1.



「いけ、エーたろう!!」


 ジョウト地方、二十九番道路の外れ。人通りの少ないこの場所で二人は対峙していた。理由は単純。ゴールドが何度目かになるポケモンバトルをシルバーに挑んだからだ。
 ゴールドがボールを投げたのと同時にシルバーもボールを投げ、ニューラが姿を現した。


「ニューラ、こごえるかぜ!」

「こうそくいどうだ!」


 素早いニューラが先に攻撃を仕掛ける。それをこうそくいどうで素早さを上げることでかわし、続けて“かげぶんしん”を使いそのまま相手を撹乱させる。
 数匹の分身を作りだし、ぐるぐると走り回るエイパムにニューラは戸惑いを見せる。こうも動き回られるとどれが本物か見分けがつかない。


「分身など消してしまえば関係ない」


 迷うニューラにシルバーは“ふぶき”の指示を出す。その瞬間、激しい吹雪が吹き荒れた。


「ちっ、バクたろう! お前の炎で氷を解かせ!!」


 氷には炎が一番だ。ゴールドの手持ちで炎タイプのバクフーンがボールから出てくる。
 だが、ゴールドが今し方投げたボールは二つ。バクフーンが背中の炎を燃え上がらせている後ろに立っているそのポケモンがゴールドの三匹目。


「キマたろう、にほんばれでバクたろうの援護だ!」

「させるか!」


 キマワリがにほんばれを発動しようとした寸前、強い風がキマワリを襲った。勿論、偶然突風が吹いたと言うわけではない。シルバーが二匹目のポケモンを繰り出したのだ。


「やっぱそう簡単にはいかねーか」

「次はどうするつもりだ?」

「そりゃあ、決まってんだろ!」


 バクたろう、と呼びかけるとバクフーンはこくんと一つ頷いた。そして先程よりも更に背中の炎を大きくする。
 次はどうするかなんて答えは一つしかない。ゴールドはシルバーに勝つ為にバトルを挑んでいるのだ。勝つ為には攻撃あるのみ、つまり。


「オーダイル!」


 あの炎で大技を仕掛けてくるというのなら、こちらもそれに応戦するのみ。シルバーはオーダイルを出し、二人は一斉に指示を出す。


「ハイドロカノン!!」

「ブラストバーン!!」


 両者の究極技が同時に放たれた。
 物凄い勢いの水と焼き尽くすような炎。それらがぶつかり合い、そのまま激しい爆発が起こると思わず目を瞑ってしまいそうになるほどの強い光が辺りを覆う。
 やばい、と本能的に悟ってすぐ傍に居るはずの相棒の名を叫ぶ。


「バクたろう!!」


 駄目だ、目を開けていられない。
 大きな爆発音が響くの耳にしながら、意識は徐々に遠のいていった。



□ □ □



 サーと緩やかな風が木々の葉を揺らす。ついさっきまで真っ白だった視界が少しずつ色を取り戻していく。ゆっくりと開いた瞳に映ったのは、数刻前と変わらぬ景色。


「とんでもねぇ光だったな……。おい、シルバー。大丈夫か?」

「オレは平気だ」


 だが、とシルバーは辺りを見回す。
 何やら鋭い目で周囲を確認しているシルバーを不思議そうに金色が見つめる。一体どうしたのかとゴールドが問うと、分からないのかと銀の瞳がこちらを見た。


「ここはさっきまでオレ達がいた場所とは違う場所のようだな」

「はあ? 何言ってんだよ」

「現にポケモン達はここにいないだろう」


 言われてゴールドも辺りを確認するが、そこにさっきまで共に戦っていたはずのポケモン達の姿はない。それどころか、腰にあったはずのモンスターボールまでなくなっている。


「アイツ等どこに……いや、でもよ。それはオレ達がさっきと違う場所にいるっていう答えにはならねーだろ」


 あまり考えたくないことではあるが、ポケモンが盗まれただけという線だってないわけではない。それもさっきの今では殆ど考えられないことだが絶対にないとは言い切れないだろう。むしろここがさっきまでとは別の場所だという方が考え難い。大体、さっきと違う場所だというのならここはどこだというのか。
 思ったままに尋ねれば、それが分かれば苦労はしないとシルバーは溜め息を零した。どういう意味だと聞くよりも前に、ポケギアを見てみろと言われてゴールドは腕に付けていたそれに視線を落とす。


「ポケギアが反応しねぇ……?」


 電源は入っているはずだ。しかしマップ機能は砂嵐状態。電話も掛けたところで繋がらない。目の前に居るシルバーの番号を押しても駄目なのだから、ポケギア自体が使えなくなっていると考えるのが妥当だろう。


「あの爆風で壊れちまったのか?」

「可能性がないとは言い切れないが、一応動かないわけでもない」

「これは動いてねーのと同じだろ」


 何の機能も使えないのだ。動いていたところで動いていないも同然である。このポケギアを付けていても何の意味もないだろう。これが故障によるものだとして、バトルで壊れたと仮定するなら二人の持つポケギアが同時に駄目になってしまったのも頷ける。というよりそう考えるのが自然だ。
 けれど、どうもシルバーの考えはゴールドと違うようだ。何をそんなに疑っているんだと思うが、ここで話をしていても埒が明かない。


「とりあえずどっか別の場所に行ってみようぜ。ここにいたってしょうがねーし」

「……そうだな」


 ここがさっきと違う場所だという確証はない。ぐるりと見ただけでは特に変わりのない森の中だ。
 もともと町中でバトルをするわけにもいかないからと人通りの少ないこの場所までやってきたのだが、ただの森の中だから変わらないように感じているといえなくもない。シルバーが言おうとしているのはそういうことなのだろうが、いくらなんでも考えすぎだろうとゴールドは足を進める。

 数分後。
 まさかそれが楽観的な考えだったと気付かされることになるとは思いもしなかった。