2.



「一体どうなってやがんだよ!」


 ゴールドの言葉にだから言っただろうと言いたげな視線が向けられる。
 そう、シルバーの考えすぎだと思われた考えこそが現実だったのだ。要するに、あそこは自分達がバトルしていたその場所ではなく、全く別の場所だったのだ。


「どうやらここはジョウトではないらしいな」

「それは分かったけど、それ以外のことが全然分からねーよ」


 あれから森を抜けた時点でおかしいとは思った。見たことのある風景ではない気がしたが、それでも町を目指して進んだ。
 その結果、なんとか町には着いた。町には着いたけれど、そこにあったのは自分達の記憶とは全然違う町だった。一応二人は二十九番道路から東に進んだ先にあるワカバタウンを目指していたつもりだったのだが、どこからどう見てもここはワカバタウンではない。

 それなら、ここはどこなのか。
 近くを通り掛かった人に尋ねてみたところ、どうやらここはイセミオという町らしい。やはりワカバタウンとは別の町のようだが、そのような名前の町はジョウトにはないし聞いたこともない。それどころか、二人には全く聞き覚えのない名前だ。


「もしかして、ここは外国とかだったりすんのか……?」

「それも含めて調べてみるしかないだろう」


 分かっているのはこの町の名前だけ。手持ちポケモンがいない今、空からこの近辺を調べることも不可能。全部地道な情報収集をしていくしか方法はない。
 正直、ゴールドは情報収集というものが苦手なのだがこの状況ではそうも言っていられない。せめてもの救いは、ここにシルバーがいることだろう。自分一人ではどうなっていたか。そのシルバーも流石にこんな訳の分からない状況では一人きりでなくて良かったと思っている。


「じゃあ手分けして調べるか。一時間後にまたここで良いか?」

「分かった。オレはこの近辺を調べてくる。お前は町で聞き込みをしろ」

「はいよ。んじゃ、一時間後な」


 そう言って二人はそれぞれ情報収集を始めることにする。一時間で何をどれくらい調べられるかは分からないけれど、見知らぬ土地で長時間別行動をするのもよろしくないだろう。
 お互い分担を決めたところで二人は反対方向へと足を進めるのだった。



□ □ □



 さてと、とゴールドは町中で足を止めた。
 町中で聞き込みをするように言われたからとりあえず町を歩いてみたわけだが、特別変わったことはない。ジョウトではないのだから服装や建物の雰囲気に違いはあれど、外国だと思えばまあこんなものかといった感じだ。
 いってしまえばごく普通の町。住宅があり、店屋があり。つまりどこにでもありそうな町だ。


「ここで聞き込みって言ってもな……」


 こんな平凡な町で何を聞いて回れば良いのか。単純にここが何という地方かを聞き、それからジョウトに帰るまでの道順を聞ければそれで万事解決だろうか。というか後者が分かればそれで良いんじゃないかという気もする。帰る方法が分かればそれ以上に情報収集をする必要はないだろう。
 ……などと考えてしまったが、この町のことを調べようという話になったのだから一応調べられることは調べるべきだろう。その辺の奴にでも適当に話を聞こうと決めると、ゴールドは通りを歩いていた女性に声を掛けた。


「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんスけど」

「あら、何かしら……って、貴方は!」


 予想外の女性の反応に「え?」とゴールドが首を傾げるが、女性はそれに気付かずに話を続けた。


「この前はありがとう。助かったわ」

「はあ、えっと、この前っていうのは?」

「ひと月くらい前だったかしら。私がギルドに出した依頼を受けてくれたでしょう?」


 女性の口から出てくる単語にゴールドの頭の上には幾つもクエッションマークが浮かんだ。ひと月前とは? ギルドとは? 一体何のことだ。
 依頼と言っているからこの女性が何かを頼んだのだろうということは推測出来るけれど、つい先程ここに来たばかりのゴールドがひと月前にこの女性と会っているわけがない。どう考えても人違いだ。


「すみません、それ多分人違うだと思うんスけど」


 仮にこの女性とどこか別の場所で出会っていたと仮定するにしても、そもそもゴールドはこの一ヶ月の間に誰かから頼まれ事をした覚えがない。この一ヶ月で頼まれたことといえば、育て屋の手伝いに呼び出されたぐらいだ。何かを頼んだと言うのならそれは女性が勘違いしている別の誰かにだろう。
 しかし、女性は首を横に振って「そんなことないわ」と食い下がる。そんな風に言われても困るんだけどとはゴールドは心の中で思ったのだが。


「貴方、ゴールドさんでしょ?」


 まだ名乗ってもいないというのに女性は見事にゴールドの名前を言い当てた。予想外の発言に金の瞳が丸くなる。それからどういうことだと本当に訳が分からなくなる。他人の空似までなら分かるが、それで名前まで同じというのはどれくらいの確率で有り得ることなのだろうか。勿論、どんなに低い確率だろうとこれは偶然以外に有り得ないが。
 そこまで考えたところでそうだ、限りなく低い可能性だろうと世の中には見た目が似ていて名前が同じ人間の一人くらい居るかもしれないという結論に辿り着いた。なんだか無茶苦茶なようだがそれしかない。きっとその人と間違えられているんだ、そうに違いないと思ったところで女性は更にとんでもないことを口にした。


「ほら、やっぱり! 確かもう一人の方と一緒だったわよね。綺麗な赤い髪の……」


 そこまで言われた時点で次の言葉は予想出来た。もしかして、いや、もしかしなくても。


「そうだ、シルバーさん! 二人で依頼を受けてくれたじゃない!」


 何がどうなっているんだとここにいない友人に聞きたい。出来ることなら今すぐお前はこの女性を知っているかと聞きたいところだが、残念ながら彼はこの場にいない。いたところで自分と同じ回答が返ってきそうなものだが、念の為に合流した時に確認してみることにしよう。
 だがそれはシルバーと合流してからの話だ。今はこの場をどうにかしなければいけない。完全に別の誰かと勘違いされているこの状況、どう切り抜けるのが正解なのか。


「そう、でしたっけ……?」

「そうよ。あの時はありがとうね。あ、そうだ。私買い物の途中だったんだわ」


 それじゃあまた何かあった時はお願いするわね、とだけ言って女性は行ってしまった。女性の姿が遠ざかって行くのを眺めながら、ゴールドははあと溜め息を吐いた。
 結局人違いは訂正出来ないまま、これで良かったのだろうか。けれどあれはどうしようもないだろう。こちらが訂正しようとしても聞いてもらえそうになかったし、口を挟む暇もなかった。だがまあ彼女がまたギルドというものに依頼を出したとしたら、例のその人達が何とかしてくれるだろうといい加減なことを思っておく。

 それよりも今は情報収集だとすぐ横の通りへ視線を戻す。次はどの人に声を掛けようか。先程のようなことはもうないだろうが、もしもの可能性が頭を過って声を掛けるのを躊躇したくなる。たかが数分のやり取りだったのにどっと疲れた気がする。
 そんなことを考えていたところで、突然後ろから肩を叩かれる。何すんだよと振り返ったところで「よお!」と威勢の良い声が掛けられた。


「最近はどうだ? 何か面白い話とかあるか?」


 いきなり何なんだとは思ったけれど先程の女性ことがあったばかりだ。あんなことは二度とないだろうと思っていた矢先にこれだ。二度あることは三度あるというやつだろうか。これはまだ二度目だけれど、三度目などなくて良い。
 全く、この人達が勘違いしているその人はどこにいるのか。そんなに似てるのかよと思いながら、今度も人違いを指摘する。


「悪いんスけど、人違いっスよ」

「人違いだぁ? お前みたいな変わった奴が他にいるかよ」


 目の前の大柄な男は失礼なことを言いながらがっはっはと豪快に笑う。変わった奴とはどういう意味だ。もっとも、ゴールドとこの人のいうゴールドという人は別人だけれど、自分に似ているらしい人と勘違いされているだけにあまり気分の良いものではない。


「だから人違いだっつーの! どこのどいつだか知らねーけど、全くの別人だ!!」

「何言ってんだよ。手応えのない依頼にでも当たってイラついてんのか?」

「そうじゃねぇって言ってんだろ!」


 あんまカリカリすんなよと言われるが、そうさせているのは誰だと言いたい。怒らせるようなことを言っているのはそっちだ。


「よく見ろよ、おっさん!」

「男なんか見たって何も面白くね……そういや今日はまた変な格好してんな」


 今度のは紛れもなくゴールドに向けられたものだ。どこが変なんだよと反論すれば、いつもと違って変な服着てるだろなんて言われる始末だ。
 その《いつも》という部分が根本的に間違っているけれど、この人にいくら説明したところで分かってもらえる気がしない。もうさっさと行こうとゴールドは踵を返す。


「悪いけどオレ用あるから」

「おうよ。面白いネタ聞いたら教えろよな」


 だからそれはオレに似たゴールドという人に言えと思いながらゴールドは大男と別れた。
 その後も二、三人ほど声を掛けてみたが大した情報は得られず。シルバーとの約束の時間になった為、始めの場所まで戻るのだった。



□ □ □



「そっちは何か収穫あったか?」


 先に戻っていたらしいシルバーに言いながら近付くと、この辺りのことは一通り調べてきたとのこと。流石だなと思いながら、まずはシルバーが集めてきた情報を聞く。

 ここ、イセミオは田舎の小さな町らしい。二人が通ってきた西の街道、それから北にある峠を越えれば別の町に辿り着くようだ。東の街道の先にある山は険しく、貴重な薬草などがあるらしいが普通の人はまず入らない場所だという。
 それから街道も人が通れるように整備はされているが、魔物と呼ばれるものが出ることもあるらしい。二人が何事もなくここまで辿りつけたのは運が良かったようだ。そして。


「オレ達のポケモンがいなくなった理由といえるかは分からんが、少なくともこの辺りにポケモンは生息していない。それどころか、ここにはポケモンという生き物が存在がしないようだ」

「ポケモンが存在しないって、どういうことだよ!? じゃあオレ達のポケモンは……!」

「落ち着け。そもそもここはジョウトじゃない」


 シルバーは冷静に話を続ける。そう、ここはジョウト地方ではない。けれどそんなことはこの町に着いた時点で分かっていることだ。
 つまり何が言いたいのか。これはオレの憶測にすぎないが、と前置きしてシルバーは現時点での考えを口にした。


「ここは、オレ達の知っている世界ではないんじゃないか?」


 二人の間に暫しの沈黙が流れる。数秒ほど掛けて言葉の意味を理解したゴールドは「はあ!?」と驚きの声を上げ、どういうことだよと言葉の真意を求めた。
 どういうことも何も、ポケモンがいなくて魔物なんてものがうろうろしているような場所だ。現実的ではないことを言っている自覚はあるが、いっそのことそう考えた方がしっくりくる。手持ちのポケモンも近辺には見つからず、自分達がバトルをしていたあの場所に残ってしまったと考える方が――。


「……有り得ねぇだろ」

「それなら他にこの状況をどう説明する」

「世の中にはそういう場所があるかもしれねーだろ」


 世界は広い。次々と新種のポケモンが発見されているような時代だ。二人が知らないポケモンだってこの世には幾らでもいるだろう。
 そう考えると、ポケモンが生息していない地域が世界のどこかにあったっておかしくはない。自分達の身近な世界とは違うが、遠い世界では文化や生活習慣が違うことだってある。ここを異世界だなどと考えるよりもよっぽど現実的な話だと思う。


「そうだとしても、どのみちポケモンがいないのならオレ達の常識は通用しない」


 たとえここが自分達の知らないジョウトと同じ世界のどこかだったとしても、非現実的な異世界だったとしても。ポケモンがいないという時点で二人の常識が通じないことに変わりはない。当たり前のようにいた彼等は、ここでは当たり前の存在ではないのだから。


「……それで、他には何か分かったのかよ」


 ポケモンのいない世界。そのような世界を想像したこともないが、町を歩いてもポケモンの姿は一匹も見られなかった。少なくともここがそういう場所であることは認めざるを得ない。
 腑に落ちない様子ながらも納得したゴールドに、シルバーはこちらが調べたことはこれで全部だと言った。そっちはどうだったんだと逆に質問され、ゴールドも同じように結果を報告する。


「こっちは大して収穫なしだな。ここにはギルドってモンがあって、そこで町の人の頼みを聞いたりしてるっつー話だけど」

「ギルド?」

「割と何でもやるみたいだぜ。勿論その分の金はとるけど、それをギルドに登録してるヤツが依頼としてこなすらしい」


 それがギルドという場所。いや、ギルドというシステムといった方が良いだろうか。そのギルドというのがこの町では大きな役割を担っているらしいことも聞き込みで窺えた。ギルドを中心に町が回ってるといっても良いかもしれない。
 と、そこまで話したところでそういえばとゴールドは一番初めに声を掛けた女性のことを思い出す。おそらくシルバーからの答えはノーだろうが、それでも一応聞くだけ聞いてみるかと例の人違いの件を尋ねてみることにした。


「そういやお前、黒髪ロングのギャルにここ一ヶ月くらいで何か頼まれたことあるか?」

「……何の話だ」


 やっぱりそうだよなと一人納得しながら、知らないなら別に良いんだけどと言いながら説明を加える。


「人違いだったんだけど、そのギャルがオレ等に依頼を受けて貰ったって言ってたんだよ。その後も人違いされるし、挙句の果てには変な格好だとか言われて散々だったんだぜ」


 その人違いで多少は情報を得ることが出来たが、あの失礼なおっさんには文句の一つくらい言っても良かったのではないかと思い出しながら思う。知らない土地で余計な騒ぎを起こすなと隣の友に怒られそうな気もするが、あれは向こうが悪いだろう。

 何だったんだよあのおっさんはとゴールドが愚痴を零している横で、シルバーは今し方聞いた話について考えていた。ゴールドからは文句ばかり出てくるが、その人の指摘は強ち間違っていないかもしれないと周りの人々を見て思う。


「変かどうかはともかく、ここでは目立つ格好かもしれないな」

「変ってこたぁねぇだろ!」


 問題はそこではないのだが、シルバーは一つ溜め息を吐いた。それから周りをよく見てみろと続ける。


「文化が違えば服装も変わる。ここでオレ達の常識は通用しないと言っただろう」


 言われてみれば、町の人達の服は自分が普段見ているものと雰囲気が違う。情報収集をしながら時々感じていた視線はそういうことかと今更ながらに理解する。変な格好ではなくても、ここでは珍しい見慣れない格好であるのは確かなようだ。


「でも、だからってどうすんだよ。服でも買うのか? オレそんな金持ってねぇぞ」

「まずオレ達の持っている金が使えるか分からないだろう。まあ、それを試しても良いが」


 少しここで待っていろと言ってシルバーは通りの方に歩いて行く。何なんだとその様子を眺めていたゴールドだったが、通行人の一人に声を掛けて一言二言話したらシルバーはすぐに戻ってきた。


「行くぞ」

「は? 行くってどこに。つーか、何聞いてきたんだよ」

「お前に似ている男の家だ」


 はあ!? とゴールドが大きな声を上げるのも気にせず、シルバーはすたすたと歩いて行く。それを慌てて追い掛けながら「どういうつもりだよ!?」と問えば、その方が早いだろうと返された。
 一体何が早いというのか。この場合、持っている金銭が使えるのか調べたりする手間だろうか。だが、その男の家に行ったところでやることは変わらないだろう。それならわざわざそこに行く理由が分からない。


「おい、何しにソイツの家まで行くんだよ」

「人違いで散々だったんだろ。その迷惑料だ」

「それはそうだけど……ってか、迷惑料って何する気だよ」


 まさか迷惑料と称して服でも貰うつもりだろうか。それは言われた方も意味が分からないだろう。碌に取り合ってもらえずに追い返されたって無理はない。


「なあ、いくらなんでもそれは無理があるんじゃねぇの?」

「お前が何を考えたかは知らないが、ソイツから何か情報を得られるかもしれないだろ」


 それは別にその男でなくても良いのではないかと思ったが、他人の空似で勘違いされて情報収集が捗らないのならその方が手っ取り早いとのこと。それについては一理あるかもしれないけれど。


「いいから行くぞ」


 どっちにしろ、まだ二人には情報が足りない。情報収集を続けるのならこれも一つの手だ。
 そう考えることにして、二人はこの町に住んでいるというゴールドに似ているらしい男の家を目指すことにする。ジョウトへ戻る手掛かりが見るかることを願いながら。