自分が魔法使いであること。それからこの世界に来た目的。どうしても会いたい人がいる。ソイツに会うためにオレは人間界へ来たのだと、魔法を使うところを見られてしまった友人に全て打ち明けた。
 魔法が使えることをただ凄いと感嘆し、探し人が見つかるといいねと応援してくれたその友人。この世界で出会ったばかりの友人は驚きながらも全部受け入れて笑ってくれた。二人だけの約束を交わし、空にあったはずの太陽はいつの間にか西の空へと沈み始めていた。




 





「何でこんなことになったんだろうな」


 ぽつりと呟いただけだったがどうやら向こうにも聞こえていたらしい。すぐに「何が?」と疑問が飛んできたが「なんでもない」と適当に受け流した。
 トランクスは今、悟天の部屋にいる。どうしてかといえば、行く場所がないならとりあえずウチに来ればと悟天が言い出したからだ。別に宿がなくともトランクスは魔法を使えるのだからある程度ならどうにでもなる。そもそも、最初は一人でどうにかするつもりだったのだから大丈夫だと話したけれど、粘り強い悟天に負けて彼の家にやってきて今に至る。友達が家に泊まるとありきたりな説明をした悟天に、突然だったにも関わらず彼の家族はとても良くしてくれた。


「狭くてごめんね」

「いや、そんなことねぇよ。でも本当に良かったのか?」

「良いってば。ボクもトランクスくんと一緒にいたかったし」


 なんだか毎度この言葉に押されている気がする。それとも意図的にそうしている――というのは悟天に限って有り得ないか。出会ってからそう時間は経っていないけれどそれはなんとなく分かった。悟天はただ純粋にそう思っているだけだ。


「泊まるところが見つからなかったらそれまでウチにいると良いよ」


 それは流石に迷惑ではないか。トランクスだって常識くらい持ち合わせている。だが、悟天は他の家族もそう言っていたからと付け加えてくれた。
 どうやら彼の家族にとって自分の存在は迷惑ではなく、むしろ息子が一人増えたかのように歓迎されている。みんな良い人達ばかりだ。悟天の性格もそんな家族の中で育ったからなのかもしれないとぼんやり思う。


「それはありがたいけど、オレは一人でも魔法が使えるからどうにかなることはお前も知ってるだろ」

「でもボク以外の人に知られちゃいけないんでしょ?」


 そして案外痛いところを突いてくれる。もしもの危険性を考えるのならこのまま悟天の家に世話になった方が良い。それでも何もせずにただ居候させてもらうのは、いくら向こうが気にしなくて良いと言ってくれたとしても申し訳ない。


「とりあえず今日はウチに泊まることになったんだし、ゆっくり考えても良いんじゃない?」


 何も今すぐに決めなければいけないことはないのだ。トランクスはまだ人間界に来たばかりだし、こうやって落ち着く暇もなかっただろう。家には他の家族も住んでいるとはいえ、この部屋の中には事情を知っている悟天しかいないのだ。焦ってばかりでもしょうがない。
 そんな悟天の考えまではトランクスには伝わっていないだろう。しかし、悟天がトランクスのことを気に掛けているということだけならしっかり伝わっていたようで、暫しの間を置いてから「そうだな」と返ってきた。いっぺんに考えてもしょうがないのだ。


「ねぇ、トランクスくんの探してる人ってどんな人なの?」


 人を探しているとは聞いたけれどそれだけだったと思い尋ねてみる。聞いたところで悟天が力になれるかといえば難しいだろうが、そのためだけに人間界に来るほどだ。それだけ大切な人だということは分かっている。だからこそ、それがどんな人なのかと気になった。


「どんな人って言われてもな……ソイツのことはあまり知らないんだよ」


 予想外の返答に悟天は「え?」と聞き返してしまった。だってその人を探すためだけに彼はここに来ているのだ。その相手をよく知らないとはどういうことなのか。

 悟天が不思議がるのも当然だよなと思いながら、とりあえずトランクスは先程の言葉を訂正した。知らないのではなく覚えていないのだと。訂正されたことによって言葉の意味も大きく変わってくる。
 もしかして記憶喪失だったりするのかという質問が出てきたのもおかしくはないが、トランクスは記憶喪失ではない。探し人のことを碌に覚えていないのもまた事実だけれど記憶喪失とはまた違う。覚えていないというか忘れているというのか。曖昧な記憶はその人物に関することのみなのだ。


「それって記憶喪失には入らないの?」

「違うだろ。まあとにかく知らないものは答えようがないんだよ」

「うーん……じゃあ、トランクスくんはどうやってその人のことを探すつもりだったの?」


 人を探している本人がその相手のことをよく知らないというのだ。それでどうやって目的の人物を探すつもりだったのか。仮に探し人と擦れ違ったとしてもその人が探し人だとは分からないのではないだろうか。
 それは確かにその通りだ。ぶっちゃけて言えば、トランクス自身も探し人を見つける方法には悩んでいた。方法もないのによく人間界に来たなと思われるかもしれないが、ある日突然その人のことを思い出したのだ。どうしてかは分からない。けど、思い出したら動かずにはいられなかった。同時に、自分が何か大切なことを忘れているのではないかという不安が生まれた。


「まだ探す方法は見つけてないけど少なくともここにはソイツがいる。会ってどうするつもりかも今のオレには分からないけど、何としてもソイツに会わなくちゃいけないんだ」


 思い返してみれば記憶の一部分にだけ靄がかかっているかのように思い出すことが出来なかった。こういう現象を記憶喪失と呼ぶのかもしれないが、なんとなく記憶喪失でないことは分かっていた。根拠なんてないけれど、しいて言うなら自分のことだからだろうか。
 学校での成績は優秀。基礎魔法は勿論、一般的には難しいと部類される上級魔法も使うことが出来る。学校という括りだけでなく魔法使いとして優秀なのだ。だからこれが記憶喪失ではなく、誰かが作為的に記憶を消したと考える方がしっくりくるというところまでは辿り着いた。あくまでもそれは仮説であって事実とは限らないけれど。


(忘れてはいけないことを忘れてる。そんな気がするから)


 全てが曖昧だけれどすぐに行動しなければいけないと思わせるものがあった。それを言葉にして表現するのは難しいが、本能がソイツを探すべきだと訴えていた。
 急に人間界に行きたいと言い出した息子に父は何か勘付いている様子だった。行ってどうすると厳しい口調で言われた時、探したい人がいるという理由だけで許可をくれたのは母の口添えがあったから。おそらく母も何かを察していた。そして、二人に悟られていたということはやはり何かがあるのだと確信を得た。
 その何かは人間界に行けば見つかるはずだと、そう思ったのだが今のところは収穫なし。一日目から都合よくはいかないものだ。こういうものは地道にやっていくしかない。


「方法はこれから考える。お前がそう言ったんだろ?」


 ゆっくり考えれば良いとさっき言ったのは悟天だ。言えば悟天もすぐに気付いたようで「そうだね」と頷いた。自分達とは違い魔法が使える彼なら悟天には思いつかない方法を見つけ出せるかもしれない。探し人の上方が少なくてもどうにかなるだろう。いや、きっと見つかるはず。そう思いたい。
 まだ見ぬ探し人はどこにいるのか、どんな人なのか。まずはその人を探す方法を見つけるところからスタートだ。