14.



 白い光が一面に広がり、その強い光に反射的に目を瞑った。前にも感じたことのあるような意識が遠のく感覚。妙な浮遊感と、それらが落ち着いた時にはどこかで見たことのある景色が瞳に映る。
 これらは以前にも一度体験したことがある。ポケモンバトルの最中で突然起こった現象、あの時と同じだ。そしてここが先程までいたはずの塔の地下ではなく、どこかの森の中となれば答えは一つ。


「ゴールド、無事か?」

「ああ。けど、何が起こったんだ……?」

「どうやらジョウトに戻って来たらしいな」


 シルバーの言葉にゴールドが本当かと聞き返す。それにシルバーは肯定を返した。
 状況としてはあちらの世界に行った時と大差ないが、あの時にそこが元いた場所かどうかを確認した方法がある。それと同じ方法でも確認したから間違いない。


「気になるのならポケギアを見れば良いだろう」


 そう、あちらの世界に行った時。ポケギアは全く使えないものとなってしまった。あの時はその理由としてはっきりとしたことが言えなかったけれど、今ならそれも分かる。別の世界だったのなら地図も電話も使えなくて当然だ。異世界で同じ電波が流れているわけはないし、地図情報だってなくて当たり前である。
 その言葉でゴールドは自分のポケギアを確認する。ちょっと前まで砂嵐で使い物にならなかったそれだが、マップ機能を使ってみるとここが二十九番道路であると示されていた。つまり、元の場所に戻って来たということだ。


「本当に、戻ってこれたんだな」

「あっちのゴールドが言っていた通りだったわけか」


 怪しい石と異世界からやって来た二人。ゴールドとシルバーの二人に反応はしても何も起こらなかったそれは、やはりこちらの二人が鍵となっていたらしい。こっちの二人が触れたことで不思議な文字が現れ、その通りのことをした後に元の世界に戻って来られた。
 ずっとジョウトに戻ってくる方法を探していたけれど、いざその時が来たらあっさりと戻れてしまった。勿論早く戻りたいと思っていたけれど、あまりにも唐突過ぎる最後だったなと思う。


「そうだ、ポケモン達は……!」


 向こうの世界に飛んだ時はポケモン達とはぐれてしまった。こっちに戻った時にも何かの力が作用したりなんてことがないかとボールを確認すると、そこにはきちんと六つのボールがあってほっと息を吐いた。


「オレ達がバトルした時からあんま時間が進んでねーみたいだけど、結構向こうで過ごしたよな?」

「二つの世界が干渉し合ったせいだろう。向こうでも時間の流れは同じだったが、その時間は関係なしに元の時間に戻って来たようだな」


 どういう原理なのかは分からないけれど、世界が干渉し合った際に何かが起こったのだろう。その結果、向こうで過ごしたのと同じだけの時間が流れたこの世界に戻ってくるのではなく、二人が向こうに行った時間に戻ってくることになった。もしかしたら、単純にあちらへ行った時間に戻って来たというだけの話かもしれない。戻ってくるなり服装が元に戻っていたのもそういった特殊な力の影響なのだろう。


「でも、あの後どうなったんだろうな」

「オレ達がこっちに戻って来れたということは向こうの問題も片付いたんだろう。アイツと会った時にそんな話をしていたからな」

「そういえばそうだったな。けど本当、夢みたいな話だよな」


 あれが夢だったといわれても納得してしまいそうだ。異世界に行くという非現実的なこと、夢でもなければ有り得ない。まず異世界なんて存在しているのか、というところから始まりそうだ。仮に存在していると仮定したところで行けるわけがないだろうで終了。まともに話を聞いてくれる相手もいないだろう。
 しかし、あれは確かに現実だった。向こうの世界で過ごした記憶を二人は共有しているのだ。二人だけではない、ポケモン達も一緒だ。他の誰が否定しようと、自分達の中にはしっかりとあの世界で過ごした時間や出会った人達のことが残っている。


「もう会うこともないんだよな、アイツ等に」

「会うことがあったら問題だろう」


 こっちがまたあちらに行くにしても、逆に向こうがこっちに来るにしても。本来有り得ないそれが起こったとすれば、それは世界が干渉し合うほどの何かが起こったということである。会わないことが正しいのだ。そもそも会うかどうかという考えになることさえ本当はおかしいことなのだ。
 分かってはいるけれど、それならそれでちゃんと別れの挨拶くらいはしたかったものだ。元々二人は巻き込まれた側だが、あっちの二人に助けられたところも多い。だが案外面と向かって話そうと思ったら言葉が出てこないかもしれないとも思った。相手は別の世界の自分達で、話すにしてもお礼と別れを一言で済みそうな気がする。そう考えると、これでも良かったのかと思う。言葉にせずとも通ずるものはここにあるから。


「あ、シルバー。約束忘れてねーだろうな?」


 またいきなりの話題転換だが、あれはまだ向こうの世界に行ったばかりの時のこと。絶対に忘れるなと言った約束があることを思い出して尋ねる。
 あの時はまずジョウトに戻る方法を探すのが先だとそこで話が終わってしまったが、二人は無事にジョウトに戻ってくることが出来た。となれば、あの約束は有効だろう。金色が銀を見つめれば、銀の瞳もまたそちらに向けられる。そして。


「どこに行くか決まったら連絡しろ」


 ゲームセンターには付き合わないが、と付け加えられたそれはあの時の約束。あの約束をしてから本当に色々なことがあったけれど、その約束をシルバーは忘れていなかったらしい。それどころか、真っ先に否定した場所のことまで覚えているようだ。
 そこは忘れてくれても良かったんだけどと思いつつ、同じく覚えていたゴールドはどのみちコガネを指定するつもりはなかった。


「ならアサギに行こうぜ」

「アサギ?」


 ここよりもずっと西に進んだ先にある港町。ゴールドの挙げた名前にシルバーは疑問を浮かべる。一緒に出掛ける約束をしたのだからゲームセンター以外であればどこにでも付き合うつもりだが、どうしてアサギシティを選んだのか。勿論、理由はある。


「アサギシティには海があるだろ? 海見に行こうぜ」


 当たり前だが港町であるアサギシティには海がある。このジョウト地方で海を見ようと思ったら港町であるアサギか、そこからさらに海を渡った先にあるタンバの二択になる。そこで選ばれたのがアサギシティだったようだ。
 どうせ出掛けるなら思いっきり遊ぶ方が楽しいだろというのがゴールドの意見らしく、そこで思いついたのが海に行くことだった。海に行ってうんと遊んで、そうやって過ごすのもたまには良いだろう。


「それは良いが、歩いてアサギまで行くつもりか?」

「んー……まあ、行こうと思えば行けるんじゃね?」

「何日掛けて行くつもりだ」


 二人で歩くことなんて殆どないという話から始まったこの話だが、目的地がアサギでそこまで歩くとすればちょっとした旅行だろう。何も休まずに歩いて行くなんて話はしていないのだから行けないわけではないけれど、本気でそこまでするつもりなのだろうか。アサギまでポケモンで移動してから自分達の足で歩くのでも良いのではないかとも思う。
 シルバーが言えば、ゴールドはうーんと唸る。別にゴールドもそこまで歩いて出掛けることに拘っているわけではない。シルバーの言うようにアサギまではポケモンで行っても良いのだが。


「お前とちょっとした旅してみんのも面白そうだと思ってさ」


 今までにも二人でどこかに出掛けたことはある。けれど二人で旅をしたことはない。
 といっても旅なんてそう頻繁にするものでもないのだが、仮面の男の時もバトルフロンティアの時もクリスと行動を共にすることはあれどシルバーとはほぼゼロだ。後者については言わずもがな、前者についてもあの時はまだ一緒に行動をするような関係でもなかったわけだけれど、そう考えたらこれはこれで良いのではないかという気がしたのだ。


「少し前まで旅をしていたようなものだろう」

「だからこそだろ? ま、それならいっそジョウトじゃない方が面白いかもしれねーけどな」


 異世界で色々なものを見ながら行動を共にした。あれも立派に旅だといえるだろう。何もかもが見たことのないものばかりで大変な思いもしたけれど、目の前の男がいたから前に進むことが出来た。そうして各地を回ってみて、ああいうのも良いかもしれないと思った。
 アサギまでなら道も分かりきっているのだから帰れなくなる心配も迷う心配もない。もう少し二人で旅をしてみるには丁度良い機会だろう。知っている場所だけに新鮮味はないけれど、それを求めるなら他の地方を旅してみるしかない。それもまた面白そうではあるが、流石にそこまで付き合ってもらうのは難しいだろうことはゴールドも分かっている。


「けど、今回はアサギまでポケモンで行って遊んで帰ってこようぜ。旅はまた今度ってことで」

「結局旅もするのか……」

「何だよ、オレと旅すんのは嫌なのか?」

「そうは言ってないが」


 シルバーの返答にゴールドは頬が緩む。旅なんて時間の掛かることは普段から忙しくしているシルバーには厳しいだろうが、その答えが聞けたのなら今は十分だ。


「冗談だって。じゃあ明日で良いか?」

「ああ」


 随分と唐突だが特に予定もなかったシルバーはすぐに肯定で返した。それを聞いてゴールドは嬉しそうに笑う。


「そんじゃあ明日……」

「オレがお前の家に行く。それで良いか」

「おう」


 何時でも良いけれど遅くても十時には来いよなんて話すゴールドに小さく口元に笑みを浮かべながらシルバーは頷く。異世界を旅して帰ってきたばかりでもゴールドはゴールドだ。何も変わらない。
 そんな二人はまた明日と言って今日はここで別れる。いつもならバトルが終わればウチに寄って行けと言い出すゴールドだけれど、どうせ明日も会うのだ。それに色々あってお互い疲れているだろう。それでも約束を明日にしたのはアイツと一緒にいたかったから……なんて。そう思ってしまったから。










(お前さえいれば)(お前がいれば)
(それで良いと思ってしまう)

(そんな、オレ達の世界)