記憶も戻って、悟天の力も戻って。それからこの世界へ来た目的も果たされた。疑問が全て解決したわけではないけれどもう十分だ。
その疑問の答えを持っている人はある程度予想出来る。知りたいのならその人達に直接聞けば良いだけのこと。ここでやらなければいけないことはない。
もう、やり残したことはないのだ。
僕等の絆 12
空がオレンジ色に染まっている。夕焼けの中を二人で歩きながら家に帰り、そこには家族達が笑顔で迎え入れてくれる。一緒に食事をして、一日の出来事を話したりして。そのあとで勉強も忘れずにやっていたお蔭で、これまでは分からないことだらけだった授業も少しは分かるようになってきた。
こうして過ごす日常が今の二人にとっては当たり前で、この生活がこのまま続けばよいのにと思っていた。けれど、その生活にいつか終わりが来ることも分かっていた。トランクスはこの世界の人間ではないから。いつか自分の世界に戻る日が来るのだと。
「探し人も見つかったし、オレもそろそろ帰らないといけないな」
ポツリと呟かれた言葉。なんでもないように零れ出たけれど、悟天にとってはかなり重要なことだ。そんな日がいつか来ることは分かっていたけれど、そんな日は来なければ良いと思っていた。それでもやはり、こうしてその日はやってきてしまった。
「やっぱり、トランクスくんはそっちの世界に帰るんだね」
「一応留学で来てることになってるからな。ずっとここにいて卒業出来なくても困るし」
ここに来るまでは学校なんてどうでも良いと思っていたが、そういう形にしておいてくれた両親のことを思うと卒業しないわけにもいかない。レポートの作成は少々面倒だと思わなくもないが苦ではない。あとは普通に授業を受けていれば優秀な生徒として問題なく卒業出来るだろう。それなのに留年なんてことになるのは御免だ。
人間界に長居したせいで卒業出来なくなったらトランクスに申し訳ない。引き留めたくてもそれはいけないことだ。彼も自分と同じ学生という身分なのだから。
そう考えて「そうだよね」と頷いた声に元気がない理由なんて、トランクスには見ただけで分かった。声どころか表情にも全部出ている。トランクスだって気持ちは同じだが、気持ちだけを優先して行動するような年でもない。やるべきことはしっかりやって、あとはそれからだ。
「何も二度と人間界に来れないワケじゃないんだからそう暗くなるなよ」
「分かってるけど、色々と手続きとかあるんでしょ?」
「そんな面倒な手続きはないし、お前の方からこっちに来ることだって出来るんだから会おうと思えばいつでも会えるだろ」
悟天だって魔法使いなのだ。行こうと思えばいつだってそっちの世界に行くことが出来る。トランクスからの一方通行というわけではないのだ。
どうやら悟天はそのことに今気付いたらしく、そういえばそうだねと頷いた。だがすぐに「でもどうやって行くの?」と聞かれたのには呆れた。普通に来れば良いだろうと。こっちから魔法使いの世界へ行くのに許可もないのだから。せいぜい両親には一言ぐらい声を掛けてからにしろとでも言っておけば良いだろうか。
「オレのことよりお前は大丈夫なのか? 悟空さん達に話さなくちゃいけないだろ」
「お父さん達には今日あったことをそのまま話せば平気じゃないかな」
それだけで大丈夫なのかと普通なら思うかもしれないが、この家族ならそれでも大丈夫だろうなと思える。そんなことがあったのか、大変だったなくらいで話も終わりそうなものだ。色々聞かれたり心配されるよりはその方が楽かもしれないけれど。
まず悟天が魔法使いの力を取り戻したからといって変わることもないのだろう。人前では使わないように気を付けろとは言われるかもしれないがその程度だ。長いことこちらの世界で暮らしているのだから、それだけで向こうに戻る理由にもならないだろう。
「ボクはずっとこの世界で暮らしていくと思うけど、トランクスくんにはまた会えるんだよね?」
「さっきも言っただろ。オレの方も向こうで暮らしていくのは変わらないだろうしな」
息子一人の都合で家族が動くわけがない。そんなことは当たり前だ。
だけどそれはあくまでも家族の話。まだ子供に分類されるとはいえ、あと数年もすれば二人とも成人する年だ。もう自立しても良い年齢だろう。そういう選択肢は確かに存在する。だから。
「あと一年だな」
トランクスの言葉に悟天はきょとんとする。一体何が一年なのか。
全く分かっていない悟天にトランクスは楽しそうにこちらを見た。どういうことなのかと聞いてもなんだろうなと適当にかわされる。
どう考えても遊ばれているのだが、教えてよと食い下がればちゃんと教えてくれた。一年という言葉の意味を。
「オレは三月には高校を卒業するだろ? だからあと一年――正確には一年もないけど、卒業したらまた来るよ」
留学のように短期間ではなく、旅行のように数日だけの滞在でもなく。無事に卒業したら手続きをしてこの世界に戻ってくる。トランクスはそう話した。
まさかトランクスからそんな言葉が出てくるとは思わず、悟天は「え? え?」と頭が追い付いていない様子だ。彼が自分の世界に戻るのは当たり前で、それでも時々会うことが出来る。そこまでは分かったのだが、卒業したらまたとはどういうことなのか。
分かっていない様子の悟天に溜め息を吐きながら、だからと言い方を変えて説明する。繰り返されたことでやはりそういう意味だと理解した悟天は、でもとトランクスに尋ねる。
「でも、トランクスくんは良いの?」
「良いのって、何が」
「だって魔法使いとしても凄い優秀だし、わざわざこっちに来る必要なんてないんじゃない……?」
優秀だからというだけであっちの世界に留まる理由にはならない。とはいえ、悟天のことを思い出さなかったなら高校を卒業した後は順当に研究院にでも進んだだろう。何か特別やりたいことがあったわけでもない。あるべき道をそのまま歩いたのではないだろうか。
だが、道は一つではないのだ。どういう道を行くかは自分で決めれば良いこと。大して目的もないまま勉強をするよりやりたいことをやった方が良い。誰に指図されるようなことでもないのだから。
「それはそれだろ。人間界に来たって魔法使いじゃなくなるわけでもないし」
「でも勿体ないような気がするんだけど」
「魔法なんて誰でもやろうと思えば出来るもんだぜ。行き来だって出来るんだし気にするようなことはないと思うけど、それともお前が嫌なのか?」
「そんなわけないよ!!」
否定されるだろうことは分かっていたが即答だとは。それなら尚更、向こうに残った方が良いと話すことなどないだろう。
それはそうなのだが、悟天はトランクスが本当に凄い実力を持っているのだと知っている。だからこそ、自分のためにあっちの世界を離れて良いのか疑問に思ってしまったのだ。彼が持っているせっかくの才能を殺してしまうのではないかと。
才能も何も、トランクスからしてみれば悟天だって幼かったあの頃でその辺の大人よりよっぽど魔法を使いこなしていた。そういう意味では悟天にだって十分な才能はあるはずなのだ。魔法なんて久しく使っていなかったというのに記憶がない時点であれだ。そして記憶が戻ってからの魔法は更に強大なものだった。
しかし悟天はもう何年も人間界で暮らしている。向こうに戻るという考えが浮かばないのも分かる。けれど、それなら才能どうこうを言われる筋合いなどない。
それに、魔法使いは多種多様。この人間界で自分達の持てる力を活かしたいと暮らしている魔法使いだっているくらいだ。あちらの世界で魔法を磨くことばかりが正しいわけではない。そういった道を選んだ魔法使いだって立派にやっている。余計な心配は無用というものだ。
「それなら良いだろ。ま、戻って来ても今度は住む場所も探さないとな」
「またボクのウチに来れば良いじゃん」
「お前な、ずっとこっちで暮らすのにそれは不味いだろ」
お父さん達なら良いって言ってくれるというのはその通りだと思うが、今回とは状況が全く違うのだ。短期間ではなくずっと、となると彼の家族が良いと言ってくれたとしても流石にその好意を素直に受け取ることは出来ない。
現時点では予定でしかないけれど、卒業してこっちで暮らすことになったらまずは適当に家を探して。それからこの世界で自分のやりたいこと、やれることを見つける。他の魔法使いのように、魔法使いだから出来ることを探してみるのも良いかもしれない。
「そんなに一緒が良いならお前がオレのトコに来ても良いし」
なんとなく思ったことをそのまま口にしただけだったのだが、意外なことに悟天はそれに食いついた。「良いの?」と聞かれて断る理由もないから「お前が来たいなら」とだけ答えれば、それじゃあトランクスくんと一緒に暮らしたいと言ってくれる。
本人に他意がないことは分かっているけれどこんなんでコイツは大丈夫なのか、と思ってしまったがあえて触れないでおいた。別にこちらにも他意があって言ったのではないから。いや、悟天のようにただ純粋にとは言い切れないけれども。
「……そう考えずに決めて良いのかよ」
独り言のように呟いたのに対して疑問を返されて何でもないとだけ答えておく。悟天がそれで良いのならこちらがとやかく言うことでもない。トランクスが自立しても良いような年なら一歳差の悟天だって同じようなものだ。
とりあえずこの話はこのくらいにしておこう。どうせまだ先のことだ。まずは卒業することが先――だが、トランクスにその心配は不要だろう。どちらかといえば悟天の成績の方が気がかりだ。赤点を取ったことはあるけれど留年したことはないから大丈夫、というのは本当に大丈夫なのだろうか。とはいえ、悟天だってそれだけはしないように気をつけている。レベルが低いと突っ込んだら負けだ。
「オレが戻ってきた時、また二年生やってるのだけは勘弁しろよ」
「ちゃんと三年生になってるよ!」
言いつつも悟天も些か不安ではあるがもう一度二年生をやり直したりしたくない。きちんと三年に進級してトランクスに会う、というのが当面の目標だろうか。普通に授業を受けてテストで点を取れば何も問題もないのだが、そのテストが悟天にとっては難関だ。頑張ろう、と心の中で小さく呟いたのは秘密である。
「さてと、そろそろ帰らないとチチさんが心配するな」
「まだこの時間ならお母さんも怒らないだろうけど、早く帰った方が良さそうだね」
ゆっくりと立ち上がって空を見上げれば、太陽はすっかり西の空へと消えて行ったところだった。広い空には星が光っているのが見える。
まだそっちの世界には戻らなくて良いのかと聞かれ、急ぐことでもないから挨拶くらいしてから帰ると話す。それくらいは礼儀として当然のことだ。もしまだ探し人が見つからなかったならこの世界に留まったのか、という問いは適当にはぐらかしたけれど答えなんて必要ないだろう。現にその探し人は見つかって、また昔のように隣にいられるのだから。
二人並んで歩く帰り道。別れの時はそう遠くない。
けれど二度と会えなくなるわけではない。いつでも会える距離にいる。会おうと思えばいつだって会えるのだ。
それに彼は約束してくれた。卒業したらまたこっちの世界に来るからと。
そして、その時はまた二人で一緒に暮らそうと。
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