を見ながら、サスケは溜め息を一つ吐いた。


「簡単に説明すれば、仲間のお蔭だ」


 出てきた言葉にナルトはクエッションマークを浮かべた。
 サスケの仲間というのは当然忍の仲間を指している訳だが、その人達は既にこの世界には居ない。それならどういうことなのかと考えながら、そういえば大蛇丸との戦いの時に肉体という身体を使えたのも仲間のお蔭だと言っていたのを思い出す。そういう感じなのだろうかと思いながら、ナルトは話の続きを聞く。


「オレ達は大蛇丸から木ノ葉を守った。それをアイツ等は認めてくれて、色々あってこの時代で生きていくことになった」


 結局色々の部分は殆ど隠されたままだが、あの戦いをサスケの仲間は知っていて認めてくれたんだということは分かった。そのお蔭で今ここに居るということも。里抜けは許されることではないとどこかで聞いたけれど、それなら昔の仲間とも和解出来たのだろうか。そもそも喧嘩をしていた訳ではないから和解という言葉は間違っているのだが、ナルトはそんな風に考えた。
 何はともあれ、これからは一緒にこの時代で生きていけるということなのだ。それが分かっているのだから、細かい理由なんて知らなくても問題ないだろう。


「じゃあ、とりあえず。また一緒に居られるってことで良いんだよな?」


 確認の為に尋ねれば「あぁ」と頷かれた。今までは不思議な関係だったけれど、今後はクラスメイトとして堂々と付き合っていける。
 以前も特に隠してはいた訳ではなかったが、ナルトにしか見えなかったから他の人が二人の関係を知ることはなかった。でも、これからは周りの人も含めて皆で楽しい学校生活を送って行ける。二人だけではなくもっと沢山の人達と、仲間達と一緒に。


「ところでさ、サスケってばどっか住むところあるのか?」

「それをお前に聞こうと思っていた」


 言われてナルトは一瞬きょとんとした表情を見せたものの、すぐに笑顔を見せた。サスケの言おうとしていることが理解出来たから。それはナルトも言おうと思っていたこと。


「なら、また一緒に暮らそうぜ!」


 サスケが居なくなってからまた一人で暮らしていた家。住む場所がないというのなら一緒に住めば良い。
 別々に暮らすとしてもどうせどちらも一人暮らしになるのだ。それなら一緒に過ごした方が良いに決まっている。一人より二人、その方が楽しいのだから。何より、お互いが相手と暮らしたいと思っているのだから。


「これからまたよろしくな、ナルト」

「こっちこそよろしくな、サスケ」


 再び巡り会った二人は一緒に未来へ向かって歩いて行く。もう別の時代の人間でも何でもない。同じこの世を生きるうずまきナルトとうちはサスケ。二人の間にあった壁は消えてなくなった。
 握手をしたそこから混ざり合う体温は間違いなく二人のもの。生きている証。これからはいつだって触れ合うことが出来る。今度こそ、本当に一緒に居ることが出来る。


 かつて忍の世を生きたという、一人の少年。
 この現代の世を生きている、一人の少年。


 二人の少年が時を超えて出会った。一人だった少年達は、二人で楽しく笑い合い共に過ごした。突如現れた巨悪の敵からこの世界を守る為に戦い、光ある未来を手に入れた。続くと思っていた幸せは、ちゃんとその先にあった。

 明るい光に照らされた道を、二人で共に歩いて行こう。
 ずっと一緒に…………。










fin