新しい友達が出来てその彼を家に泊めて。ずっと世話になるわけにもいかないと話した彼を気にしなくて良いからと説得し、一緒に暮らすようになってから早一週間。この生活にも大分慣れたものである。
 一応学校の友達ということになっているが、本当にその理由で大丈夫なのかとトランクスが不安を口にしたのに対して大丈夫だと答えたけれど悟天自身も少しばかり不安ではある。あまりそういうことを気にしない家族だから大丈夫だとは思うが、念の為に悟天が学校に行く時は二人で家を出てその時間をトランクスは人探しに使っている。そして帰りは一緒に家に帰るという日々を送っていた。




 





「ねぇねぇ、トランクスくん」


 呼び掛けられて「何だよ」と短く返せば、続いて「魔法を見てみたい」だなんて予想外の言葉が出てきて「は?」と思わず聞き返してしまったトランクスは悪くないだろう。お前は何を言っているんだと言いたくなったが声には出さなかった。とはいえ、表情で伝わってしまったらしい。


「だってボク魔法使うところちゃんと見たことないんだもん」


 そう言った悟天に、トランクスは「別に見てもおもしろくないぞ」と答えた。第一、この世界でそうほいほいと魔法なんて使えない。それにまず、この状況でどんな魔法を使えというのか。
 正論過ぎるトランクスの意見に、何でも良いからと言い出すコイツは本当にただ魔法という不思議な力を見てみたいだけなのだろう。トランクスからしてみれば不思議でもなんでもないが、魔法とは無縁の世界で暮らしていれば不思議な現象だ。だからといって、やはりこんな場所で魔法なんて使えるわけがない。


「無理なモンは無理だ。大体、ちゃんと見たことがなくても見たことはあるだろ」

「あの時はよく分からなかったし……」

「オレが今魔法を唱えたところでお前にはよく分からないと思うけど」


 例えば、部屋の電気を消して明かりを灯す魔法を使ったとしよう。その魔法では小さな光の球体を作り出して部屋を照らすことが出来るのだが、悟天の目には不思議な光の玉が現れたとしか映らない。それを見て何がおもしろいのだろうか。
 その理論を説明してやったところで悟天に理解出来ないことはこの一週間の生活でよく分かっている。なぜかといえば、悟天が学校の課題を解くのに苦労していたからだ。人間界とは違う勉強をしているトランクスでも分かる問題だったから教えてやってはいるのだが、その時の様子からして彼が勉強を苦手としているのは十分に知っている。


「分からなくても見てみたいんだよ」

「見てどうするんだよ」


 言葉に詰まった悟天が選んだ次の言葉は「とにかく見たい」というものだった。要するに他の理由が思い浮かばなかったのだろう。深い理由なんてないことくらい最初から分かっていたけれども。
 はあと一つ溜め息を吐くと、仕方がないから一度だけ見せてやろうとトランクスは何やら唱え始めた。そして次の瞬間、彼の人差し指には小さな火が灯る。勿論、すぐにその火は消したけれどそれを見た悟天は目をキラキラと輝かせている。


「凄い! 急に火が出てきた!」

「これが魔法。誰でもできるような初歩魔法だけどな」


 魔法使いからしてみれば出来て当たり前といわれるような魔法だ。それでも、魔法を使えない悟天からしてみればこれだけでも衝撃的な出来事だった。何もないところから突然火が現れるなんて普通は有り得ない。
 だが、一見有り得ないことのように思えてもそこにはちゃんと理論がある。簡単に説明すると、火を灯す場合には火のエネルギーを集めて構築する。その過程が詠唱だ。先程の詠唱には今述べたことを行う意味が含まれている。
 ……と、一応説明はしてやったのだが悟天の頭には幾つものクエッションマークが浮かんでいる。最初からこうなることは分かっていたが、やはり説明は不要だったかもしれない。


「まあ理論はそういうこと。それを理解すれば理屈的にはお前も魔法を使える」

「え、本当!?」

「理解すればって言っただろ。理解出来なければ詠唱だけ覚えても意味はない」


 魔法とはそういうものなのだ。理解さえすれば誰にだって使える。それを理解するのが難しいのだが、上級魔法も扱えるトランクスにとってはそれほど大変なことではない。
 けれど、悟天は学校の勉強ですら苦戦しているのだ。魔法を理解しようとしたらどれほど時間が掛かることか。悟天自身もそれは分かっているようで「そっか」と零れた声に落胆の色が見られた。努力をすれば不可能ではないかもしれないが道のりは長そうだ。諦めた方が良いだろう。


「魔法使いにだって得手不得手はあるんだし、お前は普通の人なんだから出来なくてもしょうがないって」

「トランクスくんにも不得意な魔法とかあるの?」

「オレは特にないけど」

「……頭良いもんね、トランクスくん」


 勉強の出来る出来ないは魔法にはあまり関係ない。頭が良くても上手く魔法を構築出来ない人だって中にはいる。逆に勉強は不得意でも強大な魔法を使えるような奴もいる。
 そういう意味では悟天にも可能性はあるかもしれない。しかし、根本的なところは理解しなければやはり魔法は使いこなせない。人間界で普通に暮らしてきた悟天にとっては難易度が高いことは変わらないだろう。結局はいかに理解して使いこなせるか、才能にも左右されるだろうし努力さえ重ねればそれらを上回るほどになるのかもしれない。つまりは本人次第というわけだ。


「悟天が魔法使いだったら何でも感覚で覚えそうだよな。ついでに馬鹿みたいな力を使いそう」

「酷いな。ボクだってコントロールくらい出来るよ、多分」


 自分で多分と付けてしまってどうするのか。なろうと思ってなるものでもないのだから全て想像上の話でしかないけれど、もし二人が同じ世界の住人だったならやはりこうして出会って友達になっていただろうか。仮に出会ったとしたら、この世界ですぐに仲良くなった二人なのだから毎日のように一緒に遊んでいたかもしれない。
 別の世界に生まれたとしてもこうして出会えたぐらいだ。同じ世界で暮らしていたらもっと早くに出会えたかもしれない。というよりは、もっと早くに彼と出会えたら今よりもっと楽しい日々を送っていただろうと思った。


「ねぇトランクスくん。もしかしたらボクも魔法使えるかもしれないんだよね?」


 そう問うた悟天が次に何を言い出すのかなど考えなくても分かる。魔法を教えて欲しいと言うのだろう。絶対に、とは言わないが「無理だ」と答えればケチと頬を膨らませられた。
 可能性がゼロではないにしてもほぼゼロに等しいのは分かりきっているのだ。それなのに教える意味はあるのか。意味とかそういうことは関係ないのだろうが、魔法を覚える前に悟天は自分の勉強を出来るようになるのが先だろう。自分の学業をそっちのけで魔法なんて、と学業をそっちのけで人間界に来ているトランクスに言えるようなことではないが。


「大体、魔法を使えるようになってどうするんだよ。覚えられたとしても初歩魔法ぐらいしか使えないだろうし」

「使う目的は特にないけどボクも使ってみたい」


 たったそれだけで魔法を教えて良いものかといえば答えはノーだろう。人間界で魔法使いだとバレることもタブーなのだ。例外はあるもののその相手に魔法を教えて良いなんて決まりはないし、決まりがないのはそんなことをする人がいないからだと考えるのが妥当だ。無暗に使うことがないとしても常識的に考えて駄目だろう。


「あのな、人にバレてもいけないのに魔法を教えたりなんかしたらオレが追放されるだろ」

「あっ……それは困るね」


 ごめんと謝って小さくなってしまった悟天。そこまで考えていなかったのだろうが、かといってここまで小さくなる必要もない。トランクスはまだ悟天に魔法の使い方を教えたわけでもないし、魔法使いの世界から追放されたわけでもないのだ。何もそんなに気にすることはないのだが、と思ったところであることを思いつく。


「魔法の使い方は教えられないけど、魔法のことについてなら教えてやれるぜ」


 聞いたところでおもしろくもなんともないだろうけど、と付け加えたのだが悟天はばっと顔を上げて「本当!」と嬉しそうに聞き返した。まさかそれだけのことでこんな反応をされるとは思わなかったが、ああと頷いてやればそれじゃあ教えてと頼まれた。

 今すぐにでもと言い出しそうな勢いに、まずは宿題を終わらせてからにしろと注意をすれば悟天は鞄からノートを取り出して早速宿題に取り掛かった。そんなに魔法のことを知りたいのかと思ったが、そのことに悪い気はしない。
 ともあれ、今は宿題を見てやるのが先のようだ。いきなり頭を悩ませている悟天にそこはこうやるのだとトランクスは説明をするのだった。