オレはアイツを疑っているわけじゃない。ちゃんと信じている。
ただ、心配なんだ。アイツはよく無茶をする。今回だって一人で行ってしまった。術の影響で人間になってしまったアイツは、オレが初めて会った時に似ていると思った本人だった。オレ達の世界からこっちの世界にアイツが行った時だってオレは信じていた。
信じて待つ。それも一つだろう。アイツだって約束を破ろうとしているわけじゃないはずだ。
だけど。また信じているだけでゴールドに何かあったら。
そんなことは、それだけはもう嫌だ。
月の満ちた宵 7
一人で行ってしまったゴールド。人に有無を言わせる隙もなく先程の部屋に戻って行った。
オレはアイツの言葉を信じている。だが、一度はあのハンターに負けているんだ。本人は大丈夫だと言うし、アイツもそんなに弱いわけじゃないのは知っている。
「あの時と変わらないな」
ゴールドがこの世界へと行ったあの時。そこで言ったことをアイツは覚えているのだろうか。もう忘れたかもしれない。けど、オレはあの時お前が言ったことを覚えている。
――大丈夫だから心配するな。ちゃんと戻ってくるから。
そう言ってアイツはこの世界に来たんだ。その約束が守られなかったからオレはこの世界にゴールドを探しに来た。漸く会ったアイツが言った言葉もまた同じ。
「オレはお前を信じている。だが、オレもお前が大切だ」
そのことを分かっているのか。約束を守ると信じているが、実際は分からないだろ。あの時の約束だってそうだったんだ。
ゴールドがオレを守ろうとここに置いて行ったことを分からないわけじゃない。けれど、オレもお前を守りたいんだ。
「あっちから来たんだったな」
記憶を頼りにここを出る。初めにいた部屋までの道のりは覚えている。色んな場所を通ってやっとその部屋まで辿り着く。その光景に、何より先に体が動いた。
「シルバー!? お前、なんでここに……」
「貸しばかり作りたくないからな」
驚いているゴールドの問いに答えつつハンターを見る。今のがゴールドの言っていた術という奴か。男とゴールドの間合いからしても避けるのは難しかったと思う。この部屋に着くのが少しでも遅かったら、おそらく間に合わなかっただろう。
「前に会ったことがあるから大丈夫だと言っていなかったか?」
「……こっちにも色々あったんだよ」
それだけ言って目を逸らす。ゴールドは目を合わせようとしない。それはオレの言いたいことを察してだろうか。別にオレは約束を守れなくなりそうだったコイツを攻めようとは思っていない。間に合って良かったと、そう思うだけだ。
「お前も戻ってきたか。あと少しのところだったというのに」
「黙れ。その術は受ける訳にはいかない」
「わざわざお前達の為に開発した術だというのに、酷い言いようだな」
「誰もそんなモンを望んでねぇよ」
どんな術なのかをオレはまだゴールドからちゃんと聞いていない。だが、吸血鬼であるはずのゴールドが人間になっていた。それが術のせいであることくらいは理解している。
オレ達の為に開発した。奴はそう言うが、それは本当にオレ達の為になるというのか。少なくとも、ゴールドはそうではなかったのだろう。どんなことがあったかは分からないがゴールドの発言を聞いていれば分かる。そのゴールドが言うのだからそれは正論なんだろう。
「どうするんだ」
「次はもう失敗はしねぇよ。だから、今度こそ終わりにする」
オレが来るまでに何があったかは知らないがその決意は本物だと思う。金色の瞳が物語っていた。
だが、一人でどうにかなる相手だとは思えない。また追い込まれたりしたらどう対処するつもりなのか。コイツは一人でやると言いそうだけれど。だから先に釘を刺す。
「一人では無理だ」
「オレは大丈夫だからお前はさっきの場所に戻ってろ」
「断る。また今のような状況になるかもしれないだろ」
どうして一人でやろうとする。オレもこの場にいるのだから一緒に戦えば良いというのに。この世界に来てからというもの、コイツに助けられることは何度かあった。今もそうしようとしている。
それはオレがこの世界であまり長く生活していないからかもしれない。他の理由だってあるのかもしれない。けれどそれ以前に。
「オレはお前に守られるほど柔ではない。それに、オレはお前と対等だ」
隣に並んでいる存在なんだ。友達だといつも言っていたのは誰なのか。守ったり、守られたり。オレもコイツを守りたいと思うからその気持ちが分からない訳じゃない。だが、一方的に守られてばかりなどしていられない。いくら長い年月が流れようとその関係が変わったわけじゃないだろ。
「オレもお前も、あの頃と変わっていない。違うのか」
これだけの時間があれば成長はする。心も体も。けれど、成長したからといってその本質が変わったというのか。この一ヶ月、それから今日。間は長かったけれどお前と話してきてお前はお前だと思った。数年の間にそのことまで忘れたわけではないだろ。
俯いたゴールドがオレを見た。やっと、金と銀の視線が交わる。
「お前の言う通りだな。悪ィ、シルバー」
「別に良い」
分かって貰えたのならそれで十分だ。一人ではなく、二人でと思ってくれたのだから。
あとはこのハンターを倒すだけ。やっと、オレ達の道は一つに重なった。
「行くぜ」
「あぁ」
掛け声と共に動き出す。久し振りだろうとアイツがどうやろうとしているのかは分かる。そして、それはおそらくアイツだって同じだ。だから、言葉を交わさずとも行動出来る。
「全く、ちょこまかと……」
そう言って男は再び術を唱える。オレ達が話をしているうちに大方は終えていたようで、すぐに術を発動させられた。
だが、オレもアイツも今は一人じゃない。二人なんだ。目で合図を送ると術を綺麗に避ける。それがこちらから攻撃を仕掛けるチャンスでもあった。
「ゴールド!」
「分かってるって!」
一気にハンターとの距離をつめる。そして。
「これで終わりだ!!」
部屋の中で鈍い音が響いた。そのまま男はその場に崩れ落ちる。
静かさを取り戻した室内に光が入り込んでくる。どうやら朝がやってきたらしい。男の傍で座り込んだゴールドに異変を感じて駆け寄る。その姿に目を見開いた。
「ゴールド……お前…………」
「心配すんな。もう慣れてるから」
そう言ったゴールドの瞳は金から黒へと変わっていた。慣れているというのは、術を受けてからはずっとこうだということなのだろう。吸血鬼でありながら吸血鬼でなくなってしまった。それがこういうことなのか。
「久し振りだな、シルバー」
微笑んでこちらを振り向いた。瞳の色は違えど、やっぱりゴールドはゴールドだと感じだ。
数年の月日なんて関係ない。オレとお前はあの頃のまま。
何も変わっていないんだ。
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