バサッ。手の中に納まっていた小鳥が飛び立った。広い広い空に向かって。
その姿を追いかけている最中、後ろの方から木々の揺れあう音が聞こえる。かと思えば、唐突に名前を呼ばれた。
「トランクスくん……?」
「悟天!?」
そこにはさっき別れたはずの、もう会うことはないと、会えないだろうと思っていた友の姿があった。予想もしていなかった再会に二人はただただ驚いていた。
僕等の絆 3
それは、まるで時計が止まったようだった。
思いもよらない再会。それはトランクスだけではなく悟天にとっても同じだった。どこに行ったのかも、どこにいるのかも分からない相手を見つけるのは簡単ではない。それほどにこの星は大きい。もう会えないと断言は出来ないもののまさかこんなにも早い再会を果たすなど予想外もいいところだ。
二人は各々の瞳にその姿を映したままただ立ち尽くしていた。何を言おうにも上手く言葉が出てきてくれない。暫くの間、沈黙が流れた。木々の揺れる音だけ空間に響く。そんな中、先に口を開いたのはトランクスだった。
「さっきの、見てたのか……?」
恐る恐る、ゆっくりと言葉にした。もしかしたら、あの時から悟天はこの場にいてアレを見てしまったのではないか。見ていなければ良いがこのタイミングからして、もしかしたら見られていたかもしれないという考えが頭を過る。見ていないで欲しいと思いながらトランクスは悟天の答えを待った。
一方、悟天はその質問にどう答えればいいのかと悩んでいた。けれど、悩んでいても仕方がない。目の前のトランクスはその答えを求めているのだ。普通に、普通に答えればいいんだと自分に言い聞かせて彼の質問に答える。
「さっきのってあの、小鳥を助けてあげてた……?」
返された疑問を含む答えに息を呑む。やはり悟天はあの時からこの場にいたのだ。
悟天に見られてしまったという事実がここにある。これは変えることの出来ない現実だ。さっきのトランクスの行動を見ていたというならば、どう取り繕ったとしても隠しようがない。それが何なのかはっきりとは分からなくても、先程のトランクスの行動がこの世界の常識で考えておかしいということは一目瞭然なのだから。
本当は言うつもりなどなかった。魔法使いは正体が知られてはいけないから。
でもこうなった以上、悟天には話さなくてはならないだろう。自分の正体とここに来た理由。何のためにある例外だと思っていたが、こうも早くにその例外に救われることになるとは思いもしなかった。
「……悟天。今からオレが言うこと、絶対に誰にも言わないって約束してくれ」
静かに伝えられた言葉、真剣な眼差し。
それだけ重要な何かがあることを悟天もすぐに理解した。それが何かは分からないけれど、その答えはトランクス自身がこれから話してくれる。
ごくりと息を呑む。それから悟天は真っ直ぐにトランクスを見て「うん」と頷いた。それを聞いたトランクスは、覚悟を決めて本当のことを話し始めた。
「オレ、魔法使いなんだ」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。魔法使いというのは、アニメや漫画に出てくるような魔法を使える人のことだろうか。トランクスがその魔法使いで……。
漸くその意味を理解した悟天はワンテンポ遅れてから「魔法使い!?」と聞き返した。無理もない反応だ。信じられないと思うけど、と付け足したがトランクスはその魔法使いだ。
驚かれるのも信じられないのもこの世界では不思議じゃない。人間界での魔法使いといえば、どこかの物語に出てくる架空の人物でしかない。魔法を使って何でも出来るなんて物語上だけの夢のような話。
そんな架空の存在が現実に存在するなどと誰が考えるのか。魔法で何でも出来たら苦労はしないと思われそうなものだ。人間界での魔法使いとはそういう存在だ。
「簡単にいうと、オレ達魔法使いはこの人間界とは別の世界に住んでいるんだ。その世界では殆どの人が魔法を使える」
「魔法って、さっきトランクスくんがやってたこと……?」
「まあ、そうだな。こっちの世界にある本のようなことが全部出来るわけじゃないけど」
魔法使いはその名の通り、魔法を使うことが出来る。だが人間界にある物語に出てくるような魔法使いが出来ることを全て出来るわけではない。あれはこの世界の人間が想像で作り上げた架空の人物でしかないのだ。いくら魔法使いでもそう簡単に何でも作ったり出来たりはしない。一瞬で食べ物を出したり大きな馬車を作ったりなんていう物語はあくまでも物語上の話でしかない。
とはいえ、魔法の力を使えばこの人間界で出来ないことが出来るのも確かだ。先程トランクスがやったように怪我の治療をすること、簡易な火を出すことや光を作ることくらいは容易いことだ。そんな不思議な力を持つ者が魔法使いである。
悟天はその話を聞きながら「へぇ」と感嘆の声を上げた。それから凄いという言葉が出てきたのはある意味当然だ。こっちの世界の常識から外れた世界にある魔法使いの存在とはそういうものなのだろう。
魔法使いが本当に存在しているんだ。それも目の前にいるトランクスがその魔法使いだったなんて、と思っているとふと頭に疑問が浮かんだ。その疑問を悟天はそのままトランクスに投げ掛けた。
「でもさ、どうしてトランクスくんはこの世界に来たの?」
わざわざ、何のために人間界まで足を運んだのか。魔法使いが出来るようなことをこの世界の人間は出来ない。当たり前といえば当たり前だが、そんな世界まで何のためにやってきたのか。悟天にはそれがさっぱり分からなかった。
魔法使いが人間界に来る理由は様々だ。興味本位で行ってみたいという者、修行のために行きたいという者、人助けをしたいという者もいる。人間界に行くには許可さえ取ることが出来れば叶うことなのだ。その許可を取ることも難しいことではない。
けれど、トランクスが人間界にやってきたのにはもっと別の理由がある。
「オレは、ある奴を探してるんだ。ソイツを探すために人間界に来た」
どうしても探したい人が、探さなくてはならない人がいる。その人を探すためには人間界に行くしかなかった。トランクスの探し人は人間界にいるということだけは分かっていたから。
その人を探すために父に許可を貰ってここまで来た。絶対にこの人間界のどこかにいるはずだから。必ずソイツに会うと心に決めてやってきたのだ。この広い世界でたった一人の人間を探すなんてかなり大変な作業だろう。それでも、たとえどれだけの時間がかかったとしてもソイツを見つけ出すんだという覚悟を持っている。
「見つかるといいね。トランクスくんの探してる人」
それを聞いた悟天は、純粋に思ったままの言葉を口にした。そんな彼の言葉にトランクスは「ありがとう」と一言お礼を述べた。
トランクスの正体を知っても特に何を言うわけでもなく、この世界に来た理由を話したらこんな風に言ってくれる。全てをそのまま受け入れてくれた悟天に漸く心が休まる。初対面でも関係なしに普通に接することの出来る相手。そこには言葉では表せないような何かがあるのかもしれない。
「もう一度言うけど、絶対誰にも言うなよ? お前以外の誰かにオレのことがバレたら元の世界に戻らなくちゃいけないから」
「うん! 絶対誰にも言わないよ!」
他の誰にも言わない、言ってはいけない約束。二人だけの秘密。
必ず約束は守る。そう友に誓い、自分の心にも誓う。
今、ここから二人の新しい物語が始まる。
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