――もう間に合わない。
そう思った時、急に魔力が膨らんだのを感じた。そのまま何も考えずに使えるだけの力を構築し爆発させた。その馬鹿みたいな巨大な力に魔方陣は崩れ、男は突然のことにただ驚いているようだった。
だが驚いているのはこちらも同じ。どうして急に力が使えたのか。それも今まで以上に大きな力を。
「なんとか、間に合ったみたいだね」
聞こえた声に振り向けば、そこには見知った顔があった。
僕等の絆 10
どうして、とは思ったけれど彼――悟天が助けに入ってくれたのは明らかだった。それでも「何で戻ってきたんだよ」と口にすると「トランクスくんを一人置いて逃げたくなかったから」と、これはまた真っ直ぐな回答が返ってきた。だから戻ってきたのだと。
馬鹿だなと思う。だけどそんな悟天に救われたのだ。悟天が戻ってこなければ今頃トランクスの力はあの男の特殊な魔法によって奪われていただろう。
「でも何をしたんだ? お前は魔法なんて使えないだろ」
「ボクにもよく分からないんだけど、とにかくトランクスくんを助けたくて」
無我夢中だった。魔法の使い方なんて覚えていなかったから、ただトランクスを助けたいと思った。そして気が付いたらこうなっていたのだ。
トランクスにここを離れろと言われてから悟天は森の中を走った。けれど、やはりこのまま逃げるなんて出来なかった。
何も出来ない自分がいても邪魔になるだけだが、魔法のことを調べる時間がないどころかこの世界には魔法に関する資料もない。誰かに聞こうにも悟天の中で魔法を知っている人といえばトランクスと、あとは両親ももしかしたら知っているかもしれないといったレベルだ。一か八かで連絡もしてみたが繋がらず、何も出来なかったとしてもこの場にいたかったから戻ってきた。
「けど、何か変なんだよ。なんていうか、その、力が湧いてくるっていうか」
どう説明したらよいのか分からず言葉が纏まらない。だが、悟天の言いたいことはトランクスにも分かる。確かに力が急増したのだ。一時的なものではなく今も継続してその力がトランクスの中にある。おそらく悟天も同じ状況なのだろう。
それに、ただ力が増したという話でもない。この感覚は……そう考える前にあることに気付いてトランクスは小さく詠唱を紡いだ。すると、悟天は自分の中で何かが弾けるのを感じた。
「トランクスくん、今のは――」
「待て! あともう一つ……!」
「そうはさせるか!!」
地のエネルギーが集まっていくのを感じる。どうやら男はとりあえず二人を分断させる作戦でいくらしい。地面が揺れ出したのは分かっているけれどあと少しだけ。あと少しで魔法が完成するのだ。
二つの詠唱の間で悟天はどうすれば良いのか戸惑うが、不意に浮かんだそれをそのまま並べた。男が唱え終わったのとほぼ同時に全てを言い終えると、地面から岩が突き出る直前に自分達の周りにシールドを展開させた。今しがた悟天が並べた言葉はこの魔法を発動させるのに必要な詠唱だったのだ。
「馬鹿な!? どうして!!」
悟天は魔法を使えない。それは間違いないはずだ。
けれど今、彼は確かに自分達を守るための魔法を発動させていた。ただ使いたいと思うだけでは発動するわけがない。適当な詠唱でも意味はない。つまりそれは悟天がきちんと魔法を理解して発動させたことになるのだが、そんなことがあるわけ……。
男が驚いている間にトランクスはもう一つの魔法を発動させた。先に発動させた魔法は悟天の力を封じているそれを解除するためのもの。複雑すぎてさっきは解けなかったものだが、今度はその解除の仕方がはっきりと分かったのだ。だからまずそれを解き、他にも悟天にかけられている術式を見つけて解いた。
「あっ…………」
この魔法で何かが解けたはずだ。それが何かまではトランクスには分からない。ただそこにあった術式を解くための魔法を組んだだけなのだ。
そんなことが出来るのなのかといえば、現に出来ているのだから理論上は不可能ではない。とはいえ、普通は出来ないようなことをやってのけた。それはトランクスが優秀だからではなく急増した力のお蔭である。勿論、その上で彼が優秀だからこそ出来たことではあるが、この力がなければ不可能だった。
「これで全部解けたはずだけど、どうだ……?」
「凄いよ、トランクスくん。これ、ボク、魔法のことも何もかも、ちゃんと分かるよ……!」
その言葉にトランクス自身も驚いた。さっき解いたそれが記憶の鍵だとは思いもしなかったが、それなら話は早い。力も記憶も戻ったのなら悟天は普通に魔法が使えるはずなのだ。
悟天、と呼べば彼は頷いた。何を言おうとしたのか察したらしい。それはこの力、自分達がリンクしているからだ。どうやらこれはお互いの力を通常以上にするだけのものではないようで、言葉にしなくてもお互いの考えが分かるという代物らしい。これこそがリンクなのだと、今の二人はしっかり理解していた。
「こんな子供相手にボクが二度も負けるなんて」
「相手の力量も測れなかった自分の愚かさを恨むんだな」
お前じゃオレ達には勝てない。どんなに強力な魔法を作り出していたとしてもトランクスと悟天の二人の相手にはならない。
はっきり言い切れば「何を!?」と男は怒りのまま強力な魔法を唱える――が、普通の詠唱でこちらに敵うわけがないのだ。狙った相手が悪かったとしか言いようがない。昔も、そして今も。自分と相手の力量も測れないで戦いを挑むなどただの馬鹿でしかない。
「今度こそ終わりにしてやるよ」
許せなかったんだ。この男のことが。
大切な友達を傷つけたこの男を許せなかった。絶対に倒してやると思ったけれど、幼かったあの頃は力が及ばなかったらしい。けれど、今はこの男を倒せるだけの力を持っている。楽して強くなろうするよな輩に負けるわけがないのだ。
そして、それは悟天にしても同じ。人間界で暮らしていた悟天はトランクスのように勉強や修業はしていないけれど、大事な人を傷つけようとしたこの男を許せるわけがなかった。
「これで、最後だ……!!」
もう全部思い出した。昔、この男が自分達に力を狙って来たこと。その時も今のように戦いになったこと。だけどあの頃は二人で戦って漸く互角になるレベルで、ただ友達を守りたいという気持ちで行動して。それを優しい友達はずっと気にしていたのだと、やっと気が付いた。
これで、今回の戦いで全て終わりにしよう。そしてまた今までと同じ生活に戻るのだ。平和な自分達の日常に。
「行くぞ、悟天!」
「うん!」
一斉に魔法を発動させる。二つの力が合わさりより大きな力に。自分達の手で全てを終わらせるために目一杯の力を使った。
男も必死で抵抗を試みるが巨大すぎる力の前に成す術がない。最後の抵抗として発動した魔法もあっという間に吸収され、逃げる間もなく二人の魔法が男に直撃した。
森に響く男の叫び。
魔法の光は辺り一面に広がり、やがて静かに消えていった。
再び静寂を取り戻した森の中で二人の姿だけが残っていた。なんとなく相手に視線を向ければ、向こうもこちらを見たところで二つの視線がかち合う。それに思わず笑みを零した。
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