町でソイツと出会った時、何だか不思議な感覚だった。別の世界の自分。そんな人に出会うなんて誰が想像出来るのか。
ソイツとは色んな話をした。初めて会ったというのに、まるでそんなことはないかのように話は弾んだ。だけど、時折見せる表情が気になっていた。それから帰ると言ったソイツを引き留めようとしたけれど失敗した。自分の世界に戻る方法を探さないといけないんだろうけど、本当にそれだけなんだろうか。
だって、別れ際に見たその表情は……。
変わらないもの、変わるもの 2
アイツが帰ってからすぐ、オレは必要最低限の物を持って家を飛び出した。どうしてかなんて明確な理由はない。でも、あんな表情をしていた奴を放っておくことなんて出来ない。アイツもトレーナーだしポケモンを持っていれば遠くに行ってる可能性もあるけど、何となくまだ近くに居るような気がした。ポケモン達をボールから出すと、皆で一斉に探し出し始める。
暫くして、オレの元に戻ってきた相棒がアイツを見つけたと教えてくれた。急いでその場所に向かい、姿を見つけて腕を掴んだ。するとオレにそっくりのソイツはばっとこちらを振り返った。
「お前……! まだ何かあるのか?」
オレに驚きながらも、そんな風に質問をしてくる。さっきの今で、知り合っても間もない奴が何を言うんだって思うかもしれないけれど。オレはその為にここまで追いかけてきたんだ。
「泣きそうな顔、してたから」
言えば、先程以上に大きく目を見開いてオレのことを見た。小さく繰り返された言葉に、自覚がなかったんだと知る。何でそんな顔をするのか、オレは何も知らないから理解することは出来ない。でも、コイツにそんな表情をさせてしまう何かがあるんだってことは分かる。
関係ないだろ、って言われるかもしれないと覚悟していたけれどそんなことはなくて。驚いたまま固まってしまった目の前の自分に、オレは同じ問いをもう一度繰り返した。
「なぁ、何があったんだ?」
何かではなく何が。もう何かがあることはこの様子を見ていれば分かっていることだから。
しかし、答えは何も返ってこない。話したくないとか、そういう感じはしない。ただ、この現状に付いていけていないだけなんだろう。そしてオレは、もう一つ気になっていたことを尋ねる。
「同じことを繰り返すっていうのは、お前に起こっていることなのか?」
それを聞いたと同時に、瞳から零れ落ちた雫。あぁ、やっぱりアレは自分のことを言っていたんだ。時折見せていた表情も、全部これが原因だったんだ。
ここではゆっくり話すことも出来ないから、オレ達は二人で家に戻った。また部屋で二人きり、向かい合わせに座る。流れ続けていた涙が止まり、漸く二つの瞳が交わる。
「落ち着いたか?」
「悪ィ、迷惑掛けて」
「別に迷惑だなんて思ってねぇよ」
むしろその逆だ。泣きそうだったコイツが心配で、オレが勝手に追い掛けたんだから。今日初対面で会った奴にここまでされたら、迷惑がられてもおかしくはない。そんなことはなかったから良かったけど。
泣いたのは久し振りだ、と呟かれて思わず「そうなのか?」と聞き返した。オレもそんなに良く泣いたりする訳じゃないけどな。……まぁ、数ヶ月前には結構泣いたけど。
「前に泣いたのなんて覚えてねーから」
「そんなにか」
涙脆い訳でもなければそんなもんなのかな。オレだってしょっちゅう泣いたりしないし、アイツが泣いているのも見たことない。普通はそんなもんか。
でも、それが普通ではないからだというのは、この後の話を聞いて分かった。
「何で分かったんだ」
主語はない。だけど、今オレにそうやって聞きたいだろうことは一つしか思い当たらない。家に来る前に話していたことの続きだろう。
「なんとなく。話しながら時々変な感じはしてたんだけど、その話をした時。お前が深刻そうな顔してたから」
同じことを繰り返すという経験はあるか。そう聞いてきたコイツは、辛そうだった。オレにはそんな経験はないし、何が言いたいのか話の意図は分からなかった。何でそんなことを聞くんだろうと思いながら、その時はそのまま話した。でもその時のことがどうしても引っ掛かって、そうじゃないかって思った。
一度きりの人生。同じことの繰り返し。
本来は誰しもが前者である筈なのに、コイツは後者なんだ。ちゃんとした言葉は出てきていないけれど、これまでの態度からコイツが人生を繰り返しているだろうことは見当が付く。
「原因は分からねぇの?」
「さぁな。今回もまた繰り返すんだと思ったんだけど、なぜか此処に飛ばされた」
今回もまた、ってコイツは何度繰り返しているんだ。思ったままの疑問を投げれば「覚えていない」とだけ答えられた。正確には数えるのを途中でやめたらしい。つまり、そう思う程には繰り返しているのか。
繰り返しの人生がどんなものかなんて、経験していないオレには分からない。でも、それは相当辛いだろう。自分はとっくに経験していることをまた行って。また一からのやり直しなんだ。
もしオレがこの人生を繰り返すことになったら、なんて考えられないし考えたくない。もうあんな経験は二度もしたくない。けど、コイツは嫌でも繰り返さなくちゃいけないんだ。全く同じ道筋にしかならないのかとも思ったけれど、色々試した結果で結局は同じ道を辿るらしい。そんなの辛すぎる。精神が参ってしまう。ああ、だから。
「久し振りって、そういうことか」
オレの言葉に目の前の自分は苦笑いを浮かべた。
ただ泣くことが少ないとかそういう程度の話ではなくて、そういう感情が麻痺してしまっているんだ。繰り返してばかりの人生に精神が参って、きっとコイツの感情がどんどん少なくなっていったんだろう。そしてさっき、久し振りに自分の感情が表に出たんだ。覚えていないのも無理はない。
「最初はよく分からなかった。今までのが夢なのか、これが夢なのか。曖昧でずっと疑問はあったけど普通に過ごしてた。でも、三回目になるとこれが同じことを繰り返してるんだって理解した」
そうやって切り出されたのは、繰り返される人生のこと。二回目は疑問を抱きながらも、一回目の時のように過ごせていたんだ。それが三回、四回と続く頃にはもうそれを理解して。コイツは何回目まで数えていたんだろう。いつから諦めて、それから何度繰り返したのか。体験していないオレには計り知れない程のものを抱えているんだろうな。
「お前以外は誰も覚えていないのか?」
「多分な。親にそれとなく聞いても普通だったし、他の奴らも何も変わらなかったから」
何も変わらない、イコール覚えていないから繰り返すってことか。覚えているなら向こうも何かしらの変化はあるだろうからな。その判断も間違っていないと思う。
じゃぁ、コイツはずっと一人で抱え込んでいたのか。誰にも話すことも出来ず、その現象を回避することも出来ずに。
「アイツは……?」
話を聞きながら頭に浮かんだ人物。こんな言い方じゃ、誰のことを指しているかなんて伝わらない。そう思って訂正しようとするが、それよりも前に答えが返ってきた。
「あぁ、アイツもだぜ。特に変わったところはなかった」
それじゃぁ、本当に一人だけだったんだ。アイツとしか言わなかったのに通じたのは、オレ達にとってソイツの存在が大きいということだろう。だけど、ソイツも記憶は残っていないのか。
平然と話しているけれど、内には色んな感情が渦巻いているんだろう。今はその感情もどこかに忘れてしまっていて何とも思わないかもしれないけど。でも、ソイツのことを話す時に悲しそうな笑みを浮かべたのを見逃さなかった。オレは目の前の自分がソイツとどういう関係なのかなんて知らないけど、やっぱりそれほどの存在だったんだ。
「オレが元の世界に戻ったら、アイツも皆も全部また最初から始まるんだぜ」
そして、自分も初めての時のようにその道筋に沿って歩んでいくんだ。まるで決まったストーリーでもあるように。
そう話した目の前の自分。今更そんなことをどうとも思ったりはしない。こういうもんなんだと割り切っているような気がする。そう考えるようになるまで、実際はどれくらいの時を要していたのだろうか。
「博士に図鑑とポケモンを貰って旅に出る。ジムを制覇してリーグで優勝して。オレは十一歳より年を重ねることはないんだ」
同じ人間で別の世界でも同じように時が流れている筈なのに生じる年齢差。それは、コイツの世界がループしているから。この世界ではそんな現象が起こることなく普通に年を重ねているけど、コイツはそれが叶わないんだ。オレの普通とコイツの普通は異なっている。多分、繰り返すことも今や当たり前のことのように捉えているんだろう。一般的な普通がコイツにはないんだ。
「だから、お前の話を聞いてちょっと羨ましかった」
「こっちの世界は動いているから?」
言えば頷かれる。それから、もうそんなことは考えないようにしていたのに、なんて呟いた。考えないようにしないと、やっていくことが出来なかったんだろうな。
コイツはこれまでどんな体験をしてきたんだ。沢山悩んで苦しんで、今此処に居る別の世界の自分。コイツの心の中は……。
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