13.
白一色になった世界が徐々に色を取り戻していく。ゆっくりと目を開けた先には先程と変わらぬ景色と、見慣れた赤髪。それから光が収まったことで現れた銀色は、いつもと同じ色をしていた。
「大丈夫か」
「……お蔭様で。お前は?」
「何ともない」
あの状況で自分ではなく相手のことを心配するとは。といっても、お互いが同じことを考えていたようだから何も言えないけれど。まあ、ここは素直に何もなくて良かったと思うべきだろう。
腕を解き自由になったところで例の石に近付く。銃弾が貫通した石は何色も写していない。触れてみても光るようなことはなく、ただの真っ黒い石ころになったようだ。
「アイツ等、無事に戻れたのかな」
石に宿っていた不思議な力が消え、別の世界からやって来た自分達にそっくりの二人も姿を消した。普通に考えれば元の世界に戻ったということなのだろうけれど、それがはっきり分からないだけに気になってしまう。
かといって、どうなったかを調べる方法はない。今まで通りに日常を送っていたら二度と会うこともないだろう。もともと交わるはずのない二つの世界が交わった結果起こったことだ。会わないことが当たり前、偶然が重なりあって起こった奇跡のような出会いだったのだ。
「そう信じることくらいしかオレ達には出来ないだろう」
「……だな。アイツ等の世界もちょっと見てみたかったけど」
「絶対に不可能な話だな」
「夢くらい見たっていいだろ」
そう言いながらも思っていることはどちらも同じだ。もう二度と会うことはないだろうけれど、迷惑を掛けてしまったことを謝らないまま唐突にやってきた別れでさよならしてしまったことが唯一の心残りだ。こちらの都合で巻き込んだにも関わらず、すんなりと力を貸してくれたその人達。彼等がちゃんと自分達の世界に戻れるようにと強く願う。
「それで、そろそろ言いたいことを言ってもいいか」
わざわざ確認してきたシルバーにゴールドは「えっ」とあからさまに嫌な顔を見せたが、気にせずにその腕を引けば簡単に体が傾く。そのまま空いている方の手を額に当て、その温度に呆れて溜め息が零れた。強がりもここまでくると大したものだなと、言えば「お前も人のこと言えねーだろ!」と力任せに掴まれている手から逃げた金が銀を睨む。
「お前の文句なら一度聞いただろ」
「あん時はそれどころじゃなかっただろーが。オレだってまだお前に言いたいことはある」
一度は流した話題だが、目先のことが片付いたのなら話は別だ。どうしてお前は、と文句を言いたいのはどちらも同じ。何故強がって無理をするんだと、言ったところでもう遅いのだが。
第三者から見ればどっちもどっち、似た者同士なんて言われるんだろう。全く腑に落ちないけれど、それでもずっとコンビを組んで活動しているのはお互いにやりやすいから。そんな相手の性格は十分理解しているし、それぞれの行動の意味も分からないほど付き合いは浅くない。ただ納得が出来ないのだ。それもお互い、分からないでもないのだけれど。
「とりあえずオレは外を見てくる。それまでお前はここで待っていろ」
「ふざけんなよ。お前一人で行かせられるワケねーだろ」
魔物が出てくるかもしれない場所を一人で歩くのは危険だ。シルバーなら心配ないとは思うが、それでも一人で行くというのを素直に聞き入れるつもりはない。
そんなゴールドの台詞に「それでもお前は押し切ったが?」と疑問をぶつけてやれば金色は返答に困った。それはそうだろう、あの二人を探しに行く時にシルバーは同じことをゴールドに言ったのだから。それを押し切って一人で行ったのはゴールドだ。もっとも、あの時のシルバーは病み上がりだったわけだが。
「けど――――」
「分かった。だが、回復するまでは絶対安静だ」
折れたシルバーにこれ以上言うのは無理だろう。自分達の考えが正しければ、これで一連の事件は終わるはずだ。余計なことを言って話をこじらせても仕様がない。ゴールドは大人しく「分かった」とその言葉を受け入れた。
シルバーは手を貸すかと尋ねたが、それは平気だと言って断った。やはりシルバーは何か言いたそうだったが溜め息一つに留め、二人で塔の上に戻る。
□ □ □
通り慣れた道を歩き、外の光が入る入り口付近で一度足を止める。別世界の二人に会った時に被っていたフードはここに戻って来た時に脱いだけれど、外に出たらどうなるか。
いつの間にか握られていた拳を解き、その手を扉へと当てる。そして、そのまま扉を開けると太陽の下に出る。
「まぶしっ……」
「ずっと地下にいたからな。それより平気なのか」
「それはお前もだろ」
地下の僅かな明かりに目が慣れていた二人にとって、太陽の光は眩しすぎる。思わずその光を遮るように手をかざす。
だがそれだけだ。太陽が眩しいのは当たり前、そう考えれば他に異変はない。もしもまだ悪魔の呪いとやらが続いているのだとすれば体調を崩しているゴールドはすぐにでも影響を受けそうなものだが、何ともないということはそういうことなのだろう。
「どうやらこっちも無事に解けたみたい――」
だな、と言い切るよりも前にシルバーに抱き締められる。突然の行動に驚きながらも「シルバー?」と名前を呼ぶが返事はない。不思議に思っていると、少ししてから「良かった」と呟くような声が耳に届いた。
「お前が倒れた時、心臓が止まるかと思った」
「……バーカ、オレだってお前があんなんなって戻ってくるからスゲー心配した」
悪魔を倒した時、死に際に掛けられた呪い。二人に掛けられた呪いが別世界の自分達にまで影響を及ぼし、今回のことに繋がった。だが悪魔による呪いはそれだけに留まらなかった。
というより、そんなところにも影響があったと知ったのは大分後だ。まず悪魔との戦いの後、ゴールドが倒れた。ちょっと体が怠い気もするけど平気だと言っていた時はまだ戦いの疲れだと思っていた。それが呪いのせいだと分かったのは、そんなゴールドを置いてシルバーが一度ギルドへ報告に行って戻ってきた時のこと。あの時、イエローがたまたまアマヅキに来ていなかったらどうなっていたか。とてもじゃないが考えたくない。
「まあオレも最悪、お前と一緒ならこのままでも良いかって思ったけど」
向こうの二人はこちらの呪いの影響でこの世界に来てしまっただけ――とは言い難いが、それ以外に呪いの影響はないようだった。だがこっちの二人はその呪いによって行動時間がかなり制限されていた。気付いた時には悪魔の呪いらしいとも思ったが、どうやら太陽の下で過ごせなくなってしまったようだったのだ。そのため、ギルドに報告に行って戻って来た時のシルバーは酷い状態だった。イエローが心配だからと強引についてきてくれなければ、途中で倒れて大変なことになっていたかもしれなかった。
けれど、この状況をどうにかするには情報を集めるしかない。それには外に出るしかないが、行動出来るのが夜のみでは出来ることなど限られている。だからフードで光を少しでも軽減して行動した。完全に遮断出来るわけではないがないよりはマシだったのだ。そうして情報を集める中で別世界の二人のことを掴み、後は知っての通りだ。
「オレも、か」
「だってお前、そういう意味で言ったんだろ?」
アレ、というのは地下で怪しげな石を調べていた時のことだ。巻き込んでしまった別世界の自分達のことは本気でどうにかしようと思っていたけれど、あとは増え続けている魔物さえどうにか出来れば良いと。そう考えていたことくらいゴールドにはお見通しだった。
「いいぜ、お前となら。別に死ぬワケじゃねーしな」
「だが、生き辛い世の中になるな」
「楽して生きられる世の中もないだろ」
そんなことを言い合って、お互いに自然と笑みが零れる。あの石が効力を失ったことで呪いも解けたのだからもうそのようなことは考えなくて良いのだが、二人が互いにそう考えたことは事実だ。わざわざもう一度あんな状態になりたいとは思わないけれど、目の前の男さえいればそれで良い。
……なんて、思ってしまうくらいには相手のことを想っている。だって彼は大切な相棒で、友で――。
「ゴールド! シルバー!」
遠くから自分達の名前を呼ぶ声が聞こえてきて二人はそっと離れる。二人が地下であれこれしている間、周辺の様子を見ていてくれた二人がこちらに気付いて走ってくる。
どうなったのか、もう大丈夫なのか。それと塔から不思議な光が各地に飛んでいったけれど、という話を聞いておそらく魔物の問題も解決したのだろうと二人は推測する。そしてイエローとクリスに迷惑を掛けたことを謝りながら、これで全部終わったのだと伝えた。もう、全部元通りだと。
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