ずっと一人だった。周りには大事なポケモンや親に博士、他にも沢山の人達が居た。それでも、みんなオレの知っている人でありながら知らない人でもあった。そんな中で過ごしてきて、どうして自分だけと思うことだってあった。一人だけということに慣れた反面、どうして一人だけなんだろうと思うこともあった。
一人だと思っていた。だけど、一人じゃなかった。その事実が凍っていた心を溶かす。
変わらないもの、変わるもの 7
助けて欲しいと言った。シルバーはそう話すけれど、オレにはその時の記憶はない。だけどシルバーの話を聞く限り、確かにオレはそう言ったらしい。
そして、その言葉を聞いたからこうして話をしてくれた。それに驚いたけれど、何よりシルバーに会えて嬉しかった。ずっと、ずっと会いたかった人。
「オレ、そんなこと言ってたんだな」
「もう一人で抱えることはない」
ポツリと零れ出た言葉。そしてシルバーは温かい言葉を掛けてくれる。こんなに優しくされて良いのだろうか。今までずっと欲しかったものが一気に手に入って、これは夢なんじゃないかとさえ思ってしまう。
ここが現実だということを確かめたくて、思い切ってシルバーの胸に飛び込んだ。それをシルバーはしっかり受け止めてくれて、そこから伝わる温かさが心地良い。
「少し見ない間に寂しがりにでもなったか」
「ウルセー……」
これはこれで可愛いか、なんて言ったのには顔を上げて銀を睨んだ。けれど、シルバーは微笑んでポンポンと頭に手を乗せる。子ども扱いは止めろと言おうとしたけれど、結局それは胸の内に留めて好きにさせておいた。オレが色々悩んで考えていたのと同じくらい、コイツだって苦しんでいたんだと思うから。こうやって触れ合うことが出来る幸せを噛み締める。
抱きしめられながら、オレはぼんやりと自分の記憶の中にある出来事を思い出す。この温かさをずっと欲していた。随分前に知ったこの温もり。だけど、そこで気付いた。
「もしかして、あの時…………」
この温もりを知ったのは、どれくらいかも覚えていない程前のことだ。そしてさっきと今、こうしてまた感じることの出来た温かさ。
けれど、オレの中にこれと同じ温かさを感じたことがそれ以外に一度だけあった。そして、それが先程のシルバーの話と繋がっているのではないかと。
「どうした?」
「いや、アレは夢じゃなかったのかもしれないって思っただけ」
「アレ?」
頭の中の考えをそのまま話すと、すぐに聞き返された。これだけの言葉で理解しろっていう方が無理な話だ。だけど、だからって説明するのはなんというか……。シルバーは続きを促すけれど、オレとしては話し辛いことなんだよなと言ってしまった後で思う。だって、な……。
けれど、じっと見詰める銀色に耐えられなくなって、オレは諦めて話すことにする。どっちにしろ、コイツにはバレてるんだから今更だし。
「あのさ、こうなる時。意識が遠くなるから、あんまその時のことって覚えてないんだよ。だから、夢だと思ったんだけどさ」
だから何が、とはシルバーの言葉。それに対して「さっきのお前の話てたこと」とだけ答えれば、漸く理解したらしい。
どうせ夢だろうからって、今まで胸に秘めていたことを口にした。そうじゃなければあんなこと言えない。相手がシルバーだったから、っていうのもあると思うけど。それが現実でコイツに聞かれていたかと思うと、今更ながらに恥ずかしさが込み上げてくる。オレそんなキャラじゃねーのに。あの時の言葉が今に繋がっているんだから、結果的には良かったんだろうけど。
夢だと思っていたことが現実で、夢みたいなことも現実で。不思議な世界だよな。あの時の出来事は、はっきりと覚えている訳じゃない。だけど、ただ一つしっかり覚えているのは。
「お前の体温、忘れられなかったんだよ」
一番初めに出会った時。何度もこうして繰り返す前のことだ。あの時に知ったコイツの体温をオレは覚えている。そして、あの時もシルバーはオレを抱きしめてくれた。その温もりをオレはちゃんと覚えている。何でそんなことばっかり覚えてるんだって自分でも思う。理由は分かり切っているけれど。
アイツは気を遣って言葉にしなかったけど、オレ自身分かってんだ。だって、一番最初の時からずっと想ってるから。気持ちが通じ合えたのは今までに一度だけだけど、それはオレが踏み出すのを躊躇したから。どうせ忘れて繰り返すくらいなら、何もない方が良いと。
「オレはずっと」
変わらずに、お前のことが好きだったんだ。
最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。それよりも前に口を塞がれたから。今まで、近くにあったのに遠かった存在。それが、今はこんなにも近くにある。手を伸ばせば届く距離にあるんだ。
「オレもお前と同じだ」
離れた後に二つの視線が交わる。それから告げられた言葉。もう手に入らないと思っていたのに、また手に入れることが出来た。この状況を理解した時に諦めた筈なのに、実際に叶ったら嬉しくて堪らなくてもう離したくないと願ってしまう。人間って我儘な生き物だな。無理だと分かっていたものだからこそ、余計にそう思ってしまうのかもしれない。
「なぁ、シルバー。お前は居なくならないよな」
「あぁ。ずっとお前と一緒だ」
「絶対に?」
「絶対だ」
これまで抱いていた不安をぶつければ、シルバーはすぐに安心出来る言葉をくれる。ああ、オレっていつからこんなに弱くなったんだろう。間違っても人前でこんなトコ見せたりしないつもりだったのに。
…………まぁ、コイツは特別だから良いか。
「そういえば、お前は何もないのか? オレばっか話してるけど」
「オレはお前が居ればそれで良い」
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。少なくともこんな状況に置かれれば思うこと考えることはあるだろうに。それは反則じゃねーの? らしいといえばらしいけど。
「安いモンだな、お前」
「お前には言われたくないが?」
「どういう意味だよ」
そのままの意味って言われたけど、だからどういう意味なのか分からないんだけど。続いて説明して欲しいのかと尋ねられたのにはお断りをしておいた。あまり良い予感はしないから。オレがコイツに勝てないのは今に始まったことじゃない。否、普段はオレが勝つんだけどな。バトルでも言葉でも。こういうことで勝ったためしがないだけで。
「でもさ、これってマズいんじゃねーか?」
何がって返されたけど色々と。だって、この世界には一つの筋書きがあって、それに沿って事を進めていかなければいけない。博士にポケモンを貰って、ジムを巡るっていうそういう道があるだろ。それなのに、今オレ達がこんなことになったら何かしら問題があったりするんじゃないのか。
そう思ったんだけど、シルバーは「大丈夫だろう」と否定をした。何でそんなことが言えるんだ。毎回同じ流れになっていることくらいお前も知ってるだろうに。
「多少の違いくらいなんともないだろ。お前だって完璧に同じ行動をしている訳でもない」
「それはそうだけど……」
全く同じ動きなんて出来る訳がない。その時によって必要なアイテムも違うし、ゲットするポケモンだって違う。メインパーティは変わらないけど、違いは探せばいくらでもある。これもその違いに入るっていうのか? それらは些細なことだけど、これはそんな小さなことではないと思うんだけど。少なくとも、オレの中では。
「大筋が合っているなら問題ない。お前はこれからジムを回ってポケモンリーグに挑戦する。それは変わらないだろ?」
そりゃぁ、オレだってポケモンと図鑑を貰ったらジムを回るけど。昔からの夢でもあるし、そうしてみたらとも言われるし。その間で起こる事件はやっぱり解決していくだろう。放っておく訳にもいかないし、見過ごすなんて出来ないから。そう考えれば、どちらにしても大筋は変わらないのかもしれない。
「でも、オレにとってお前の存在って結構大きいんだけど」
包み隠さず直球で言ってみると、シルバーは目を大きく開くと同時に頬をほんのりと朱に染めた。ばつが悪そうに視線を逸らすと、それでも大丈夫だろうと話した。まぁ、こんなこと考えても仕方ないしそういうことにしておくか。シルバーの言うように、やることが同じならそこまで問題でもなさそうだし。
「お前はどうしてそういうことを……」
溜め息交じりに漏れた言葉に「何が?」と聞き返すが、何でもないと片付けられた。何だっていうんだよ。たまにこういう反応されるけど。そのままで良いって言われるから、オレも何も変わらないっていうか変えようがないんだけどさ。
どちらともなく離れたオレ達は、これから各々のやるべきことをするためにそれぞれの道を進む。オレは鞄に入れたままのタマゴを博士に届けに、シルバーはシルバーで自分のやることを。本当はもうずっと一緒に居たいなんて思ったりもしてるんだけど、流石にそういう訳にもいかない。
「気を付けろよ」
「ワカバまで行くのに危険なことなんてねーよ。次会うのはキキョウシティか」
「そうだろうな」
これからオレの旅は始まって、オレ達はライバルとして度々出会っていくことになる。コイツはポケギアなんて持ってないから連絡を取り合うことも出来ないけど、いつ会えるか分かってるなら要らないか? そういう問題じゃねーよな。
離れていたって届かない場所じゃない。もう手を伸ばせばすぐに届く距離にある。今までのような靄もない。これまで抱えていた色んなものは、全部なくなった。オレにはコイツが居るから。
「またな」
そっと触れるだけの口付けを交わして背を向ける。さっさとワカバに戻って博士にタマゴを渡してコイツのことも説明しないとな。それで今度こそ旅に出てキキョウシティを目指す。最初のジムバッチを手に入れるために。
……っていうのは建前になりそうだけど。リーグ挑戦を目指してるんだから間違いでもないだろう。そこまで行けばまた会える。
「あ、シルバー」
言い忘れていたことを思い出して立ち止まる。振り向けば銀と目が合った。それに小さく口元に笑みを浮かべると、話の続きを口にする。
「約束、全部守るから。覚えとけよ」
何の、なんて言わなくても分かるだろう。言い出したのはそっちなんだから。毎回約束をしては破っていたことには気付いていなかったけど、シルバーと何の約束をしたことをあるかは覚えてる。次に会うまでに守れていなかったのが何かを思い出すのはオレの課題。でもって、その約束を一つずつ果たしていけば全て解決だろ?
「楽しみにしている」
そう言って微笑んだのを見て、止めていた足を進める。けれど、突然腕を引かれて強引にまた振り向かされた。そのままキスをされたかと思うと、離れ際に「じゃぁな」と優しい声色で言われた。それからすぐに手を離されて、シルバーはさっさと歩いて行ってしまった。
あー……やっぱコイツには勝てないな。
でも、その全てが嬉しいと、幸せだと思ってしまうくらいにオレはアイツを好きらしい。本当、困ったもんだよ。これ全部今まで離れてた分なんだろうな。オレもアイツもこんなに行動に移すくらい、互いの存在を感じていたいんだ。
「早く研究所に行かないとな」
ボールを手にして、中のポケモンに語りかける。また今回もよろしくな、相棒。
そして、オレも漸く歩き出す。まずはワカバタウンに。それからヨシノシティ、キキョウシティと。オレ達の旅はまだまだ始まったばかり。今回は、久し振りに心から楽しく旅が出来そうな気がする。
アイツが教えてくれたんだ。いつからか麻痺してしまった感情というものを。
コイツは教えてくれた。もう手にすることが出来ないと思っていた幸せというものを。
偶然出会えたアイツに感謝して。これから一緒に歩めるコイツに感謝して。
オレは新しく旅を始める。もう悩んだり、苦しんだりなんてしない。感情が表に出せないなんてこともないだろう。アイツはオレのことを覚えていてくれて、大切な人はすぐ傍に在るから。嬉しいことも悲しいことも、一緒に笑って泣いて過ごせる人が居るんだ。
また会えたのならオレはアイツにちゃんと言える。
あの時はありがとう。もう大丈夫だから。オレはアイツと今を幸せに生きてる、って。
fin
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