季節特有のスポーツ。それは体育の授業でも行われ、夏は水泳の授業が行われる。この季節だけな上に天気も関係しているのだから授業回数も限られている。だが授業の中に自由時間もあって、水泳の時間は毎回楽しく盛り上がっている。
 そして今日も太陽の下で水泳の授業が行われている。プールの中で泳ぐ度に水飛沫がキラキラと輝く。そんな光景を眺めているのはそれよりも遥か遠くの場所、屋上だった。




Life of secret





 相変わらずお天道様はしっかりと仕事をこなしてくれる。見事な晴天の元、今日の体育は勿論水泳の授業になる。ついでに、これが今学期最後の体育の授業だ。この時間さえ終われば、あの面倒なことは全部終わりになる。
 さっさと教室から出よう、と思った所で自分の名前を呼ばれる。振り返れば、そこには数人のクラスメイトの姿。


「何だよ」

「またサボるのか? 今日でプールも最後なんだぜ」


 最後ってことぐらいちゃんと分かってる。だから早く過ぎてくれないかと思ってるんだ。
 別にサボるのなんてオレの勝手だろ。オレがサボったところでコイツ等には関係ないんだから。そう言っていつものようにサボりに行こうとする。けれど、行く手をクラスメイトに阻まれる。


「最後ぐらいクラス全員で楽しみたいじゃん?」

「って言われても、プールなんて面倒だしオレはサボるぜ」

「まぁそう言うなって」


 なんか妙な流れになってる気がするけど、気のせいじゃないよな。なんていうか、あまり良い予感がしない。とりあえず、話を切って屋上にでも行くか。
 とにかくオレは行くから、とだけ告げて教室を出ようとする。でも、腕を捕まれてその先に進めなくなる。何でまた急にこんなことになってるんだよ。話の流れからして、今日が最後のプールだから皆で入ろうぜってことなんだろうけどさ。


「前から思ってたけど、ゴールドって泳げない訳じゃないだろ? 体育得意だし」

「どうでも良いだろ。そんなこと聞いてどうするんだよ」

「だったら一回ぐらいさ。やっぱみんなで遊んだ方が楽しいじゃん。お前が居ないと物足りないしさ」

「たかがオレ一人居ないぐらいじゃ変わらねぇだろ」


 オレがそう言ったら、随分変わるとまで言われたけどそれは言い過ぎだろ。そりゃぁ、何かあるごとに盛り上がっている輪の中心に居ることは多いけど。
 でも体調不良とかで入れない人だって居るだろ。そう思うものの、今日は全員入るとご丁寧に教えてくれた。大概一人か二人くらいは見学者が居るのに、どうして今日に限って……。健康ないことは良いことだけど。


「とりあえずチャイム鳴るし、行こうぜ」


 言うなり腕を引かれる。あの、オレはサボるって言ってるんだけど。最後だから逃がさない、って言うのか。こっちにも色々あるからサボっているっていうのに。発案者は誰なんだよ。オレは発案者に文句を言いたい。
 そんなことを思っているうちに、気が付けばプールの更衣室にまで連れてこられる。さて、どうやってここから逃げようか。呑気に考えてる場合じゃないけど。


「だから! オレはサボるって言っただろ。第一、サボるつもりだったんだから何も持ってきてねぇし」

「まぁ、ほら。最後なんだからさ。それと、その辺の心配も無用だぜ」

「そうそう。それくらい予想してたから、ちゃんと用意しておいたから」


 何なんだ、この準備万端なのは。これは絶対に、今日思いついて行動しましたとかじゃないだろ。事前に打ち合わせしてたよな。マジで誰が言い出したんだよこんなこと、勘弁して欲しい。クラス全員で楽しみたいっていうお前等の気持ちは十分伝わったけど、オレの為にそこまでしなくて良いから。
 もうここまでくるとどうしたら良いんだか分からなくなる。プールには入らないけど、どうすれば上手く回避出来るんだかが分からない。


「男子、早くしなさいよ!」


 遠くから聞こえた声は、同じクラスの女子のもの。それに対して更衣室の中から「分かったよ」「もうすぐ行くから」と言って男子達は準備のペースを速める。
 今のうちに行くか。そう思うが、オレの考えはお見通しらしい。先に着替え終わった男子に捕まえられ、ってこれ全員グルなのかよ。


「今日は逃がさないからな、ゴールド」

「観念しろよ」


 そんなにオレをプールに入れたいのか。逃がさないって言われても、オレは今すぐにでも逃げ出したい心持だ。この流れだと次に起こることは大体予想出来る。それだけは何としても避けたい。
 だけど、いくら体育が得意だからといってもそれがイコール力が強いとは限らない。バスケが上手いけど背が高い訳じゃない、みたいな。調べたことはないけれと、力勝負をすればオレはクラスの男子の中で一番下だ。だからそうなると勝ち目はない。そうえいば前に、体育は凄いけど腕相撲は意外に弱いんだなとか言われたことあったな。早く逃げれば良かったんだろうけど、今はもう叶わないことだ。


「おい、チャイム鳴ったから早くしろだってさ」


 なかなか全員が出てこないからか、先にプールに行っていたらしい男子の一人がドアを開ける。それから暫くの沈黙。丁度ソイツが入ってくる数秒前からこんな状況だ。みんな固まっている。
 その中で唯一声を発したのは、今やってきたばかりのソイツ。小さく、疑問形で呟いた言葉。それを聞いた後にクラスメイトの間を割って入ってきた奴が一人。目を見開いて一度止まったけれど、すぐにオレの元まで来た。


「何でお前がここに居る」

「色々あってな」


 銀色の瞳が揺れる。お前がそんな顔をする必要なんてないのに。


「こんなことなら、お前から離れなければ良かった」


 そう言うと近くにあったオレの学ランを手に取って、そっと掛けてくれた。
 シルバーが自分を責める必要はないんだ。オレがもっとちゃんとした判断を取れていれば良かっただけのことなんだから。だから、そんな顔しないで。


「別にシルバーのせいじゃねぇよ。お前はクリスと用があったんだろ? オレの自覚が足りなかっただけだ」


 前の授業が終わって休み時間になると、シルバーはクリスに呼ばれて先に教室を出ていた。いつもオレはこの時間はサボるから一緒に行くこともないしな。大体シルバーと一緒に居るけれど、サボるのにまで付き合わせたりはしない。こんなことになったのは、全部オレ自身のせいなんだ。
 だけど、シルバーは「いや」と小さく漏らした。お前は何もしてないのに、昔から優しい奴なんだよな。


「気にすんなよ、ありがとな」

「ゴールド……」


 笑みを浮かべれば、シルバーはそれ以上は何も言わなかった。
 さてと、後はここに居るクラスメイト達か。もう今までのようにはいかないよな、バレちゃったんだし。隠し通すっていうのは、難しいものだな。


「え? お前、女……なのか?」

「見ての通り、女だぜ」


 今更嘘なんて言ったって仕方ないからな。男だって言い訳しようにも、出来ないようなレベルだし。


「事情があって男装して学校に通ってたんだ。隠しててごめん」


 その事情については流石に詳しくは言えないけど。それはオレにも色々あるから。オレが毎年水泳の授業だけはサボる理由はこういうことだ。普段の生活では男装していられても、プールだけはそうはいかない。入るとなればどうしても女として入る以外にはないから。それを避ける為にサボっていたんだ。
 そんな話をしていると、プールの方から声がしてくる。女子たちの声だな。


「急に静かになってどうしたの? 何かあった?」


 騒がしかった男子更衣室が静かになったからか不思議に思ったらしい女子が更衣室の方まで様子を見に来る。なんか全員集合、って感じだな。そういえば今日は全員出席の全員参加だっけ。
 ……っつーか、女子が男子更衣室に来ていいのかよ。オレが言えることじゃないけど。皆反応は同じみたいだ。
 とりあえずこの状況をどうにかしないとな。でもどう収拾つけようか。そう思っていた所で、シルバーが口を開いた。


「お前等は準備したら授業を始めていろ。オレはコイツと保健室に行ってくる」


 周りが唖然としている中で、シルバーはそう言って立ち上がる。それにオレも立ち上がる。シルバーのお蔭で助かった。保健室っていうのは無難な場所を挙げただけだろう。このままここに居たってしょうがないから。
 それから適当に制服を着て、オレはシルバーに連れられて更衣室を後にした。