この場を離れたくはない。でもこのままここにいたら彼に迷惑を掛けてしまう。自分を庇いながらではトランクスだって十分に力を発揮出来ない。分かっている、分かっているけれど。
(失くしたものを取り戻すには、きっと逃げちゃいけない)
どうすれば良いのか。トランクスのお蔭で魔法が使えるようになったとはいえ、その力は完全ではない上に悟天にはどうやったら魔法が使えるのか分からない。せめてそれだけでも思い出すことが出来たのなら一緒に戦うことだって出来たのに。
トランクスが聞いたらくだらないことは考えないで逃げろと言われそうだけれど、大切な友達を置いて逃げるような真似なんて出来るわけがない。
「行け、悟天!!」
詠唱を終えたトランクスがこちらを振り向いて叫ぶ。
逃げたくはない。逃げてはいけない。けれど、ここで離れなければトランクスの邪魔になってしまう。頭では分かっていても心は追いつかない。正反対の二つ。
素直に分かったといえるほど人間が出来てはいない。しかし、今はここを離れるしかない。自分にも出来ることはきっとある。考える時間は少なくとも必ずあるから。
「気を付けてね、トランクスくん」
そう言って悟天はトランクスに背を向けた。
それぞれがそれぞれの思いを抱いている。助けたい、守りたい、放っておけない、共に戦いたい。あちらさんが何を考えてるかなど知らないし知りたいとも思わないけれど、その答えは自分達の失われた記憶の中にある。
失われた記憶の欠片は今、この場に全て揃った。
僕等の絆 9
遠ざかって行く友の背を見届けてトランクスは男に向き直る。男は相変わらず口元に笑みを浮かべている。どうやら悟天を追うつもりはないらしい。それはこちらにとって好都合だが、なんだかやり辛いのはこの男が普通ではないからだろう。
向こうが攻撃を仕掛けてくるのなら次の魔法を唱えようと思っていたのだが、どうやら何かをしてくる様子は伺えない。本当に何を考えているんだとは思ったが、そんなことは考えるだけ無駄だろう。考えたところで分かるわけがない。
「今度はキミ一人で戦うのかい?」
「お前の相手なんてオレだけで十分だ」
やっぱり向こうはこちらを知っている。今度は、ということは昔にも戦ったことがあるということ。その時のことなんて知らないけれど、こうして再び対面しているんだからお互いに死ななかったわけだ。
決着がつかなかったのか、その前に引いたのか。それとも決着はついていたのか。どちらにしても向かってくるのなら相手をしてやるだけ。相手がどれだけ魔法の使い方に長けていようとも、こちらだってそう簡単にやられるほど弱くない。
「やれやれ、無鉄砲は相変わらずかな」
「ガキの頃と一緒だと思ってると痛い目を見るぜ」
「それなら、成長したその実力とやらを見せてもらおうか」
相手が詠唱を始めたのと同時に詠唱をする。人間界であまり派手なことは出来ない。といっても手を抜いたり出来るような相手でもない。となれば、あとは短時間で決着を付けるという選択しか残らない。
一気にロジックを組み上げて魔法を発動させる。詠唱時間が短縮されたのは力でそれを強引に組み上げてしまったから。簡潔にいえば、本来なら詠唱でやるべき工程をすっ飛ばした。馬鹿みたいな力で魔法を発動するというのは力の大きさに限ったことではない。使い方次第ではこういうことも出来るのだ。
「強大な力も変わらないようだね」
詠唱を中断して後ろに飛び退いた男は楽しげに笑う。何がそんなにおかしいんだと聞けば、その力が昔のまま変わっていないからだという。全く意味が解らない。こちらの理解力が追い付いていないのではなく、向こうがこちらの知らないことを分かった上で話しているからだろう。
さてと、どうやってこの男から話を聞き出すか。覚えていないのかという問いを適当にはぐらかしたが気付かれてはいるだろう。それなら単刀直入にいくべきか。
「アンタは一体何者だ。オレ達に何の用があってここまでつけてきた」
「直球だね。そういうのは嫌いじゃないけれど」
「いいから答えろ」
「見ての通り、ボクは魔法使いだ。といっても、もう何年も人間界で暮らしているけどね。だからまたキミ達に会えるなんて思いもしなかった」
コイツが魔法使いであることくらい、魔法を使った時点ではっきりしていた。どうやら人間界にずっといるらしいけれど訳ありのようだ。話の流れからして自分達と出会ったのは人間界ではなく魔法使いの世界の方なのだろうか。どこだったとしてもトランクスと悟天の二人と同時に会っていたということで良さそうだ。
それで目的は何なのか。余計なことは喋らなくて良いからさっさと続きを話せと先を促す。ゆっくり話くらいさせてくれても良いじゃないかと言いたげだが知ったことではない。
「ボクの用事は勿論、決まっているだろう?」
しまった、と気付くがもう遅い。いつの間に発動させていたのか体の自由を奪われた。これでは何もすることが出来ない。男がこの魔法を発動させた理由はそこだろう。
同じ相手を二度も狙う。執念深いとでもいえば良いだろうか。だが男が二人に出会ったのは偶然だ。元の世界を追放されて人間界で暮らすしかなくなってしまった男が、これでは長年の夢が果たせないと思っていたところで見つけたのが彼等だった。あの時は神はまだ自分を見捨ててはいなかったのだと歓喜したものだ。
どうしてトランクスや悟天を狙うのか。それは男の長年の夢に関係している。男はただの魔法使いでは満足出来なかった。
「大魔法使いになるためには強大な力が必要だ。ボクにはその力が足りなかった。その時、偶然出会ったのがキミ達だったんだよ」
もう十年ほど前になるだろうか。あの時も二人に出会ったのは偶然で、小さな子供なのに強い力を持っていることに驚くと同時に彼等を利用することを決めた。いくら魔力を持っていようと相手はただの子供だ。自分ほどの腕があれば子供を相手にするぐらい容易いと。
「だけどアンタはオレ達から力を奪えなかった。そのことで追放されて以降、この世界で暮らしてるってワケか」
「まさかキミ達があんな力を隠し持っているとは思わなかったからね」
あんな力というのは力量を測り間違えたという話ではないのだろうか。そうだとしたら何のことを言っているのか。聞いたところでこの男が正直に答えるとも思えないが聞くだけ聞いてみた。
すると意外なことに男はすんなりと答えてくれた。だが、そのわけもすぐに理解した。今ここでそれを答えたところでこちらにはどうしようもないからだ。
キミ達二人がリンクするなんて思いもしなかった、と男は話したのだ。要するにトランクスと悟天の二人の力の前に男は成す術がなくなったのだ。
「リンクがあんなに凄いものだとは思ってなかったよ。でも、それはキミ達が二人揃っていなければ出来ない。キミ一人ならボクにもどうってことはないよ」
子供だからと油断せずに一人ずつ相手をすれば良かったのだ。慎重に行動していれば大魔法使いの夢も叶っていたかもしれないと思うと悔しくて仕方がなかった。だから人間界で暮らすようになってからも研究は続けていた。この世界にも魔法使いはいるのだからいつかチャンスはあるかもしれないと。
まさかあの時のようなチャンスがまた訪れるとは思わなかったが嬉しい誤算だ。悟天をそのまま行かせたわけだ。しかし。
「アンタ、人のこと甘く見過ぎだろ」
あれから何年経っていると思っているのか。あの時の子供も今や成長して更に腕を上げたのだ。そのことを分かっていて言っているのならただの馬鹿だ。
素早く詠唱を口にすると体の自由を奪っていた力が破られる。そしてそのまま小さな火球を男に向けて放つ。形は小さいがエネルギーが凝縮されているだけだということに男も気付いたらしい。すぐに自分を守る為のバリアーを展開して攻撃は防いだが、辺りには大きな爆発音が響く。
「昔はオレ達一人ずつなら勝てたかもしれないけど、今もそうとは限らないぜ」
「ちっ」
魔法の詠唱はトランクスの方が圧倒的に早い。全て強引に術式を組み上げて発動しているのだ。力加減をしていないだけに威力もかなりのものである。
ただ力を持っているだけではない。それを使いこなすだけの技術も頭も持っている。
そういう奴がごく稀にいるのだ。所謂天才だと呼ばれるタイプ。加えて魔力も半端ないなんてとんでもない奴だ。
だが、その力を自分のものにすることが出来れば確実に大魔法使いに近付ける。大魔法使いになり世界を自分のものとする日がやってくる。
その為の研究をずっと、男はこの人間界でも続けていた。
「甘く見ているのはキミの方かもしれないよ」
男は修業をして力をつけるという方法を選ばなかった。誰かの力を自分の力にプラスし、更に強力なものへとしていくことを魔法使いの世界にいた頃から考えていた。
そして二人と出会った。勿論、追放されてから続けていた研究というのもそういった類のものだ。
次の瞬間、魔方陣が浮かび上がる。咄嗟に飛び退くがそこから光が発したかと思うと一気に陣が拡大され、先程よりも強力な力がトランクスを襲う。
「今度のはそう簡単には抜け出せないだろう」
「さっきは、手を抜いてたのか……!」
「そんなつもりはなかったんだけど、予想以上のパワーを持っているようだったからね。出し惜しみせずにいくことにしたんだよ」
先程のものよりも格段に威力の高いそれ。この男がそれなりの実力を持っていることは予想していたが、まさか一つのことをここまで特化させているとは思いもしなかった。
どうにか解こうにもこれほどの力で抑えられては上手く力をコントロール出来ない。だけど、どうにかしてここから抜け出さなければ終わりだ。
「さて、あの時は失敗したけど今度こそキミの力をもらうよ」
魔法はただ詠唱するだけでは発動出来ない。なんとかしてこの状況を打開しなければ。
抜け出せないのなら男の動きを止めるか。それにしたってエネルギーを構築しなければならないわけだが、何か出来ることはあるはずだと必死に頭を回転させながら魔法の発動を試みる。
(くそっ、何か今出来ることはないのかよ……!!)
男が唱え始めたそれは間違いなく力を奪う為の魔法だ。そんな魔法をどうやって見つけたのか。男は研究の成果だとでもいうのだろうが、そんなことをしている暇があるのなら自分を磨けば良いものを。
だからこそ追放されてここにいるのだが、追放した後にこんなことになるなんて追放処分を決めた王も予想していなかっただろう。
(魔法が完成する。もう、駄目か)
辺りに光が集まる。男の詠唱は完成間近。
光は徐々にトランクスの体を包んでいく。
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