これで終わりだ。やっと、自分の中で一つの区切りをつけることが出来る。
一人で行ってオレにお前が言ったこと。それで漸く思い出した。何も変わってないんだって。オレもお前も同じ思いを抱いていたんだ。こうやって一緒に戦うなんて久し振りなはずなのにそんな気はしなかった。それがなんだか嬉しかった。
太陽が姿を見せれば、オレはオレであってオレではなくなるけれど。
月の満ちた宵 8
この一ヶ月も一緒に生活していたから本当は久し振りって訳じゃない。でも、オレがオレであることをシルバーに言ったのは少し前のことだ。ちゃんと会うのは三年半振りくらいだったと思う。
「隠してたわけじゃねぇんだ。でも、こんな姿じゃ信じてもらえないだろ」
金と黒。全く違う二つの色。それで信じろって言ったってどこを信じれば良いんだって話だ。まず、人間と吸血鬼っていう違いだってある。だから、ずっと言えなかった。
「お前の方がオレを信じていないだろ」
オレの言葉にシルバーがそう言った。それは、オレがお前に信じろって言った時のことと照らし合わせて言っているのか。信用しろよとオレが言った時にコイツは信じてくれた、と思う。オレだってシルバーのことを信じている。何をそんな風に言うのかと思っているとシルバーが言葉を続けた。
「オレはお前の言うことなら信じる。前に探している奴はお前に似ていると言ったな」
「ああ、オレを探してるって話だろ?」
「あの時、見た目が似ているといったが性格も似ていると思っていた。こっちで初めて会った時には、お前じゃないかって思った」
は? どういうことだよ。オレを探しているって聞いておきながらそれがオレだと思っていたってことなのか。
一人で考えていれば「瞳の色が違うから確信は持てなかった」と一言付け加えられた。お前はその一つ以外の要素ではオレじゃないかって薄々感じていたのかよ。普通、分からねぇだろ。今のオレは人間だし、似ているとは思ったとしても疑いは持たないだろ。
「何でだよ」
どうしてそんな風に思ったんだよ。吸血鬼と人間って相当違いがあると思うぜ?
それなのに、何でそんな風に思えたんだよ。オレは、オレ自身だって自分が自分なのかって悩んだりしたことがなかったわけじゃない。そんな風に思えるのがどうしてか、オレにはさっぱり分からなかった。
ふと視線を上げれば、シルバーの銀色とぶつかった。
「ずっと探していたんだから、当たり前だろ。それに、お前がどういう奴かくらい知っている」
だから分かったっていうのか。それにしたって分かるとは思えないんだけど。そう思うのは俺だけじゃないと思うんだ。他の誰かに聞いたってオレと同じ考えの奴はいるはずだ。むしろオレの考えに賛同する奴は多いと思う。
だって、オレのことを探していたからとか知っているからって。たったそれだけでそんな風に思えるなんてさ。お前、馬鹿だよ。
「それでオレだって最初から思ってたのかよ」
「そういうことになるな」
一番最初は見た目。それから話していくうちに性格、ってところか。まずオレは吸血鬼なんだから人間って時点で違うって思うところじゃねぇの。そんなオレの考えが今の話を聞いていてコイツには通用しない気がしたけれど。
そういえば、シルバーはオレのことを探していたんだったな。ブルーさんにも聞けずに終わってしまった。本人には聞けないと思っていたけれど今なら聞けるか。
「なぁ、何でオレを探してたんだ?」
ずっと気になっていたんだ。シルバーがここにいるのはおかしいから。コイツはこの世界に来なくても良いっていうのにどうしているんだろうって。わざわざこの世界に来てまで何の為にオレを探しているのか。ブルーさんは三年半前の出来事に関係してるって言っていたけど。
「お前はこの世界に来る前、オレに何て言ったか覚えているか?」
来る前っていつの話だよ。オレはこの世界に来る前まではずっとそっちの世界にいたんだ。まぁ、シルバーが言いたいのがいつなのかは分かっている。ブルーさんも言っていた三年半前。それは、オレがこの世界に来た頃のことだ。つまり、オレがそっちの世界からこっちに来たあの日のことを指している。
あの時のことはオレも覚えている。あの時に何て言ったのかも。オレはシルバーのことを忘れたことはないから。
「たった三年なんてすぐに過ぎる。ちゃんと帰ってくるから、お前は待ってろよ」
全くこの通りに言った訳ではないけど、そう言ってオレはこの世界にやって来た。あそこから出る必要のなかったシルバーとまた会うまでには、この世界にいなければいけない三年の時間は確実だったから。最後にそう言葉を交わしたんだ。
シルバーがオレを探していた理由。それがこれに関係あるとすればこの言葉だろう。オレも忘れていたわけじゃないけどシルバーも覚えていたんだ。約束を。
「そう言っていたのに三年経っても戻って来なかったのは誰だ」
「だからこの世界に来たのか」
広い世界でたった一人を探しに。どこにいるのかも分からないっていうのにどうしてそんなことをしようって思えたんだよ。
そんなことをしたのもまず先に約束を守れなかったオレがいけないんだけどな。シルバーはオレとの約束を信じて待っていたんだな。先に約束を破ったのはオレだ。考えてみれば、シルバーがこの世界に来たのもこのここで危険にあったのも全部……。
「ごめん、シルバー。本当に、ごめんな」
謝りたいことが多すぎでどうしたら良いのか分からなくなる。もう会うことのないと思っていたコイツに会えて、だけどそれは本来望んだ形ではなかった。オレがあのハンターと出会ったことから歯車が狂い始めた。
出来るならまた会いたい。
そう思っても所詮は叶わぬ願いのはずだった。それが叶ってもこんなことになるなら叶わない方が良かったんじゃないかって思う。
「顔を上げろ、ゴールド」
優しい声と一緒にそっと手が伸びてきた。それに従ってシルバーを瞳に映す。
「お前は何に対して謝っている」
「それは、約束を守れなかったこと。それと、オレのせいでお前はこんなトコに来ることになって、それに危険なことにあって……」
「ゴールド」
名前を呼ばれて言葉を遮られた。それから微笑んで、ゆっくりと言葉が続けられた。
「オレはお前に会いたかった。この世界に来たのもオレの意思だ。お前は悪くない」
「でも、あの時の約束をオレは破ったんだ」
「色々あったんだろ。それは分かっているからもう謝るな」
最後まで言い終わると、オレはシルバーに抱きしめられた。伝わってくる体温に心が温かくなる。
ああ。どうしてコイツはこんなに優しいんだろう。そして、オレの欲しい物を与えてくれる。シルバーの温かさはオレには心地が良い。
ずっと思ってた。オレにとってシルバーは大切な存在だった。そのシルバーとの約束を守れず、会うことも出来ず。そして、オレはオレではなくなった。人間になって悩んで苦しくて、それでも同じ吸血鬼の力になろうと生きてきた。
でも、時々思ったんだ。オレって何なんだろうって。不安になることもあった。
らしくねぇって、言われると思う。だけどオレは人間になったにも関わらず、吸血鬼であることも捨てきれていなかった。それがこの夜、満月の日だけ戻れるという事実。どうせなら人間になりたかった、って訳じゃない。けど、オレはどちらでもなかったから余計に考えてしまった。
「シルバー」
呼べばすぐに「何だ」と返ってくる。
オレはどちらでもない中途半端な存在で、受け入れられない自分に言い聞かせてきた。受け入れなければ何も出来なかったから。そんな蟠りをお前はあっという間になくしてくれた。自分なりに受け入れてもその蟠りはずっとあったんだ。でもこれでやっと、また前を見て進むことが出来る。
「オレ、あっちには戻れないんだ。人間だからさ」
そう話すと、シルバーが何かを言おうとする。それよりも先にオレは言葉を繋ぐ。
「お前のお陰でもう大丈夫だ。オレはオレだって、分かったから」
この世の中、色々なことがあるだろう。色んなタイプの奴がいる。でも、もう迷わない。だって、オレはもう分かったんだ。それに、他の誰が何と言おうとコイツがそう言ってくれるのだから。
「こんなオレでも、シルバーは変わらないでいてくれるか?」
「当たり前だ」
その言葉を聞いて「ありがとう」とお礼を言う。月はすっかり沈んでしまった。
オレにとって大切な人。ダチであり、大好きな人。
お前がそう言ってくれるのならオレはもう迷わない。オレはオレ、お前はお前。それは、これからもずっと変わらない。
やっと見つけた友。オレにとっては大切な存在であり、大好きな人。
お前がどうなろうとオレは変わらない。オレもお前も昔のまま。それはこの先だって同じだ。
吸血鬼? 人間? そんなの関係ない。オレ達はオレ達だ。種族が違ってしまったなんて、たったそれだけのことで何が変わるというんだ。何も変わらないんだ。
だから、これからもずっと。
オレとお前。二人でと一緒に歩んでいこう。
fin
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