いつもと変わらない日常。いつもと同じ風景。
仲間達と笑い合って過ごす日々はかけがえのないもの。この生活がずっと続いていくものだと信じていた。続いて欲しいと願っていた。
意識が遠のいていく感覚。何度か経験したことのあるそれに、またかと思いながら意識を手放した。
変わらないもの、変わるもの
気が付くと、そこには見慣れた景色が広がっていた。見慣れている筈なのに、何か違和感を感じる。否、気を失った後なんて大体そんなもんだけど。そういうのじゃなくて、また違った何かが。
「次は負けねーからな!」
「どうだかな」
ふと耳に届いた会話。声のした方を振り向くと、そこには二人の少年。視界に入った姿に驚いたけれど、落ち着いて考えてみてこれは違うと判断する。これは、やっぱりオレの知っている場所じゃない。でも、いつもとは違う場所であるのは確かだ。
それがどこかなんて、オレにはさっぱり分からないことだ。ただ、目の前に広がる光景に、冷静な頭が幾つかの答えを弾き出す。それを纏めて、何となく自分の状況を理解することは出来た。あーあ、いつからオレは冷静にこんな状況に対応出来るようになったんだろう。
「あれ?」
さっきまで視線の先に居た一人の少年が目の前まで来ていた。オレよりも少し背の高いソイツは、目を大きく開いた。そりゃそうだろう。だってオレと目の前の奴は、見た目がそっくりなんだから。だからオレも最初は驚いたけど、分かってしまえば落ち着いていられる。
「よぉ。初めまして、だな」
とりあえず挨拶をすると、向こうも挨拶を返してくる。此処がどこかなんて知らないけど、見慣れている筈の光景に自分に似ている人。これがパラレルワールドって呼ばれる奴なんだろう。自分の世界と同じようで違っている世界。
何でこんな場所に来てしまったのかは分からないけど、どうせ此処に戻って来ることにはなったんだろうし別に良いか。帰れなかったとしても、誰も困らないし。だからってずっと此処に居ようとかそういうことを考えている訳じゃないけど。
「オレはゴールド、って言わなくても分かるか」
「えっと、お前は……?」
「別の世界のお前だ。何で此処に来たのかはオレにも分からないけど」
簡潔に説明してやれば相手も一応納得してくれたらしい。さてと、それは良いとしてこれからどうするかだよな。原因が分からないんだから帰る方法なんて分からないし、かといって此処にいつまでも居る訳にはいかない。個々はコイツの世界であってオレの世界ではないから。
それにしても、別の世界の自分、ね……。コイツのことが気にならない、といえば嘘になる。偶然の巡り合せ、こんな偶然は滅多にあり得ることじゃない。
「なぁ、お前これから時間あるか?」
「え? まぁ特に用事はねぇけど」
さっさと別れてどうにか方法を考えるべきかとも思ったけど、オレは自分の世界に固執している訳でもなければ、偶然訪れたこの世界に興味がある。これっきりである可能性が高いことは分かり切っている。だから、今しか出来ないことをしてみるのも有りだろう。
「じゃぁ、少し話さねぇ? お前のこととかこの世界のこと、聞いてみたいし」
「良いぜ。オレもそれは気になるしさ。なら、とりあえず家に来いよ」
向こうもやはりオレのことは気になるらしい。同じ人物だって言っても、世界が違えば色々と変わってくるだろうからな。
いつまでもこんな場所で立ち話をしている訳にはいかない。家に来いと言ってくれたコイツの言葉に頷いて、記憶通りの場所へと向かった。そういうところは、どっちの世界も同じらしい。家に着くと、そこには多くのポケモン達が居た。コイツはこんな家で生活してきたんだな。部屋まで行くと適当に腰を下ろして、向かい合う。
「ポケモンが沢山居るんだな」
「あぁ、アイツ等とは昔からずっと一緒に暮らしてるんだぜ」
家に着くと、色んなポケモン達が帰ってきたコイツを迎えた。コイツはこんな家で生活をしてきたんだな。オレもポケモントレーナーだし沢山のポケモンと触れ合ってきたけど、こんな風に昔から一緒に生活をしてきたポケモンというのは居ない。コイツの周りにはいつも沢山のポケモン達が一緒に居たんだな。
「楽しそうだな」
近くにやって来たポケモンの頭を撫でている姿を見ながらそんな言葉を漏らす。すると「まぁな」と笑顔が返ってきた。それから近くに居た一匹を抱き上げるとこちらに手渡してきた。それを受け取って、オレも優しく撫でてやる。嬉しそうにしているポケモンに自然と笑みが零れる。
ポケモンと触れ合うことは好きなんだよな。トレーナーになるまでポケモンはゲット出来なかったけど、小さな頃からずっとポケモンが好きだった。早くトレーナーになりたいと思っていた。トレーナーになってからポケモンを手にして、ソイツ等と過ごしていく日々はかけがえのない毎日で。
「どうかしたのか?」
自分によく似た顔が覗き込んでくる。オレは一人で考えに没頭していたらしい。こんな時にそんな感傷的にならなくても良いのに、小さなことでこんな風に考えてしまうなんて相当きてるのか。一先ず「何でもない」と答えて、話を逸らそうと別の話題を振る。
「そういや、お前バッチは何個持ってるんだ?」
「あー……オレ、ジム回ったことねぇんだ」
ジムに挑戦したことがないのか。オレは図鑑を貰ってからジムに挑戦してリーグを目指していたけれど、トレーナー全員がそうではないからな。あまり珍しいことでもない。
そんなことを考えていたけれど、続けられていく話を聞いていくとそうではないらしい。図鑑を持っているのは同じだけど、まず旅に出た目的から何まで違う。
「色々あったから、ジムバッチを集める機会ってなかったんだよな。何人かのジムリーダーとは面識あるけど、バトルはしたことねぇんだ」
旅の目的はある奴を追い掛ける為。それから色んな事件があったらしい。数ヶ月前までもある事件があって大変だったとか。それだけ色々あればジムなんて呑気に回ってられないか。ある奴、っていうのはやっぱり最初に見掛けたアイツのことだろうか。
一通り聞き終えると、今度はオレのことを聞かれた。オレの方は図鑑を貰ってからジムを回ってリーグに挑戦して、カント―でもバッチを集めてシルガネやまのチャンピオンとバトルしたり。途中でロケット団の事件に関わったりもしたな。
「世界が違って色々異なるっていうのに、オレ達は何かしらの事件に巻き込まれるもんなのか」
「確かに。でも、無事に解決したんだし良いんじゃねぇの?」
「そうだな」
その中では大変だったこともあったし、辛いこともあったと思う。でも、事件は無事に解決することが出来た。終わりよければ全て良しって言葉もあるからな。
それからもポケモンの話を始め、様々なことを話した。こんなに似ていても全然違う経験をしている。話はどんどん広がって、こうして過ごす時間は楽しいと感じた。コイツと一緒に居るのは悪くない。やっぱり似ている人、というか別世界の同じ人間だからだろうか。
そういえば、似ているのは当たり前だがオレ達には体格差がある。成長の差ではなく、これはきっと年齢的なものだろう。会った時から疑問に思っていることの一つだ。
「気になってたんだけど、お前って何歳なの?」
「オレは十四。お前は?」
尋ねられて「十一」とだけ答えておく。身長差があるから年齢も違うかもしれないというのは、向こうも分かっていただろう。年下だからってどうこう思わないけど、気になるのは年齢差があるということ。世界が違えば、それも有り得なくはないんだろうけど。時間の流れに差があるようには感じられない。
「同じことを繰り返す、って経験あるか?」
単刀直入に質問を投げる。けれど、頭に浮かんだクエッションマークに答えは否であると悟る。質問の意味がイマイチ伝わっていないことくらいは理解出来た。それはつまり、経験がないからその言葉だけでは通じなかったということ。
「一度きりの人生、か」
ポツリと零れた言葉。思ったことがつい口から零れ落ちた。誰だってそんなのは当たり前で、きっとコイツもそう思っている。たった一回の人生だからと悔いのないように生きろとか、そんな言葉が出て来るんだ。確かにやり直しなんて聞くものじゃないもんな。
オレにとっては、そんなもの全く無意味だけど。一度きりだから、って最初はオレも思っていた。けれど、いつしかそんなことは頭の中から消えていった。
「そりゃ、人生なんて一度きりだろ。生まれ変わったりとかするなら別かもしれねぇけどさ」
これが一般的な考え方だな。オレも昔はそんな風に考えていたんだと思う。何で曖昧かって、そんなのもう忘れちまったから。オレは色々と諦めているんだと思う。じゃなきゃ、冷静にこの状況を分析したり出来ない。
それもいつからか身に付いたことであって、昔のオレならもっと違う反応をしていただろう。元の世界に戻るにはどうすれば良いんだとか、真剣に悩んだんじゃないか。まぁ、今も悩んではいるけど。そこまで深刻なこととは捉えていないだけで。
「何かあったのか?」
オレが反応を示さないことを不思議に思ったのか、真っ直ぐに金色の瞳が見つめてくる。それを曖昧に誤魔化して、オレは立ち上がった。自分の世界に戻る方法を探さなくちゃいけないから。それにコイツと居ると……って、そんなことはどうでも良いか。
「オレはそろそろ行くな。色々ありがと。楽しかったぜ」
久し振りに、という言葉は飲み込んだ。後ろで呼びとめようとする声に、いつまでの此処に居る訳にはいかないと尤もらしいことを言って別れる。
さて、これからどうするかが問題だけど原因が分からないんだから戻る方法なんて分からない。それを探るところから始めるのが良いんだろうけど、戻ったところでどうするんだって思う部分がある。自分の世界に帰ったところで、そこにオレの知っている世界はおそらくないから。
とりあえず適当に近場から手掛かりでも探そうと、足を進める。
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