ヨシノシティの入口でバトルをし終えた後、漸くちゃんと話をすることが出来た。ずっと気になっていたけれど、一度も聞けなかったこと。だけど、今回は話をしてみようと心に決めていた。今まですれ違っていたオレ達は、やっと通じ合うことが出来た。
今まで、気になっていても聞けなかったのは、アイツがあまりにも自然に振る舞っていたから。時折疑問を感じたが、それでも気のせいなんだと思うようにしていた。だが、それが間違いだったとあの時オレは気が付いた。
変わらないもの、変わるもの 6
町から離れた人通りのない場所。ここなら他の奴等に話を聞かれる心配もないだろう。そこで漸く足を止めると、先を歩いていた奴はこちらを振り返った。
「お前、いつから…………」
気付いていたのか? そんなのは覚えていない。疑問なんて随分と前から度々感じていた。ただ一つ言えることがあるとすれば、お前がそうやって振る舞うようになってからだろう。その時からオレはお前に違和感を覚えることがあった。それも気のせいだと、これまでは思っていたが。
そのまま伝えてやれば、ただ短く「そっか」と声を漏らした。そういうお前は何も感じなかったのか、と疑問をぶつければ同じような答えが返ってきた。どっちもどっち、という訳か。
「お前はいつも約束を破るな」
「約束?」
別にそれが悪いと言いたいのではない。補足をすれば、意図的に破っている訳ではないし普段はそんなことをするような奴ではない。だが、ある時だけ必ず約束を破るんだ。本人は全く分かっていないようだけれど。こういうことは、普段ならオレよりもお前の方が覚えているんだがな。
「気付いていないのか。お前は自分が消える時に、必ず何か約束をしていることに」
そう。コイツはいつだって最後の約束を守らない。初めのうちはそんなことを気に留めてはいなかったが、ある時そのことに気が付いた。それからというもの、毎回最後には何かしらの約束をしながら守ることが出来ずに終わるんだ。だから意図的なんてものではないし、どちらかといえば無意識のうちにコイツがそうしているだけなんだろう。
「そうだったのか?」
「あぁ。気にしていないけどな」
「……そう言われても悪い気ィすんだけど」
一応謝っておくと謝罪を述べられたが、本当に気にしていないんだけどな。だが、立場が逆だったのであれば同じようにしたかもしれないか。
「でもよ、どうして今回はあんなことを聞いたんだ?」
疑問に思っていたのは随分前なんだろう、と言いたそうに尋ねられる。その理由はわざわざ話さなくてもお前にも分かるのではないか。オレが疑問に思ったように、コイツだって同じことを思っていただろう。聞けなかった理由なんて大差ないのではないか。
「大多数の人間が記憶通りに進む世界で、ちょっとした疑問を気のせいだと片付ける。確信がないのに聞くことが出来ないのは、お前も同じじゃないのか?」
「それは…………」
言葉を詰まらせるあたり、肯定と受け取って良さそうだ。確証もないのにお前が何者なのかと聞いたり出来る訳がない。お前はこれまでのことを覚えているのかと質問したところで、何を指しているのかも定かではない。聞くことが出来なかったお前も同じように考えていたから、オレに何も言ってこなかったんだろう。こんな非現実的なこと、誰が信じるというのか。
「だけど、じゃぁ何で」
「お前が言ったんだ」
何で今回は聞いたのか。今までは疑問に思っても聞いたりはしなかったのに。
そう言おうとしたであろう言葉を遮ってオレは話す。目の前の奴はクエッションマークを浮かべている。やはり、あの時はちゃんと意識を保っていなかったんだな。そう思いながら、オレは話を続ける。
「助けて欲しいとオレに言ったのはお前だ」
言えば金の目が大きく開かれた。本人の記憶にはないらしいが、オレはしっかりと覚えている。
□ □ □
りゅうのあなで修行をしている時、いつからか訪ねて来るようになったコイツ。出掛けようと誘われたからたまには良いかと了承したが、それまでは嬉しそうに話していたコイツが突然浮かべた悲しげな表情が気になった。けれど話を逸らされ、仕方なく聞くのは諦めて修行を再開した。だが、あの表情が頭から離れなかった。
コイツのああいう表情を見たのは初めてではなかった。時々ああいう表情をしているけれど、本人は気付いていないのかもしれない。胸のざわめきを感じつつ、あの場所に居たのは偶然だった。
「ゴールド……?」
人通りのある道から外れた木々の中。その内の一つに凭れ掛かっている見知った姿。普段のアイツとは違って、随分と静かだ。というより、何かがおかしい。
「ゴールド。おい、ゴールド!!」
強く呼び掛けると、やっと少し反応を見せた。やはり何か変だ。まず、こんな場所に居るのもそもそも不思議だ。体調でも悪いのだろうか。それにしたって、ここに居る理由にはならないだろう。飛行ポケモンも持っているのだから家に帰ることだって難しくないのだ。
「あ、れ……シルバー…………?」
「こんなところで何をしている」
尋ねてみたものの、まともな返答は期待出来そうにない。予想通り、曖昧に別にとだけ返ってきた。具合が悪いのは一目瞭然なのだが。それを口にするような奴ではないからな。それにしたって、ただ具合が悪いだけにも見えないのだが、それは本人に聞くしかないだろう。素直に口を割るタイプではないけれど、かといって放っておく訳にもいかない。
しかし、そんなオレの考えとは別に目の前のコイツは手を伸ばすとオレの手を握った。どうしたのか、と問うよりも前に小さな声が耳に届く。
「オレ、もう疲れちゃった」
いきなり何を言い出すんだ、と思った。だが、あまりにも切実な声で苦しそうな表情をしながら話すものだから、それを口にすることは出来なかった。握られた手が冷たいことに気付いて、コイツが普通の状態ではないのは間違いない。
「あのさ、約束守れなくてごめん」
「約束?」
「コガネに行こうって」
この間、りゅうのあなで言っていた話のことか。そんなことは構わない。誰にだって約束をしても都合が悪くなることはあるだろう。
思ったことをそのまま伝えるが、それでもコイツは謝罪の言葉を繰り返した。それから本当は行きたかったんだけど、と続ける。それならまた別の日に行けば良いだろう。そう言おうとして、けれどそれは口にしてはいけないような気がした。そうこう考えている間にも、話は更に続けられる。
「もっと、お前と一緒に居たかった」
これからもずっと。このまま変わらずに、ただ一緒に居たい。
続けられた言葉を聞いて、コイツは何を言っているのか頭が追い付かなかった。どういう意味なんだ。コイツがどういう状況に立っているのか分からない。オレは、コイツにどうしてやればいい?
すると、突然辺りに光が満ちてくる。それと同時に、目の前のコイツの身体が透けていっていることに気付く。
「ゴールド、お前……」
「もう嫌だ。こんな世界なんて」
繋がった手を一層強く握られる。普段は明るいコイツのこんな姿、初めて見る。今まで一度だって弱みなんて見せたことがない奴なのに。
これが本当のコイツ、なのか。前を向いてまっすぐ進んでいる奴にも、こんな弱い部分があったんだな。これまでライバルとして付き合ってきたが、こんな姿を見せることもあるのか。必死に言葉を紡いでいるコイツが、この状況を把握しているかは分からないが。
「 」
殆ど声になってはいなかったが、オレにはきちんと届いていた。コイツの叫びが。
握られていた手をそのまま引き寄せて、コイツの身体を腕の中に収める。文句が飛んでくるかもしれないとは思ったが、そんなことを気にしてはいられなかった。意外なことに、文句の一つもなかった代わりに、小さな体は震えながら一滴の涙を零した。
「大丈夫だ。何も心配するな」
一体コイツが何を抱えているかは分からない。けれど、それが何なのか想像が出来なかった訳ではない。直接本人に聞いたことはないが、オレは以前から気になっていたことがあった。仮にもしそれがコイツに起こっているとして、これまでの話を合わせれば筋が通る。
こんなことを言うような奴じゃないんだ。ただ、コイツをここまでさせてしまうくらい辛いことがあるだけなんだ。
「オレが居る。お前は一人じゃない」
きっと、お前は世界にたった一人だって思っているんだろう。だが、そんなことはない。オレもお前と一緒だ。
そう伝えると、腕の中のコイツはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。そして、強い光が溢れたかと思った次の瞬間には、さっきまであった温もりは消えてしまった。
「すまなかった」
こんな状態になっていることに気付いてやれなかったことが悔やしい。こんなことになるのなら、もっと早くに話をするべきだった。今更そんなことを考えたってどうしようもないのは分かっている。けれど、オレにはアイツにしてやれることがあった筈だ。
もし次があるのなら、その時はちゃんと話をしよう。おそらく、オレとアイツにはまた次の出会いがある。そうでなければ、この出会いにも説明がつかない。
「次に会う時には、必ず……」
本人には決して届くことのない声。だけどそれで良い。これはオレがオレ自身に誓う言葉だから。
もう、アイツにあんな顔はさせない。
□ □ □
「あの時、お前がオレに助けて欲しいと言った。だから、次に会う時は必ず話をしようと決めていた」
意識は朦朧としていただろうことは分かっていた。けれど、同時に出てくる言葉は普段隠していた本音だということも分かっていた。本当は、ずっと前から助けを求めていたんだろう。心の奥底では。それでも誰にも言えずに一人で抱えては苦しんでいたんだろう。
だから、オレはお前にこの話を持ちかけた。不安がなかった訳じゃない。本当にコイツはオレと同じ状況なのかと、今回もそんな立場に置かれているのかと。それでも、お前の叫びを聞いてしまったから聞かずにはいられなかった。
「お前は一人じゃない、ゴールド」
あの時に伝えた。けれど、きっと覚えていないであろう目の前の奴にもう一度伝える。
お前はもう一人じゃないんだ。だから、もうあんな顔はしないで。
← →